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シッケアールよもやま話

三人の日常



【帽子の話】


 う~~ん。う~~ん。
 城内のリビングにあたる広間では、とある音が一定のリズムで鳴っていた。ゾロはそれが耳に入ると、ダンベルを上下させる手がブレそうな感覚を覚える。間違えても落としはしないけど。
 虫が飛んでいるようなその音を発しているのは、実際に虫ではない。ゾロから少し離れた長椅子に座る桃色の娘――ペローナが本を睨みながら発している。彼女にとっては今まさに頭の上を虫じゃないにしても、何かが旋回している状況だろう。ペローナが飛ばすものは、色んな種類の帽子だ。

 最近ペローナはドレスを新調した。今までのミニスカートとは違う、白黒のフリルがたっぷりしたシックで可愛いドレス。それに似合うように髪型もツインテールはやめた。コーディネートはバランスが大事なのだ。頭のてっぺんからつま先まで、抜かりなく『可愛い』を目指したい。けれど肝心のてっぺんが中々決まらなかった。

 そんな訳でここ最近は暇な時間があれば、ペローナは様々な帽子のデザインが載った本と終始睨めっこをしている。う~~んという苦悩する音のオマケ付きで。
 鳴り止んでいたその音がまた始まる。ゾロはダンベルを動かす手を止めた。聞かないようにしていたが流石に集中力を削がれる。もういっそ休憩にしようとダンベルを下ろしたら、水を飲みにキッチンへ向かった。

 
 キッチンから広間へ戻ってきても、ペローナはまだ悩んでいた。ゾロが最後に見た姿と寸分違わず同じ姿勢で睨めっこをやっている。集中力でいったら彼女の方があるのやも。
 ペローナの服装やセンスはゾロには全く分からない。だから余計なお喋りはしないし出来ない。でも彼女の並々ならぬ拘り様を目の前にしたら、とうとう口が出てしまった。

そんな悩むことか?帽子なんて全部一緒だろ」

 長椅子の背後からペローナを見下ろして言った。すると何かの銅像みたいだった彼女がようやく動いて振り返り、ゾロを見やった。

……一応訊いとくけど、お前がたまに巻くバンダナはどういう意味があるんだ?」
「意味って。そりゃあ、汗とか血とか余計なモンを目に入れねェためだ。より獲物に狙いを定めやすくなる」

 真っ黒な瞳で静かに質問され、ゾロは片眉をあげながら素直に返答した。彼が自ら身につけるものはほぼ実用性だけで成り立っている。

……そこらへんのリボン着けたプードルにでも訊いたほうがまだマシだったな」
「アァ゛?どういう意味だコラ」

 ふぅ、とため息混じりにペローナが呟くとゾロの顔が鬼のようになった。ただ突っ立っていた姿勢を屈め、唸り声混じりに眼下の娘を睨みつける。普通の女の子なら悲鳴をあげたくなる形相に、ペローナはうるせぇ野良犬だなぁとでも言いたげに顔を顰めるだけ。
 急に火花が散り出した二人とは少し離れた所で、これもまたふいに笑い声が起きた。

「あ。鷹の目、いつの間に。笑うなんて盗み聞きしたのか?行儀悪りぃ~」

 ミホークが珈琲を片手に広間へ来ていた。広間の彼の定位置である一人掛けのソファへ向かう前に、二人のやり取りに思わず出くわしたのだ。
 そのまま目的地のソファへは行かずに二人の元へ歩み寄った。

「行儀もなにも、デカい声で喋っていたのは貴様らだろう。……ゴースト娘はまだそれで悩んでいるのか」

 呆れ気味にミホークは喋り、口直しをするように珈琲を一口飲む。それを見てペローナは少し頬を膨らませた。逆にゾロは面白そうに眉を上げる。煙を吐き出さんばかりに威嚇をしていたのに、すっかり落ち着いたらしい。長椅子から離れると広間の扉の方面へ進んでいき、途中ですれ違うミホークへ軽く手を上げた。
 ミホークへバトンタッチするという合図だった。

