nuka_boshi
2025-05-26 09:28:28
69686文字
Public 利吉さんで賽殺しパロ
 

利吉さんで賽殺しパロ解説的な

めちゃくちゃ長すぎる解説。筆者が忘れっぽいので備忘録に書いた。
なので読まなくても良いやつ。興味ある人は本編読了後にお読みください。

キャラ設定


◇山田利吉(室町)
基本的に理想が高すぎる高二病、のつもりで書いている。基本的にプロ故に合理主義者&超が付くほどの効率厨なので忍術や兵法を使う事に躊躇がないし、なるべく頭の良い行動をさせなければならなかったが、その上でこの時間軸では屈折した感情や自己矛盾に悩んでいるキャラクターでもあるので、頭の良さをちゃんと提示した上で自己矛盾によるチグハグさ・詰めの甘さを過去回想が入るより前に自然な形で読者に示さねばならなかったので作劇上の調整がめちゃくちゃ大変だった。
多分初期の頃のアニメだと思うが、幼少期聞いた記憶があるような気がする『息子は父を越えるものだからね』というセリフのトーンがあまりにも当たり前に言ってるかつお父さん大好きに聞こえたのもあって、この物語に於いては両親が大好き→両親が可愛がってる土井半助が大好き、で割と世界が完結している人という解釈。これはマジでうろ覚えなので実際この台詞聞いたかどうかは不明。
一応物語書く前に何名かの方から「利吉さんが公式で世界で一番尊敬してるし好きなのは土井半助」「利吉さんは山田伝蔵は嫌いもしくは単に越えるべき相手としか思ってないし一番越えたいのは土井半助だからコンプレックス持つ事はない」という指摘を受けたのだが、原作見ても自分の中での解釈としては『山田利吉が一番大切にしているのは山田家』『山田家の一員として身を寄せていた事から土井半助を大切にしているが、だからと言って伝蔵をどうでもいいとは思っていない』という印象しか受けなかったので結局このまま書いた。カッコつけたい&気恥ずかしさから本音言えないでいるだけで、利吉さんの中の山田伝蔵はとても重い存在、という解釈。フォロワーさんに相談した限り、公式で伝蔵よりも土井半助を選ぶ描写を確認できなかったというのもある。
挫折して荒れに荒れまくった後な上に精神的に余裕がないのでこの時空では色々とカッコ悪い。ちなみに筆者は落乱原作とアニメで性格が違うとは思っていない(アニメだと子供向けに少し表現柔らかくなってるので別人に見えることがあるだけで原作の性格要素は基本アニメにも反映されてると解釈して受け取っている)のだが、本作の利吉さんの荒れ方に関しては、良い子に取り繕おうとするが故のものなので「アニメの利吉さんの環境」を前提にしている。原作基準なら山田伝蔵と土井半助がデリカシーなくギャグっぽい踏みこみ方するので途中でプッチンして逆ギレ&開き直りする為、ここまで酷い拗れ方する前に解決する。つまりコイツに必要なのはノンデリで囲む事。周囲が良識を捨てて突っつけば切れて本音出すので話し合いで終わる。
基本的に四章冒頭までのコイツの発言はそのまま鵜呑みにしてはいけないし、嘘が多い。ので、室町時代の嘘ムーブ&令和で十余年間嘘を吐き続けていた見栄と嘘のプロフェッショナルこと滝夜叉丸には全部バレバレ。
個人的には映画の軍師見た時に四章で書いた過去編の挫折シーンを想像してしまいマジで罪悪感で申し訳なくなったので、挫折後の彼を救うための物語として今回の話を書いた。が、なんか予定外のとこですぐに発狂するわ勝手にセルフSAN値チェック入れて自爆し始めるわシリアスシーンで腹筋崩壊させてくるわで主人公というよりクトゥルフの探索者書いてる気分だった。もう二度とこの人主役の話は書きたくない。メンタル弱すぎてエンディングまで導くのが大変すぎる。
苦手なものは子供と小松田秀作。理由はどちらも自分の見栄をひっぺがしてくるから。

◇ジェネリック山田伝子
忍者でもなければ宇宙一カッコよくもない、ガワだけ同じの山田伝子。一般人。筆者が惚れた伝子さんはもっとカッコいいしもっと有能だし本家の伝子さんに欠点など無いし本家の伝子さんに無能な行動などないし為すべき仕事のためなら汚れ仕事でも道化役でもなんでもサラッとやってのけるしその苦労を他人に見せたりしないし弱点すらも武器に変えちゃうまさに完璧で究極のアイドルみたいな人なので弱くて未熟なジェネリック伝子さんじゃ遠く及ばない(山田伝子過激派オタク)。
『山田伝蔵の娘』『過去にコンプレックスで荒れたことがある』設定の上での女教師かつ一児の母なので当然芯が強めのぐう聖お母さん。……という設定なのだが、筆者が割と世間ずれしてるので『昭和生まれの立派なSSR母親』が全く書ける気がしなくて結果としてかなり未熟で心の弱い人になった。
本来ならば普段はちょっとお茶目で気が強いので、令和利吉とはちょくちょく口論したりもしているし、当初はその対応させるつもりで書く予定だった(猫箱の『星だけが知っていた』での利吉さんへの対応が本来の伝子のムーブに近い)。……のに何故か室町利吉が初手発狂かましたので、接し方を変えざるを得なくなった。もっとお茶目で強い伝子さん書きたかったよう……

