サクヒ sak-hi
2025-08-06 23:02:06
9141文字
Public オーレ
 

砂上の楼閣

【LOG再公開】
「もしレオがスナッチ団を抜けた理由が  だったら」
砂上の楼閣シリーズは他にもいくつかあるのですが、とりあえずこれだけ。

二次創作 ポケモンコロシアム オーレ地方 レオミレ




 レオは目を覚ました。
 視界いっぱいに白が広がる。いや、視界の左端の方に、わずかに橙色が見える。そちらに首を動かしてみれば、見慣れた顔が見えた。
……どうした。ひっでえ顔だぜ」
 涙と鼻水と皺でぐちゃぐちゃなその顔を、笑いながらそっと撫でた。するとその顔はさらに歪み、撫でる手に熱いものがぼたぼたとこぼれる。
「そんなのっ……どうでもいいよお……! レオが起きてくれれば……!」
 と、レオは苦しいほどきつく抱きしめられる。
「びっくりしたんだから! いっぱいいっぱい……心配したんだからあ!!」
……ごめん」
 声をあげて顔をうずめるその頭を、梳くようにそっと撫でた。橙色の髪はほどいてあり、いつもの艷やかさはなくボサボサだ。
「あら、お目覚めのようねえ、レオくん」
 病室の扉が静かに開き、一人の女性が入ってくる。メガネと聴診器を携えた、黒髪が眩しい白衣の女性。ミレイは顔をあげ、その人物を見やる。
「あなたは……?」
 レオがここに運ばれてから今まで、見かけなかった人物だった。医者と呼ぶには、少々違和感がある気がする。
「どうしてお前がここに……ここは普通の病院じゃねえのか?」
「あら、冷たいのねえ。主治医が自分の患者の急変に駆けつけて、何が悪いのかしら?」
 その割に心配するような素振りは見せず、グラマラスな体をくねらせている。あ、と大げさな動作で手を口にあて、ミレイに顔を近づける。
「自己紹介が遅れたわね。あたしはレオくんをいつも診てやってる医者よ。みんなからは“ドクター”って呼ばれているわ」
 ふうん、と言いながら、ミレイを舐めるように上から下まで眺める。
「あなたがあのミレイちゃんね。うふふ、よろしく」
「あ、あの……いつも診て……って」
 ミレイはドクターの自己紹介を聞いたか聞かないのか、彼女とレオの顔を交互に見る。
「そうなの。彼の体のこと、なーんでも知ってるわよ♡」
「えっ」
「ドクター!」
「あら怖い。冗談よお♡」
 ドクターは焦る二人を笑いながら流す。言葉を発する度、無駄に体をくねらせる。
「真面目に答えてあげようかしらね」
「おい」
「あら、もうこうなったからには隠し通せないわよ? もうそろそろ話してあげる頃じゃないかしら」
 事態を飲み込めずに固まるミレイに、「ねえ」と訴えるドクター。
……分かってる」
 レオはミレイの手をとり、指に軽く口付けた。
「オレはもう長くない」
……え?」
 ミレイはその言葉の真意を促すように、握られた手を握り返す。
「もうすぐ死ぬってことよ」
 ドクターの言葉に振り向き、青ざめた顔で目を見開くミレイ。全身から急に力が抜け、言葉を紡げない。
「本当に知らなかったのねえ。よっぽど上手く隠してたのか、それともよっぽどミレイちゃんが鈍感なのか」
 やれやれといった様子で、ドクターは腕を組む。ドクターの呼びかけにレオは軽く頷き、ミレイの名を呼んだ。
 その声にミレイは我に返ったように、握る手を両手で包み、レオを見つめる。
「ミレイと出会うずっと前から……スナッチ団を抜ける前から、もう死ぬのは分かっていた。何しても無駄。“手遅れ”ってやつだ。ドクターに薬を打ってもらって隠していたけど……もうだいぶ効かなくなってきていたから」
……そ、んな……。うそでしょ? 手術だって何だって、すればいいじゃない……ねえ……
「今レオくんが言ったでしょ、何をしても無駄って。末期なの。もう助からないのよ。医者にも行かずに長いこと無理してたみたいでね。ある時ついに倒れちゃったのよ、今日みたいにね。そこに私がたまたま通りかかって、今に至る訳だけど」
 ドクターは付け加える。
 ミレイは二人の言葉に頭を垂れ、押し黙ってしまった。
「薬も効かなくなって来てるし、もう今までのようにはいかないわ、レオくん。これからどうするのか、もう一度よく考えて。あなたが死ねば悲しむ人がいるわ、あの時とは違って」
 ドクターはクスッと笑い、ヒールを鳴らしながら部屋を後にした。
