eclipsis
9189文字
Public ミホペロ
 

導火線はそこらじゅうに

学パロバレンタイン。 この話の続き。※サン←プリ要素有り




 バレンタインが近づいてくると時々、『戦線』という少し物騒な言葉がニュースで使われたりする。甘いお菓子たちとは真逆な言葉だけれど、私はこの時期になると肌身でその事を感じる。

 多分、一番の戦線は有名パティシエたちの作ったお菓子が並ぶパティスリーやデパートだ。私の兄さん、姉さんたちが大いに奮って活躍している。一方で私の自宅が営む『カラメル』は、戦線から少し外れているかも。でも、この小さなお店でさえバレンタインの戦火はしっかり押し寄せてくるのだ。
 カラメルでは手作りお菓子の他に、トッピング用のお菓子や材料、少し凝った調味料も置いている。普段はそんなに売れないから、お店の一角にスペースを設けている。それがバレンタインの季節になると飛ぶように売れていく。どうやら戦線に挑む女の子たちは、手作りチョコこそが特別な甘い一撃だと思うらしい。買っていく人たちの割合がそう表していた。それも、私の学校の女の子たちが。校区内にお店があるから立ち寄りやすいのかしら。もしくは、来店した女の子たちが頻繁に口に出す"サンジ"の影響かもしれない。
 
『サンジくんが言ってたトッピングってコレだよね』『明日サンジくんに教えてもらおうよ』
  
 その名前を女の子の口から聞く度に、私の胸はチクチクと誰かに刺されるような心地がした。あぁ、こんなところまで戦いが来るなんて。でも私が負けるなんてない。にっこりと素晴らしい笑顔で接客をしてたくさん来る彼女たち、もといお客さまを捌いていくことは朝飯前だ。笑顔の仮面、それが壊れなければ私のバレンタイン防衛戦はいつも圧勝で終わる。

  
 私の放課後はカラメルで働くことが殆どになっている。学校からの帰り道は真っ直ぐお店へ向かう。午前中はシフォン姉さんがお店番をして、夕方から私が交代する。バレンタインにもなるとブリュレ姉さんが手伝いに来る事もあるけど、今日は私だけだった。
 自慢の手作りお菓子が売れて、トッピング用のお菓子や材料も売れていった。やっぱりお客さまは女の子が多い。そしてあの名前が出ると、これもやっぱり胸がチクチクと刺される心地がした。よく分からない意地悪な悪魔がフラりと来て、針で刺してくるんだ。私はそんな想像をして気を紛らわせた。笑顔の接客を欠かすことは無いけど、こういう気分転換みたいなものでチクチクはすぐに消えてくれた。

 日が落ちていき、閉店の時間が近づいていた。ショーケースの中はほぼ空になっている。店内にお客さまは一人もいない。今日売れた分から来週の仕入れ量を予測するためにカウンターでメモを書く。視線を落としてメモをしていると、お店の扉が開く鈴の音が鳴った。私はすぐさま顔を上げた。

「いらっしゃいませ~」

 来店したお客さまへ朗らかに挨拶をする。やって来たのは女の子だった。ピンクの巻き髪をツインテールにした子。私の挨拶に返事をするみたいに少し頭を下げてから店内へ進んでいった。この子はちょっと派手な見た目をしているから覚えている。頻繁にお店へ来る訳じゃないけど、いつもココアマフィンと甘いベリー系のお菓子を買っていく。幸いにも今日はココアマフィンが残っている。
 お客さまの様子をジロジロ窺うのは失礼だから、私はメモを取ることに戻った。視界は手元を捉えつつ、その端でさり気なくピンクの彼女のことも気にかけた。ココアマフィンは店内中央の丸い展示机に置いてある。あぁ、そうだ、同じ机にベリーのクッキーもあったはず。彼女の靴がパタ、パタと床を小さく鳴らすのが聞こえる。そしてお店の真ん中へ来ると、立ち止まらないでとある方へ進んでいった。
 
 私の予想と違う彼女に思わず視線を上げた。目立つピンクの頭を追うと、材料や調味料の置いてあるスペースにいた。迷っているのか、調味料が置かれた棚をキョロキョロと眺めている。お腹が空いて食べ物を探すリスみたい。自信無げな姿にそう思ったら、彼女の視線がピタリと止まった。何かをじっと見ている。私はそんな彼女を見て、自分の口元を指先でそっと押さえた。予想外なことが続いて無意識にそうしていた。彼女が真剣な眼差しを向けるのは、バラティエのオーナー・ゼフが出版した本だ。以前に……サンジ、が、よろしくねと言って渡してきた本。参考書として一冊、スペースに置いていた。
 
 オーナー・ゼフが披露する大人のスイーツ。表紙でそう謳う内容は、実際少し上級者向けだしおまけにその表紙で腕組みをするゼフさんがイカついから、女の子たちは大体クスッと笑っておしまいにする。カラメルで取り扱ってる調味料もよく載ってて、特別なチョコになるのは間違いなしなんだけれど。でもまさか、ピンクの彼女が興味を示すなんて。強面のシェフとツインテールの女の子は丸っきり正反対に感じた。
 ……それってつまり、本気で作りたい気持ちがあるって事だわ。強面のシェフに手が伸びるくらいにハッキリ。きっと本命の、好きな人へ作るんだ。濃く煮詰めたブルーベリージャムみたいな、黒々してる瞳は瞬きも少ない。すると彼女は不意に、本を見るのを止めた。仕草から迷いが無くなって、棚からリキュールの瓶を取り出していく。
 私はじっくり様子を窺ってしまった。彼女がレジへ行こうと振り返りそうになるのを見て、慌てて手元のメモへ視線を逃がした。失礼も何もあったものじゃない。カラメルでは完璧な接客をしたいのに。

