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シッケアールよもやま話

三人の日常



【鷹の目にあるものを勧める話】


 住人が増えても夜は尚暗く静かなシッケアール。
 そのハズだったのに、自室で一人ワインを嗜んでいたミホークは小さな嵐が来る気配を感じた。

「鷹の目!」

 扉の外から己を呼ぶ声がする。先程の予感通り。女の声であるその小さな嵐に、何だ。と返事をしてやった。するとバン!と扉を開く音がして、ペローナが飛び出してきた。

 入れと許可していないのに、ペローナは何も悪びれずにやって来た。部屋の主に挨拶も特に無しで当然といった感じだ。画してそれはミホークも同じである。
 虫が出たやら、ロロノアが迷子になったきりどっかへ行ったやら、様々なトラブルを何とかしてくれと娘は時々泣きついてくる。騒ぐなと注意しても来るようになったから、もう諦めてこれは平常だとミホークは流している。

 そんな急に現れた"平常"に顔色を変えずに、ミホークはワインを飲んでいる。
そしてやっぱり騒ぎの中心、小さな嵐であるペローナもその勢いを変えずにミホークへ詰め寄った。今から例の泣きつきが始まるのだろう。

「鷹の目!あのなっ、え、えっと、折り入ってお願いがあるんだ」

 元気だったのは最初だけで、ペローナは喋るうちに弱々しくなった。いつもより若干しおらしいその態度に、ミホークはようやくペローナの方を見た。少し嫌な気配がする。

「これ、履いてくれないか?」

 ペローナがそそっとミホークにあるものを差し出した。それを見て男の顔があからさまに歪む。再び予感的中。
 丸い耳がついた水色のふわふわなクマのスリッパが目の前にあった。

……ロロノアに履かせろ。こういうのはアイツの役目じゃないのか」

 ミホークは眉間に皺を寄せてペローナを咎めるように言った。彼がそう言うには紛れもない事情がある。
 ペローナは時々ゾロの服装を見かねて色々買ってやっているのだ。ゾロは平気で2、3日同じ服を着たりする。修行で汗や泥に塗れたりするにも関わらず。衛生面もそうだが見ためが非常に良くないそれを、ペローナはめちゃくちゃ嫌う。だからせめてもと、自分の服を選ぶついでにゾロの服も選んでやっている。
 
 多くは言及しないミホークにその事を指摘されたのをはっきり感じ取ると、ペローナはいよいよ困った顔になった。

「うぅ。私も最初アイツにやろうとしたんだよ!丁度ペアで安かったから、ピンクの女子サイズは私ので、こっちはアイツにでもって」
 
 そしたら。

 『寝ようと思ったらそこら辺の地面でも寝る男が、スリッパとかいう意識高ぇもん履くと思うか?』

 大ゴマにドンと迫真の効果音が載りそうな表情でゾロが言い放ったのだ。宣ったというべきか。

 ペローナが事の瑣末を肩を落としながら告げると、ミホークの寄っていた眉根がちょっと引き攣った。弟子ながら威風堂々と腕を組んでいる姿が目に浮かぶ。そんなしょうもないことに謎の説得力持たせるなと、ちょっと口を挟みたくはなる。

 ミホークがこの場に居ないゾロへ思考を飛ばしている傍らで、ペローナはすっかり気を持ち直していた。
 一人がけのソファに座っているミホークの足元へクマちゃんスリッパを手早く置くと、続いて男の肩へ手を置いた。

「な!だからアイツの師匠でもあるお前しか居ないんだ!スリッパは履かなきゃ意味ない。こんな可愛いのに意味なしなんて可哀想になるだろ!」
「!おいゴースト娘、貴様……!」

 グイグイ押される勢いにミホークがたじろいで、足元を見ると元から履いていたスリッパを取られていた。寝る前の寛いでいた時間で身に着けているものはガウンとスリッパという軽装。それが仇になった。裸足のつま先に柔らかい毛が当たる。
何の引っかかりもないふわふわ~とした生地に男の武骨な足が滑り、踵がちょっと余りながらも無事着地した。

…………屈辱だ……

 凡そミホークの人生において踏みしめた経験がないパステルカラーなふわふわに対する感想、屈辱。それに尽きる。一度たりとも経験したくはないのに、小娘相手に破られたというか許してしまったのが余計にツラい。

「ホロホロ!そんな事言って!!案外似合ってるじゃねェか!かわいいっ♡」

 顔を背けて嘆くミホークを全く気にかけずにペローナはご機嫌に喋る。終いには私の分も持ってきてるんだ!と言ってピンクのクマちゃんスリッパを履いて、お揃い♡と楽しそうに飛びまわっていた。
 ミホークは悔し紛れにワインを一気飲みした。良いワインがあっという間に男の口へ消えて、何だか味が格段に落ちてしまった気さえする。
 浮かれ舞う娘とかわいいお揃いのスリッパだけが残っても、酒の代わりか況してや肴にすらならなかった。当たり前だが。

 
 それからのクマちゃんスリッパはと言うと、案の定履かれることは無かった。ミホークの部屋でベッド下の番人ならぬ、番熊の役目に落ち着いている。
 何はともあれゴミ箱にぶちこまれないだけ、結局はミホークもペローナには甘いということである。