 勝手な合図をして去る弟子の後ろ姿をミホークは一瞥して、ペローナとは反対側にある長椅子へ腰掛けた。未だに頬が膨れ気味の彼女は、じとりとした目つきでミホークの一連の動作を眺めていた。

「ロロノアやお前にはわからねぇだろうけど、頭のコーデってすンごい難しいんだぞ。羽飾りは大人っぽ過ぎるし、ヘッドドレスとかボンネットはちょっとゴテゴテし過ぎ。私の求めるものはきっと帽子しかないんだよなぁ。可愛くてちょっとカッコ良さもあって、それと品の良さもある。そんな帽子」

 理想の帽子を夢見てペローナは目をくりくりさせて語る。対面する娘を見ながらミホークがまた珈琲へ口を付けた。ゆっくり喉元が嚥下する動作と共に、彼は思案顔になる。そして一拍置くと珈琲も机に置いて徐に立ち上がった。

「少し待っていろ」

 簡潔なその言葉だけ残すと、ミホークは広間から出て行ってしまった。言い渡されたペローナはろくな返事も出来ずにただポカンとするばかり。あんなに熱心に見ていた帽子の本は彼女の膝上で肘置きみたいになっていた。


 暫く待った後、ミホークは広間へ戻って来た。ペローナはその姿を見て丸い両目を何度か瞬かせる。男の手に見慣れない箱が携えられている。その正体を訊ねようとしたら、ミホークがそれを手渡してきた。

「貴様の話を聞いてコイツを思い出した。開けてみろ」

 そう指図されてペローナは素直に従う。普段だったら顔をムッとさせて文句を言うところだが、今はこの箱の正体を何より知りたい。少し高さのある円柱形の箱は、深いオリーブグリーン地に薄いストライプ模様で上品な趣き。吸いつくような感触の蓋を開けたら、そこには黒いシルクハットがお行儀良く構えていた。

 わぁ、とペローナがちいさな声を上げる。
しっかりした造りのハットは余計な飾りが無く、手に持って眺めると生地が淑やかな光沢を放つ。その重厚感と形が魅せる印象は、とってもクラシカル。
 でもそのスタイルが上品さと可愛いさを上手く両立している感じがした。

「貴様にやる。おれは被らん」
 
 目を輝かせているペローナとは対照的にミホークは抑揚なく告げて、長椅子へゆったりと座り直した。顔は眉一つ動いていない。

「え、いいのか?……ていうか、コレお前のなのか?コレを買ったのか??」

 ペローナはハットへ真っ直ぐ注いでいた興味という名の視線をミホークへ向けた。
ミホークが被りもしないハットを買う意味は無いように思える。けれど、このハットを被るような男はマジシャンやサーカスの団長といったところしか考えられない。目つきの鋭さだけで人を倒せそうな剣士が被るのだろうか。

 ペローナのキラキラした目を見て、ミホークはあからさまにムッとした。興味深そうなその光は、彼には好奇の色に輝く。絶対変な想像をされた気がする。

「勘違いするな。それはおれが買った物じゃない。不可抗力の果てに手に入った物だ」

 仕切り直すように長い脚を悠然として組むと、ミホークは喋り出した。

 
 それは随分昔の出来事。ミホークがクライガナ島を拠点と決めた頃、この辺鄙な地に行商人の船がやって来た。船には商品と小太りな男が一人。
 朗らかで気の良さそうなその男は、荒れたクライガナ島とそこに独り居るミホークに全く怯えなかった。疑うという事を知らないのか、はたまたお人好しが過ぎるのか。男は色々とカタログを広げつつ喋りつつ、商品のセールスをしてきた。
 