◇滝夜叉丸(令和)
ある種前作主人公みたいな立ち位置というか、利吉さんの悩みをとっくに乗り越えてこの世界を生きる覚悟をしているのでなんかとっても強く見える男。
基本的には曇らせ滝夜叉丸幻覚を見ていた時、というか滝夜叉丸が何故か推しの気配するのに数日経つと記憶から消える現象に恐怖覚えてた(滝夜叉丸怪異化現象)時に「推しの気配するって事は順当に地獄を乗り切ればこういうムーブする男だよな滝夜叉丸のこと全然知らんけど」で妄想してた滝夜叉丸像で動かしてくつもりでシナリオ考えてた。つまりジェネリック滝夜叉丸のつもりだった。が、豪華版パンフの小説やアニメなどの媒体を履修した結果、「ジェネリック時代のムーブそのままさせても問題無さそう、というかむしろ補強された」と判断したのでああなった。この話書くかどうかは6話で滝夜叉丸が「見届けてくれ」された時にちゃんとうれぴよ滝夜叉丸出来るキャラ造形なのか否かに懸かっていたと言っても過言ではない。
基本的に嘘ついてる時は完全に大嘘吐きクソ野郎(※褒めてるつもり)なので素直な挙動してる時との温度差がめちゃくちゃ激しい。
利吉さん相手には『ここで嘘ついたり煙に巻いたりするとこの人はマジで詰む』を初手から分かっているので、敢えてエミュを解いて自分が一番見られたくない弱い姿を見せてくれるなど、菩薩並みに歩み寄ってくれている。これは滝夜叉丸的には『早死にした上に転生後も人の心踏み躙ってるので少しだけ罪滅ぼししたかった』という側面もある(勿論生来の面倒見の良さもある)。
本当はパロ元のように静かに導いてくれる筈だったが、アニメ『滝夜叉丸の名前の段』によって『あっコイツ思ったより強火だし他人への期待が重すぎる男なのでは?』と気付いたので急遽肉体言語する羽目になった。
とにかく自分の選択への責任感や覚悟がめちゃくちゃ強いので、仮に室町利吉さんが伝子さんを殺した後に世界がそのまま続いたとしても、そこで諦める男じゃないし『山田利吉の選択を見届けた男』としての責任を果たす為奔走するので、少なくとも乱太郎しんべヱの心の傷に関してはコイツが全身全霊でケアしてくれる。
余談だが今世のコイツの名前は『平滝夜叉丸』ではない(あらゆるしがらみから解き放たれている世界線なので)。
個人的にはもう少し抜けた所や詰めの甘い所を作るつもりだったのだが、とあるきっかけで聴かせていただいたドラマCDにて「長次が作った100年前の偽地図」を見た時の滝夜叉丸の反応が、声のトーンから察するにどうも「偽地図である事自体には気付いていたが誰の作ったものか確証を得られない為、下手な指摘をして先輩に要らぬ恥を欠かせないために道化を演じている嘘のトーン」に聞こえたこともあり、それが事実だとするととんでもなく優秀な人物だという事になる為、迂闊な描写はできないと気を引き締める事になった(※講義受けたのがだいぶ昔なので記憶が朧げだが、偽文書系は紙の劣化その他から見分けるにはかなりの経験と知識が必要。200年程度経っている内容なら兎も角、せいぜい100年となると見分けがかなり難しかった記憶がある。専門分野として直に学んで文書の真贋を学び続け、それだけを徹底的に鍛えて約2、3年かけて目を慣らしたなら判別が可能になる、くらいの塩梅の筈。更に公式で手先が器用かつ図書委員会所属の長次が作ったものであるならば、見分け付けるのはより困難。にも関わらず、『100年前の地図だ!』のトーンが嘘100%というのは尋常なことではない。少なくとも現代の考古学分野を学ぶ大学院生か、それに並ぶ能力が無いと不可能だと筆者は思っている。多分考古学系の大学教授の前に滝夜叉丸連れてったらそのまま拉致られて帰ってこなくなるレベルで優秀。しかもこれが四年生時点ということは、本作での既に忍術学園を卒業し、プロとして社会経験を積んだ滝夜叉丸はそれ以上の能力を有している事になる。作者が頭悪いので流石にそこまで有能ムーブ書けないけど、無能にするわけにもいかないと判断した。穿ち過ぎかもしれないがコイツはマジで私の歴代推しと同じ考察班泣かせの大嘘つき野郎だと思うので、発言をそのまま受け取るのは危険だと思う)。
突然こんなに覚悟ガンギマリになったわけじゃなくて、この造形に至るまでにどんな地獄を歩んでどういう過程でどんな覚悟をしてきたかは一応考えてあるので、室町滝夜叉丸が必ず同じ覚悟を決めれるかというと答えはノー。そういう意味では『過程が違えば性格も変わる』を一番体現しているとも言える。

◇乱太郎(令和)
幼い頃からオリンピック選手候補生&天才画家候補生という麒麟児で、テレビにも引っ張りだこ。そのせいでどこへいっても『あの天才の』扱いされていて等身大の自分を見てくれる人が居なかったが、たまたま隣の席になったしんべヱと、三年生から担任になった山田伝子、そしてその息子で近所のお兄さんとして遊んでくれる山田利吉のお陰で悩みを解決。徐々に普通の友人が増えてのびのびと育っている。
ただし、室町乱太郎と違って幼い頃から自力で大成している分、『親孝行したい』という気持ちがそもそも芽生える事がなく、親への関心がかなり薄いという裏設定がある(そもそも現代っ子なので親孝行の意識が希薄というのもある)(実際には令和乱太郎の大成功は親の協力や特技を活かせる教育環境あってこそなのだが、まだ幼い乱太郎にはそこまで見えていない)(滝夜叉丸視点でもこれはある程度理解している、が、滝夜叉丸は乱太郎と直接の接点がない為確証が得られておらず、不確定情報で利吉さんを惑わせる事を懸念して伏せた)。多分親より『実際に自分の抱えていた悩みを解決してくれた』友人や山田親子の方が優先順位高い。なので表面上は変わらないものの、家族との関係は実は結構淡白になってしまった。
そういった意味では、令和乱太郎から見たら『憧れのお兄さんの豹変』という事件は人間不信や暗い影を落としかねないものの、その上で息子を支えようとしてくれる両親の愛情に向き合い気付ける良いチャンスでもあったりする。
特に山田親子死亡世界線だと滝夜叉丸がその辺り考慮して確実に猪名寺家の親子関係修復に向かうので、心に傷こそ負うもののそれを乗り越えて逞しく生きていける道筋ができるものと予想される。

