氷紀
2025-07-01 15:41:59
11967文字
Public 迷い込んだ彼らの話
 

それでも愛と呼べるなら 02

『迷い込んだ彼らの話』第二部。
CPは高沢+ゲタ墓です。
相変わらずの特殊設定が山盛りです。あくまでこの話のみの設定ですので、ご注意ください。



 翌朝、二羽のカラスが鳴く声で、僕は目を覚ました。
 手紙の内容を思い出す。墓のが帰ってきたのか。居間を出て台所を抜け、食料や薬草の保管庫を抜けて、裏口へ――そこに墓のの姿はなく、かわりに、裏口の郵便受けから、カラスがくちばしで紙を押し込んでくるのが見えた。
 受け口から落ちそうになるのを慌てて受け取ると、それは文庫本くらいの紙を四つ折りにした紙だった。広げてみれば、墓のの文字でこう書いてある。

『高山へ
 頼みたいことができました
 この手紙を見たら、玄藤の神社まで来てください

 沢城へ
 ちいさいのについていてください
 今、ちいさいのを一人にするのは危険です
 高山が外へ出たら、必ず鍵をかけなおすこと
 用事が済んだら高山と二人で帰ります

 墓場鬼太郎』

 文字にも文面にも違和感はない。念のため、手紙の『情報』を探ってみる。カラスにまつわるものは除外して、感じ取れたのは、社務所の座卓と万年筆のようなモノの感触、神使の狐のごく薄い気配、あとは文面の情報そのままの言葉と僅かな焦り、そして静かで深い怒りが、腹の奥底にどんと鳴り響くような――気配の質からして、墓のの書いた文章で間違いなさそうだ。こんな気配、誰も真似できない。
 同じ『鬼太郎』の、だけどここにいる誰とも違う、世界と深くかみ合う気配。

 手紙を持ったまま居間まで戻ると、沢城くんが目を覚まして起き上がっていた。昨日あのあと、部屋から布団をもってきて、二人で交代しながら見張りを続けていたんだけど、結局何もないまま朝がきた。ひとまず平穏なのは良かったけど、状況は何も変わっていない。
 ちいさいのの寝息が、ちいさな漣のように聞こえる。
「先輩、それ……
「墓のからだよ」
 座卓のいつもの位置に座る。
 沢城くんは文面を一通り読み終えると、改めて顔を上げた。
「先輩が帰ってきたときの合図、決めておきましょう」
「そうだね。……これで、どうかな」
 軽く握った拳の甲で座卓を軽く叩く。二回、三回、一回――ちいさいのを起こさないように、できるだけ音は立てずに。
「帰ってきたら、扉か窓か壁か、とにかくこのリズムで叩くよ。ちいさいのにも、起きたら伝えておいて」
「はい」
 ちいさいのはまだ、真っ白な毛布の中で、丸くなって眠っている。その背中を毛布越しにそっとひと撫でしてから、沢城くんは僕と一緒に立ち上がった。

 玄関まで来て、三和土におりて下駄を履いた僕の肩に、沢城くんの手がそっと置かれる。黙ったまま、視線で僕の目を捉えて――肩の上、白い人差し指が、さっきの僕のリズムをなぞった。音もなく、二回、三回、一回。
……ですね?」
「うん」
 僕が頷くと、肩に置かれた沢城くんの手が、僕をぐいと引き寄せる。
 続いて額に、触れる感触。あまりにも一瞬すぎて、とっさに何が起きたか分からなかったけど――把握するのとほぼ同時に、沢城くんの声が静かに響いた。
「気をつけて、先輩」
 ごく普通の言葉の中に、言葉の千倍くらいの想いが載っているのを感じる。
 僕は軽く笑って頷いた。
 肩の上の手に、自分の手を重ねて一回、握る。
「行ってくるね」
「行ってらっしゃい」
 沢城くんの手が、やんわりした動きで離れるのを感じてから、僕は玄関を出た。

 玄藤さんの神社までの道は、何度か行ったことがあるから知っている。僕がこの世界に飛んできてしまったとき、墓のと一緒にいろいろ助けてくれた神使の狐の根城――墓のの父さんの事情を僕に教えてくれたのも、玄藤さんだ。