 近くの島で店を構えることになって~やら、女房と二人で切り盛りせにゃならんのでこうして宣伝の行脚をしとりまして~やら、男はコロコロとした顔と何だか似た感じで舌が回る。
 実際ミホークには話の八割も頭に入ってこなかったが、手渡されたカタログで紹介される帽子たちは中々良さそうだった。その中の一つ、羽根付きのドレスハットが目に留まった。
 話し続ける男をスパッと遮るように、これを買うと注文しても丸い男は一切嫌な顔をせずに、注文を快く引き受けた。

 そして日が経って。ミホークの元へ届いたのはシルクハットだった。注文した物と似た帽子だったなら、もう妥協して被らないこともなかった。特別気に入って注文した訳でもなかったし。けれどシルクハットは絶対に被らない。幸いにも行商人の名刺は貰っていた。載っている住所は確かに此処から近い。ミホークはハットを交換しに行くことを決めた。

 訪れた島の商店街にある帽子屋。真新しい看板は深いオリーブグリーンが落ち着いた印象を与えていて、一見老舗のような風格も出していた。新装開店の花が店先に並んでいるのを見て、ミホークは扉を開いた。
 
 中で店番をしていたのはあの男じゃなく、ふくよかな見た目が似ている妻だった。朗らかな雰囲気も似ていたのに、ミホークの顔と伝票の名前を交互に素早く見たと思ったら、顔が瞬く間に真っ青。
 慌てて店の裏へ引っ込むと、旦那を引き連れ謝りっぱなしになった。妻と一緒に必死な汗をかく男は注文した通りのドレスハットを持っていた。
 
 シルクハットは店頭用に作った物で、それを間違えて送ったらしい。なんてことは無い失敗。ミホークは怒る気なんかさらさら無くて、シルクハットは返すと言った。
 すると男の妻がお詫びに差し上げます!と震えながら返答した。妻はミホークの正体に気づいていた。七武海、鷹の目に恐れ慄きまくっている。
 別に詫び等いらない。被らない帽子なんかは余計に。ミホークはそう思って声をかけようとしたら、目の前の夫婦が喧嘩をし始めた。

 アンタもホラもっと謝んなさい!鷹の目サマとも知らず注文を受けて挙句が失敗だよ?!ホントにもう底なしの間抜けだね!し、知ってたわい!相手が王サマだろうが七武海サマだろうが、平等に丁寧に接客するのが俺のポリシーなんだ!そのポリシーで店の面子が潰れでもしたら世話ないよ!!

 夫婦喧嘩は掛け合い毎に火が着いていくようで、二人とも鷹の目サマの事はもう全然見えていない。その間にも店内に居た他の客が何だ何だと、ざわつき始める。おまけに店先に並ぶ花はよく人を集める。ショーウィンドウから中を覗く客も現れて、結構な人数が野次馬へと変わるのは時間の問題だった。
 
 ミホークは向こう見ずな荒くれどもに騒がれ囲まれた経験は何度かある。しかしこの手の騒ぎの中心になりそうなのは初めてだった。
 
 (多分、ここで名前が挙がったら一生の不覚になる。)
 
 そう直感するとミホークは帽子を二つ持って颯爽と店から出た。夫婦が言い争う声と、それに野次を入れたり笑う声とは一切無関係だと、涼しい顔をして。けれどほんのちょっと大股にはなっていた気がする。


……と、そういう経緯のある帽子だ」

 喋り終えるとミホークは、机に置きっぱなしで冷めた珈琲を手に取り喉を潤す。
 滅多に過去の出来事を語らない男の昔話は存外面白かった。滑らかさもあるその語り口に、ペローナはおとなしく聴き入っていた。

「ホロホロ……なんか間抜けな話だなぁ」
 寝しなのおとぎ話を聴いた気分で、ペローナはふにゃりと笑う。
ククッ。そうだな。間抜けな話に間抜けな帽子。貴様に合うんじゃないか?」
「おい!一言余計だぞ?お前はこの帽子被りこなせないくせに!」

 ペローナの緩んでいた表情がくるりと変わった。眉を吊り上げ、キンキン弾ける声のままにハットを被ってみせる。スポン。ハットは大きくて彼女の両目を隠してしまいそうになった。