しんべヱ(令和)
別にお金持ちとかではないがちょっと普通より裕福かなくらいのおうちで甘やかされて育った普通の子。実家継ぐとかそういう話とも無縁でマジでのびのびと育ってるが故に、天才少年の乱太郎にも偏見なくぐいぐい行ったのが逆に相性抜群だった。
甘やかされてるが故の無神経発言は相変わらず、というかきり丸との交流がない分辛辣なツッコミで待ったをかけてくれる相手が不在なので下手すると原作より他人の地雷踏みまくってる。
一応漠然とだが、乱太郎とはずっと友達でいたいと思っているので、乱太郎がオリンピック選手になったらマネージャーに、画家になったら画商になって応援したいなとは思っている様子。が、本気で考えてるというよりはあくまでも子供の憧れ程度。多分今回憧れのお兄さんが突然豹変したということで、『ボクがもっと気を付けてれば防げたのかも』と涙目ながらに少しだけ成長を見せてる可能性がある。特に利吉さんと伝子さんが死亡した場合のルートでは、なれるかどうかはともかくとして、本来の利吉さんの夢を継いで教師とか、悩んでいる誰かの相談に乗れる仕事を将来の目標にして頑張って生きていくものと思われる。

きり丸(令和)
両親健在、兄もいる。めっちゃ普通の男子な上に通う学校も違うので、乱太郎達と友人になることは無いし土井半助や利吉との接点もない。
両親健在なのでアルバイトの必要もなく、ドケチでもない。ちょっとお調子者なだけのやんちゃな少年。同じクラスの伝七、金吾、兵太夫と仲が良いという設定。

伝七(令和)
地味に好きなので趣味で出した。きり丸とは同じクラスで席が近かったことから仲良くなったので、よく一緒に行動している。その為、室町でのコンプレックスであった実技に弱いという弱みが多少改善されているほか、「アホのは組」発言に代表されるようなプライドを守るための言動・素直になれない悪癖が改善されてのびのび育っている。そういう意味では室町で本当はやりたかっただろう生き方をそのまま気負わずに踏襲出来ている為幸せに生きている。
ただしその代わりに作法委員会のメンバーや佐吉との接点がまるまる消えた。

土井半助(令和)
ぽわぽわ真面目な新米警官。
厳しくも優しい両親の元で愛情たっぷりに育ち、正義感のある優しい青年に育った。当然名前は土井半助ではない。
両親健在かつ戦に巻き込まれていないので、教師を目指すきっかけも丸ごと消えた。故に原作キャラとの関わりは全く無いし、価値観も同じに見えて微妙に違う。が、根っからのお人よしぶりはそこまで変わらない。

故・山田夫妻(令和)
数年前(多分利吉さんが高一の頃くらい)に亡くなった。ジェネリック伝子さんの両親。
元県議会議員。ただし孫に大真面目にリッキーと名付けようとした程度にはお茶目な伝蔵、スパルタモード控えめな奥様と、室町とは異なる関係性ではある(気を抜くと死ぬので全力で生きる手段教える必要があった室町と違い平和な世界なのでスパルタ教育の必要がない)(伝蔵が初孫に浮かれている分奥様がきっちり接しているものの、奥様も原作ほど厳しくない)。
その人柄や優秀さから夫婦揃って多くの人に愛されていた。
ちなみに令和利吉は「母に小言を言う祖父より優しい母や祖母の方が好き」だった様子。

山田利吉(令和)
伝子さんという一般人女性の息子でありコンプレックスも別になので、室町利吉より素直にのびのびと育っている。というより、コンプレックスで挫折しつつも努力で教職員となった伝子を知っておりそれに憧れているので、失敗は自分を高めるチャンスと当たり前に捉えている為基本荒れることは無いに等しい。
普通にお母さん大好きっ子。
これに関しては、滅多に会えない母が愛情たっぷり注いだ事による神格化現象と、土井半助のようなポジションがいない分愛情の矛先が分散しなかったことが大きい。また、祖父母にも過剰に愛されて育っているので、『これが当たり前』と思ってしまっていた。
高校入学後に女子と付き合った所でこの辺りの恋愛観・家族観のズレを自覚、自分が周囲にマザコンだと思われてるのではと思ってめちゃくちゃ焦っていたのが悩みの真相。なので受験ノイローゼ全く関係無かった。ちなみに彼の友人達や元カノ達は『そういう部分も含めて利吉は利吉』と受け入れてるか『利吉自身を見ていなかった』という負い目がある為、彼の事をマザコン呼ばわりする人は特にいないし、そういう人が現れたら利吉さん周りの友人や元カノは普通に怒る。そういう意味では対人関係で常にSSR引いてる男。
女性観が完全に『亡き夫に操を立て続けている山田伝子』基準なので、やろうと思えば女子をテキトーにつまみ食い出来るが絶対やらないしまずその発想がそもそも頭に無い。浮気性の女性見たら得体のしれない宇宙人を見る目で見るし、室町利吉を見たら確実に養豚場の豚を見る目をする。
ただし恋愛に関してめちゃくちゃ誠実すぎるからこそ逆に大抵の女子にフラれるので、学生のうちに恋愛するのは無理。不可能。大人になって伝子と全く違うタイプの憧れの先輩などが出来ればマザコン評は普通に落ち着くのだが、その場合教職という出会いの限られた世界に身を置いてからしか恋愛できないことになるので、下手するとワンチャン一生童貞になりかねない。強く生きてほしい。
ちなみに現実の恋愛とフィクションの恋愛は別物として割り切れるが、それはそれとしてハーレムものはあまり好きになれない。部屋に置いていた本に関しては、ハーレム部分に関しては『異世界だからそもそも倫理観違うしギリギリセーフ』と思いつつもでも浮気はクソなんだよなぁと思って読んでいた模様。
幼少期から教師を目指していた事に加えて、室町利吉ほど見栄を張る必要がないままのびのびと育っている為、子供に対する苦手意識は特にない。