 明け方の町を抜けて、神社の入り口にたどり着いたら、真っ白い子狐が僕を迎えてくれた。玄藤さんのお使い狐だ。鳥居を潜り、ついてこい、と仕草で示す子狐に従って、奥へ。
 子狐に案内されるまま、朝の静けさに佇む社務所の奥へ進んでいく。何か紙をめくる音がかすかに、連続して聞こえて――途中の座敷から玄藤さんがぬっと顔だけ出したので、僕はその手前で足を止めた。
 子狐が玄藤さんの元へ駆けていく。
「すみません、高山さん。お迎えにも立ちませんで……
 玄藤さんが声を潜めている理由は、鴨居を潜ってすぐに分かった。座敷の下座で、墓のが黒い座卓に突っ伏して眠っていたからだ。黒い座卓の上には他に、地図と、開きっぱなしの本が何冊かと、硯と筆。あと、湯気が絶えた緑茶の湯呑みが一つ。
 ――何があったんだ、何が。
 そう思った僕の表情を読んだのか、玄藤さんは手元の本を閉じて座卓に置き、眠る墓のの肩へ、床に放ってあった膝掛けらしき毛布をかけると、一旦こちらへ、と奥の間に案内してくれた。

「墓場殿から、話は聞いております。ゲタ吉さんがさらわれたとか」
 さっきの部屋にあったのより二回りくらいは小さい座卓を挟んで、僕と玄藤さんは正面から向かい合って座る。
「正直、僕も沢城くんも、状況がよく分かっていないんですけど……
 まずは落ち着いて、と言いたげな仕草で、玄藤さんはお茶を淹れてくれた。香りのいい緑茶だった。
「それでも、高山さんのくれた絵……あの西洋魔術の符の図柄で、目星は付きましたよ。ほぼ確定です。冥鬼道<めいきどう>の一派の仕業です」
 玄藤さんの、狐目というには垂れ目の印象が強い栗色の瞳に、曰く言い難い光が宿る。
「冥鬼道?」
 沢城くんの言っていた、裏鬼道という連中とは違うんだろうか――僕は黙って続きを待つ。一拍おいて、玄藤さんはやや意外そうに呟いた。
「ああ、……もしかして高山さんは、元の世界で、鬼道衆に関わったことがないのですか?」
「はい。沢城くんは、裏鬼道っていうのを知っているみたいですけど、僕は……
……やはりあなたの時間軸の方が遠いのか。いいでしょう、説明します」
 玄藤さんの手元の湯呑みにも、僕のと同じ緑茶が注がれる。長い話になるのを覚悟して、僕はそっと湯呑みの茶を含んだ。

 この世界でいう鬼道衆とは、元々、修験道の一派だという。歴史は古く、記録に残っているだけでも千年は遡れる集団で、山の中で様々な修行を行い、時には神社や国、有力者の依頼で妖怪退治などもこなしていた、一種の職業集団のようなものだったそうだ。
 明治の終わり頃までは実体のある集団だったけれど、内部抗争と幾度かの分裂を経て徐々に勢力を失い、この世界でいう第三次世界大戦――あるいは『地獄崩壊』の直前の時点では、先祖伝来の術を受け継ぎながら暮らす家系が、日本全国に点在する形で二十ほど、残っている程度だったという。

「様相が変わったのは、『地獄崩壊』の直後からです」
 玄藤さんの声音が、一際厳しくなる。
「世界の境目が壊れた影響で、人間の中にも、妖怪や幽霊、魂や思念体のようなものを知覚できる者が激増したのです。しかし……戦争の影響で、この日本における『目に見えないものを受け容れる体系』は、もはやズタズタでした。そうすると……訳の分からないものが、ただただ見えるだけの人間たちがどうなるか、分かりますか」
「ええと……よく分からないものを、自分で何とか理解しようとする?」
「そうです。自分なりに理解しようと努めるだけならまだしも、それを他者に歪んだ形で広めたり、既存の神や教えの形に無理やり当てはめたり、挙げ句、自分で教義をこしらえて団体を立ち上げたりする者も増えて……それで、十年ほど前あたりから、鬼道衆の教えを受け継ぐ家の幾つかが、そういう手合いに利用されているのです」
「それが……冥鬼道?」
「正確には、鬼道衆の業を、左道や外法と呼ばれる方向に利用する連中が、そう自称している、と……我らの主の言葉です、間違いないかと」
 我らの主、という一言で玄藤さんの立場を思い出す。彼は神使の狐なのだ。……と思ってふと気になったので、口を挟んでみる。
「冥鬼道の出所については、分かったけど……あの、玄藤さん。地獄が崩壊して、閻魔大王が消滅して、でも稲荷様は無事なの?」
 厳しいままの栗色の瞳が、それでもかすかな苦笑を浮かべて頷いた。
「かの御方と我ら眷属は、良くも悪くも人間に近かったお陰で、『地獄崩壊』直前の時代でも、忘れられてはいなかったのですよ」
「そうだったんですか……
「それに少し古い時代、人間に社を追われた『寄る辺なきもの』たちに、拠り所として眷属の地位を用意した過去もあります。お陰で我らにはまだ、この国の全体に網をはる力が残されているのです」
 ――少し、心がざわついた。
 元の世界で、僕の肩に乗っていたこと。地獄の鍵、四十七士。
 玄藤さんとこの世界には関係ない、と言い聞かせながら湯呑みを傾け、波だった心を宥める。
「ただ、それもいつまで持つのやら……と、これは今話すことではありませんね。話を戻しましょう」

