呪里
2025-06-25 19:25:14
9123文字
Public Code_Abyss 小話
 

〈貴方の前では 今でも〉

熱を出した呪里の小話


 「………り、呪里」

 誰かが呪里の体を強くする。

 「呪里、起きなさい」

 久しぶりに聞く声に、呪里はハッと勢いよく目を覚ました。

 「はぁ………はぁ………

 呪里の体から、先程とは比べ物にならないような汗が大量に出ている。

 「あぁ、よかった。ちゃんと起きられたみたいだね」

 声のする方へ顔を向けると

 「…………せん……せい……?」

 そばにいたのは、呪里と憐を拾い育ててくれた恩師、葛城 零くずしろ れいだった。

 「そう、先生だよ」

 「どうしてここに……?」

 戸惑う表情をした呪里の右頬に手を添え、零は微笑んで答える。

 「久しぶりに娘の顔を見ようとAbyssの本部に行ったら、熱をだして休みと聞いてね。いてもたってもいられずに来たんだよ」

 「そう……ですか………

 呪里は零の顔をじっと見つめた。

 「どうしたんだい?今にも泣きそうな顔をして」

 零は頬から手を離し、今度は呪里の右手をぎゅっと握った。

 「なにか、悪い夢でもみたのかい?」

 呪里は口をつむぎ、黙り込んでしまう。

 「話してごらん。ここには呪里と私しかいないのだから大丈夫」

 零からの優しい眼差しを向けられ、呪里はギリギリ聞き取れる声で話し出した。

 「昔の夢を……見ました」

 「先生と出会う前の、地獄のような日々の夢を」

 零は表情を変えることなく、静かに呪里の話を聞いている。

 「ちいさな……こどもだった頃の私が、親族から酷い虐待を受けているのを……延々と見させられました」

 「あの頃……分からなかった言葉がはっきりと聞こえてそれで……それで……

 「……………

 呪里の目からどんどん涙が流れていく。

 言葉が詰まり、次第しだい嗚咽おえつが混じりだした。

 「途中で先生の声が聞こえて……えと

 「呪里」

 零は呪里の体を起こし、そっと抱き寄せる。

 「せんせ……?」

 突然の行動に呪里は驚いた。

 自身の汗がひどいので離れようとするが、抵抗すればするほど包み込む腕の力が強くなっていく。

 これ以上は無理だなと諦めて力を抜くと、グッと零の片方の肩に顔をうずめるような体制になった。

 「呪里」

 零は穏やかな声で呪里に語りかける。

 「大丈夫、もう呪里を縛りつける奴らはいないんだ。怖がる事はないよ」

 今にも壊れそうな物に触れるかのように、
ゆっくりと呪里の背中を撫でる。

 「昔のようにひとりぼっちなんかじゃない。私や憐、呪里の下で働いてくれる子供達だって、いつだって呪里のそばにいる」

 「……………

 「もし誰かにいじめられるようなら、すぐにお言い?先生がやっつけてあげるからね」

 愛する師の優しい言葉に、呪里は再び涙を流す。

 「……っ、すみません。先生の服、濡らしてしまって……

 「構わないよ、たくさん泣きなさい。そうやって呪里が弱い部分を見せてくれる事は珍しいからね」

 零がそう言うと、呪里は両手でぎゅっと零の服をつかんだ。

 「………先生」

 「うん?なんだい?」

 「一つ……一つだけ、お願いがあります」

 「お願い?」

 呪里が再び体に力を込めたので、零はそっと自身から離す。

 互いの目が合うと、零は微笑み、呪里はどこか恥ずかしそうな表情をした。

 「あの……

 「うん」

 「あ頭を

 「頭を?」

 「な……撫でてほしいんです」

 予想外の発言に零は目を丸くしたが、すぐに先程のような優しい眼差しになった。

 「そんなことでいいのかい?」
 
 「………はい」

 呪里は恥ずかしくなったのか、顔を赤くしてうつむいてしまう。

 「ははっ、もちろんいいとも」

 零は片手を呪里の前に差し出すと

 「おいで」

 と、呪里を手招きした。

 呪里はゆっくりと零のそばに近づき、差し出された手に向けて頭を下げた。

 雛鳥のようで愛らしいなと思いながら、零は両手で呪里の頭を撫ではじめた。

 「呪里はほんとうに撫でられるのが好きだね」

 「…………