◇潮江文次郎(令和)
これは作品外というか原作に触れての妄想考察ではあるが、人格形成的にあまりに情緒が幼く正道への拘りが強い事から、幼少期に何かしらの『人生を変えるほどの憧れの人』との出会いがあったキャラクターだと推定。ひぐらしにおける大石と現場監督の出会いに近いエピソードが過去にあったという前提で立ち位置を考えた。ただ、大石と決定的に違うのは、恐らく文次郎の場合は『かつて生きる為に悪事に手を染めざるを得ない側だった』『そこを誰かが正道を体現する方法で救いの手を差し伸べてくれた』こと。それ故に救いとなってくれた憧れの人への尊敬の念や「正しく生きれば自分も周りも救われるのだ」という認識が強固な物となっている、というのを前提条件として想定している。ついでいうと幼少期のでかいトラウマは割とその後の人格形成に影響を及ぼす為、この『憧れの人に救われた』イベントが起きたのは8歳〜9歳頃、それまで同世代の人物との交流がなかったのではないかと考えている。尊奈門も10歳頃から数年間、看病の為に同世代とのコミュニケーションが出来なかった事に由来すると思われる情緒の未発達さが目立つキャラクターとして描かれているように感じる為、文次郎に関しても似たような『隠し味』を付属されていると判断。誤解を恐れずひぐらしに例えるなら美代子ほどではないにせよ過酷な環境で育ち、その上で高野に救われた美代子……を大石ベースで仕上げたみたいなところか。その前提の上で筆者なりに転生文次郎を考えた。
というわけで本作での文次郎は留三郎の親友。令和時空だと育った環境が似通った(上記のトラウマ&憧れの人イベントが起きなかったのでギンギンに覚悟キマることがなくなりどこにでもいる少年になった)という事もあり、普通に意気投合してマブダチになった。時折普通の喧嘩はするもののめちゃくちゃ仲良し。恐らく原作の裏側に存在するであろう憧れの人との出会いが幼少期に起こらない為、ギンギンに大真面目になることもなく普通の男子として育った。故に進路についても全く考えておらず、特に背伸びすることもない。

◇食満留三郎(令和)
文次郎の親友。令和時空だと恐らく憧れの兄達と顔を合わせる機会が多く、原作ほど過度な神格化をしないので「同室だろ」を代表とするお兄ちゃんムーブが発生しないだろうと判断。勿論人が良いのでそこそこ面倒見は良いのだが、普通に良い人止まりで原作ほどではない。その為伊作とは普通の友達でしかなく、そのことが伊作の人格形成に大きな影響を及ぼした。
お兄ちゃん神格化ムーブが無い為、文次郎と張り合う理由も特に無くなり、無駄に煽ったり喧嘩することも無い普通にやんちゃでたまにじゃれあい程度の喧嘩するだけの親友となった。これに関しては文次郎が健全に情緒が育った為原作のような反発の仕方をしなくなったのもデカい。

◇善法寺伊作(令和)
医者に漠然と憧れる気弱な男子。室町伊作ほどではないにせよちょっとした不運が度々起こる上、留三郎からの「同室だろ」が発生しない事も手伝い、自分に今ひとつ自信が持てない。
また、室町と違い平和な世界であるが故に本気で医者を目指す覚悟も持てず、どうしようと悩んで足踏みしてしまっているので割と落ちこぼれ街道まっしぐらしてる。
ちゃんと将来を決めて進んでる仙蔵に憧れがあるのだが、逆に自分との差を痛感して落ち込んでいる様子。ただしそこも含めて自分のことを『不運な事があっても落ちこぼれであっても周囲の人々に恵まれてるから幸せ者だ』と思っているし、当たり前の幸せを享受し大切にしている。

◇七松小平太(令和)
いけどんバレー部員。コイツが興味持った奴に片っ端から話しかけた事で六年生は同一メンバーで友達になれた。
室町時空との一番の違いは割とガチめなゲーマーな事。特に格ゲーがめっちゃ強い。強すぎて相手できるレベルの人が周りに居なかった所を、なんかボタン入力の最適タイムとかガチで研究してまで食いついてきた長次がいてくれたので特に長次にめちゃくちゃ懐いた。将来より今が大事なので、進路だとか将来だとかは何も考えていない。ゲームやり込みすぎてよくコントローラー壊す。あまりに壊しすぎて修理代で金欠になった所を修理の仕方調べてきた留三郎に直してもらったらしく、それ以後味を占めてちょくちょく壊れたコントローラーを直してもらっている模様。留三郎から『そもそも壊すな!』と叱られるのは割とよくある光景。

◇中在家長次(令和)
普通に内気だけどよく笑う男の子。
顔の怪我が無いので無口になったりする事もなく明るく育った。小平太と一緒にバレーの強豪校に通ってバレー部として努力中。
きっと小平太の人生設計には当たり前に自分が巻き込まれているだろうと予想している為、小平太とプロのバレーボール選手になるつもりでいるが、もし叶わなかった場合に小平太誘ってゲーム実況系YouTuberになるのも手だと思い、仙蔵誘って動画編集とかの研究やってたりする(※が、肝心の小平太にその事言ったことが無い。言い忘れているのかそれとも何か理由があるのか)。