「ありがとうございます」
 
 彼女がレジのカウンターへ瓶を置いたら、私は笑顔でお会計をした。今まで何の気も留めてなかったのに、カウンター越しに対面する彼女が遠いような、近いような存在に感じた。

「今、バレンタイン限定でラッピング用品のおまけを配ってるんです。一緒に入れておきますね」

 私はリキュールを包みながら、リボンとギフト用シールのシートを入れた。彼女は真ん丸な目を少し見開いてから「ありがとう」と小さな可愛い声で言った。
 リキュールは大人っぽい黄昏た色だった。彼女の本命って、どんな人なんだろう。

 ※
 
 カラメルはいつも通りに閉まり、お店の二階の自宅で家事もこなしたら、あっという間に一日が終わろうとしていた。私は自室で窓辺の机に座り、ゼフさんの本を読んだ。何となくまた読みたくなって、店仕舞いをする時に持ってきていた。
 本の最後にはバラティエの風景を撮った写真がいくつか載っている。厨房にいる金髪を見つけて、私はそのこぢんまりした彼の輪郭を指でなぞった。前に、調理コンクールを手伝ったときに、傍へ立ったことを思い出す。サンジ……さんは、とても真面目で熱心に料理へ愛情を注ぐ人だった。競い合うコンクールでも、料理は誰かのためにあると言っていた。強い意志を持っているけど、とびきり優しい眼差しでそう語る彼を見た瞬間、私の心臓はめちゃくちゃに跳び跳ねた。それ以来、心臓はもう戻らなくなっている。

 写真の彼をなぞっているのが妙に恥ずかしくなってページを捲った。デザートを作っているゼフさんの巻末写真になって、上品なガトーショコラが現れた。
 …………ピンクの彼女の本命が、もしサンジさんだったらどうしよう。あの可愛い声で名前を呼んだりするの? 何となく連想した頭が、そのまま一気に色んな声を反響させていった。

 サンジくん、サンジさん、サンジ先輩。
 お店で数えきれない程聞いた女の子たちの声。その声の一人一人に、サンジさんが笑って答えているのが目に浮かぶ。彼は優しいもの。一緒に楽しそうに、お菓子を作ってあげるんだ。私じゃない子と。
 
 胸が我慢できないくらいチクチクした。不快な心地から逃れるみたいにして窓の方を眺める。日の暮れた窓に私の顔が反射して目が合った。そして更に何かと目が合う。額にある生まれつきのアザが、こちらを睨んでいた。
 不格好なアザに射抜かれると、私は思い切り顔を逸らした。いつも綺麗に隠していたのに、何で。額に手を当てるようにして頭を抱える。チクチクにイライラが混ざってきた。たった今、私は全部を思い知った。悪魔なんていう誤魔化しもしたけど、正体は間違いなく私自身だった。このアザは私のことをからかって、意地悪な悪魔へと化けていく。
 
 素直になれないのに、自分の気持ちを伝える勇気も可愛さもないのに、サンジさんの隣に居られる女の子の全てが羨ましくて仕方ない。そんな自分にイライラしてチクチクと自分のことを刺す。
 紛らわしていたものがハッキリと輪郭を持つのが分かった。仮面が音を立てて壊れてしまう。私は居ても立ってもいられなくて、椅子から飛び退いて部屋中をグルグルと歩き出した。

 当てのない気持ちが募っていく。忙しなく動く身体がサンジさんのことが好きとばかり訴えてくる。気づいた途端にこれなんて、ヒドイ。どうしよう、こんな状態でお店へ立てる気がしない。

「うぅ……サンジさんのせいだわ……

 苦しい言い訳みたいな独り言を吐き出して、パニック寸前の頭を何とか落ちつけようとした。サンジさんのせいだ。あんなに格好良くてあんなに優しくて料理も上手くて、私なんかにも愛をバラ撒く。おかげでこっちはこのザマ、散々だわ。
 何をしたって私の頭はちっとも落ち着かなかった。自室のど真ん中で迷子になったのか、置いてある姿見にグルグル歩く格好が情けなく映っていた。不満気な、爆発しそうな顔。

……私ってば、どうしたいの? ヒドイ顔してる……とてもじゃないけど誰にも……サンジさんにも見せられない。でも、もう抱えきれないわよ。爆発しそうなんだもの……! こんな、ば、爆弾……

 焦る口から転がり出たその言葉を聞いた途端、私の膨れた厄介な感情が急速に纏まりだした。今の私がサンジさんへ真っ当なアタックをするのは無理だ。そもそも、サンジさんと付き合いたいのかすら分からない。この恋が成就するかなんて。ただ好きで、爆発しそうなだけだ。気持ちを伝えたいだとか、そんな生易しい行動じゃない。投げ飛ばしたい。これは、爆弾だ。

…………そうよ。爆弾、爆弾みたいなチョコだわ。私の、こ、この気持ちを致死量詰めこんだチョコ……!それを作ってサ、サンジさんに……!!」

 姿見の自分に向かってそう呟くと、胸が熱くなってきて思わず拳を握った。額のアザがまた睨んでいたけど、もうお呼びじゃない。私の胸の内が全部綺麗に燃え上がっている。それが清々しい程のやる気に変わっていく。
 
 私は作る。絶対に作ってみせる。最高に甘くて美味しくて、喰らったら大爆発で必殺する。そしてもう私のことしか見えなくなるような、究極の爆弾みたいなチョコ。 
 素晴らしく決まったチョコを想像すると、姿見を通して対面する私が誇らしげに笑った。これで仮面も完璧に直った。バレンタインは、決戦の日は、もうすぐだ。
 
 ……チョコを渡すその時。どちらがまともに立っていられるか、楽しみだわ。覚悟しなさい、サンジ!!……さん!!