kanaco
2025-05-25 11:18:34
10852文字
Public
 

【四信】意表をつく男

《四信》能天気鈍感ボーイ信一くんと、彼を溺愛している四仔さんのただただ平和なはなし。(P1~P3)


「いや、どうしよっかな、って言ってもな

考え込んでしまった信一がフリーズしたので、定例会はそのままお開きになった。

「まぁ、頑張んなさいよ」と愉快気にコロコロ笑いながら信一の肩を叩いた燕芬姐は、同じように愉快そうにコロコロと笑って「ねぇ、告白したらどうなったか教えてね」と言うおませな魚蛋小妹を伴って去っていった。なんだあの似た者同士の姉と妹は。どう考えても面白がってる。

一方、弟のような存在でもある幼馴染は不満気を隠そうともせずふくれっ面だった。
「嘘じゃん、変な虫がつかないようにこれまであんなに追っ払ってきたのに、身内にダークホースが現れるとは
盲点!と十二が大袈裟に天を仰ぐ。
「ええ?いや、お前なにやってんだ」
「お前がアホみたいにところかまわず愛想振りまくか挑発するからじゃねぇか。っていうかその様子じゃもう四仔と寝たな」
「ご明察の通り、すでにセフレ
「もうヤダーこいつ。最近、ワンナイト斡旋の相談が来ないと思ってたわ」
「どうしよ、この後」
「知らん!」
キィっと喚いてプイっと魚蛋小妹よりも子供じみた仕草をして顔をそらすと、十二はまるでプンプンと怒ったままに阿七冰室を出て行った。やべーなんか知らんが駄々っ子モード入っちゃった、と信一はポリポリと頭を搔く。やっぱり今度ご機嫌取りにトラのヌイグルミを買ってこよう。なんか大きいのと小さいのがあったから、虎兄貴分ってことで一緒に。

そうして3人と分かれて今、信一はさっそく診療所の前にいる。

ところが意識したらどんな顔をして会えばいいか分からなくなってしまい、扉のノックをどうもすることができない。考えれば考えるほど、この状況って複雑なのでは、と困惑する。今までと同じように振る舞えるのか?意識しすぎてぎこちなくなる自分しか想像ができない。だからといって、じゃぁ避けようかいうとそんな気持ちにもならない。だって好きならば、近くにいたいではないか。

んー、でも俺もう、あいつと寝てるし。
え、これからこの片思い状態で抱かれんの?それってキツくない?まじ??


……ハッ!!それならば、今からでも四仔を俺に恋させればいいだけっ。


「何を1人で百面相しているんだ?」
「いや、今名案を思いついたところだ」
「名案?」
「そう。これから四仔を俺に惚れされるための計画を練って両想いを確立させる。そうすれば晴れて正規ルートへ向かって万事解決!俺も凹まずハッピーエンド」
「ほぅ」

…………へ?」
あれ、俺今誰と会話をしているんだっけ?とそちらに顔を向ける。問題の男である四仔が、納得しているのか呆れているのか明瞭なのか、なんとも言い難い底知れぬ瞳をしたながら立っていた。目と目が合って、信一が血の気をひく。

………
冷や汗をかいて目と目が合ったまま、なんとも気まずい沈黙が流れ、口をひきつらせた信一が震える声でやっと絞り出したのは、現実の確認だった。

……お前、診療所を留守にしてたの?」
「ごあいにく」
そう答えた四仔が診療所のドアを開け、唐突に信一の腕を掴むと中に引きずり込んだ。

「うぉっ」

声を上げる信一に構わずそのまま内側に入ると、閉まった扉にトンと軽く信一を押す。信一の背中が壁に触れた瞬間に、まるで余裕さえ感じる緩慢な動作で、四仔の両腕が信一を囲うように壁を静かについた。壁に信一を押しつけるというよりはそこに寄り添うような優しい仕草で四仔は信一を小さな空間に捕える。それでも二人の息遣いが重なりそうなほどの近さに、逃げ場がなくて信一が「どうしよう」と身を捩る。逃げたいというよりは、もうどうしたらいいか分からない。

「せ、四仔近い」
「今更では?」
(いやいや、無理無理!)
互いの熱を感じるほどの距離感に、目を合わせることができず信一が思い切り顔を右に向けた。体温が一気に上昇するのが自分でもハッキリと分かる。待て、これ恥ずかしいくらいに顔が真っ赤になってるのでは!せめてこの高鳴り過ぎた心音は聞こえいていないといい、と信一は祈るが虚しい結果に終わりそうだった。

「どうして目をそらす」
そういう四仔の声は随分と楽しそうだった。
「俺を惚れさせるんじゃなかったのか?」
顔を真横にしているせいで、低くて聴き心地の良い四仔の声がその吐息と共に左耳にダイレクトに入ってきて、信一はくすぐったさと気恥ずかしいで「わぁ」と体を竦め、目をギュッっと閉じた。

「信一」
名前を呼ばれて、薄っすらと目を開ける。もちろん横を向いたままだ。その正面にペラリと2枚の紙きれが現れた。
「ん?」
「お前が見たがっていた映画の前売りチケット、2枚買ってきたが一緒に行くか?」
「え!」
思わず正面を向いて四仔の顔を見る。
「お前、外に出るのキライじゃん」
「まぁ、レイトショーなら暗いし人も少ないし、付き合ってやらんでもない」
「この状況で映画のチケット!なぁ、それってデート?」
「そういうことになるな」

何この人、やること虚をつきすぎて怖い!