◇立花仙蔵(令和)
自分の将来設計ガッチガチに決めて自分の仕事に役立ちそうな事徹底して学んでいる仕事人間タイプ。なので、将来の事考えた上で色々動いてる長次や伊作と割と仲が良い。
ただし忍術学園という特殊環境故のイベントが無く特に本人から距離を詰めるつもりもないということも相まって、同級生への友情は極めてクール&ドライ。普通にメリットがある&割と居心地が良いから一緒にいるだけで、他に友人が出来ればフラッとそっちへ行くしこのメンツと会うのめんどくさいなとなったらあっさり関係切り捨てて職場関係の新しい友人作る。なので進路が分かれてからも度々彼が顔を出すのは『とことん研究肌の長次から学ぶものがあるから』『伊作に勉強などを教える事で自分が社会人になった時に部下や誰かへの説明や指導をする練習になるから』『その2人が来る事を前提に小平太か文次郎が誘うから』であって、他メンほど友人に思い入れが無い。なので多分気をつけて定期的に誘わないといつの間にか連絡取れなくなるタイプ。

◇小松田秀作(令和)
あまりのそそっかしさから進学を諦めアルバイトとしてコールセンターという分厚すぎるマニュアルがある&人当たりの良さ必須の職に就いたため、結果的に大成功している。表面上はそんなに変わらないが、就活で困ることがなかったため令和利吉や元忍術学園関係者との接点は丸ごと消えた。

◇大川平次(令和)
伝子が大学生だった時の准教授で、歴史系の研究者。今は教授になっている。ある程度親しく、かつて指導を受けたことがある相手なので、伝子が息子の話を相談した。

◇田村三木ヱ門(令和)
素直可愛いツンデレ苦労人。
この時空での滝夜叉丸の家庭環境がぶっ壊れているのを知っているので、滝夜叉丸の事を一番心配してる。その為友達として言い合いじゃれあいはするものの、本気でライバルとして張り合ったりしないし出来ない。滝夜叉丸が成績優秀でそれを自慢してても「むきーっ!ムカつく!」と怒りはするものの、『あの家庭環境から逃げる為に必死で勉強するしかないんだな』という同情が来るのでそもそも張り合おうという発想が出てこない。むしろ友達として支えてく為にもっと気にかけてやらないと!という方向に向かってしまっている。
その上で一番一緒にいることの多い綾部が滝夜叉丸との間に何か隠していることも薄々勘付いているので、疎外感を受けることも多い。
そんなわけで滝夜叉丸・綾部との関係で悩む事が多すぎるのでよくタカ丸に相談している。
中学に上がってから交友関係を持った他校生の守一郎に対しては、飾らず気負わず相手できる唯一の友人としてかなり心を開いている模様。
転生者が友人という事である意味一番かわいそうなポジションかもしれない。少なくとも筆者は1番可哀想なポジションだと思って平謝りしながら書いてた。

◇斉藤タカ丸(令和)
カリスマ美容師の息子。社会経験がないのでまだまだ甘く室町よりは視野が狭いが、親の背を見て育った事や仕事場をちょくちょく見に行ってたことも手伝ってコミュ力は高め(ただし室町タカ丸ほどではない)。
親子関係や家庭環境がそこまで変わらないので、大きな変化は起きていない。よく三木ヱ門の相談に乗っている。
これは三木ヱ門にも言える事だが、過去に滝夜叉丸が地獄すぎる境遇にメンタルブレイクしかかった時にその様子を直に見ている為、滝夜叉丸の事を心配しており、高校進学後も頻繁に様子を見にきている。タカ丸からの呼び方が「くん」付けなのは当時滝夜叉丸の脆い部分を見た事、その時の印象が強い事が原因。

◇浜守一郎(令和)
滝夜叉丸たちとは別の中学に通う男子。
室町の頃と違い平和な世界で両親と共にのびのび育ったおかげで普通に情緒も安定して育った為、ちょっと熱血な中学生程度。くだらない駄洒落で笑うことはない。
三木ヱ門から滝夜叉丸の家庭事情は聞いているが、彼に関しては実はそこまで滝夜叉丸の事を深刻に心配していない。元々滝夜叉丸から室町ネタで声かけられたのがキッカケでの友人関係なのと、本人の成績が良い事を知っているので、『こんだけ頭良くて面白い事喋れるならいくらでも生きてく方法あるし大人になったら普通に落ち着くだろ』と思っている。むしろ未成年でも生きていける糸口として、室町の頃の記憶ネタをライトノベルとして出版社へ持ち込めと煽っている。ただしこれは滝夜叉丸本人のためと言うよりは守一郎自身が滝夜叉丸の室町話を面白おかしいフィクションとして聞いておりファン一号のつもりだから、と言うのがデカい。
実際滝夜叉丸の置かれている状況は利吉さんの想像より遥かに過酷ではあるが、滝夜叉丸自身は既にある程度心の整理を付けた内容であり、過去の事として割り切れている為「それほど心配するほどではない」という守一郎の見立てはあながち間違っていなかったりする。室町と価値観や人格形成が違うからこそ、ある意味等身大の滝夜叉丸をきちんと見ていると言ってもいいかもしれない。

