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eclipsis
7603文字
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ミホペロ
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トロフィーは砂糖でいっぱい
学パロ。サンジが大活躍する。※微量にサン←プリ要素有り
1
2
放課後のグラウンドには部活動をする生徒たちが疎らに残っていた。用の無い生徒たちは殆ど帰って行く時刻である。運動部の活気ある声が人の少ない夕暮れにはゆったりとして響き、隣接する校舎に届きはしない。校内には未だ残っている生徒や教師の足音が時々聞こえる程度だった。
ペローナは、あまり来たことのない一階の廊下を歩いていた。
辺りをキョロキョロと見渡しながら、中身が詰まった鞄を両手で抱えている。周りの様子を窺うその姿は臆病なリスみたいだが、淡い期待と好奇心で思わず動いているようにも見える。
彼女が歩幅も小さくせかせかと目指す場所は、調理室だ。
ペローナの学校の調理室は設備が中々豪華だと言われている。何でも、学生の料理コンテストで当校の生徒が全国優勝したおかげで新調したとか何とか。ペローナには興味のない事だが、今はバレンタインの季節である。来たるその日に向けて、彼女は調理室に目をつけた。
初めてのお菓子作り。正しく言うと、誰かにあげるための、初めてのお菓子作り。自宅よりも専門的な設備を使った方が集中できそうだ。失敗しないで気合いの入ったものが作れるかも。と思ったのである。
そんな恋心が渦巻くお目当ての場所は、長い廊下を曲がるとすぐに現れた。
ペローナは大きな引き戸の前に立つと、一度フゥと息を吐いた。そして両手に持った鞄の中身を確認していく。ここまで来て万が一忘れ物なんかしていたら台無しだ。
エプロン、お菓子の材料たち、包装用紙、鞄から出して手に取り確認する。あと一番重要な、お菓子の作り方の本。表紙をしげしげと眺めた。
ヒゲとコック帽が立派なシェフがニコリともせずに腕組みしている。甘いお菓子とは不釣り合いなその風貌が、逆にペローナの期待を高めた。何だか雰囲気だけですごいお菓子を教えてくれそうだ。彼女がお菓子をあげたい相手も似た感じの厳めしい見た目だから、きっとピッタリなはず。
準備は万端。忘れ物は無いし、強面なシェフの顔を見たら勇気すら湧いてきた。
ペローナの手は愈々、調理室のドアを開けようと動き出した。するとその時、目の前の引き戸が彼女の手がかかる前に勢いよく開いた。
無機質な引き戸に代わり現れたのは金髪の男だった。片目が髪で隠れて見えないが、露出する目のほうは突然対峙したペローナを見て真ん丸に見開かれている。対するペローナも、負けないくらいビックリした顔をして固まっていた。
お互いに言葉を発せないまま数秒経つと、金髪の男が途端に息を吹き返したような表情になった。
「あぁ!ビックリしたっ!!君のとてつもない可愛さでボクの時が止まってたよ、キューティーちゃん♡ボクは君のプリンス、サンジ♡我が城の調理室に何か御用かな?」
男はサンジと名乗って丸かった目をハートに変えて喋り出した。驚いて停止していた分を取り戻すかのように、身体をクネらせて何やらピンク色の空気を盛大に振りまく。ペローナはその様子に目を白黒させたが、すぐさま気を取り直した。
「ハ、ハァ?!何だお前突然うるせェな!ちょっとオーブンとか使わせてもらいたいだけだ!!」
「
…
あ!バレンタインのお菓子か。良いなぁ、君の手作りお菓子を貰える奴は。どれだけ幸運なんだ!」
ペローナが勝気に吠えてもサンジはお構いなし。デレデレした顔は変わらずお喋りを続ける。おまけに、ペローナが持っていた本は鞄から顔を覗かせたままだったのだろう。サンジの目がそれを捉えたようだった。ペローナは慌てて鞄を後ろ手に隠した。