 静かに閉じていく扉を確認し、レオは口を開く。
……驚かせてごめんな」
 優しい口調で、目で、語りかけるレオを、ミレイは突然噛み付くように怒鳴った。
「本当よ! 本当にびっくりしたんだから! ……どうして……どうして言ってくれなかったの……知っていれば……あたし……あたしは……!!」
 声は震え、熱く大きな涙が頬を伝う。握られた手は、痛いほどだった。
……ごめん……。でも、シャドーを潰すまではなんとか死なないから。心配するな」
「何言ってるの!? そんなのダメに決まってるでしょ!! 早く治療しなくちゃダメでしょ!! ……どうして……どうしてあたし、気づかなかったの……
 ミレイの言葉に、レオは目を丸くする。「ダメ」という言葉が出てくるとは思ってもみなかったのだ。
「ミレイこそ何言ってるんだ? オレたちがどうしてここまで戦ってきたのか、忘れたのか?」
「忘れてないよ! でもレオの体のほうが……命のほうが大事でしょ!! あたしは嫌よ! わざわざ命を削るようなこと……許さないんだから! 第一、レオの命が長くないってことだって、助からないってことだって、まだ信じられないんだから! レオはいつもそうよ、自分だけで理解して解決して、あたしには何も話してくれない……!! どうして……どうしてこんな大事なこと……!!」
 部屋中に裂けるような声が響く。ひどく動揺するミレイの手を、レオは振りほどく。
「ミレイと出逢わなければよかった」
 泣き叫んでいたミレイは、ぴたりと声を止める。
「あの時ミレイの頼みを断っていれば、ミレイを振り払えば、ミレイを好きにならなければ……よかったのに」
……どうして……そんなこと言うの……?」
 振りほどかれた手は行き場を失い、ふらふらと宙を彷徨う。
……死ぬのが怖くなった」
 その一言は小さく、掠れ、震えていた。
「ドクターもミレイと同じように、何度も治療を薦めた。だけどそうしてまで長く生きる理由なんてなかったし、オレの命にはそんな価値がなかった。それに、死ぬのも悪くないと思っていた」
 レオはミレイから視線を逸らし、ブラインドカーテンの隙間から見える空を見つめる。どうやら夜らしい。
「今まで散々悪いことばかりやっていたし、その報いかもしれない。じゃあ今までと全く反対のことしてみようかなって……なんとなく思って、アジトを爆破させた。死ぬまでに“いいこと”をいくつできるか、ゲーム感覚で」
 ハン、と息を吐くようにレオは笑った。
「慣れないことをするから……ミレイと逢ってしまった。こんなに命が惜しくなるなんて、思わなかった」
…………だったら……あたしのために生きて……
 レオは首を横に振る。「どうして」とミレイの目は訴える。
「最初はゲーム感覚だったけど、もうほっとけないだろ、ダークポケモンを。死ぬ前にオーレを救うヒーローになってみたって……いいだろ?」
 レオは枕元にあったタオルを手に取り、ぐちゃぐちゃなままのミレイの顔を優しく拭う。
……これも“いいこと”の一部なの?」
「したくてしてるんだよ。オレはミレイの王子さまなんだろ? 王子さまがお姫さまを気遣うのは当然だろ?」
……うん……
 タオル越しに頬を撫でる手に、ミレイはそっと手を重ねる。
……レオは……本当に、もう治らないの?」
 レオはうっすら笑って、瞼で頷く。
「あたし……レオが好きだよ……
「知ってる」
「ずっとレオの傍にいたいよ……
……ごめん」
 ミレイは重ねた手を強く握り、目を閉じる。ぽろぽろと涙がこぼれた。
「ミレイ。オレは治りもしない治療をするより、ミレイと一緒にダークポケモンを救いたい」
…………やだ」
「ミレイ」
 ミレイはそれっきり、押し黙る。レオが「そうか」と一言放った後、しばらく沈黙が続いた。
 遠くでヨルノズクの声がした。その声を合図に、レオは部屋を軽く見回す。部屋の入り口付近の椅子の上に、ホルスターとそれに収まる六つのボールを確認し、安堵の息を吐く。
「今夜はずっといてくれるのか?」
 こくり、ミレイは頷く。それを見たレオは布団を少し捲り、体をずらしてミレイの手を引いた。
「一緒に寝よ」
 ミレイはもう一度頷くと、手を引かれるままに布団へと潜り込む。狭いな、とレオはぎゅうっとミレイに身を寄せる。
……あったかい」
 ミレイは小さく呟いた。


