氷紀
2025-07-01 15:41:59
11967文字
Public 迷い込んだ彼らの話
 

それでも愛と呼べるなら 02

『迷い込んだ彼らの話』第二部。
CPは高沢+ゲタ墓です。
相変わらずの特殊設定が山盛りです。あくまでこの話のみの設定ですので、ご注意ください。

「すみませんネ、また面倒に巻き込んじまって」
「薬の礼、ということにしておいて頂ければ結構ですよ。……それにしても、妙な話ですね。高山さんのこの絵に嘘がないなら、相手方はなかなか、ろくでもないことを企んでいるようです……
 カラスが加えてきた手紙のうち、高山が紋様を描いた一枚を手に取りながら、玄藤の口調は静かなままだ。気配も山奥の巨石のように乱れない。人間の姿だと細身に入る部類だろうに、なぜか巨石の印象がある。見た目よりは気配の質が、そういうものだからだ。
「ですネ。捕縛術と色欲の護符を同時に使うなんざ、よっぽど趣味の悪い変態か、そうでなけりゃ……優秀な子種が必要なのか」
「だからこそ、相手の目星が付けやすいとは言えますけれど……
 玄藤が意味ありげに言葉を切る。
 夜の社務所の一室に、相変わらず僕と玄藤以外の気配はない。外には、地脈の流れに沿った土地の霊力の流れが感じられるが、それだけだ。
 今は待つしかない――玄藤は、そういうことをしそうな集団に、いくつか心当たりがあると言った。あの破れた符の術式と、高山たちからもたらされた情報を組み合わせれば、候補はいくつかに絞られるという。
 そこで僕はカラスたちに頼み、玄藤は配下の狐たちに指示を出して、ゲタ吉の手がかりを探すことにした。動くにしても、その結果を待ってからだ。

 黙り込んだ玄藤が何をするかと思えば、保温ポットの湯を使って、何故か茶を淹れ始めた。僕も同じく黙ったまま、考えをまとめる。
 ――ちいさいのは無事。家は高山と沢城が籠城している。だからあちらはひとまず大丈夫だとして、問題はゲタ吉の身の安全だ。
 いくらあいつが強くても、相手が悪かった。あの符は、鬼道衆か、それに近い一派が使う形式の符だ。触れた相手の霊力をねじ曲げ、内側から相手自身を縛る術。そこに西洋魔術の、色欲の符を組み合わせているとすれば、狙いは最初からゲタ吉……というか、『幽霊族の成人の男』だったに違いない。仮に、そこにいたのが僕だったら、僕がやられていたことだろう。子種目当てなら、殺されはしないはずだが――その一点が、どうしようもなく癇に障る。

「随分な顔をしていますよ、墓場殿」
 玄藤が差し出してきた湯呑みを、僕は半ば反射的に受け取った。
「そう、なンです?」
「お父上がいなくなったときと、同じくらいには」
 鏡もないのにそう言われても、自分ではよく分からない。しかし玄藤が僕を気遣ってくれているのは間違いないので、僕はすみませんと一言断ってから、湯呑みを傾けた。ぬるめの緑茶だった。
「そうですネ。……酷く腹が立っているのは、本当です。もしちいさいのを連れ出していたのが僕なら、さらわれるのはゲタ吉ではなくて僕だっただろう、と思うと余計に」
「自分が酷い目に遭った方がマシだと?」
「エエ。ゲタ吉は強いが、頑丈さなら僕のが上です。体も頭の中身もネ」
 玄藤が、自分の分の湯呑みを手に取って、微かな苦笑を浮かべた。
「頑丈だからといって、酷い目に遭えば辛いでしょうに」
「そう、どれだけ強くたって、殴られたら痛い。……僕ァゲタのに、もう酷な目に遭って欲しかないンですヨ。あいつをこの世界に括り付けたのが、僕である以上は」
 気がつけば、本音がこぼれ落ちていた。
 若干居心地が悪くなって、言い訳のように付け加える。
「マァ……ゲタのを括り付けるって決断は、ちいさいのが居ればこそ、できたことですけどネ。でもやっちまった以上、術師としての責任は僕にある」
「それは確かに。……あのときも、あれだけ重い魂にあれだけ重い術をよくもまあ、と思いましたよ?」
「そりゃア、かける方もかけられる方も、『鬼太郎』ですからネ。その上、片手にゲタ吉、片手にちいさいの。……それだけでもう、手一杯ですヨ」
 玄藤になら、とくに名前を出さずとも伝わる。僕が話しているのは、ゲタ吉とちいさいのをこの世界に留めている、楔の術式のことだ。

