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捺
2025-07-01 02:16:36
8853文字
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堂々めぐるいのちたち
『いのちからがら堂々めぐり』の後日譚やアナザーストーリーをあげていくところ。繋がってたり繋がってなかったり何もかも不規則ごちゃ混ぜです。
1
2
3
[After story...2]
(黒崎一護へ向けて、改めて、自己紹介)
夏はこれからが本番だというのにすでに茹だるような毎日だ。昼時を迎えた学生ですっかり賑やかになった空間で、飛び交っている話題のほとんどはその暑さと、夏休み前の課題に対する嘆きばかりのようだ。この大学のカフェテリアは食事ものを提供するごく一般的な学食と、種類豊富な飲み物を中心にパンやスイーツなどを扱うカフェが併設されている。大学の一角を贅沢に使ったなかなかの大空間である。室内側には白で統一されたテーブルが整然と並び、総ガラス張りになっている窓側に向けてはミディアムトーンの木目調テーブルが散らすように配置してある。席の使用方法が明確に区分されているわけではないが、前者は学食、後者はカフェ、と使い分けられている場合が多いようだった。
「
…………
忙しい?」
控え目に問いかけられた声に、ここの院生であるグリムジョー・ジャガージャックが作業の手を止め顔を上げた。パソコンと向き合っていた瞳を瞬かせ、顔には驚きの色が滲んでいる。その瞳の先には、今ほどカフェで購入したのであろうサンドイッチとチルドカップを持った男子学生がひとり立っていた。ロゴが誂えてあるスポーティな黒のTシャツに、白のサイドラインが入ったダークグレーのワイドパンツを合わせ黒のバックパックを肩に引っ掛けている。そのシンプルな装いが人目を引く夏色の髪を際立たせているようでもあり、中和しているようにも見える。
「い
…………
黒崎」
思わず親しみ慣れた名前の方を呼びそうになりすんでのところで軌道修正をした。声を掛けてきたのは、黒崎一護。グリムジョーが前世で出会ったイチゴの転生者と思しき学生である。出会いは五月に遡り、あれから早二ヶ月。その間、こういった昼時に数回顔を合わせている。そのどれもが意図的なものではなく、構内で自然とその姿を見付けてきた。すれ違いざま、昼食をとる彼に当たり障りのない挨拶をし、二言三言の言葉を交わすくらいのことである。そして一護から進んで歩み寄り声を掛けられたのはこれが初めてのことだ。
「
……
え、聞こえてる?」
グリムジョーの頓狂な様子を訝しみながら、一護はもう一度忙しいかと聞き直した。なんだかいつも驚かれているような気がする。表情だけでそう物語る一護に、グリムジョーは我に返ったあとで聞こえていると肯定を返した。
「わりぃ、邪魔した?」
「急ぎのやつじゃねえから気にすんな」
「ならご一緒してもよろしいですか」
「片すからちょい待て」
パソコンをテーブルの端に寄せ広げていたプリントを荒くまとめる。それらをキーボードの上へと置き一先ずそのまま画面を閉じた。なんとも乱雑な所作を心配そうに見届けてから、お邪魔しますと添えた一護が招き入れられるようにして椅子に腰掛けた。
「学食なんて珍しいな」
「飲み物買ったりでけっこう来てるけど、そん時に会ってないだけ
……
じゃないですか」
東向きのカフェテリアは午前から昼間にかけて一番陽射しを取り込むのが仕様で、開放的なガラス窓からは室内に居ながらも夏の燦々とうたう陽気を肌で感じる。空調はこの暑さに負けじと励んでくれているためもちろん涼しくはあるのだが、学生は女子を中心になるべく日光に晒されない室内側へとおのずと集中していた。窓際の隅にあるこのテーブルは運良くシンボルツリーと化している楷の木により陽射しが程よく遮られ食堂内でもどこか孤立した穴場のような状態になっている。
「いつものは?」
サンドイッチの包装を順序通りに開けていく一護にグリムジョーが脈絡もなしに尋ねた。
「いつもの
……
?」
首を傾げながらグリムジョーを見れば、手元を示すように顎をしゃくって見せてくる。一護はそれを追って視線を落とした。
「昼メシ?ああ、おにぎり
……
のことですか?」
その返答は正にグリムジョーの論点どんぴしゃりである。しかし何故だか急に敬語を使い出した一護の不自然さにグリムジョーまでつられて首を傾げてしまった。
「
……
そう
……
だな?」
疑問を疑問で返してしまったため世界が多少傾いでいても問題はなさそうである。敬語という更なる距離感の広がりに内心戸惑いながらも、今はお互いぎこちない位が自然なのかもしれない。そう無理矢理自分を納得させたグリムジョーが話題をそちらへと摩り替えることはなかった。むしろ押し殺したという方が正しい。
「俺もたまには小麦食いたくなりますし
……
」
言い訳としては謎だがなるほどそうらしい。コーヒーが入った自身のカップを手に取ったグリムジョーが「へえ」とすかさず相槌を入れた。一護の真新しいドリンクに比べると結露が滲み出しており、自分の代わりに汗でもかいているようだ。
「あともう季節的に手作りすんの億劫なだけ、ですね」
「ああ、まあ、この暑さだからな
……
」