 「最近は忙しそうだったし、昔のようにこうやって甘えてこなくなってしまったから、もう親離れしてしまったのかと不安だったんだよ?」

 少しばかり寂しいそうに話す零の片手に自身の手を添えて、呪里は答える。

 「………だから」

 「うん?」

 「あの子達の前ではちゃんとやらなきゃって……。今こうやって甘えてるのは、貴方の前だからです」

 先程まで下を向いていた呪里の瞳が、しっかり零を捉える。

 「私は……たくさんの子達の上に立って、導く立場にいます。でも、その前に私はまだ十八歳の子供です」

 零は目をらす事なく呪里を見つめ返している。

 「私は世間一般の親の愛情とやらを知りません。ですが、こうやって子供が親に甘えるのは、当たり前の事なのでしょう?」

 呪里は触れていた零の片手を自身の頬に添えた。

 「………外では大人の様に振舞っていても、貴方の……先生の前では、年相応の子供でいさせてほしいんです。これは、いけないことなのでしょうか」

 そう呪里に問いかけられると、零はフッと息をこぼして笑った。

 「なんだか、口説かれてるみたいだねぇ」

 「?!いえっ、そんなつもりで言った訳では……

 思いがけない返答に、呪里は焦って言い返そうとすると

 グゥーーーー

 呪里のお腹から大きな音がなった。

 「……ふっ。随分大きな音だね」

 「……聞かなかった事にしてください……

 「それはできないなぁ。……そうだ」

 零は部屋のドアに顔を向け、パチンと指を鳴らす。

 すると、キィとドアがゆっくりと開いていく。

 「類、そこにいるんだろう?でておいで」

 零がそうドアの向こうに声をかけると、ひょこっと類が顔をだした。

 「……類、帰ってきてたんだね」

 「あぁ、実はここへ来る途中で鉢合わせてね。私の代わりに呪里の食事を作ってもらってたんだよ」

 様子を伺いながら部屋に入ってくる類は、小さな土鍋と、先程呪里がお願いしていたりんごのゼリーが乗ったプレートを持っていた。

 『さすがに親子の貴重な時間を邪魔するのはなぁって、廊下で待機してたんだ』

 トコトコと呪里と零の前まで歩くと、呪里の方向を向いてしゃがみこむ。

 『葛城様から、ボスは鶏ガラベースの卵がゆが好きって聞いて作ってみたんだ。食べられる?』

 「うん。たべる」

 『了解。熱いから気を付けて食べてね』

 そう言うと、類は何故か零にいっしょに持ってきたおたまを渡した。

 「………?類、それ私のじゃないの?」

 零も突然の出来事に言葉が出ないでいる。

 『えっ?昔はよく葛城様からアーンしてもらってたじゃん。それやるんじゃないの?』

 「なっ……

 零は類が何を言っているのかは分かっていないが、呪里の動揺と類の表情でなんとなくだが察したようで

 「呪里」

 「はい?………えっ」

 土鍋から一口分のかゆをすくい上げ、呪里の口元に差し出した。

 「ほら、お食べ」

 「せ……先生……自分で食べれます……

 顔を真っ赤にしながら、呪里は差し出された粥を口にする。

 『どう?』

 「ん……おいひい」

 穏やかに笑いながら話す二人を見ながら、零は過去を思い出す。

 (あぁ………懐かしいね。この光景、昔に戻ったようだ)

 零の脳裏に浮かぶのは、かつて零・呪里・憐の三人で暮らしていた頃の事。

 (あの頃の呪里は、壊れた人形の様にずっと無表情だったのに、今じゃこんなにコロコロ表情が変わるようになって……

 類と呪里の頭に手を添え、零は愛おしい者を見るような目でフッと笑った。


























 笑ったり、泣いたり、時には怒ったり

 少しずつ周りと同じように感情を表に出せるようになって

 君は心が先に大人のように成長したね

 でも

 まだ 私の前では

 子供でいてくれるかい?

 今日みたいに

 甘えてくれるかな


 こんな私を

 親として慕ってくれる

 心の優しい子供達

 呪里

 憐

 可愛い 可愛い 私の自慢の娘

 この先も ずっと ずっと

 貴女達のそばで

 〈親〉でいられるように

 近くて遠い場所で

 見守っているからね