 ――楔とは、車輪を留めるものであり、石を割るものである。

 楔の術式とは、外の世界からやってきた魂を、この時間軸に括り付ける術――と、いうことになっているが、一口にそうは言っても、内実は単純ではない。
 正直言ってかなり外法に近い、と僕は勝手に思っている。
 本来、人間も妖怪もそれ以外も、それぞれの世界に生まれ落ちるだけの理由がある。その理由を、術をかける方とかけられる方、双方の『魂の意志』に基づいてねじ曲げるのが、楔の術式の本質だ。……やっぱりだいぶ、外法寄りだろう。

 実のところ、楔の術式がなくとも、他の条件が揃えば、特定の魂が時間軸を渡ってくることはあり得る。今の沢城と高山のような、いわば旅人にあたるケースだ。
 ただ、その旅人が、本来とは別の時間軸に長く留まりすぎると、『元いた時間軸での不足』と『今いる時間軸での過剰』を補償する力が働き始める。ごく分かりやすいところを言えば、元の世界での知人や縁者、家族から、旅人の記憶が別の何かに置き換えられていく。そして渡った先の世界で、旅人は『異物を排除する力』に晒され続ける。それは事故や病、本来有り得ないような不運やトラブルのような形をとって――僕の知る限り、無策で十年を超えて無事だった旅人はいない。

 裏を返せば、策はある、ということだ。
 まず高山のように、そもそも己の体内に『次元の壁を貫通する力』を直接宿している場合、補償する力は一切働かなくなる。または今朝の沢城のように、元の世界の誰かに『自分が別の時間軸で生きている』と伝えられれば、この補償する力は大幅に軽減される。完全にゼロにはならないにしても、無視できる程度には。

 このどちらにも当てはまらないゲタ吉とちいさいのは、放っておけば、補償する力に晒されることになる、が――楔の術式は、この補償する力のうち、『異物を排除する力』を事実上、ゼロと同じ状態にできる。即ち、別の時間軸の魂を、元からこの世界の住人であったのと同じような状態にできるわけだ。

 その対価は、『術者が旅人になる自由を失うこと』。
 あいつらを抱えている間、僕はこの時間軸から離れることができない。
 どうしても離れたかったら、自害する以外の道はない。

 世界の理をねじ曲げたにしては、随分と軽い対価だ。でもこれは、楔の術式の『片面』だけを活かしているからに過ぎない――この術式は、父さんの遺した本に載っていたものだ。その本によれば、もっと別の使い方がある。この術式を生み出したのは幽霊族のご先祖様で、本来は別の使い方のほうが目当てだったらしい。

 術は使い方次第。
 ――僕は車輪を留める為だけに、この術を使うことにしたのだ。

 僕の内心を一瞬で駆け去っていったアレコレを知る由もなく、玄藤は小さく笑った。
「だったら……私としては尚更、ゲタ吉さんを助けなくてはいけませんね」
「妙にやる気ですネ」
 玄藤が何か答えようとしたのを遮るように、社務所の縁側からキツネの鳴き声がした。玄藤の使いが戻ってきたのか。
 どれ、と腰を上げた玄藤の背を、僕は黙って見送った。