 残り三割くらいになった僕の湯呑みに、玄藤さんはまたお茶を注いでくれた。
 再び持ち上がった湯呑みの水面に、景色が揺らいで映る。

「ゲタ吉さんをさらったのは冥鬼道の一派、黒い鏡と書いて黒鏡衆<こっきょうしゅう>という連中です。西洋魔術と鬼道衆の業を組み合わせて使う団体はいくつかありますが、それをゲタ吉さんをさらえるほどに鍛え上げた集団は、我ら眷属の目が届く範囲の中に、黒鏡衆しかいないのです」
「前から、目をつけていた奴ら……ってことですね」
「そうです。といっても本来墓場殿とは関係ない、我らの事情で目をつけていたんですが……とにかく狙いは、黒鏡衆がゲタ吉さんの子を得ること、のはずです」
「あの西洋魔術の符、やっぱり、そういうのだったんですね」
 僕がほとんど表情を動かさずに受け止めたのを見て、玄藤さんは少し安心したようだった。
「ですから、ゲタ吉さんが即座に殺されることはないでしょう。ただ、……死んだほうがマシな目に遭う可能性は、もちろんあります」
 遠回しな表現だったけれど、言わんとすることはよく分かる。
 きっと沢城くんと出会う前なら、ただただ想像力で補うしかなかった事柄だけど――子供を作る行為、肉体的な交わりに快楽はある。でもああいうのは、行きすぎればとんでもない苦痛になる。ましてそれが、意に沿わない交わりだったら、尚更そうだろう。……分かるように、なってしまった。
「我ら眷属も、あの黒鏡衆どもとは折り合いが悪く……とにかくあなた方に、ゲタ吉さんを助け出していただきたい。あのちいさい子と墓場殿の気持ちも思えば、猶予はありません」
「分かりました。……それで、何かやってほしいことがある、って墓のの手紙にあったんですが」
「本題ですね。あなたは物に宿った記憶が読めるとか……少しお待ちください」
 そう言うと、玄藤さんは音もなく腰を上げた。また緑茶を一口含んで、何となく先ほどの言葉を頭の中で繰り返し、あれ、と思う。
 ――墓場殿の気持ちも思えば?
 そういえば、僕と沢城くんがこの世界に来たとき、ゲタ吉と墓のとちいさいのは、既に一緒に暮らしていた。ゲタ吉とちいさいのが、もはや実の親子を上回るくらいの仲なのは見れば分かるとして、……墓のの内心は、僕には未だに分からない。
 人間にも妖怪にも神格にも精霊にも肩入れせず、ただ、世界を『そういうもの』と眺めて、父さんの影を追っている――仲間に手を差し伸べることはしても、誰にも深入りしようとしない感じは、今も相変わらずだ。
 だから、玄藤さんの一言がひっかかったのか。同じ『鬼太郎』の誼で助けたい、という気持ちは、そりゃ墓のにもあるだろうけど……

「お待たせしました」
 結局判断がつかないうちに、玄藤さんが戻ってきた。さっきまではなかった、白い手袋を嵌めている。そして、その手に何枚かのパンフレットを抱えて――座卓の上に一枚ずつ置かれていくソレらの表紙には、なんとか奉賛会とか、料理教室のご案内とか、民俗学講座とか、たのしいフラワーアレンジメントとか、そんな文字列が並んでいる。てんでんばらばら、何の関係もなさそうな紙面だ。
「このパンフレットはそれぞれ、黒鏡衆と強い関わりを持つ団体が配っているものです。この一晩で、『心を惑わす術がかかっているもの』を目当てに、墓場殿のカラスと私の眷属たちが集めてきたものですが……眷属たちは、それを『人間の術』とまでしか、識別できませんで。そこであなたに、この冊子のどれかに、あの西洋魔術の符と同じような符の記憶が『残って』いないか、見て欲しいのです」
「そうか、もしあの破れた符と同じ系統の術の気配が残っていたら、そのパンフレットの団体に、ゲタ吉をさらった術者がいるかも、ってことですね」
 玄藤さんは強く頷いた。
「一カ所だけなら話は早いですし、複数だとしても、選択肢を絞れるのは大きい」
「そうですね」
 そうと分かれば、話は早い。
 僕は机の上のパンフレットの一枚に、手を伸ばした。