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ちこと
2025-08-10 22:54:06
9924文字
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イベント用サンプル
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【チャレ31新刊】「キミにみせたいものがある」サンプル
8/23開催 チャレ!31発行予定の新刊サンプルです。フパ+サト10周年記念で、過去発行誌の再録と書きおろしがだいたい半分ずつ入っています。
書きおろしの各話からサンプルをそれぞれ3割ほど抜きだしています。
▼当日スペース:5階N-22 Momo!
▼仕様:文庫サイズ(A6)/本文158P/オンデマンド印刷/カバー・スピン付き
▼価格:¥1000
▼(2025.8.29更新)通販開始しました!→
https://momo-chicotto.booth.pm/items/7361274
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『山雨』サンプル
フーパは、サトシの腕のなかが好きだ。
そう思うようになったきっかけは、やはりはじめて会った日のことだろう。フーパのいたずらがもとで出会い、そう何時間も経たないうちに、お互い大きな騒動に巻きこまれた。
百年間閉じこめられつづけ、怒りに満ちた自身の力
――
〝影〟と、その日フーパは対峙することになった。迫りくる〝影〟とその軍勢から逃げまわるなかで、フーパは長らく、サトシの腕のなかにすっぽりと抱かれていた。サトシはフーパを抱きかかえながら〝影〟から逃れ、また危機が迫ったときには、フーパを胸に抱きこんで守ろうとした。
〝影〟との追いかけっこは、怖かった。フーパを消そうと向けられた怒りに何度も肌が粟立った。
それでも、サトシの腕にぎゅっと抱きしめられるたび、フーパの震えはやわらいだ。
以来、その腕に抱かれるたび、フーパはあの日のことを思いだす。
🍩
「雨がひどくなってきたなぁ」
「ぴーか」
ピカチュウとともに空を仰ぎ、サトシは嘆息する。周囲に木はたくさんあるものの、平地の森で見かけるような木とは異なり、雨宿りのできそうな豊かな枝葉はなかった。塔のようにまっすぐに伸びる木と木のあいだをすり抜け、雨粒が次々に落ちてくる。
旅のさなか、山越えをしようとしていたところだった。急な斜面にわずかに通る、頼りなく細い獣道を進む。斜面には見渡すかぎり、数えきれないほどの針葉樹が生えていた。枝葉ははるか上部にぽつぽつと茂るのみで、雨を遮ってくれるような木陰は期待できそうにない。どんどん激しくなる雨粒に晒され、サトシたちはみるみる濡れていった。
「フーパ、こっちにこいよ」
「ほ?」
傘のかわりに両手のひらを頭上にかかげ、フーパはサトシのかたわらを飛んでいた。あっというまに雨に濡れるそのちいさな体を見かねて、サトシは両手をひろげる。
「ほら」
抱きこんで、そのままジャケットですっぽりつつんでやる。ジッパーを途中まで上げて、胸もとから顔を出させた。
「ピカチュウも、ほら」
と言って、フーパの顔の真下から、ピカチュウの顔が出るようにする。サトシ、フーパ、ピカチュウの頭が縦につらなった。
「サートン?」と、フーパの顔がすぐ下から見あげてくる。
「この調子じゃ雨宿りもできないしさ。そこにいれば濡れないだろ」
「ぴかぴ、ちゃあ」
「でも、サートン濡れちゃう」
「ちょっとくらい平気だよ。それに、おまえたちとくっついてればあったかいしさ」
そう言いながら、リュックから出したレインコートを着こむ。フードを被れば、雨のなかでも多少は視界がましになった。
「ほら、これでだいじょうぶ。そのうち止むだろうし、このまま進もう」
「うん」
「ぴかぴかちゅう」
大きな瞳が二対、サトシを見あげてうなずいた。
期待に反し、雨はなかなか止まなかった。
とはいえ、土砂降りばかりというものでもなかった。ざあざあと雨粒が降りそそいだかと思えば、ふいにすうっと小雨になり、視界が明瞭になる。めまぐるしく変わる雨音に翻弄されつつ、サトシは歩みを進めた。
やがて、目前がひらける。踏みしめる地面がかたく、足もとがたしかになる。
獣道を抜けたのだ。舗装された道路は立派なものではないが、いまのサトシには頼もしい。さらに進むと、やがて前方に屋根が見えてきた。
木製の屋根の下に、おなじく木でつくられたテーブルと椅子。あずま屋だ。山道を歩くひとびとの休憩用にとつくられたものだろう。