◇綾部喜八郎
滝夜叉丸には言ってないし絶対言わないものの転生者。ただし戦国の世を生き抜いて天寿を全うしている為、滝夜叉丸の言う忍術学園時代をそこまで覚えていない。令和の倫理観をある程度得たあと(5歳くらい)に前世を思い出した事もあって『こんなわけわからん記憶に屈してたまるか』の反骨精神で落とし穴や仕掛け罠を封印した。落とし穴掘った事ないのはその為。多分マジで記憶がないなら普通に落とし穴掘らないにしても何かしら近いイタズラとかはやってる。余談だが利吉さんと違い綾部は「令和時空の時の自分の記憶」を知識として朧げに持ってる(綾部は天寿を全うしていること、この世界に転生する条件を満たした理由が弱いので他二人とそもそも前提条件が違う。滝夜叉丸の場合は……?)。
元の世界に未練はないし帰る気も毛頭ない、と言うかそもそも転生前の自分と今の自分を完全に別人として切り捨てようとしているので、元の世界を思い起こさせるものに触れてない。……もしかしたら普通の茶道とかなら興味あるかもしれないが、そこで万が一仙蔵などの元作法委員会キャラを見つけたら(そしてそれが前世で関わりのあった相手だと気付いたら)確実に踵を返す。要するに前世の『綾部喜八郎』を完全に別人格として切り離し、令和の人間として生きることを選んだので、そもそも帰るためのカケラに触れる事すら無かった。つまり帰り方があった事自体を知らない。
とはいえ落とし穴への未練を完全に捨てる事ができたわけでは無く、記憶の虫食い穴をじっと見つめる『穴見』をする為に室町の歴史書を漁りまくってるので実際には誰よりも過去の記憶に振り回されていた。
ただし猫箱の方で滝夜叉丸の曇った姿を見た時の反応で分かる通り、令和滝夜叉丸も自分と同じ世界からの転生者だと理解できたことでこの悩みは吹っ切れている。このイベントは何かしらの形で滝夜叉丸が曇っている姿を見れば(室町利吉との出会いの有無関係なく)確定発生するので、もし今後世界がそのまま続いても最悪室町利吉との出会いが無くても、何かしらの形で滝夜叉丸の本音ムーブさえ見れば綾部は吹っ切れて普通に令和の世界を幸せに生きていく。また、令和滝夜叉丸が自分の知る滝夜叉丸だと確信したので、令和滝夜叉丸が曇ると必ず喝を入れるのでどういう未来になってもそこで滝夜叉丸が綾部の記憶のことに気付く=希望を持って生きていくので曇らない、という状況の為、多分世界が続いても残された人が少しでも前向きに生きていけるように滝夜叉丸が色々頑張ると思われる。
ちなみに滝夜叉丸に秘密がバレないように立ち回るあまり、本編の数年前に滝夜叉丸がどん底まで堕ちて苦しんでいた際にその場に居合わせる事が出来なかった。もし居合わせていたら滝夜叉丸は幾らか救われていたのだが、その場合滝夜叉丸の覚悟がそれほど強固なものにはならない為利吉さんへの手助け(罪滅ぼし)が中途半端なものになる→利吉さんからの見届けてくれイベントが消失する。
室町の記憶を完全拒否した理由としては、滝夜叉丸と死別したあとの綾部の裏事情がかなり寂しいものだったからというのもあったりする。

◇五年生(令和)
当初はちょい役で出そうと思っていたが、物語構想開始当時に竹谷の人格形成・根幹にある心理などが全く掴めず、『どの行動や言動も本音なのに人格が複数あるようにしか見えない』と恐れ慄いていた(ニャルラトハタキ現象)事から登場させるのを断念した。
とはいえ、仮に登場させた場合、筆者のキャラ解釈だと本家の五年生とはかなり行動その他が変わってしまうことになったと予想される。
まず鉢屋は一般家庭で育つ場合、変装を披露するきっかけがそもそもないので普通の悪戯好き男子で終わる(為雷蔵に化ける事もなく、接点が激減するので本家ほどベッタリしない)。
久々知は「天然かつプライド高い真面目ちゃんであるが故に人とのコミュニケーション手段を豆腐に変換してしまう距離無し男子」と解釈しているので、令和軸ではコミュニケーション手段が豆腐以外になっているか、そもそも普通に素直なコミュニケーションを取れている可能性が高いと踏んでいる(人間大好きで情優先な面を『忍者として切り捨てるべき欠点』と判断し矯正しようとした結果、豆腐というおかしな方向で出力するようになったと見ているので、そもそも忍者の三禁がない時代=情優先が欠点扱いされない令和時空ではそのまま素直に愛情表現ができる為)。
雷蔵はメンタルが個人で完成している為誰がどう変わろうが変わらず雷蔵だが、その代わり他のメンバーに積極的に声を掛ける事もない受け身な体勢になると予想される。
尾浜は久々知を始めとする五年生達との縁に人生のかなりの部分を預けている(がそれを見せない為に一線を引いてる)印象を受ける為、前提条件が変わった場合表面上は変わらずそのまま普通の男子として生きていけるものの、恐らく忍たま長屋での共同生活がない分かなり淡白かつ世話焼き気質が消えると見た。
問題の竹谷だが、筆者なりに違和感を処理した結果、どうも一般家庭の出身ではなく、何かしらの高い社会的地位を持った家系の嫡子かそれに近い立場である可能性が高いと見た。彼の挙動は生き物好きというよりは責任感からくるものであり、またその事に対する背伸びや見栄というものが全く無い。「尾浜先輩と竹谷先輩の段」などに代表されるが、「好き勝手にお馬鹿している」というよりは「竹谷なりに大真面目に問題解決を試みた上で、社会人としての視野で動いている」に見えるシーンがとても多く感じる(※尾浜に言わないでくれと言われた内容をきり丸に話している為単に口が軽いように見えるが、尾浜が目覚め竹谷を捕獲するまでタイムラグがある事から、単なるギャグというよりは竹谷なりに何か試行錯誤があった可能性が高いように感じる。また、秘密を漏らす相手がしんべヱや他の五年生ではなくきり丸という明らかに口の軽い相手かつ土井半助と居候している下級生を選んでいる事から、『下級生の間で噂を起こして土井半助ら教師陣の耳に入るようにした上で、尾浜や他の学級委員長委員会への負担を軽減する』が目的だとすると地味に合理的な行動でもある。そもそも尾浜が困るくらい大変ということは他の学生にもかなり負担がかかっているのは間違いないので、忍術学園という組織を円滑に動かすには放置して良い問題ではないと思ってもおかしくない。竹谷や尾浜が直接言っても角が立つ上に学園長が意固地になると予想されるので、搦手で学園関係者を動かして何とかしようとしている。恐らく孫子の兵法の『善く戦う者は、人を致して人に致されず』の応用編に近いものだと思っている。相手に主導権を握られたままではただ振り回されて疲弊してしまうので、主導権を握り返して状況を変える為のムーブ。忍術学園は孫子も教えている筈なので単独でやれてもおかしくはないが、どちらかというと久々知か鉢屋あたりに事情を伏せた上で解決策を相談、竹谷なりに改善策を練ったものと思われる。面倒見が良いor口が軽いというよりは、組織として円滑に回していけるように水面下で交渉を試みた可能性。天然ボケが目立つ上に地味な描写ではあるが、筆者視点の竹谷の言動はこうした『社会人としての視野、上に立つものの視野』がとても多く、尚且つそれを当たり前のものとして苦に思わない描写が多く感じる。少なくとも社会人としての振る舞いを求められる環境に数年居ないと、あの人格形成にはならない。人生二周目の転生おじさんとかでないならば、そうした人々の規範となる行動が求められる由緒正しい家柄の出身だと思われる。当時の公家が政治・経済面で力を失い伝統文化や古典研究に力を入れていた事や応仁の乱で棲家を焼き払われ地方へ下るケースが多かったことを考えるならば、そうした文化保全の方面に傾倒したり家の為に何らしらしようとする気負いが全くなく心に余裕を持って生き物の世話をやりたがっている竹谷は、公家などの家族というよりは有名な神社の関係者(政治中枢に力を持つ為人々の模範になる振る舞いが必須の立場)の可能性が高い気がする。特に神社は生き物との繋がりが強く、馬や鶏、狐などの生き物と幼少から当たり前に向き合う事が多いので生命に対する感謝や責任感を叩き込まれる事が多い筈なので、ワンチャンあり得る。更に有名な神社ならば皇族や公家などとの縁も深くなるので、由緒正しい家柄という条件にも合う。また、この時代に式年遷宮が途絶え全国から寄付を募っている事を考えると、人々の規範となりつつ復興の為にコネクションを持つ必要を感じ、忍術学園の門戸を叩いたとしてもおかしくない。そこから忍者としての人生を自分のやりたい事としてのびのびと選んでいる、と考えれば筆者の中の竹谷像と合致する。出自が良い故に同級生を『一般的男子像』として手本にしているのであれば、妙な世間ズレを起こしたり珍奇な行動に走ったりする事が多い事、思考の前提が下級生などの他人のレベルに合わせられない事にも『世間ズレした素直な上流階級層キャラクター』として一定の説得力があるように思う。……とはいえ筆者は室町史は専門外なのでこの辺りは完全に憶測)(ちなみに神社は四つ足の生き物を食べてはいけないとよく言われるが、境内を出ればオーケーという所が多いので竹谷の食事描写からバックグラウンド推測するのは多分無理。まあ神社関係者なら酒にめちゃくちゃ強いはずなのでそこからの推測は可能だろうけど恐らくコンプライアンス的に公式でそんな描写が出て来る可能性は低いと思う)。
以上から考えると、筆者視点の竹谷は「一般の男子の振る舞いを身につけようとしているかなり格の高い家の出身」であり、彼の責任感はそこから来ている可能性が高い。また、他の五年生との親しさも、『竹谷視点の一般男子のモデルケース』として参考にする為に周りに話しかけた事から始まった可能性すらある。
故に、令和で一般家庭の出身として育った場合、竹谷というキャラクターは人格の根幹がガラッと変化しかねない。
というわけで、令和時空ではこの5人がそもそも友人になっていない、なっていたとしても原作よりかなりドライな関係になっている可能性が高いと見ている。誰か1人でも滝夜叉丸達のように前世(室町記憶)を思い出していれば恐らく友人にはなれるが、その場合埋まらない違和感や前世との差に苦しむ事にもなるので思い出さない方が平和でもある。