「い、いッ、一々うるさい野郎だな!そ、そうだよ、もう明日だしテメェに構ってる暇なんかねェ!分かったならさっさとそこ退けよ!」
牙をむく勢いでペローナは怒鳴った。ただ頬が赤くなっていてその威力は知れたものではない。
けれどサンジはペローナの咆哮を受けると緩みきった表情を元通りに引き締め、少し神妙なポーズを取ってみせた。
「そう、レディたちの一大イベントだね
……
。うん、もし良かったらだけど...そのお菓子作るのさ、俺に手伝わせてくれないかい?」
「え
……
」
一転してサンジは真面目な口振りでペローナに提案をした。その変わり様にペローナは答える以前に、警戒と困惑した目つきをサンジに寄越した。
訝しむ視線だけを返されて、サンジは少し肩を竦めて微笑んだ。
「それ、確かにジジィの監修ではあるけどアイツの説明って、ちょっと分かりにくいんだよね。初心者だとつまづくかもしれない。その点、俺なら優し~く教えてあげられると思うんだ」
サンジが人差し指をちょいちょいと動かす。それはペローナが後ろ手に隠した本を小突くような仕草で、妙に親しみを込めていた。
ペローナの警戒はほんの少し解かれたが、サンジの正体だけはまだ掴めない。今度は彼に問うように眉を下げて見つめれば、サンジがにっこりと笑った。
「ゼフは親父なんだよ。俺はよく店の厨房に立ったりしてる。
……
俺の言うこと、信じられないかい?」
そう言い終わると、サンジは何かを掲げるようなポーズを取ってみせた。よく見れば、彼のすぐ傍の壁に校内新聞が貼ってある。そこには料理コンテストで優勝した彼の写真が載っていた。大きなトロフィーを掲げる姿は、今ペローナの目の前に映るものと全く同じである。
ペローナはきょとんとした後、口を小さな丸の形にした。それを見てサンジはまた笑ってみせる。今度は自信たっぷりに白い歯を見せた笑顔だった。
※
いざ調理室に移動してからのサンジは、素晴らしい働き者だった。戸惑うペローナの手伝いをしっかり買って出るだけのことはある。
その見事な手さばきは華麗なパフォーマンスのようで、傍で見ていたペローナの目の色が変わった。けれど彼女のやる気は削がないで、料理中の些細な工程でもよく褒めてくれる。そしてたくさんの褒め言葉の中に、お菓子のアドバイスをさり気なく入れて語ってくれた。その時のサンジは真っ直ぐな瞳をしていて、料理への真摯な態度がペローナによく伝わった。
「うん、綺麗に作れた!焼き加減も抜群だ。ペローナちゃんの筋が良いおかげだね」
「そ、そうか?」
二人の前には美味しそうなガトーショコラが並ぶ。あっという間に出来ておまけにナッツを入れたチョコも作ったのはサンジのおかげである。だけど透かさず褒められて、ペローナは小さく照れた。その様子を見てサンジが柔らかく笑い、満足そうに一息吐いてみせた。
「さて、ショコラの粗熱が取れるまで少し時間がかかる。一旦休憩しようか、紅茶でも飲む?」
「あ、えっと、じゃあ、頼む」
ペローナの返事を聞くとサンジはテキパキと働き始めた。疲れなど知らないで、寧ろ楽しそうに紅茶の準備を進めていく。手持ち無沙汰になったペローナは調理室の丸椅子に座った。丁度目線の先には、ガトーショコラに入れたリキュールの瓶がある。
大人っぽい香りで、こっくりした色合いの液体だった。何だか誰かの瞳の色を思いだす。
「はい、どうぞ」
「! あ、ありがと」
ペローナの頭に浮かび上がった金色の眼差しは、サンジがティーカップを差し出してふわりと消えた。紅茶を淹れるのも素晴らしく速い。そして美味しい。貰った紅茶を一口飲んでペローナは思った。サンジはペローナの隣の丸椅子に座って、同じように紅茶を一口飲んでいる。
深みのある紅茶の温かさは、ペローナの頭から消えた金色を再び集め始めた。胸がときめいて、勝手に口が喋り出す。
