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8629文字
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ミホペロ
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短編詰め合わせ
日常的な話の詰め合わせ
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2
3
雲がおどろおどろしく渦を巻いている。時々晴れ間が見えるが、気持ちの良い天候という訳では無い。そんなボンヤリした日和の下で映えない麦わら帽子を被り、畑仕事をしている男が居た。
力強く鍬を振り下ろすと、続いてザクと土が掘り起こされる音がする。
ミホークは黙々とこの作業を続けている。
ゾロが仲間達との約束を果たす為にクライガナ島を旅立つと決めた日、ペローナも付き添うと言った。
二年間の共同生活でゾロの類稀なる方向音痴に世話を焼いていたのは彼女で、その迷子っぷりに涙を流していたくらいだ。
仲間に会えなきゃ今までの修行がパァだろ。黙って私に道案内されてろ。
そう言いながら指を突き立てられてゾロは渋い顔をしたが、結局は素直に従った。
支度を終えた二人が島を出る際に、ミホークは多めに旅費をペローナへ渡した。シャボンディ諸島へ行った後はスリラーバークへ向かうつもりだと、前もって彼女から聞かされていたからだ。
旅費を入れた包みを受け取った時に、ペローナはミホークの眼を驚いたように見つめた。予想外に厚みも重さもある包みが、彼女の丸い瞳を揺らめかせる。ズッシリとしたそれは単純な旅費以外の使い道も示していた。
ペローナの瞳が戸惑いと寂しさを混ぜた色に変わるのをミホークは間近で見た。彼の喉仏が僅かに震えて引き上がる。二人の関係を簡潔に言えばただの同居人だ。けれど今そんな言葉では足りない何かが、彼の喉元に引っかかって微弱な詰まりを起こしている。ミホークはそれらを敢えて無視して呑み込むと口を開いた。
『これで充分足りると思う。
……
貴様の好きなように使って、好きなところへ行ってこい』
そんな最後の挨拶をしてクライガナ島にはミホークだけになった。
元々は一人で過ごしていたから、本来の生活に戻ったに過ぎない。
あの娘が出て行って丁度三ヶ月か。
鍬を振りながらミホークはぼんやりと思った。
畑作りは共同生活によって出来た新しい営みだが、暇潰しには中々良い。ヒューマンドリル達も真似して穏やかになった。今もミホークから少し離れた区画の土を騒ぎながら弄っている。
ヒヒ達の鳴き声は大きいが、彼には遠くへ聞こえた。頭の中にペローナの揺れた双眸が浮かんでいる。
あの娘は何処まで行っただろう。かなりの金額を持たせた。スリラーバークにずっと滞在するも良し、娘の主人を探しながら世界を旅する事も出来る。
……
ここへ戻る意味は無い。ある日突然飛ばされ行く宛もないから暮らしていただけで、うら若き女が好むものなど見つからない場所だ。
ザク、ザクと土が掘られる音が響く。ミホークは機械のようにひたすら畑を耕している。
すると躊躇なく振り下ろしている腕が、ピタリと止まった。
下ばかり見ていた彼の頭が上がり、畑の先を見やった。
鬱蒼とした森林が拓けて出入口になっている場所に、赤い傘と桃色の頭が見えた。それが畑の方へ向かって来ている。アレは、見知った色彩だ。
ミホークの口が勝手に何か言葉を形取ろうと開くが、喉が張り付いて声が出ない。口内が干上がっている。そこでようやく、長時間この作業をしていたのだと彼は実感した。
そうしている合間にも桃色が近付いてくる。足を運ぼうかと脳から命令が出ているがミホークは無視している。頭と心がチグハグだった。ただじっと娘の姿を目に収める事しかできない。足が何故か重いせいだ。畑の土が存外に水分を含んでいるから。
遂にペローナがミホークの目の前まで来た。最後に見た時と同じ格好で、いつもの笑い方をしていた。
