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シッケアールよもやま話
三人の日常
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2
3
【傘の話】
シッケアールの古城はその
厳
いかめ
しい見た目に倣って城内も暗く静かだ。元からひっそりしている隅の蜘蛛の巣さえ、遠慮がちにその細く白い糸をかけているようにも見える。崩れかけた綿菓子みたいな巣には小さな蜘蛛がぶら下がっていた。
すると、その蜘蛛がサササ、と隠れてしまった。続いて石造りの床を鳴らす靴音が聞こえてくる。
カツカツ、コトコト、ズシズシ。
買い出しから帰ってきた靴音たちは、色んな荷物も引っさげて見た目も賑やかに広間へと行進していく。
控えめな蜘蛛を追いやるには充分過ぎる三人分の音だ。
「アーーッ?!!」
広間に甲高い声が響いた。黙って荷解きをしていたミホーク、ゾロの間へ駆けていくそれの発信源は紅一点のペローナ。床に無造作に置かれたある物を見て、丸い両目を吊り上がらせていた。
「オイお前!乱暴に傘を扱うな!」
お気に入りの赤い傘を床へ投げ落とされたのをバッチリと見ていたのだ。
ペローナは詰め寄る勢いで犯人に怒った。傘を遺棄した犯人はミホーク。渦中であるにも関わらず、彼の眼下で角を立て突進して来そうな娘をしれっと受け流している。
「ただ邪魔だから置いただけだ。そもそもそんなに怒るなら、おれに持たせるな。あと無駄な買い物をするな。そのせいで貴様が傘を持てないと駄々をこねたから、おれが持つ羽目になった」
「~~~ッ!!わ、私がお前の剣を同じように扱ったら怒るくせに!!」
「貴様におれの剣は重くて持てんだろ」
「持てる持てないの話じゃねーんだよ!!!」
暖簾に腕押しな男の態度に娘の怒りはヒートアップする。その傍らで黙々と荷解きを進めているのはたった一人。蚊帳の外であるゾロは、うるせぇとただ思った。
三人での同居生活が始まった時、ペローナはミホークを怖がってまともに話すらできなかったのに。ミホークはミホークで涼しい顔とは裏腹に、吹っかけられたら些細なことでも張り合う。
要はどっちも負けず嫌いということか。
ゾロの思考が明後日の方向へ飛びかけると、それを遮るペローナの「よし分かった!!」という威勢の良い声が響いた。
「この傘をたかのめって呼んでやる!これは今からたかのめだ。これでお前は私の傘をぞんざいに扱えねぇだろ?」
ペローナが床から救い出した傘をミホークに突き立てるようにして宣言する。これまで娘の舌戦に眉一つ動かさず応じていたミホークの表情がやっと動いた。眉間に筋が何本かできて、呆れたとハッキリ主張している。
「どこの子どもの理屈だ。馬鹿らしくて文句も出んぞ」
「ホロホロ♪いいんだもーん!子どもだろうが何だろうが、私がそう決めたからそうなんだ。これは呪いだぞ。鷹の目が納得しなくても傘はたかのめという呪いなんだ!」
ミホークの非難がましい口調と視線を、ペローナは鼻をツンとさせて威張るように胸を張り弾き返す。そしてくるりと表情を変えると、手を怪しげに揺らめかせて"呪い"を強調して喋った。魔女のように動く指先から"呪い"とやらがミホークに仰がれる。
「
……
勝手にしろ」
残念ながらペローナの呪いはミホークには効かなかった。大きなため息を吐いて一言呟き、それを吹き飛ばすと中断していた荷解きに戻ってしまった。
さじを投げられたのも何のその、ペローナは上機嫌になって手に取っている傘を撫でた。勝ち誇った顔さえしている。勝負にすらなっていないのに。
終始、蚊帳の外だったゾロはといえば、いつの間にか居なくなっていた。彼の分の荷解きを終えて、お勤め終了とばかりにどこかへ行ったらしい。
ただ迷子になった、と言い換えても良いかもしれない。
※
ペローナが突発で繰り出した呪いは意外にも消えなかった。あの諍いから事ある毎に傘を『たかのめ』としっかり呼ぶようになったのである。
最初は単純な嫌がらせのつもりだったのが、どうやらお人形遊びのようで気に入ってしまったようだ。
