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捺
2025-07-01 02:16:36
8853文字
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堂々めぐるいのちたち
『いのちからがら堂々めぐり』の後日譚やアナザーストーリーをあげていくところ。繋がってたり繋がってなかったり何もかも不規則ごちゃ混ぜです。
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[After story...1]
黒崎一護。今世でのあいつの名だ。研究室に戻り新入生名簿を浦原と共に確認した。あの頃と変わらぬ眩いばかりのオレンジ色の髪と、優しさという土壌に真摯さの根を張ったようなブラウンの瞳。細身ながらも健康的な体躯をしていることにひどく安堵の気持ちが湧いた。少しばかり背が伸びていたような気もする。紛れもなく、あれはイチゴであると俺の本能が確信していた。夢でも幻でもない、あいつは俺の前に再び現れたのだ。
「グリムジョーさん、良かったですね、ほんとうに」
パソコンの画面を俺に向けた浦原がついでに肩をぽんと叩いた。珍しく労うような仕草だ。画面に映し出された写真付きの新入生データベースが、先ほどの出来事が現実であると改めて示している。生年月日、血液型、現住所、出身校。十数年のれっきとした軌跡だ。あいつが存在しているという事実が、記録として目の前にある。唇を真一文字に結び、にこりともしていない学生の写真を見つめたまま、ひたすらに襲い来る様々な感情の処理に追われていた。
「浦原
……
お前はこうなると思ってたか
……
?」
「いえ、ココまでの急展開は流石に
……
ただ、アタシとアナタが出会う世界線に彼が居ないなんてことは無いんじゃないか、とは考えていました。アタシとアナタが再会して記憶まで共有したということは、我々には今世でするべき答え合わせがある、そういった思し召しかなと
……
」
「それはつまり、あいつが本当に山から解放されたかどうかを俺たちが判断する世界ってことか」
「そうでしょうね。そして正にこれがグリムジョーさんとの出逢いを切っ掛けに彼自身で選び、行動し、取り戻した結果だ」
らしくもないのは承知の上なのだが、やはりどうしてか、あいつの事となると込み上げるものがあるらしい。浦原もどこか胸を撫で下ろすような表情で肩の力を抜いている。それを横目にした俺も、感喜なのか高揚感なのかよく分からない感情をやり過ごそうと長めの深呼吸で誤魔化した。あの日のあいつの覚悟と選択が、こうして実を結んだのだ。あの山から魂が解放され再び人として産まれてきたのだ。願わくば両親と共に、素直にそう願った。ただ
―――
。
「
……
俺とお前ん時みてえに記憶が戻るような様子はなかったな」
パイプ椅子に凭れてふと思い返す。約二ヶ月前になるが、浦原との初対面など本当に散々だったのである。この研究室で二人顔を突き合せた途端、脳内で見知らぬ記憶の再生が猛スピードで行われた。死に際の走馬灯と言うのはこんな風かもしれないと思った程の記憶の濁流だ。それによる頭痛と眩暈。結果、足の踏み場もなく積み上げられていた本やらデスク上のパソコンやらを巻き添えにふたり一緒に卒倒したのである。ただならぬ事態を察した周囲の助力により医務室に運ばれ、目を覚ました時にはもう「初めまして」ではなくなっていた。
「それに関してはアタシもアナタと同じ考えっスよ」
まだ俺の考えは何ひとつ提示していないが、浦原はおもむろに椅子から立ち上がりそう返した。良くも悪くも、浦原喜助という男はこのように予見と先回りが大の得意なのである。
「っつーことは、やっぱあいつにとっては今が一周目、ってわけか」
「恐らくは。まず戻る記憶が無い、と考えるのが妥当でしょうね。若しくは排除されるのは完全に魂だけとも考えられる」
一歩、また一歩と舞台じみた所作で浦原は研究室の扉まで進んでいく。
「記憶はあくまで調律者のものとして山に食われたってとこっスかねえ」
「相変わらずクソみてえな山だな」
こらこら、と形式的に浦原から窘められた。とはいえ、こんな物言いをしてはいるが実のところはそれで良かったのだと思っている。大っぴらにあの山を褒める気になれないためこの通りではあるが。今回ばかりは英断だとすら思える。まっさらな方がきっと良い。あいつにとっては思い出したくもないであろうつらく孤独な時間の方が多かったのは確かなのである。俺と過ごした時間も、あいつにとってどんなものであったのかは知る由もないのだから。
「お互い、ゼロからのスタートって事でいいんじゃないでしょうか」
扉の前で振り返りつつ、浦原はまた俺の機微を察して先回りをした。背中を押すような、柔らかな声音だった。そうだ、きっとそれでいい。イチゴが赴くままに生きられる人生があればそれでいいのだ。人間らしく、人間として。窓に視線を向ける。波打つような白い雲が流れ込み、空の青さを飲み込んで灰色がかっている。予報よりもずっと早い、移り気で気まぐれな天気だ。奥にそびえる街並みの霞み具合を見ると、とっくに降られているようにも見える。
「そんなわけで、浮かれたグリムジョーさんが見事に手ぶらで戻って来たんで教授ともあろうこのアタシがコーヒー買って来ますね~」
「
…………………………
アイスで」
もう空一面がまるで銀鼠色だ。どうかあいつが傘を持っていますように。此処にも間もなく、雨が降る。
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