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kr0mm333
2025-08-03 09:48:08
23036文字
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サンプル
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9/21 チヒ柴本サンプル
2025/9/21の剣戟懲悪で出る予定のチヒ柴本サンプルで1話から4話となります!!
1〜3話は、以前投稿した話のリメイクとなっております。
1
2
3
4
三十六計逃げるに如かず
千鉱に勧められて風呂場に移動し、シャワーの湯を浴びつつ唸りながら、昨晩の記憶を思い出そうと記憶を探り始めた。
しかし記憶が蘇るどころか二日酔いの頭痛が加速するばかりで何も思い出せず、何なら水分補給も忘れていたせいで更に頭痛が酷くなる始末。朝から散々である。
結果、人生で最も長い洗髪時間を記録した。
その割に記憶は真っ白なままだったが。
入浴を終えて痛む腰に刺激を与えないようゆっくり動いていたら身支度にいつもの三倍の時間がかかった。リビングに降りると、千鉱が朝食はどうするかと聞いてくる。昨晩の酒が残っているのか、お互いに食べる気分ではないので今日の朝食はコーヒーのみということで柴は先に席についた。
伯理は依頼のために、シャルは昨晩千鉱達の帰りが何時になるかわからなかったので週明けまでの三日間、ヒナオのところに泊まらせてもらうことになっている。
家で二人きりになるのは随分と久しぶりだ。
ほんの五年ほど前までは二人きりが当たり前だったはずなのに、伯理とシャル、二人の声がないだけで家の中が静まり返っているようにすら思う。
すっぽりと抜け落ちている昨晩のあれこれの記憶のせいで、いつもなら耳に馴染んで心地良い千鉱の生活音にすら気まずさを感じた。
「ハクリ君、一人で依頼こなすんは初めてやんな? 大丈夫やろか」
あえて昨晩の話には触れないようにしてテーブルの上にあった新聞を開く。気まずくて仕方がないし情報など頭に入ってくるわけがないのだが、新聞に目を落としている間は千鉱の顔を見なくて済むので背に腹は変えられない。
どこそこでヤクザの抗争があっただの、逃亡中の妖術師を神奈備が捕まえただのーー何年経っても変わり映えのない記事を斜め読みしていくと両手に一つずつマグカップを持った千鉱が近づいてくる。
「ハクリは強いです。よほどの手練れか油断がない限り、遅れをとるようなことはありませんよ」
「
……
そうやな。トシ食うたら心配性になってアカンわ」
マグカップを受け取って口をつける。淹れたてのコーヒーは熱くて苦いものの、胃の中が温まったおかげか少しだけ思考に余裕ができた。
まだ一方的にギクシャクしてはいるものの、表面上はいつものように会話できているはずだ。
「柴さんは若いですよ」
「もう四十超えのオッサンやで?」
「そうは見えません」
「ホンマ? でも最近は一晩寝たらスッキリとはいかんようになったしなあ」
千鉱くらいの頃は無茶をしても一晩寝れば翌日には元気に駆け回っていた。同年代の一般人と比べると体力も筋力も相当あるほうだったが、それでもかつての自分と比べるとどうしても体力低下を思い知ってしまう。
肩にのしかかる倦怠感は昨晩のアレコレが原因となっているはずだが、考えないようにしていつもより早いペースでコーヒーを飲み干していく。
「毘灼がおらんようなってはしゃいでた連中の中でもデカいのは黙らせたし、ちょっとは治安も良くなるやろな」
「その割に薊さんはまだ忙しそうでしたけど」
「せやなぁ。俺らと違って神奈備はまだまだ仕事も山積みやし、そのうちパンダみたいな顔でサボりに来るでアレは」
もう一人の友人を皮切りに他愛もない話が続く。気づけば視線は新聞から千鉱の顔に移動していたが、さっきまでの気まずさはもう感じない。
どうでもいい話は今までも散々やってきた。しかし外にいても、周囲に神経を張り巡らせることなく会話ができたのはまだ復讐する前、千鉱の父親の国重がいて六平家があった頃が最後だったような気がする。
殺伐とした日々の中、ほんの少しのゆったりした時間はあったもののすべてが終わった今となっては息がしやすい。
自然と話が途切れ、少しだけ沈黙がある。
穏やかな空気、窓の外から聞こえる子供たちの声。
場所も人も違うのに、それが、なぜか在りし日の六平家の居間を思い出させた。
だからだろうか。
「柴さん、好きです」
千鉱の言葉に虚を突かれた。
「もう一回言うてくれる?」
聞き流せばよかったのに、反射的に口にしてしまう。
即座に「やっぱなし」と訂正しようとするも千鉱の方が一歩早く、もう一度「柴さんがすきです」と言われた。
すき。
隙。
確かに隙はあるだろう。だからこそ今こうやって口を開けたまま固まってしまっている。
鋤。
父のような刀鍛冶になりたいと言っていたのに、農家にでも転身する気なのか。いや、むしろ農具を作る道に進むというのだろうか。んなワケあるかい。
空き。
駐車場が空いていたということか。柴は車を持っているが既に契約済みの月極駐車場があって、車はそこに置いている。
数寄、梳き、漉きーー様々な同音異義語が浮かんでくるが「好き」という言葉だけは頑なに出てこようとはしなかった。
俺が、なんて?
