ななき
2025-05-21 19:34:25
15305文字
Public 吸死
 

竜のおまじないは夢の中【Web再録】

(ドラロナ)微ホラー表現あり。
2024.5発行のドラロナアンソロジー、「人外さまのお気に入り」寄稿作。
人でない何かに好かれるロナルドくんと人外枠で圧倒的強者である竜の一族としてのドラルクさんがテーマでした。
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主催様、本当にありがとうございました。




 怪異ホイホイDXスーパーが、また面倒なのを引っかけてきた。今回はすこしばかり、そう、すこーしばかりイラついている。水槽に餌を入れてやりながら、金魚の吸血鬼に愚痴を聞かせたくなるくらいに。

「しつこい! 実にしつこい! すぐ振り払えるが復活だけは早い! キンデメ、試しに食べてみないか」
「いらん。しかし、か弱いのに復活だけはいくらでもとは……
 じ、と目蓋のない魚類の視線がこちらに注がれる。何がいいたい。
「私が死ぬまでつつきまわすぞ」
「何も言っていない。やめろ」

 先週、一人で出張退治に行った若造は、肩やら腰やら脚やら全身に白い糸を纏わりつかせて帰ってきた。てらてらとした細い糸はジョンがヌエって顔をするほど、ねっとりとした気持ちの悪い情念を漂わせていた。
事務所までついてきたガッツの持ち主とはいえ、竜の城で害をなせるような怪異ではない。しかし、そんなモノを持ち込まれるのは気分がよくない。
「背中に蜘蛛の巣つけてハロウィン気分か」
「あ? とって」
 確かそんな会話をして、赤い上着の背は私に向けられた。絡んでいた糸は、ほんの軽く叩くだけで、漂う情念に見合わないほどあっさりと溶けて消えた。だから、私がロナルド君の無防備な後ろ姿を鑑賞して終わり、のはずだったのだが。

 あの日から、あの糸が何度も何度もロナルド君に纏わりついてくる。

 おつかいから帰ってきた時。ジョギングから帰ったとき。駆り出された緊急出動から帰宅したとき。コンビニからギルドの移動中。出版社の打ち合わせから戻ったとき。依頼人を駅まで送った帰り。それから、それから。
 パトロールに私がついて出たときでさえ、目を離せば纏わりつく。毎回、払えばすぐに離れるのだが、またいつのまにか戻ってくる。いくら害を及ぼすほどではないといっても、イライラはたまる。

 ぐぶぶ、と赤い金魚は銀色の泡を吐き出した。
「毎回毎回、蜘蛛の巣を払っていては退治人もおかしいと思うのでは」
「とっくに思ってるよ、珍しく私にされるままなだけで。野生の勘かね」
「鈍いのか鋭いのかわからんところがあるからな、あの退治人。何にしても手を打てるなら早めに打て」
「そうしたいところだが、本体は余所にあるんだよなあ、ああいうタイプ。それで試しに若造につきまとってみたが、私やジョンが付いていると絶対に出てこない。そのくせロナルド君がひとりになる瞬間を見逃さない。……それだけの知性があれば、私の血もわかるだろうに腹立たしい」
 虎の威を借るようで誇るのは私の主義ではないが、真祖を戴く我が血族は、人、怪異、吸血鬼の全てから畏れられ崇められてきた絶対的な強者である。知性があればこそ、格の違いがわからないはずがないのだが。

 ゆらゆらと体色を点滅させる金魚の吸血鬼が、まだ何か言いたげにこちらを見ているので、言いたいことははっきり言えと促す。
「この場合、知性があるからだろう。普段の死にっぷりを見ているとしたらありえる」
「つまりナメられていると」
「まぁ、そうだな」
 苛立ちに歯噛みしたとき、事務所が急に騒がしくなった。事務所に続くドアがこれまた喧しく開いて、気配からもう騒がしい男が入ってくる。今日は一日原稿の予定と聞いていたのだが。
 騒がしい男、こと、ロナルド君は私とキンデメに目もくれず、ガンホルダーを身に着け、赤い上着を羽織り退治道具も取り出して。
「ギルドから要請。すぐ出る」
「なんだ、また変態か?」
 面白そうならついていこうかなと口に出すより早く、硬質な光を帯びる青い瞳に制された。退治中、有無を言わせないときの色だ。
「来るな。下等吸血鬼の大量発生で、種類混合の上、大型化してる。数減らすのに薬剤撒くから」
 ギルドも吸対も総出で余裕がねぇ、と言う声は硬い。
……仕方がない。つまり私にとって楽しい現場ではないのだし。またあの糸を絡ませて帰ってくるのだろうことは業腹だが、払ってやろう。ジョンも外出しているし、場所を教えていけと言おうとしたとき、赤い背に何重にもかかる糸が見えた。