「
……
私、こんなお菓子作るの初めてなんだ。こんな
…
誰かのための
……
」
ペローナの瞳は真っ直ぐガトーショコラへ向いている。口元が曖昧に震えると、瞼も微小に震えた。
「
…
美味しいって
……
思ってくれるのかな」
湯気の立つティーカップの中へ、ぽつりと小さく落とすような言葉だった。サンジが同じく持っているそれをそっと受け皿へ置いて、ペローナのことを見守る。
するとペローナは弾かれたように目を見開いて、サンジの顔を見つめた。
「あ!お、お前の腕を疑ってる訳じゃない!!出来栄えにはか、感謝してる!けどっ、でも、その
……
っ」
そう言いながらペローナは俯いてしまった。続く言葉が上手く見つけらないのか、眉根が寄ってつぶらな両目が困ったように伏せられる。
縮こまったペローナを見て、サンジは手に持っていたティーカップを静かに机へ置いた。そして優しい視線を、上向く気配の無い桃色の小さな頭に落とした。
「ね、ペローナちゃん。ちょっと想像してごらん?」
サンジがそう問いかける声は穏やかな低音で、空気を撫でるようにして響いた。知らずにあやされる心地でペローナは頭をゆっくり上げて、サンジの方を見た。
「一流の味で上質なお菓子をテキトーに渡されてただ食べるのと、君のことを想って手作りされた普通のお菓子を好きな人から貰って食べるの。どっちを美味しく感じると思う?」
「
……
手作りのほう、かな」
例えを口に出しながらサンジは手振りでも示していく。二本立てられた指が揺れるのを見ながら、ペローナは素直に答えた。その答えを聞くと、サンジはとびきり優しく笑った。
「そう。つまりはそういう事さ。料理にはある程度の質や美味さが必要にはなるけど、そんな大した事じゃないんだよ。それより重要なのは、誰を想って、誰のために作るのか。これが一番料理を美味しくするんだよ。人はね、舌と頭で味覚を捉えるけど"美味しさ"はここで感じるんだ」
ここ、と言ってサンジは己の胸に手を置いた。ペローナは示されたそれを見ると二、三度と瞬きしてから、サンジと視線を合わせた。
「だから、君の気持ちが詰まったこのお菓子は、世界一美味いんだよ。絶対に、間違いなくね。この俺が保証する」
サンジは親指を立てて自分を指して、力強く言い切った。眼差しは今日一番に真剣な光で満ちている。強い主張にペローナが思わず息を呑む音を出すと、サンジはほんの少しそれを緩めた。そして「きっと成功するよ」と、綻ぶような笑顔を添えて最後に一言付け加えた。
「
……
うん。ありがとう」
ペローナが真摯な言葉たちに絆され、とても自然に微笑んだ。今まで張り詰めた気持ちのせいで薄ら赤かった頬は、まろやかに溶けてピンクになっているようだった。
サンジはそのはにかんだ笑みを見て、極上の砂糖をひとさじ味わった気分になった。
幸せが舌から溶けだして頭の中さえ溶けそうになる、この甘味。どんな食材を使っても、どんな料理でも敵わないだろう。ともすれば、料理人も恋する乙女にはきっと敵わない。
サンジの手は不意に動いて、ペローナの頭を撫でていた。ただ純粋に、可愛くて一途な少女を前にしたら溶けた頭が単直に決行していた。下心は一切無く、溢れんばかりの慈しみだけでよしよしと動く。
大人しく撫でられたペローナの表情が瞬く間に変わった。
「
…………
」
上機嫌だった丸い目がじっとりした目つきになり、口からは呪いの歌が吐かれそうになっている。サンジが醸し出す雰囲気はどうやらペローナには似て非なるものに感じたらしい。子ども扱いすんな、と訴えていた。
「アッ!ご、ごめんねっ?!!」
サンジは飛び退いてペローナを撫でる手を離した。
彼女の無言の抗議はほぼ図星だったのだ。
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