二人一緒に外へ視線を向ける。薄ガラス一枚隔てての暑熱世界に思いを馳せればアイスコーヒーが喉を潤す錯覚が深まった。手元に意識を戻した一護はフィルムからサンドイッチを取り出していた。これまでにグリムジョーが見掛けてきた彼はいつも自分で握ったらしいおにぎりを頬張っていたのだ。初めてまともな食事をしている一護に衝撃を受けた記憶はまだ真新しい。
『黒崎が飯食ってた
……
』
『そりゃまあ、食べるでしょうね』
流石の浦原もこの時ばかりは引いていた気がする。
「具も明太子一辺倒だからなんか余計に不安でさ
……
あ、不安なんで」
「その無理してる感ありありの敬語なんなんだよ」
努めて平静に問い掛けはしたが、結局気の短いところが顔を出してしまった。テーブルに身を乗り出すようにして右肘を乗せ、手のひらに顎を預ける。グリムジョーの前のめり姿勢に一護がやっとこ口元まで運んだサンドイッチをひとたび下ろす羽目になっている。
「
……
この前
……
浦原教授、だよな?人文学部の
……
」
その名前が出てきた時点で嫌な予感しかなかった。思わず掌上の顎が滑り落ちて頭を抱えるかたちになる。
「俺、てっきり同じ一年だと思ってて
……
」
申し訳ないとも、気まずいともとれる声で一護が続ける。似たようなトーンを大昔にも聞いた気がする。だんだんと萎んでいく、声。頭を抱えるのをやめたグリムジョーが右手を突き出し一護の言葉を遮った。きっかけは浦原かもしれないが、原因はどうやら自分だったようだ。
「なるほどな。理由は解った。そもそもそれは流石に俺が悪ィ」
一護の言では、浦原はまず当たり障りのない天気の話を振ってきたらしい。いつものグリムジョーと同じように、昼時のこと。一護も学部は違えど教授である浦原のことは知っていたようで、その際に何故か青髪の〝院生〟のことをよろしく頼まれたのだそうだ。
『仲良くしてあげてくださいねん』
グリムジョーからすれば余計なお世話である。
「そういや俺、お前に聞くだけ聞いといて名乗ってなかったのか
……
」
純粋な気付きだ。この二ヶ月、正直それどころではなかった自分を振り返るとなんとも言えない気分になった。グリムジョーにとっては己が何者であるかを示すことより、彼の存在を噛み締めることで精一杯だったのだ。
『さっきイチゴさ
……
いえ黒崎サン見かけましたよん』
今思い返せばそれらしい日にも検討がついた。二週間ほど前のことだ。
『今日は珍しくシャツをお召しで、青藍色に白の花?っスかねえ。オーバーサイズで袖口なんか袂っぽく見えたりして、どことなく和装の着こなしにも見えて、ああグリムジョーさんにも是非見て欲しかったなァなんて。しかしアレなんの花でしょう仙人草みたいな
―――
気になるなあ』
どの角度のちょっかいなのかはたまたマウントなのかもはや理解し兼ねたのだが、知識欲の権化とも言える人文学部教授の浦原喜助である。自問自答しながら勝手にフェードアウトしていったので放っておいた。
「何が仲良くだあの野郎
……
その報告をまずしろってんだよ」
そのグリムジョーの恨み節で、一護はなんとなく二人の関係性の良さを知ったようだった。あくまでも師弟のような関係性を指してのことであるが。
「
……
でもさ、俺もなんか変だなと思ったんだよ」
「浦原がか?」
首を横に振った一護が苦い笑みをたたえている。
「呼び捨てはマズイだろ」
そうして控えめに窘められた。敬語もいつの間にか失せ、これまでと同じ口調に戻っている。
「そうじゃなくて、知らないってことに違和感なかったんだよなあ、あの人に言われるまで」
「それは
……
知らなくて当然だからじゃねえのか」
「なんかそれともちょっと違う気がすんだよな」
声を掛けてくれるのは出会った縁からで、特に深い意味はないのだろうと一護は思っていた。勝手に同年と決め付けた先入観は、どこか近しいと感じたのかもしれない。あまつさえそれらを聞こうとも思わなかったのは、どこか見知った相手に抱く安堵感のようなものが先行していたような気がするのだ。
「あんたを知らないとそもそも思ってない、みたいな
……
?」
自分でもまとめ切れないといった一護の悩ましげな素振りに、グリムジョーはただただ胸が詰まるような感覚をおぼえていた。
「でも院生だって知った途端にやっぱり何も知らないって気付いてさ
………
ごめんワケわかんねえよな」
グリムジョーの葛藤を一護は知る由もない。ただ自分自身に困り果てたように苦笑している。脳裏に浮かぶ面影が、容易に目の前の姿と重なり堪らず振り払う。そうして拳をぐっと握った。
「グリムジョー」
「え?」
しかと名乗りをあげた目が、真っ直ぐにブラウンの瞳を見た。再会した皐月の空を思い出す。分かたれた梅雨の湿り気は遥か遠い。もう共に生きたいとは望まない。思い出して欲しいとも望まない。グリムジョーはもう、大それた願いなど決して抱いていない。
「人文学専攻、グリムジョー・ジャガージャック」
ただ、彼が生きる時間のなかで自分も生きたい。それだけだ。
「グリムジョー
……
ジャガージャック
……
」
一護がその名を静かに反芻した。今世で呼ばれた最初の名だ。
「黒崎、ひとまずさっさとそれ食った方がいいぞ」
「あ
……
」
ずっと手にしていたサンドイッチの具がこぼれ出し、食パンの端っこも乾いてきていた。スマホに表示された時間も相俟ってか一護が焦りながら昼食を頬張り始める。そのすべてをグリムジョーは噛み締めながら見つめた。3コマ目が始まるまで、あと二十分。
「食い終わるまで、此処に居させてくれ」
そんな最小単位の願いだけを、音に乗せた。
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