 肩を抱くように。甘えて腰に回す腕のように。どこかへ誘うかのように、纏わりつく白い。なぜ。いままで、事務所にいる間は現れなかったのに。

 私の城の中で、私のものに手をだされた苛立ちで、ぶつりと何かが切れた。
 自分の唇の端をわざと牙でひっかいて滲んだ血をなめとる。事務所へのドアを潜ろうとする肩に手をかけ、振り向いたその襟をひっつかんで引き寄せた。都合よく自分と同じくらいの高さにある人体の一番わかりやすい穴から、口に含んだ血を押し込めば、人には聞こえない叫びと、ジュっと何かが蒸発する音がした。
 息が続くかぎりそうしてから、胸を押しやって離れれば、バランスを崩したかのようにロナルド君が一歩後ずさる。まさか、私の力に負けたわけでもないだろうに。

「おま、な、え?」
 ぽかんとしたハンサム面の真ん中では、きらきらのスカイブルーがぱちぱちと瞬きを繰り返している。トゥインクルトゥインクルリトルスター。なんとも見ごたえのある景色だが、それよりも糸だ。頭からつま先まで確かめる。
 ……よし消えたな。当たり前だがさすが私。もっと早くこうしておけばよかった。
「急ぎなんだろう、早く出ろ」
「あえ、あ、わ、う、いってくる!」
 入ってきたときと同じに、ロナルド君はバタバタと出ていった。バタン!ガン!という廊下の壁に何か当たる音と「いってぇ!」という叫びが響く。蹴躓いたな、珍しい。

 足音と気配が遠ざかり、水槽のエアポンプの音が聞こえるようになるまで待つ。あのうっかりゴリラはたまに「スマホ忘れた!」と戻ってくることがあるので。
 ……さて、すがすがしい気持ちだ。この気持ちのまま、フットサル練習中のジョンを迎えに行ってみようか。クッキーを焼くのもいい。帰ってきたジョンがきっと喜ぶ。死のゲームの充電もそろそろ終わるころか。スリープから起こして久しぶりに新作の相談でもしようか。

 暇つぶしリストを脳内でめくる私を、渋い声が呼び止めた。
「同胞(ドラルク)。自分が何をしたかわかっているか?」
「うん? 血をね、ほんのちょぉっとだけ与えた。私の気配を纏わせて『竜のお手付きです』って看板を首から下げさせたイメージだな。私の、まあつまりは竜の血による護りだよ」
 キンデメも言ってただろう、早めに手を打てと。
 クッキーを焼くのに小麦粉は足りていただろうか。バターが心もとなかった気がする。若造にメッセージ送っておくか。
「そんなに効果は長くないだろうがね。また折見て同じことをすればいい」
「また無茶を……どうやったか言ってみろ」
「見てただろう。口から直接」
 金魚は、ぐぶふぅ……と呆れたような、疲れたような泡を吐き出した。
「それを一般的に接吻という」
 金魚の、上を向く目をマジマジと見つめる。接吻。ちゅー。キス。……キス⁉

 当たり前だが、私とあの男はキスなんてするような関係ではない。
 だから初めて見たんだもの。間近で見開いた揺れる青も、熱くて、少し荒れていた唇も、血を、舌を押し付けた時にびくりと震えた身体も……いや、うん。突き刺さる魚類の視線で、うっかり耽溺しかけた思考を戻す。この方向に記憶を深追いするのはやめだ。

 兎も角、思い返せる自分の行動が、キス以外の何物でもないということだけは確実だった。
「あの退治人、色恋は経験がないだろう。今は仕事を優先しておとなしく出たが……暴れるのでは?」
 人の女性とお付き合いを夢見るゴリラはキスにだって夢をみている。……導きだされる未来予測は、念入りな死。いつものように連続死するだけならともかく、朝日の下に放り出されるとかトイレに流されるとかでは?
 想像して塵の山を作った私の上に、金魚の声が降ってくる。
「可燃ゴミにされそうになった時には口添えはしてやるが、覚悟はしておけ……
「キンデメ先生。言い訳の口裏合わせに協力を要請する」
……お主はそれでいいのか」
「なにがだ?」
 ぐぶぶふぅ……と今日最大の泡が浮かぶ。
「いいならいい。高級餌三日でな」

 ――しかし結局、せっかく考えた十二通りの言い訳と丸め込み作戦は無意味となった。
 明け方、「ただいまぁ……」とヘロヘロになって帰ってきた五歳児は、出がけのことなど忘れたらしい(助かったが正気か?)。駆除剤の臭いで私を死なせ、夜食のオムライスを平らげ、ジョンに遊んでもらってご満悦になり、今は目の前でぐーすか寝ている。吸血鬼が寝床の横に座り込んでも起きない退治人ってどうなの。お前にどうこうされるわけねぇだろ、と私の脳内ゴリラは騒いではいるが。

