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kr0mm333
2025-08-03 09:48:08
23036文字
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サンプル
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9/21 チヒ柴本サンプル
2025/9/21の剣戟懲悪で出る予定のチヒ柴本サンプルで1話から4話となります!!
1〜3話は、以前投稿した話のリメイクとなっております。
1
2
3
4
様子のおかしい男たち
一人で暮らすマンションのエントランスを通り抜け、薊は共用スペースに設置された郵便受けをチェックした。
郵便物の落下防止の蓋からはみ出る封筒、重なる紙の間に差し込まれたダイレクトメールや広告が絶妙な角度と長さを生み出しており、他の住人への迷惑は計り知れない。
しかし、このくらい絶妙な角度を保ちながら距離を伸ばしている郵便物を見ていると、郵便配達員や他の住人たちもいつ崩れるのか面白くなり始めていたに違いない。今回は崩れる前に回収するので、また明日から頑張っていただきたいところだが。
職場でも書類という名の紙、自宅に戻っても郵便物という紙。「僕の人生に関わる紙多すぎない?」と無意識に呟いたところを管理人に見られてだいぶ心配されたが、薊としては照明の光を反射して白く輝く管理人の頭頂部の方が心配だった。さすがにそれを言及してはいけないと、なけなしの理性が言葉を喉のあたりで止めてくれたのでトラブルや気まずい思いをせずに済んだが、昔の自分なら躊躇いなく口に出していただろう。
あの頃の素直さはなりを潜めた。代わりに得たのは、大人として要らぬトラブルを起こさないように立ち回るための狡猾さだ。
事なかれ主義とも思うが、組織の中で円滑に物事を進めるためには八割の平和と一割のトラブル、そして残り一割の有能な人物による陣頭指揮。時に薊は立場のおかげでその陣頭指揮の責任者にされることもあるので、その度に場を円滑に回すため、狡猾さは十二分に発揮された。
だが成長した一方、自分の心が大人として薄汚れたことに気づいてしまい、こぼれそうになる涙を堪えた。
僕、大人になってしまったんだ
……
エレベーターのドアが閉まるのと同時に流れた涙は薄汚れたカーボンの床に落ちる。濃い色の隈を洗い流すように滂沱の涙が目元を伝うも、化粧のように落ちてくれることはない。
ごうんごうんと音を立てながらエレベーターは上昇し、薊はその間、ビニール袋をぶら下げて泣いている不審者でしかなかった。
他の居住者に出会わなかったのが本日一番の幸運である。
エレベーターを降りて体幹のしっかりしたゾンビのような足取りで部屋に入る。ドアチェーンをかけて靴が土間に散らばるのも構わずに廊下を進んでリビングに入ると、そのままソファーに直行した。
時刻は朝の九時。
起きるには遅すぎる時間だが、寝るにしても早すぎる。しかし徹夜明けの身から考えれば遅すぎるとも言えるかもしれない。
先に風呂、せめてシャワーくらいは済ませたいと思ったが、今の体が最も欲しているのは睡眠だった。次点で温かい食事。
物はそれなりにあるが、生活感があまりにも薄い室内。
四人がけのダイニングテーブルに郵便物を放り投げてそのままリビングの真ん中に置いた大きなソファーに寝そべると、そこは薊の呼吸以外は何も聞こえない空間となった。
妖刀を巡る戦いが終わり、今は戦後処理のまっただ中。戦後処理とは本来戦争に対して使う言葉だが、毘灼の起こした事件はそれほどまでに大きいものだったのでこの言葉を使うようになっていた。
遠足は帰るまでが遠足であり、イベント事は会場の片付けを終えてやっと終了したと言える。同じようにこの戦いも、もたらされた社会の混乱と滅茶苦茶になった国を復興してやっと戦いが終わったと言えるのだから道はまだ長く、すべてが元通りになるまで最低でも五年はかかる見通しだった。
守ることの出来た物も多いが失った物もまた多く、今すぐ必要な物は何かと問われれば人手と即答できるくらいには足りていない。
毘灼という大きな脅威はなくなったものの、一方で彼らの後釜を狙う反社会的組織や集団によって犯罪は増えていく。その鎮圧に警察や神奈備だけでは手が回らず、フリーの妖術師どころか引退した妖術師や元契約者達、果ては一時敵対した漣家まで引っ張り出しているのだから本末転倒と言わざるを得ないだろう。
薊も時に人手不足を理由に実働部隊に混ざって外に出ることはあるが、彼と一部の幹部に関してはどちらかと言えばストレス発散のための外出となっているのは公然の秘密だ。
事務でも戦闘員でもいいから大型新人に入って欲しい。それができないのなら自分の妖術が分身の術にならないかと深夜の自販機前で呟くと、普段は意見も反りも合わない同僚から珍しく同意された。
その後なぜか書類が多すぎるという話から二転三転し、最終的に食堂のオススメメニューの話で盛り上がって肩まで組んだ気がするものの、冷静に考えるとだいぶ気持ち悪い状況だったに違いない。
神奈備の自販機は三段中二段はブラックコーヒーで、朝は満タンに補充されていたはずのコーヒーのうち、四分の三の売り切れランプが点灯していたのでカフェインと徹夜のナチュラルハイが引き起こした集団ヒステリーの一種。どちらかといえば亜種のような気もする。