◇摂津のきり丸(室町)
フリーの売れっ子プロ忍としてかつての利吉のようなポジションに落ち着いた。ガンガン稼ぎつつも時折土井半助の孤児院を手伝っている。
利吉が己の子を孤児院に預けた件に関しては、まあ知った時は複雑な心中ではあったものの、元々荒れる直前の利吉が任務の時に戦災孤児を拾っては土井半助の元へ預けていたので、「たまたまに似てるだけ」と思ってたのでそこまでダメージもない。荒れっぷりに関しても似たようなものでそもそも荒れてる認識がなかった上に「他人の俺が私生活まで口出しするのも違うだろ」程度にしか思ってなかったので平時に出会ってたら別に追いかけたりはしなかった。明らかに夜かつ雨やら雷やらで足元ヤバい上に任務帰りで危険地帯と分かってる場所を足の負傷ある顔見知りが走るから流石に心配して声かけたらえらいこっちゃして慌てる羽目に。
場所と状況に問題がなければこの2人は一応普通に腹割って話せる(が利吉がプライド高すぎて永遠に逃げ続けるので根本的な問題解決にはならないし、寧ろきり丸の人としての器のデカさに利吉が勝手に曇るので救いにはならない)。

◇猪名寺乱太郎(室町)
忍者としては結局三流のまま。元保健委員ということで怪我している人を放っておけないお人好し。
両親を安心させてやりたい、楽させてやりたいという目標こそ達成出来なかったものの、生来のお人好しぶりとちょっぴり不運な面のお陰で三流の平凡な忍者のまま生きていく。危険な任務に首を突っ込むこともなく、敵を作らず生きる事に長けており、両親とも良好な家族関係を築いているので現状に概ね満足している。利吉が何かしら生き急いでいる事は薄々気付いていたものの、本人が逃げ回る事や乱太郎視点で荒れているとまで思えなかったことから「山田先生達がどうにかするだろう」と距離を置いていた。

◇福富しんべヱ(室町)
一応福富屋とは関係なく忍者として仕事している。が、忍者としては普通に三流。
親には家に帰って実家の手伝いをした方が安全だと何度も言われたものの、忍術学園で本人なりに真剣に考え、忍者として生きることを選んだ。
実家との関係は普通に良好。
佐武鉄砲隊と実家の関係性は数年前から若干暗雲が立ちこめつつあるものの、なんとか互いが納得いく落とし所を探そうと虎若と試行錯誤の真っ最中。双方が100%満足いく解決は難しいと互いに分かってはいるものの、少しでも良い方向へ向かうようにと努力している。