「む。サイズが大きいか……なら仕方ない。被れぬ帽子ほど無駄なものは無いな」

 ミホークがやや姿勢を崩して長椅子に身体を預けた。黄金の瞳が閉じられそうになっている。少し退屈そうになった男の表情を見て、ペローナの両目が鋭く輝いた。

「いや!このペローナ様に任せとけ!」

 ずり落ちそうなハットを手で抑え、もう片方の手を決めポーズをするかのように対面する男へかざした。
 ほぅ。
 隠れそうだった鷹の目が開かれ、ミホークはため息か感心したのか分からない息を漏らした。


 ※


 いつもと変わらない夜。ミホークは広間でワインを飲んでいた。弟子の午後の訓練も終わり、疲れ切った若者は早々に寝床へ引き上げていった。
 勝利の酒というやつでは決してない。しかし意外と喉は乾いていて、上質な酒気が身に巡ると実に気持ち良かった。窓の外で月が叢雲をまとって現れたのも気分が上がる。
 ミホークが窓枠に凭れワインと月に耽っていると、鷹の目!と彼を呼ぶ甲高い声がした。見やると廊下から黒いドレスを着た娘が飛んで来る。

「やっぱりここに居たか。なぁ、お前に見せたいものがある」

 後ろ手に何かを隠しているペローナが目の前まで来た。両目が悪戯っぽく煌めいているのを見て、ミホークは見せてみろと同じく目つきで返事をした。

 ホロホロ。ジャン!!

 ペローナが効果音と共に隠していたもの――シルクハットを素早く被った。ハットはずり落ちることはなく、彼女の頭に丁度良く合っている。そしてシンプルな黒地に映える白い薔薇の飾りが付けられていた。

「どうだ?すっごく良くないか?!サイズはハットの内側に布貼って髪型をお団子にしたら全然被れたし、薔薇の飾りは思いつきだけどドレスと合ってるだろ!」

 ワクワクする気持ちで早口になりながら、ペローナは見せびらかすように一回転する。
 彼女の手が加わったシルクハットは確かにドレスと合っていた。色のバランスや、大ぶりなハットとドレスのシルエット。それらはミホークの趣味の範囲外ではあるけれど、とても良いと素直に思える。
 ミホークは窓枠に凭れたままだった姿勢を正した。

「フフフ……お見逸れした」

 ペローナほどでは無いにせよ、ミホークも知らず高揚する気分になった。娘へちょっと大げさな賛辞の言葉を贈ってやる。ペローナは有りのままにそれを受け取ると、頬を髪と似た桃色に染めていっそう喜んだ。

 そしてホロホロ!と弾む笑い声と一緒に、比喩でなく本当に飛び上がった。軽やかに着地した場所は長椅子で、ミホークのコートが無造作に置かれている。黒いコートを手に取り羽織るとまた一回転。ハットのつばに指をかけ、ニヤリ。決めポーズを取ってみせた。

 随分小さいシルエットの剣士――鷹の目に見えなくもない。仮装をしている子どものようでもあるが、却ってそれがペローナを良く魅せている気がした。
 
 ひどく酔っ払っている訳でもないのに、ミホークの口元は自然に綻ぶのを止められなくなった。何だか今は目に映るもの全ておもしろ可笑しく、心地良いと思える。鷹の目の物だったハットとコートを着けた娘が近寄り、深い笑みの形になった。

「お前がもし引退したら私が二代目を名乗ってやってもいいぞ?」

 ペローナが不敵にそう告げて、目の前の男の胸元にある十字架のナイフを指で遊ばせる。挑発が過ぎる態度に、ミホークの笑みは崩れなかった。

「フン……出来るものならやってみろ」

 お返しとばかりにミホークは、ペローナの物になったハットのつばを指で弾いてみせた。
 
 その時の彼は、とっても珍しいことに瞳が悪戯っぽく煌めいていた。