氷紀
2025-07-01 15:41:59
11967文字
Public 迷い込んだ彼らの話
 

それでも愛と呼べるなら 02

『迷い込んだ彼らの話』第二部。
CPは高沢+ゲタ墓です。
相変わらずの特殊設定が山盛りです。あくまでこの話のみの設定ですので、ご注意ください。



 高山の隣に座ろうとしたとき、一瞬、重心を失いかけた。まだ目眩が治まりきっていない。でも、大人しく居眠りを続けていられる気分ではない。
「連中の術を、ある程度でも無効化できれば、と思いましてネ。符を作っていたンですヨ」
 それまで何をしていたのか、という高山の問いに、目眩をごまかしながら、僕は辛うじてそう答えた。
 玄藤と高山、それから玄藤の眷属とカラスたちのお陰で、敵が使える術の種類と、ゲタ吉の居場所はだいたい見当がついた。あとは奪い返しにいくだけだが――黒鏡衆は、相当な術の使い手を抱えた集団だ。少なくとも、ゲタ吉をさらえるような相手だと思えば、用心に越したことはない。
 握り込めるくらいの大きさの木札に特定の紋様を書き込んで、妖力を込めてから薄紙を巻いて封じ、外から来た特定の力だけを無効化する護符とする――効力に限度はあるが、ないよりはかなりマシなはずだ。
 それを三つ作ったところで妖力に限界が来て、うっかり居眠りをしてしまったのは不覚だった。眠っている場合ではないのに。
「無理はいけませんよ、墓場殿」
 符の仕上げに使う香油の調合材料と道具を座敷まで持ってきて、玄藤が気遣わしげに呟く。
「それだけ効力の強いものを三つ、一気に作るのは……なかなか骨の折れる作業でしょう。いくらあなたでも」
「骨の一本や二本で済むなら、喜んで折りますヨ。ほっときゃ治る」
「またそういう……
 半ばあきれ顔の玄藤に向かって、それより、と言葉を重ねる。
「連中が『儀式』をおっ始めそうなのは、だいたいいつくらいからなんです?」
 高山が、儀式? と疑問の表情を浮かべる。
 それをさっとくみ取って、玄藤は答えてくれた。
「黒鏡衆には、『神の火を女の腹に宿す儀式』というのがあるそうでしてね。ゲタ吉さんは、その為にさらわれたと見て間違いない。……先ほど文献をあたって、術の様式を詳しく調べたのですがね、性質からして、決行されるのはおそらく、次の満月です」
「あと三日か……
「しかしそこまでに、儀式とは別の目的で身体を弄ばれる可能性は……まあ、連中のことですから。かなり高いでしょう」
 奥歯が鳴るのを、他人事のように聞いた。
 今頃ゲタ吉がどんな目に遭っているか。……男の精を利用する術式など掃いて捨てるほどあるが、ゲタ吉がその犠牲に、と考えただけで、自分でも驚くような怒りと嫌悪感が湧いてくる。浮かぶ予測は嫌なものばかりだ。自分の想像で吐き気を覚えるなんざ、全く自業自得としか言いようがない。だというのに、気分はどんどん傾いていく。

 白い髪と白い肌、暗赤の瞳を備えたあの身体は、あいつが己の魂以外に唯一、元の世界から持ち出せたものだ。父親を偲ぶ形見でもある。他の全て、文字通り何もかも失ったあいつの、最後に残ったその身体を――誰かに弄ばれて良いわけがない!

 言葉を失ったまま、ひたすら歯を噛みしめていると、ぽん、と背中を叩く感触がある。正面の玄藤からは見えないだろう位置で、高山が……僕が驚きを顔に出す前に、あくまで冷静な表情を保ったまま、高山は言い切った。
「それなら今日にでも、助け出しに行こう。早いほうがいい」
「高山、お前」
「まさか一人で行く気だった? ……そんなことないよね。護符は三つ作ってるんだから」
「それは、万一のことを考えて」
 本当は四つ欲しかった。自分と高山と沢城と、あとちいさいのの分。殴り込ませる為ではなく、これ以上の危険を避けるために――あと一つくらいなら、もう少し休んでからなら作れる、という考えを口に出すより早く、高山に先を制されてしまう。
「もし護符がなくても、墓のがダメって言っても、僕は行くよ。今夜一晩でも、ゲタ吉が苦しんでるのを見過ごすなんて、僕にはできないからね」
「場所、まだ説明してない気がするンですけど」
「そのパンフレットが置いてある場所、でしょう? ……カラスたちに訊ねていけば、すぐだよ」
 その言葉の真偽はともかく、あっさりとそう言い切ってしまえる高山の性根に、降参、の気分が湧いてくる。
「全く、その無謀とお人好し、誰に似たんですかネ?」
「父さんかな」
 ……高山の父さんが一体どういう性格だったのか、今更ながら気になってきた。
 しかし今そこに突っ込んでいる場合ではないので、僕はため息交じりに言葉をつなげる。
「分かりました、でも一人で行かせる訳にはいきませんネ。何せ相手は術師の集団です、捕虜が二人になられたら、たまったもんじゃありませんヨ。……香油の調合で、こちらの作業も終わりです。せめてそれくらいは、待っててくださいヨ?」
 軽く笑って頷く高山を、玄藤がどこかほっとした面持ちで見守っている。