 『おまじない』は有効だった。帰ってきたロナルド君には糸の一筋もなかった。久しぶりのクリーンな体での帰宅だ。上々。
 でもキンデメに言ったように効果がいつまで続くかは不明だし、私は私のものを連中に触られるのが嫌いだし、連中が寄ってくるのはロナルド君の身体にだって本来よくないはずだし、だから。
 一緒にゴリラの寝顔を覗きこんでいる愛らしい丸にひそひそ話。
「これは連中への牽制、一種の護符をゴリラに授ける『おまじない』だ。私の行動には正当性がある。そうだろう、ジョン」
「ヌ、ヌー?」
 そうかなぁ? という使い魔のちいさな頭を手で覆って目隠しし、そっと身を倒す。若い人間の、乾いた皮膚の感触と、吐息の湿り気。その体の奥深くにむけて息を吹き込めば、ロナルド君は、んぅ、と小さく喉を鳴らした。起こしてしまうまえに、身を離す。

 血の方が絶対に効果は高いが、頭に血が上って気合いの入りまくった状態だった夕刻と違って、平素では唇に牙を引っかけただけでも私は死ねる。ので、この方法だ。呼気に含まれる気配だけでも、効果はあるだろう。
 しかも。この方法なら、継続的に効果を出そうと思うなら掛けなおしが必須だという点も悪くない。……別にどうせバレたら殺されるなら、一回より百回の方がお得だとか、思っていない。違うったら。ジョン、見ないで。ロナルド君のことが好きなのか、って? まさか。これは、私のものだろう? それだけだよ。そう、それだけだ。

 目の前のロナルド君の分厚い身体からは、薄いながらきちんと竜の気配が感じ取れて、なんともいえない満足感で満たされる。
 この宝石は私の城にあるべきだ。損なわれず、汚されず、何者にも触れられずに。

 ◇

 あれから、隙を見つけて、もとい驚かせないように彼が眠っている間に『おまじない』の掛けなおしをしている。ロナルド君の生活が不規則なせいで毎日とはいかないのがもどかしいが。
 その甲斐あって、件の糸どころか、ちらちらと事務所ビル周りをうろついていた奴らや、日常的にくっついてきていた有象無象まで見かけなくなって大変快適。ロナルド君自身も「身体の調子がいい気がする」などと不思議そうにご飯のおかわりを増やしている。

 そもそも並みの怪異は、竜の一族がいるだけで消えるか逃げる。ロナルド君が異常な人外たらしでなければ、この事務所に連中が寄り付くことだって難しい。
 だから、油断はあった。認めたくないが。

 ◇

「あー、ひどい目にあった」
 亜空間トンネルから、ペイッと吐き出された先は我が城、もう住み慣れたウサギ小屋。
 私としたことがクソゲーレビューの原稿締切を勘違いして、丸二日の缶詰め。ロナ造御用達のカラッと揚げられる部屋にはお世話にならなかったが、オータムにはそうでなくたって怖い部屋が……やめよう、無事帰ってきたのだから。
「ヌヌヌリヌヌイ!」
「ただいまジョン。お出迎えをありがとう」
 出迎えてくれた愛らしさの具現を抱き上げ、健康チェックする。ん、腹毛にクッキーかすを発見。おやつはヘルシーな蒸しパンを置いて行ったはずだが……? 目をそらすジョンと無言の攻防をしていれば、キンデメから声がかかった。
「退治人はパトロールに出ている」
「〝異常〟は?」
「怪しいものは来ていない。いつも通りの騒がしさだった」
 それはなにより。シンヨコとロナルド君は騒がしくなければ。
 ひとまず、料理でもして気分転換しようと黒いエプロンを手に取る。ジョン、何かリクエストはあるかい? シチュー? いいね。
 冷蔵庫の牛乳パックは半分ほどしか入っていなかった。帰りに牛乳買ってこい、とメッセージを労働中の我が城の下男へ。殊勝なことに、目の前で返信が来た。

 しかし、その内容に眉を寄せる。
『道に迷った。見たこと無い場所にいる。GPSも効かない』『住宅街だけど人が居ねぇ』『飯とっといて』。数秒後に画像が届く。『いまここ』。
 嫌な予感で背筋が冷える。住宅街だと? これが? 真っ暗な場所。そこに、スマホのフラッシュを反射する糸が縦横無尽にかかっていた。それ以外なにも映っていない。よく見れば送ったメッセージに既読表示はない。表示の異常というだけなら良いが、これはロナルド君にはメッセージが届いていない可能性の方が高そうだ。
 とっさに『動くな、返事をするな、食べるな』と送る。が、やはり既読はつかなかった。
 私の表情で異常を悟った金魚が、せわしなく水槽を泳ぎ回り、ジョンが不安げに見上げてくる。
「あの糸の仕業だな。本当にしつこい」
 私がロナルド君の側を離れる日を待ちぶせていたのだろう。

 エプロンを放り投げ、マントを再び手に取る。
「ジョン、迷子の五歳児を迎えにいくよ」