おそらく、その場にいた誰もが死にそうな顔をしていたので記憶には残っていないだろうが。
記憶していたとしてもあとで消せばいいだけだ。
人間は頭に強い衝撃を受けると記憶が飛ぶことがあるのでそれに期待するしかない。
そして人手は足りなくてもやらねばならないことは目白押しなので、毎日数回は上層部による会議が行われている。
戦いが終わって少し経った頃。起き上がれる程度まで傷が癒えただけでしかないにも拘らず、車椅子で会議室に連行された時はこの人でなしと叫んだほどだ。
だが会議は踊るとはよく言ったもので、日に何度上層部が顔を合わせようと同じ内容を繰り返すことも多く、優先度の高い問題に関しては早めに決議を取っても緊急度は低さから後回しにされた問題が山のように溜まっている。そのくせ話し合うべき議題は日数に比例するごとく増えていく。
上層部の面々も何から手をつけるべきかわからなくなってきた気がするので、何について話し合うかの会議が開かれるのも時間の問題かもしれない。
一週間三食カレーが続いたら飽きるくせに、毎日数回会議やってても飽きないなんておかしくない? 僕としては毎日食べるならカレーより唐揚げの方が嬉しいけど。
この八日間は執務室と会議室を往復し、食事は付き合いの長い部下が買ってきてくれたお徳用カレー(一袋三パック入り)とレンジで温めるタイプのご飯(一袋十パック入り)を食べてきた。執務室が加齢臭ならぬカレー臭でとんでもないことになっているが、誰も彼も忙しすぎてそんなことを突っ込んでいる余裕はない。
そんなことに思考を割いている暇があるなら裂けるチーズを割く方がまだ建設的だ、とはこの度強制的に昇進させられた同僚の言だ。
その横にいた薊は、口を動かすだけで食べれる裂けるチーズって天才じゃない? と呟きながら書類と格闘しつつ一口サイズの羊羹を直接齧っていたわけだが。
そんな会議と書類とカレーしかない生活も今日だけは免除され、久方ぶりの帰宅。翌朝にはまた出勤となるがそんな事実はジャイアントスウィングで明後日の方に放り出した。今日は店だろうがレトルトだろうがカレー以外を食べて湯船に浸かり、布団の中でゆっくり眠ろうと決めている。
しかし、八日も帰宅していないので冷蔵庫の中に何が入っているかの記憶はコマーシャルで見るタオルくらい真っ白だった。
ぜんぶおきてからでいいか
……
動き続ける思考を無理矢理押さえつけて体から力を抜けば、心地良い眠気の波はすぐに意識を攫って行った。
……
み
……
あ
……
み
……
誰かの声が聞こえる。まだ気持ちよく眠っているところなのにと煩しげに寝返りを打った。
「あみじゃなくてあざみだ
……
」
段々小さくなっていく薊の声とは対称的にアァン!? と凄む声。まだ眠いせいか、聞き慣れたその声がいつも少し違うなと思いながら薄く目を開けると、金髪に外の光が透けて見えた。眩しくてまた目を閉じると早く起きろといつもよりは小さいが、それでも大きな声が耳を刺す。
「なんだよもう
……
」
のっそり体を起こすと、友人の柴がソファーの脇に立ってこちらを見下ろしている。体格は薊と似たようなものだったが少しだけ身長が高いのもあり、覗き込まれていると圧が強かった。
半分程度しか開いていない目でポケットに入れたままだった携帯で時刻を確認すると、帰宅してからまだ三十分も経っていない。中途半端な眠りのせいで覚醒しきらない頭のまま、なに? と不機嫌丸出しの声で問いかければ柴は急に口篭って明後日の方向に視線を逸らした。
「早くしゃべれよ。眠いんだ」
薊ももう四十代。いくら体力や筋肉があったとしても睡眠不足が堪える年齢であることには違いない。
それでも躊躇って話そうとしない柴にいつもなら何か言うところだが、中途半端に起こされてしまったせいで今にも眠ってしまいそうになっている。
ついに舟を漕ぎ始めてしまった薊にマズいと思ったらしく柴はやっと口を開いた。
「実は昨晩チヒロ君と一夜の過ちを犯
……
ブゴッ!?」
言い終わるよりも前に神速の拳が頬にめり込む。ただの肉弾戦において、柴をも凌ぐ強さを誇る薊の加減なしの一撃。無意識に出たらしいその一撃を避け損ない、柴のシャツと薊の袖に赤色が点々と染みを作った。
「あ、ごめん」
「反射で殴んなや
……
!」
鼻筋を押さえ、そのままでティッシュの箱を探す柴の前に紫色の箱を差し出す。丸めたティッシュを鼻に詰めると「それで?」と手の甲を拭いながら薊は問いかけた。
「お前とチヒロ君が
……
なんだって?」
何かとんでもないことを言われた気がしたが、寝ぼけていたに違いないので聞き返してみる。
「チヒロ君と
………………
セックスしました」
「今すぐ六平の墓の前で土下座してこい」
即座にそう答えると、やんな!? と柴も同意する。
「何でそんなことになったんだよ。っていうか、それを聞かされた僕はどうしたらいい? 来週チヒロ君と飲みにいく約束してるんだけど、どんな顔して会えばいいの?」
「笑ったらええと思うで」
「できるか馬鹿!」
間髪入れずにもう一度殴りかかるが、今度はひらりと躱された。
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