「ホロホロ。私が居なかったっていうのに、ちっっとも変わらないな。この島もお前も。安心するの通り越して恐ろしいぞ」
「
……
貴様も、変わらん。外海に出て少しはその口も大人しくなると思ったがな」
開口一番に生意気な事を言われて、ミホークは憎まれ口で返した。
既に懐かしさを感じている掛け合いが妙に心地好い。彼の背中から疲労が知らず抜けていく、
そんなミホークの様子をペローナは差程気に留めなかった。濃い桃色の口を少し尖らせるだけで、辺りをキョロキョロと見回す。
「へ~~ぇ?やたら張り切ったなぁ。ここまで耕さなくても良いだろ。種まきの時期でもねぇのにさ」
持っている傘を畳みながらペローナが喋る。その仕草をミホークはじっと見つめた。
「
……
おれ一人だったからな。ヒヒ達はまだ計画的に畑を耕せない」
男の声音は至って冷静だったが妙に言い訳めいた余韻を残して、大気がほんの少し湿度をあげたようになる。そう感じたのはミホークだけだ。むず痒くなってチラと空に目配せした。
すると上空にかかる雲が少し居なくなって、太陽が射し始めた。ペローナのツツジ色の髪が陽光を反射して、彼女の周りで淡い星が瞬いてるように見える。ミホークは眩しそうに目を細めた。
何だか浮ついている。現実味が無い。鷹の目ともあろう男が思わず呆けていると、目の前のペローナが丸い目を悪戯っぽく光らせた。
ふわりと彼女が浮かび上がり、白い手がミホークの元へ伸ばされる。両手で男の頬を包むように触ると、自然に首がやや上方を向いた。
見上げた視界いっぱいにペローナの顔が近づいて、瞬きさえ出来ずにミホークは固まった。パサリと被っていた麦わら帽子が頭から落ちる音がした。二人の額と額が合わせられている。
「アイツを送った後に着いた島でな、わんわん泣いてる子どもが居たんだ。そしたら母親にこうされてた。それで暫くすると泣き止んでさ
……
何だか元気をあげてるみたいに見えたんだ。
…
私はさ、何となくその時にお前を思い出した」
ペローナは目を瞑りながら、ミホークの知らない土産話を語っている。声が空から降ってくるようだ。
「きっと私が居ないと寂しくて元気が無くなってると思った。
……
だから、ここへ戻って、こうしてやろうと思ったんだ」
合わさった額の肌から体温が伝わる。娘はどこまでも温くて、優しい心地をしていた。
一回り以上も歳上の男を子ども扱いしている。遠く離れた島でも思い出すなんぞして。
――
お前が、寂しかったんじゃないのか。だから、戻ってきた。戻ってきてくれた。
ミホークは急速に己の身体が渇きを訴えているのを感じて、求めるままに腕を伸ばした。持っていた鍬が手から離れ、サクンという土に落ちる間抜けな音をさせる。
浮いているペローナを引き寄せて、お互いの肩口に顔を埋めるように抱き締める。耳元で、わっ。と小さな声と息を呑む音が掠めた。
そういえばコイツをこんな風に腕の中へ囲うのは初めてか。ミホークは今更そんな事を思い知った。自分の身体にすっぽり収まっている華奢な肩や腕、甘い髪の香りがチグハグだった心と頭を繋いでいく。
三ヶ月分の時が一気にミホークの身へ降り積もる。腕が重くなった気がして、抱き締める力が強くなった。ただそうしたかった。他意は無い、と思いたい。縋りたかったとか、寂しかったとか。
ペローナはその無言の訴えに応えるようにおずおずと、大きな背中へ手を添わせた。
「
……
おかえりって、言わねぇのかよ」
「
………………
おかえり」
ゴースト娘。とミホークがぽつりと呟いた。
聴き間違いじゃなければ、彼にしては張りの無い声だった。どことなく頼りない己を呼ぶ声にペローナはホロホロと笑った。対して彼女の声は水っぽくなって震えている。
どちらともなく身体をほんの少し離すと、また額と額を合わせた。寂しさと嬉しさ、お互いが持っている感情の全部を分け与えている。畑の真ん中で二人は気が済むまでそうしていた。
あまりにも長い間離れなかったので、周りに居たヒューマンドリル達が真似をし出す程だった。
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