「よかった。あそこでひとやすみしよう」
屋根の下に入り、レインコートを脱ぐ。なかにこもっていた湿気がときはなたれて、サトシはほっと息をついた。
テーブルに着地したピカチュウは、ぶるぶると体を小刻みにふるわせた。飛ばした水滴がフーパにかかる。と、ふたりは目を見あわせ、声をあげて笑った。
そのさまを頬を緩ませながらながめ、サトシはリュックからタオルを取りだした。「おいで」と声をかけ、ピカチュウとフーパの体を拭いてやる。
フーパはサトシに頭を拭かれながら、じっとあずま屋の外をながめていた。さああ、と控えめな雨音が響く。いまはいくらか小ぶりになっているようだ。屋根があるから、その雨粒がこちらにかかることはない。
あずま屋に、サトシたち以外の雨宿りはいなかった。フーパが黙ってしまったので、自然とサトシとピカチュウも、静かに雨をながめる。
サトシの膝に乗せられ、頭にタオルを被りながら、フーパはじっと雨を見ている。表情をうかがってみると、瞳は雨を反射してきらりと光った。
憂鬱ではない、どこか興味に彩られた輝きだった。
「
……
フーパ、雨が気になるのか?」
ふいにかけられた声に、フーパがまばたきする。
「うーん
……
」
すこしだけ思案したあと、フーパはサトシを見あげた。
「あめ、よくしらない。だから、えーっと
……
」
ふさわしいことばを探すように、フーパの声がふにゃりとさまよう。
「めずらしい?」とサトシが助け船を出すと、
「そう! めずらしい」
頷いて、フーパは続けた。
「フーパ、あめ、あんまりみたことない。お水いっぱいで、ふしぎ」
「そっか。アルケーの谷って、砂漠に近いんだもんな。雨はあんまり降らないのか」
「うん。それに、からっとしてる。いまとちがう」
「ここはからっとって感じじゃないよな。どっちかっていうと、じめじめかな」
「じめじめ
……
」
湿度の高い空間は、フーパにとって新鮮なのだろう。サトシが挙げたことばを何度か繰りかえし、「じめじめ!」と、腑に落ちたようにうんうんと頷いた。
それきり、またあずま屋のなかは静かになる。
雨をながめるフーパを、サトシとピカチュウはそっと見守った。
きっといま、「じめじめ」をじっくりと感じているのだ。
雨はいちど土砂降りになり、やがてふたたび和らいだ。
いまがきっとチャンスだと、サトシはレインコートをはおる。フーパとピカチュウをまたジャケットのなかに入れ、あずま屋を発った。このあたりの道は多少人の手が加えられてはいるが、一夜をすごせそうな施設のある集落はまだ先だ。しばらく雨がつづくようであれば、日が暮れる前にそこまで着いておきたかった。
「ふたりとも、だいじょうぶそうか?」
そうたずねると、ピカチュウが「ぴっか!」と元気に声をあげる。つづいてフーパが、「うん!」と負けじと大きく頷いた。
「フーパ、ここすき」
「ここ?」
「うん。サートンのここ」
そう言って頭を動かし、サトシの体に触れ、すり寄せる。胸からお腹のあたりがくすぐったくなって、サトシは「そっか」と微笑んだ。
「ぴかぴか、ぴかぴ」
「ピーカンも?」
「ぴか!」
サトシの胸もとからお腹にかけて、ふたりぶんの体温が笑いあう。サトシはといえば、ますますふくらむ笑みを抑えることができないままに歩みを進めた。
やがて、ふたたび獣道に入る。右には急斜面がそそり立ち、左にはこれまた崖のような急斜面が下までつづいていた。そのどちらにも、やはり高くまっすぐな木々がいくつも生えている。これほどに自然に囲まれながら、しかし野生のポケモンたちの気配は感じない。
「みんなどっかで雨宿りしてるのかなぁ」
「ぴぃーか」
こてんと首をかしげるあたり、ピカチュウにもポケモンたちの気配は感じとれないようだ。雨をしのげる場所でじっとしているのかもしれない。
ざ、と急に雨音が増した。体にぶつかる水滴が強くなる。
「うわっ」
サトシはとっさに右腕をかざし、顔をかばった。左腕で胸もとのピカチュウとフーパを抱きこみ、前かがみになって歩く。自然と足どりは重くなってしまうが、進まないよりはましだ。雨雲の向こうで、太陽はゆっくりと、だが確実に沈みはじめている。
せめてこの山道は抜けたい。そう思いながら歩みを進めていると、胸もとでピカチュウの耳がぴんと立った。
「ぴ」
「ピーカン?」
「ピカチュウ?」
フーパと同時に声をあげながら、相棒の視線を追ってサトシは左下に顔を向ける。
「
――
あっ」
いつのまに。
斜面にそびえ立つ木々、そのうちの一本の根もとに、ちいさなスボミーがいた。
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