何がどうして千鉱に好きだと言われているのだろうか。
もちろん、柴も千鉱のことは好きだ。
昨晩過ちを犯しておいて無責任ではあるが親友の息子、被保護対象、仲間という分類の好きという感情だが。
だがここではたと気づく。
好きと言われたからとはいえ、千鉱の言う好きが今の自分が敢えて除外した感情だという証拠はない。そう、セックスをしたからと言って自分に向けられているのが恋とか愛としての好きであるというのは些か強引だったかもしれない。
早合点してしまったことを内心恥じながら「急にどうしたん
?」と笑って返す。
「もちろん、ライスやんな?」
「ライス
……
ライクでは?」
思いっきり噛んだし突っ込まれた。
なんやライスって。このタイミングで米ってどういうことや。
「場を和ませる親父ギャグにマジ返しせんといて!?」
噛んだだけだが、格好がつかないので親父ギャグということにして誤魔化す。だが千鉱が内心で親父ギャグなのか
……
? と疑問に思っているのでこの誤魔化しはまったく機能していない。しかし柴は畳み掛けるようにほら! と声をあげた。
「ライスとライクって似とるし! 韻も踏めるし!」
韻踏めたとこでなんやねん。ラップバトルでも始めるつもりか。
柴が言われた側であればそう突っ込んだだろうが、千鉱は頭の上に「?」を出現させただけでなぜか納得しているようだった。
彼の性格形成を担った父親がなかなかに面白おかしい人物だったので柴の頓珍漢な言い訳も真面目に受け取って納得しているようだが、これでいいのかと思わずにはいられない。
しかし柴自身もその人格形成の一端を担った人間の中に入っているが、自分の影響に関しては微塵も自覚していなかった。
「確かにそうですね。で、話を戻すんですが」
「(戻さんでええんやで!!)」
このまま有耶無耶にしようとしていたのに即座に話を軌道修正されてしまう。顔には出していないものの、柴の内側では心臓が曲者処刑場の生演奏ばりに鼓動を刻んでいるし、昨晩、飲み屋で食べた焼きししゃもが生き返って跳ねているのかと思うくらいに、胃が荒れている。
そんな柴の内蔵系の異常など千鉱には知る由もないので、いつものように表情を変えず淡々と続けた。
「確かにライクでもあるんですが、どちらかといえばラブの方ですね」
ラブ。
英語で書くとLOVE。
その言葉の意味を思い浮かべようとして真っ先に出てきたのは「I LOVE 米(麺)」というダサいTシャツのプリントだった。続けて現れたのは、両裾を持ってウインクしている千鉱の父親である。
六平お前
……
息子が四十路越えのオッサン、しかも自分のダチに告ってる言うのにそんなアホみたいな登場の仕方でええんか? と、心の中で突っ込んだが若い時分からお互いそんな感じだったので、ここまでくると不可抗力かもしれない。そもそも柴の記憶の中の六平国重なのでむしろこれが正解である。
しかしラブだと言い切られてしまった。どうする、どうやって切り抜ける!? 歴戦の猛者である柴であっても、親友の息子から告白されるのは想定外を通り過ぎて蒼天の霹靂。どんな対応をするべきなのかは、神奈備時代から今に至るまでのトラブル対応マニュアルを脳内検索しても見つかるはずもない。
半世紀には届かないもそれなりには生きてる柴が思考の果てに弾き出したのは、詰んだの三文字だった。どないせえっちゅーねん。
どんな言葉で言いくるめればいいのか、それを考えて思考がまた動く。傷つけず、さりとて今の関係を壊さず親戚くらいの距離感を保てるだけの都合のいい言葉を脳内で探す。
このときまた親友の姿が脳内に現れたのだが、どうして人の脳内で平泳ぎをしているのか。思考の海だからか。泳いでいるからには代わりにいい言葉を探してくれるのかと思うが、相手は記憶であろうと六平国重。まともな言葉を見つけてくるはずもないのである。
万事休す。
こうなれば柴に取れる手はただ一つ。
「チヒロ君がラブって言うてんのなんか違和感あるな
……
」
逃げること。これに尽きる。
妖術で物理的に逃げることも可能だが、さすがにそれは大人としての矜持が許さなかった。話題を無理矢理変えるよりは物理的に逃げた方が体勢を立て直すためには有効だし、何より混乱しているのであれば一度距離を置いて改めて断る方が正しい(柴調べ)のだが今まさに混乱しているせいで悪手ばかりを選択してしまう。
人間、一度しくじるとそのまま転がり落ちていくものなので仕方がない。
「チヒロ君はライクの方が似合うと思うで!」
せめてもの足掻きにと、ラブではなくライクであると少しずつ方向性を変えていく。柴の言葉であれば比較的素直に受け入れる千鉱であればラブではなくライクだと思ってくれるはずだ。
柴の思惑自体は間違ってはいないだろう。
だがその方法が効くのは相手が無自覚である場合。時間をかけてその気持ちは恋慕ではなく友誼や敬愛であると刷り込むことも可能だろうが、千鉱は柴に対する感情が恋慕だと確信しているので軌道修正はもう不可能に近い。というか最早不可能なところまできている。
ラブよりライク
……
千鉱が小さな声で復唱する。
そうやで! ラブよりライクやで! そのままオッサンへの恋なんて気のせいやったと気づいてくれチヒロ君!