畑仕事に行く時は傘を差して「たかのめのおかげで涼しいな!」と楽しそうに傘の持ち手をクルクル回転させていた。広間で三人がそれぞれ寛いでいる時には「たかのめにリボン付けようかなぁ」とこれ見よがしに大きな独り言を喋る。
新しい遊びにハマっている娘を尻目に本物の方の鷹の目は、同じ名前を呼ばれる度に眉間の皺がほんの少し深くなっていた。
一方ゾロはというと我関せず。普段と何ら変わらず日課のトレーニングをこなしていく。
元々ちぐはぐな三人なのに、今は輪をかけておかしい事態。わざわざ面倒ごとに顔を突っ込む意味は無し。
ゾロの心は至って冷静で確固としていた。これがこの奇妙な同居生活における一番賢い立ち回りなのだ。
※※
本日のシッケアールは珍しく快晴。畑の中で慣れた作業をしていても、ほんのりと汗ばむほど良いお天気だ。麦わら帽子と首元にタオル。そんな農夫スタイルが板についてきたミホークが、屈んで土ばかり見ていた視線をふいに上げた。
「ハーブ採ってきたぞ~。ほら、みんな良い色ツヤで育ってる」
ペローナがふよふよと飛行してミホークの傍へ着地した。手提げのバスケットを少し持ち上げて、目が覚めるほど新鮮な緑色をミホークへ見せる。
「ご苦労。
……
少し遅かったようだが」
「あぁ、ちょっと日差しキツくてさ。いつもよりゆっくり収穫してたかも。でも、たかのめが居るから大丈夫だったぞ」
バスケットを持つ手とは反対の手にある傘をペローナはくるりと回した。たかのめと呼んでもミホークは見ないで、娘の頭上に開かれた赤い天井を柔かに見ている。
ミホークの鋭い猛禽類の両目がほんのちょっぴり強さを増した。彼の手元には丁度掘り起こしたじゃが芋がある。丸々としてこちらも良く育っている。それを一つ手に持つとミホークは立ち上がった。
「どこも実りは上々のようだな。このペローナも大収穫だ」
収穫物の感想の中に突然自分の名前が出てきて、ペローナは目をまん丸にしてミホークを見つめた。ミホークはつい先程のペローナのように、呼んだ本人は見ないで手元のじゃが芋を見ていた。そして瞬きをしたタイミングでポカンとしている娘にようやく視線を向ける。
「おれは畑で穫れる作物をペローナと呼ぶことにした」
ハッキリと二度も名前を呼ばれ、魂が抜けかけていたペローナは我に返った。自分を射抜く猛禽類の目の中に勝ち誇った光が見える。意地悪そうにも映るその光にハッと気付くと、持っている傘を見て直ぐさま頬が紅くなった。
「お、大人げないことしてんじゃねェ!!!」
丸かった両目を三角に吊り上げてペローナは怒鳴った。さて最初に大人げない事をしたのは一体誰だろう。自分の事は棚に上げてペローナはぷるぷる身を震わせて目の前の男を睨む。そんな刺し殺してきそうな視線にミホークは知らん顔。じゃが芋をしげしげと眺めている。
「このペローナは良い出来だぞ。夕食に頂こう」
じゃが芋をまるで見事な宝石だとでも言いたげに見据えて、ミホークは己の目線の高さまで掲げる。褒められた方とは違うペローナには手が届かない。それがまた腹立たしくて、やめろって馬鹿馬鹿!!と怒りながら男の胸板を拳でポカポカ叩いても全く効いていなかった。
「なぁ、そのペローナ胡椒きかせて料理してくれよ。酒飲めねぇけどツマミっぽいもん食いてぇ」
「あ゛っ?ロロノア?!便乗すんな!!!!」
二人の騒ぎを聞いて寄って来たゾロがミホークにちゃっかり注文してきた。師匠と似た感じで麦わら帽子と首元にタオルを巻いている。弟子の提案にミホークは得心行ったとばかりにゆったり頷いた。ペローナはすっかり無視されている。
その後も男二人でベイクドペローナ、ハッシュドペローナと、呪文のような夕食の献立名を挙げていた。それに対してやっぱり夕食じゃない方のペローナは、やめろ~~~!!!と怒鳴り散らしていた。手に持っている傘を振り回しそうな怒り様で"たかのめ"はもうどうでも良くなったらしい。あんなにわざとらしく可愛がっていたのに。
それから暫くの間シッケアールでは、身の回りの物にお互いの名前を勝手につけて呼ぶという、遊びというか新しいケンカの売り方みたいなのが流行ったそうな。
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