 鼻に違和感を覚え、ミレイは目を覚ます。
「起きたか?」
 目の前のレオは、橙色の髪でミレイの鼻をくすぐり遊んでいた。
「んもう、レオ!」
 自分の鼻を手で覆い、ミレイはお返しにレオの鼻をつつく。レオはクスリと笑って、ミレイの手をどけ鼻の頭にキスを落とした。
「おはよう」
……おはよ」
 いつものような穏やかな目覚め。ミレイは寝ぼけた頭で、幸せを感じていた。
 と、ガラリと扉が開く。
「レオくん、おはよう。朝よ」
 レオにしがみつくように寝ていたミレイは、その声に飛び起き、振り返る。ドクターだった。無駄に妖艶なその姿に、昨夜の悪夢がフラッシュバックする。
「どうするのか、決まったかしら?」
 相槌を打ちながら身を起こそうとするレオを、ミレイは支える。レオはゆっくりと起き上がり、ミレイに軽く微笑んだ。
「ドクター、延命治療を……
「ドクター! レオに薬を打って!」
 遮るように放たれた言葉に、レオもドクターも目を丸くする。
「ミレイ、お前……
「どんなに動いても痛くないように。どんなに無理をしても苦しくないように」
 ミレイは、レオの手をきゅっと握った。ドクターを見つめる眼差しは、突き刺すほどに強く真っ直ぐだった。ドクターは腕を組みなおし、真っ赤に塗られた唇を動かす。
「あなたがそんなこと言うとは思わなかったわ。何があったか知らないけど。……本当にいいのね?」
 ミレイは静かに頷いた。次にドクターはレオに視線を動かし、戸惑う表情に投げかける。
……ですってよ。あなたはどうなの、レオくん?」
 聞かれ、ドクターを見つめたまま動かないミレイの名を呼ぶ。ミレイは言葉の代わりに、握る手をさらに強めた。
……ドクター、頼む」


 * * * * *


 バイクで走る砂漠の風は、いつもより乾いているような気がする。
 今朝以来、レオとミレイはまともに口を利いていなかった。
 いくつものメサが横を過ぎた頃、青空に映える白亜の塔が姿を現す。
 金色のウソッキーがくるくる回る横を抜け、移動プレートを乗り継ぎ、最奥部まで辿り着く。
「レオさん、ミレイさん! 大丈夫だったんですね!」
 エレベーターの見張りをしていたらしいシルバと会う。無表情なレオの代わりにミレイがにっこりと笑って手を振り、エレベーターに乗り込む。昇り着いた先は、回復マシンの小部屋のあるフロアだった。階段を上り、さらに上へと伸びるエレベーターの前で、二人は足を止める。
「レオ」
 口を切ったのは、ミレイの方だった。
「どうした」
「絶対、ダークポケモンを助けようね」
 レオは頷く。
「絶対、シャドーをやっつけようね。それから、絶対みんなリライブして、絶対みんなを元のトレーナーの元に戻してあげようね」
 レオはミレイの言葉のひとつひとつに相槌を打つ。
「約束する。そしてミレイ」
 レオはミレイの手を繋ぐ。
「少しでもミレイを笑顔に……幸せにする。絶対」
 ミレイは繋がれた手を、握り返した。
 天へと続くエレベーターに、二人は同時に踏み入れる。そこからの眺めは、オーレ地方のすべてを見渡せるようだった。


 * * * * *