その程度で千鉱の気持ちが変わるはずはないのだが、感情性バイアスという言葉が存在しているように今の自分が客観的に物事を見ているつもりでも感情によって主観的になっていることに柴は気づいていない。
「俺はラブやライクよりも好きの方が性に合う気がします」
わかるぅー!! チヒロ君は横文字よりそっちのが似合うもん!!
もう自分が何を考えているのかすら定かではない。どうやってこの場を切り抜けようかと考えてみてもその前に追撃があるので後手に回らざるを得ないのだ。
待ってと言いたいがきっと待ってくれないのだろう。肝心な時ほど外さない、六平千鉱とはそう言う男なのだ。
ここまでくると、普段は話を聞いてくれる千鉱も(多分)緊張してそれどころではないことが何となくわかる。だからこそ一度深呼吸をしてから待ってほしい。あと百年ほど。
「なのでもう一度言います」
だから本当に待ってほしい。
無言の訴えは所詮無言なので聞こえる事はない。
「柴さん、好きです。もちろん恋愛という意味なので、さっきみたいに逃げないでくださいね」
表情はまったくと言っていいほど変わっていないが自分を見上げてくる目力は強い。熱が宿っているのは戦う時と同じだが、籠る熱の種類は殺し合いのソレとは違う。
頭の中は混乱しきりで何でという言葉すらも浮かばず、むしろ恐慌状態に近い。
そこから何とか意識が現状復帰を果たし、目の焦点が元に戻ると千鉱の期待と熱を孕んだ赤い目がこちらを見ている。
そこでやっと実感した。
千鉱は本当に柴のことをそう言う意味で好いていると。
「うそやん」
理解した瞬間に口から出たのは返事でもなんでもなく鳴き声のような、情けないトーンの四文字。
大人として、千鉱の保護者代わりとして復讐を終えた彼がその後の人生を穏やかに過ごせればいいと思っていた。なのにその第一歩である復讐者から刀鍛冶への転職や第二歩目、普通の生活に慣れることは上手くいっていたのに第三歩目辺りがオッサンへの告白とは色々おかしい。
と言うか「すき」の意味が恋慕が確定してしまった。
どうする。どうすればいい。六平の墓前で土下座したほうがええんか!?
現実ではお互い無言ではあるが柴の脳内は相変わらず思考が暴れ狂っている。例えるならば台風の風に翻弄されるポテトチップスの空袋のよう。あっちへいったり、こっちへいったりと落ち着いてはくれない。
もちろん、返事をすることはできなかった。
千鉱相手に気持ちがないのに受けるような不誠実はしたくないし、かと言って断れば今後が気まずい。亡き親友に代わって千鉱の子供の顔を見たいし、何ならお小遣いやお年玉も渡したい。そのために貯蓄の一部を別の口座に分けて積み立てしているのだ。
口座のゼロの数を思い浮かべてどうにか落ち着きを取り戻す。やはり混乱した時は素数を数えるに限る。口座の残高は素数ではないが。
だが、おかげで導き出せた答えを伝えるべく顔を上げた。
自分を見る赤い目は相変わらず熱を孕んでいて、触れたら火傷しそうな錯覚すら覚える。
だがその目を真っ直ぐに見つめ返し、柴は口を開いた。
「チヒロ君」
「はい」
「ごめん」
つい数秒前までは大人の矜持がなどと意地を張っていたが、そんなことをしても事態は好転することはない。
先手必勝。人生はいつでも逃げるが勝ちなので、手印を結んで妖術を発動する。柴はこの日ほど自分の妖術が転移であったことに感謝したことはなかった。
逃げないでくださいと言われたばかりなのに卑怯ではあるが、もうどうしようもないので今回ばかりは見逃してほしい。
後から話を聞いた薊からは拳と最悪の称号を頂くことになるのだが、そんなことはどうでもよかった。
「どーしょっかなー
……
」
意識はしていなかったが転移したのは自分の車の中。千鉱から少しでも距離を取れたことに安堵してハンドルに額をつけながら呟く。
兎にも角にも、まずは落ち着ける場所に移動しなければ。
そう思ってポケットに手を入れると、いつも入っているはずの鍵がない。
「うわ
……
やってもうた
……
」
鍵を取りに戻ろうかとも思ったが、置いているのはリビング。まだ千鉱がその場にいる可能性が高い。
仕方ないと息を吐いてもう一度手印を結ぶと、柴の姿はまた消えた。
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