すだ
2025-08-30 12:18:07
7240文字
Public 龍の国その他
 

カグヤと黒竜

舞手スバルと嫁カグヤ。
主スバカグ前提の、相棒との思い出を無くしたカグヤと、夢現でカグヤを見守り続けた黒い竜のお話。
舞手スバルが黒竜とバチバチやり合っているので、婿スバルと黒竜の関係が好きな方はご注意を。
カグヤが黒竜の乗り手だった頃の描写は暗いです。カグヤが天寿を全うする描写があります。
スバルはゲーム内最後の選択肢を断っています。
全く言及されなかった黒竜とカグヤの関係を自分なりに考察したもの。
カグヤが黒竜の話を全くしないのは記憶をいじられたのでは……という完全な投稿者の妄想です。
ルンファク4のセルザとフレイが大好きなものですからこじれました。

「う……ここは?」
 目が覚めると暗がりの中だった。目を凝らすと、どうやらそこが洞窟のような所だと分かる。そう、ここは洞窟だ。真っ白な頭に言葉が降りてきた。
 私の名はカグヤ。私は、人間。それ以外は――何も思い出せない。
「目が覚めたか」
 ひとりだと思い込んでいたカグヤの背筋が凍る。何かいる、人ではない何かが。
 恐る恐る見上げると、暗闇の中に煌々と輝く蒼い瞳と目が合った。
 ――きれい。
 瞳の美しさに魅入られるように見つめていると、光る目が話しかけてくる。
「我のことが恐ろしくはないのか?」
 恐ろしくありません、と答えた。自然と口から言葉が出てきたことを考えると、どうやら自分は会話の仕方を覚えているらしい。
「あなたは何者ですか?」
 彼女が問うと、光る目が答える。
「我は黒き竜。アズマトノミホシハバキの眷属なり」
 ようやく暗闇に目が慣れてきた。蒼い瞳に黒光りする長い胴体が見える。なるほど、これが竜という生き物か。記憶のない頭にひとつ知識が刻まれる。
「あなたの名前は?」
「アマカケルヌバタマノミコト」
「ええと……
 自分が何者か全く分からない状態で、先程からやたらと長い名前ばかりを耳にする。
 戸惑っていると、黒い竜が口を開いた。
「黒竜と呼ぶがいい」
「はい、では……黒竜さん」
「さんは要らぬ。お主と我は一心同体。遠慮など不要」
「分かりました。よろしく、黒竜」
「お主の名は?」
 覚えていた名を告げる。
「カグヤです」
「カグヤ……美しい名だ。お主の月光の如き髪色にふさわしい」
「ありがとうございます」
 記憶が無いので当然だが、そんなことを言われるのは初めてだったのでどう反応すれば良いのか迷う。ひとまずカグヤは礼を言った。
 同時に、はるか昔誰かに同じことを言われたような気がして首を傾げた。おそらく、思い違いだろう。
 

 カグヤの使命は、アズマ中にルーンを集めるケガレ花を撒き、回収したルーンを大神龍アズマトノミホシハバキへと注ぐというものだった。
 それがいずれ、アズマ再興の足がかりになるのだという。
 使命だと分かってはいるものの、どうしてもケガレ花の禍々しさには慣れなかった。
 人間が、動物が黒竜の姿を見付けるたび散り散りに逃げていく。
 彼女の隣にいるのは、ただカグヤだけ。
「姿を現すたびに逃げられて、黒竜は辛くないの?」
「我は神の眷属だ。アズマトノミホシハバキより託された使命を全うするのみ。そこに感情など不要」
「そう……。何だか記憶の無い私と似ていますね。私も空っぽで、感情というものが分からない」
 そう言って、小さな彼女は黒竜の硬いたてがみをそっと撫でる。
「大丈夫ですよ黒竜。私が一緒にいますからね。一緒に、いましょう」
「カグヤ……
 使命は必ず果たされなければならぬもの。空っぽのカグヤの中にはその強い信念だけがあった。
 そのために何かを犠牲にしようとも、成し遂げなければならないのだ。軋む胸をなかったことにしてカグヤは顔を上げた。
 気持ちを落ち着かせるように髪飾りへと触れる。
 感情が昂るたび、すがるようにそれへと手をやると少し落ち着く感じがした。どうやって手に入れたものなのかは分からない。
 だが、辛い使命を全うしようとするカグヤにとって、仄かな甘い香りと汚れなき白い小さな花は慰めだった。

 
 ケガレが撒き散らされるたび、上がる人々の悲鳴。怨嗟、怒り、悲しみ、戦慄。
 それら負の感情がカグヤの中へ流れ込んでくる。なすすべなく彼女は喘ぐしかなかった。
「ねえ黒竜、これは本当に必要なことなの? 生きとし生けるものはいつか命に終わりを迎える。それを、こんな……強制的に……
 ついに耐えきれなくなった娘は片割れに心のうちを晒した。黒竜が気遣わしげに彼女の名を呼ぶ。
「カグヤ、カグヤ」
「世界を救うために必要なことだとあなたは言った。分かってる、分かってます。私は人の心が分からない。それなのに、どうしてこんなに胸が締め付けられるんだろう……
「何も心配はいらぬぞ、人の子よ。咎は全て我のもの。そなたはただ、我に操られて行っているだけにすぎぬ。そう、我が顕現するためには人との契約が必要。ただそれだけのことよ」
「黒竜……!」
「眠れ、カグヤ」
 幼な子をあやすように黒い竜が囁いた途端、娘の意識はぷつりと途絶えた。

 
『カグヤ、魚が取れたぞ。我の鱗は光るから魚を取るのに丁度いい』
『寒いのか? 我の間に挟まるがいい。鱗が痛い? 文句を言うでない!』
『カグヤ』
『カグヤ』
 時折、夢を見る。ぼやけた視界の中、誰かと共に過ごす自分の夢だ。
 かつて起こったことなのか、それともただの夢なのか。
 今の自分には全く思い出せない。
 それがとても切なかった。
――
 夢の中の自分はその名を呼んでいるのに、目覚めた途端、誰と何を話していたのか全く思い出せなくなるのを予感する。
 まるで何者かに奪われるように。
 砂が手からこぼれ落ちるかの如く、全て無くなってしまうのだ。忘れたくないのに。
 夢から覚めたくない、共にいたい。
 悔しくて、一筋涙が零れた。