そう、心中で叫んでいうちに、前を向いたことで至近距離で視線が絡むことに気がついた。やっとしっかりと見た四仔の瞳が自分を優しく見ていることに、視線を外せなくなってしまう。マスクで表情は完全には伺えない。それでも目じりは柔らかく緩んでいて、笑っているわけではないだろうに、どこか微笑みを感じさせるような温かい表情を信一に想像させた。普段のクールで落ち着いた表情ばかりを見ていたから、それがなんだかグッとくる。


あ、待って。やっぱ俺こいつ好きかも。


「四仔」
「なんだ」
「もしかしてなんだけどお前ってもう俺のことが好き?」
「そうだが」
「ひぇ!」
やっぱそうなんですか!?と信一が悲鳴なのか歓喜なのか分からぬ声を上げた。

「今更気がついたのか。まぁ、知っていたが」
「何それどういうこと」
「俺は、お前に誘われた時からお前のことが好きだったぞ。そもそも、あれは告白なのかと思っていた」
………俺、どういう誘い方したっけ」
「そう思ったが次の日になったらケロリとしているから、これは違ったか、と分かった」
「なんかスミマセン.......」
「だからお前と同じさ」

信一が首を傾げる。四仔が何ともないように、よくする”すました”顔で言う。

「俺に惚れされるための計画を練って両想いを確立させる、ってな」

お前は目に見える形で愛される方が好きだろう。
まるで“特別”みたいに優しくな。
それも、周りに人がいると気を遣うし恥ずかしがるから、2人きりのときに思いきり甘やかしてくれる年上の男が。

「効果はあったみたいだな」
……待て、もしかして俺すげぇ嫌なヤツな上に鈍感野郎では」
「もしかしなくてもな。でもまぁ、予想の範疇だ」
なんせ、お前だし。分かりやすくて助かるよ。

信一は呆けた顔をして、ポカンと口を大きく開けた。
なんだこの展開は。自分としては予想外すぎる。
だが、これは万時解決。全てがハッピーなのでは。

唖然としている間に、四仔の顔がゆっくりと近づく。開けたままの口から「あ」という信一の声が漏れるまえに塞がれる。それはただただ優しく触れるだけの、唇を合わせるだけのキスだった。それなのに、信一の体や指の先までビリビリと甘い刺激が伝わるようで、体も気持ちもフワフワとしていく。さっきあんなに体温が上がったと思ったのに、それを超えていくように熱が苛烈する。ナニコレ、今までと全然違うじゃん。気持ちの変化の影響?

これより凄いのしたら俺どうなっちゃうわけ?
俺、ワクワクしてきたんですけど。

こんな自分は始めてかも。っていうかそうか。そういえば。

「四仔、これも俺、今更気がついたんだけど」
「ああ」
「恋愛って意味で誰かをちゃんと好きになったの初めてかも
ドキドキして死にそうすぎて、楽しい。
そう、正直な気持ちを伝えると四仔が一度固まった後、喜んでるようにも見えるのに、一方でなぜかイラっとしたような顔をした。でも「あ、こいつも耳が赤くなってる」と信一は嬉しがる。

壁に信一を閉じ込めていた腕が降りてきて、信一の腰に回ってきた。
体への密着度が上がって心音まで重なっていく。やっぱり気持ちが高ぶってるのは四仔も一緒なんだ、と信一は安心した。
……で?返事は」
もう一度ペラリと見せてくる映画のチケット。

信一は取り急ぎ答えた。
「映画に行く前に、俺の行きつけの料理店に行こうぜ?こじんまりしたとこなんだけど、静かだし美味しいし、俺常連でオーナーとも料理長とも仲がいいから個室用意してもらえるし。それで30分くらいでもいいからさ、行きたいアクセサリー屋があるから寄ってくれない?そこも閉店してから行くってもう約束してて。俺に似合うの選ぶの手伝ってくれよ。そんでさ、映画見終わったらさ」

一度、言葉を止めて一呼吸。
四仔の首に腕を回して、ギュっと抱きつく。
部屋には誰もいないけど、それでも誰にも聞こえないようにその耳に、そっと囁く。

「お持ち帰りしてもいいぞ」

それはいいデートコースだな、と四仔が笑った。