◇土井半助(室町)
忍術学園の教師を辞めて、孤児院を開いた(つどい設定準拠)。その選択に後悔は無いし、本当に自分がやりたい事が見つかったと胸を張って言える。のだが、その事により利吉さんに空虚さを抱えさせてしまった事はしっかり察しており、その後の利吉さんの無茶のしすぎや荒れように関して心を痛め、山田夫妻に何度も相談していた。その為、利吉さんが己の子を孤児院に預けた際も、利吉さんの息子だと分かっていたものの「そこまで追い込んでしまったのは自分でもある」という罪悪感も手伝って何も言わずに引き取った。本当は追いかけて話がしたかったものの、先述の通り自らの選択に後悔がなく変える気もない為、下手に話をしても今の利吉を傷付けるだけだと考え、咄嗟には何も言えなかった。その後利吉さんが知人から身を隠すようになって以降は「あの時自分がもっと踏み込めていれば」という後悔があった。ちなみに利吉さんの息子預かった直後は山田夫妻と土下座合戦を繰り広げていた模様。
『土井半助』になれた事を誇りに思っているし、自分を『半助』にしてくれた人たちを大切に思っている。
ちなみに孤児院を開く事を決めたのはきり丸との生活がきっかけなので、決してきり丸を蔑ろにしたわけではない。きり丸が『知らない間に勝手に決めてて』と供述しているのは、あくまできり丸にとっての土井半助が世界そのものに近い存在になっていた事、その土井半助が予想外の選択をした事により『本当にこのままできいのか』と漠然とした不安を感じ始めたという理由なので、時間が立てば「あの頃はなんであんなに悩んでたんだろう」と笑い話になる程度の悩みだったりする。要は思春期の子供が独り立ちを考え始めた時の不安感情なので、受験生が進路に漠然とこれでいいのか悩んでいる状態に近い。きり丸がそれを重く受け止めているのは、日々の事に『漠然と』悩める程度には幸せになっているから(切羽詰まった状況ではこのような漠然とした不安など感じている場合じゃないので。それまで目先のことしか見る余裕が無かったきり丸が、ちゃんと幸せになって視野を広げたが故の悩み)。

◇山田伝蔵(室町)
家族に対して素直になれないが、基本的に有能な一流の忍者。利吉さんにとって越えるべき相手かつ憧れ。この時間軸では次期学園長として引き継ぎを始めており、翌年から正式に忍術学園学園長になる予定。
素直になれないだけで、利吉さんにとって『かっこいい所だけを見せてほしい&見てほしい相手』であり、また伝蔵側も『かっこいいところを見せたい』という意識が強い。ただし利吉さんの過度なカッコつけというか、失敗経験の少なさとプライドの高さを案じている面が強く、可能な範囲で親としての残念な面を見せたりなど、一応息子が荒れないように対策は色々考えていた模様。……が、あまり効果はなかった。
利吉さんが荒れている原因には当然気付いており、なんとかしようと妻とも話し合っていたが、原因が自分である為下手に介入すれば余計に拗れることや、そもそも利吉さんが対話の姿勢を持てていない事が理由で冷却期間を置きつつ社会復帰の道筋を先に整えておこうという方向で夫妻+土井半助で動いていた所へ今回の事件が起きた。本件がなかった場合、もう暫くの冷却期間を設けた後夫妻でどうにかして利吉さんを確保・土井半助と協力しつつ厚生&社会復帰させる方向へ持ってく予定だった。……その場合の利吉さんは本作ほど吹っ切れはしないので少し影のある俯き気味の男として、それでも月並みの幸せを得たのでは無いかと想像する。

◇小松田秀作(室町)
今でも忍者を目指しているヘッポコ事務員。まだ忍術学園で事務員やってる。
実は当初出す予定は無かったのだが、このシナリオだと『夢だった事になったとはいえ伝子さんを殺して帰ってきた』事への罪悪感から山田利吉が忍者を完全に諦めるルートが確定してしまうし利吉さんの選択肢が狭まったままストーリーが終わるので、『山田伝蔵の息子としてじゃなくて自分自身がやりたいなら、どんな職だろうと未来だろうと目指す理由はそれで充分』という事を示させるために登場させる事になった。本当は登場させる気などなかった。なんかポッと出でめっちゃ美味しいところだけ掻っ攫ってった。
この利吉さんがまた忍者目指す事の是非については多分賛否分かれると思う所だが、筆者は『一度の失敗で全てが台無しになるわけじゃない』というのが映画の軍師見た時に製作陣が一番伝えたかった事だろうと受け取ったので、ここで道を途切れさせずに新たな選択肢として復活させた方が山田利吉の世界が広がると判断した。
土井半助の孤児院には山田伝蔵からのお使いで定期的に顔を出しており、子供達にはとても慕われている。その為孤児院への引き抜きの話も来ているが、本人は未だ忍者への憧れを捨てきれていない為誘いを保留にしている。
ちなみに作中でタンポポだのつむじ風だのという可愛らしいたとえをしているが、筆者の中でのイメージは完全にサメ映画のサメ。血の匂い嗅いだら離れた場所でも追いかけてくる上に空からでも海からでも溶岩の中でも場所を気にせずやってくる上に出てくる事でどんなシリアスもぶち壊しにかかれる胆力があるので。あと自分が出した被害をいちいち覚えずただ本能に従って蹂躙するのみなので。ただ流石に作中でサメ呼ばわりしたらアウトだろと思って自重した。サメ以外の平和な表現考えるのにめちゃくちゃ苦労したし、書いてる間「いや、サメなんだよなぁ……」とずっと遠い目をしていた。