氷紀
2025-05-21 13:26:16
12594文字
Public 迷い込んだ彼らの話
 

それでも愛と呼べるなら 01

『迷い込んだ彼らの話』第二部。
CPは高沢+ゲタ墓です。
相変わらずの特殊設定が山盛りですのでご注意ください。



 ちいさいのがカラスと一緒に、血相を変えて玄関に飛び込んできたのは、沢城くんがやっと起き上がれるようになった頃だった。
 時刻は昼下がりを少し過ぎたあたり。

 何かあったのは間違いない。
 基本的に喋れないちいさいのだけど、聞いているのは沢城くんだけ、って状況なら何とか言葉が出るらしい。それで僕は別の部屋でひとまず待機して、沢城くんが聞き出してくれたところによれば、ゲタ吉がさらわれた――とのこと。

 沢城くんの術の為に外出したゲタ吉とちいさいのは、この寺から一番近い町の、比較的栄えていて安全な区域にある、ショッピングモールをうろついていたらしい。書店兼文具屋に立ち寄り、前からちいさいのが欲しがっていたクレヨンセットを買って店を出て、昼食を食べにフードコートのラーメン屋に入ったのが、ちょうど正午くらい。沢城くんの術は午前中に完了するものだから、ゲタ吉とちいさいのは、ラーメンを食べたら帰る心づもりだった、はずだ。
 しかしラーメン屋の券売機に並んでいる最中、ゲタ吉が困っている様子の人間に声をかけられ、ゲタ吉が一瞬だけそちらに注意を移した瞬間、ちいさいのはゲタ吉から引き放されてしまった、とのこと。ちいさいのが最後にみたのは、ゲタ吉の背に貼り付けられた呪符と、その呪符を背中に括り付けるように回された縄だった。

「それで、ちいさいのはゲタ吉を探して外へ出たそうなんですが、妖怪アンテナにも引っかからなかったみたいで……でもたまたま、駐車場にいたカラスが二羽、気に掛けてくれたみたいです。だからクレヨンの袋を破いて、紙を二枚作って、片方は墓のに、片方は先輩に、って」
「ああ、それで……
 居間のちゃぶ台の上、広げられた茶色い紙には、青いクレヨンでこう書かれている。

『たか にいさん へ
 ゲタきちにいさん が さらわれた たすけて』

 僕は内心、ちいさいのの判断力に驚いていた。
 カラスは二羽いて、片方は、墓の宛――墓のは、割と外出の機会が多い。だからその時点で寺にいない可能性を考えたんだろう。現に今、墓のは外出していて不在だ。
 でも、ゲタ吉と自分たちが、この世界において『墓のの縁者』として留まっている以上は、絶対知らせなくてはいけないから、片方は墓の宛にしたんじゃないだろうか。
 そして、いつものちいさいのなら、頼るのは僕より沢城くんの方だ。でもきっと、沢城くんは術にかかりきりかもしれない、と考えて、メモを僕宛にした可能性が高かった。ついでに、ちいさいのが僕に対してしゃべれなくても、最低限、何が起きたかはその一文で分かる。
 それから、僕宛にすれば、今日の僕がこの家にいる以上、カラスは確実にこの寺の家へたどり着く。それを追えば、ちいさいの自身はひとまず安全なところへ帰れる――
 ちいさいのは今、沢城くんにもたれかかり、しがみつくようにして震えている。引きつるような泣き声は、だいぶ静かになってきたけど、沢城くんから離れる気配はない。
……頑張ったね、もう大丈夫だよ、ちいさいの」
 沢城くんはそう何度も繰り返しながら、自分にしがみついている、同じ色の頭を撫でて――そのまましばらく何か考え込んでいたようだったけど、やがてちゃぶ台の対面側に座る僕に静かに視線を向けると、小さな声で問いかけてきた。
「先輩は、何か引っかかること、ありますか?」
「一番は……ちいさいのじゃなくてゲタ吉を狙ったこと、かな。ちいさいのが狙われるならともかく、なんでゲタ吉の方を……絶対、危ないのに」
 ゲタ吉は、戦えば桁違いに強い。身一つの勝負だったら、僕と沢城くんの二人がかりでやっと互角、というくらいには。ただ性格的に、『人間を極力傷つけない』というところが沢城くんと一緒だから、今回はそこを突かれたに違いない。
「僕もそう思います。幽霊族の血肉が目当ての妖怪だとしたら、明らかにおかしいですよね。符と縄を用意して、子供じゃなくて大人を狙う、なんて……
「あと、ちいさいのを見逃しているのも変だ。『ゲタ吉一人で充分』だったのか、それとも敢えて『ちいさいのを見逃す』理由があったのか……? だとするなら、カラスが都合良く二羽いたっていうのも、何か罠みたいな気がするけど」
「用心深い相手なら、カラスは周辺から追い払っておくはずですよね。そうしなかった理由が何なのか……、単にそこまで気が回っていない、という可能性も、もちろんあるんですけど」
 数秒の沈黙。その間に考えをまとめる。
「取りあえず、カラスのことは置いておこう。手がかりもないし。……ゲタ吉をさらえるような相手に、僕らが正面から殴りかかっても、二の舞になるだけだろうな。人混みで隙を突いて呪符と縄、ってことは、ゲタ吉の力を封じる術を扱える人間、の可能性が一番高そうだね」
「そうですね。あと、その人間の動機はどうあれ、能力的にさらう自信があったから、ゲタ吉に狙いを定めた……のは間違いないと思います。……その種は、ちいさいのが見たっていう、あの符と縄」
 沢城くんが表情を曇らせる。何か言いよどんでいる様子だったから、視線で続きを促すと、ためらいがちな返答があった。
「父さんに、聞いたことがあるんです。幽霊族の力を封じる札、……裏鬼道って呼ばれる奴らが使っていたそうなんですが。この世界にもいるんでしょうか」
「裏鬼道、か。僕は聞いたことないけど……沢城くんの世界にいたなら、ここにいてもおかしくはないよね。まったく同じではなくても、似たような勢力ならあるかもしれない」
「だとすると、……ますます、ちいさいのを見逃す理由が分かりません」
 沢城くんが呟いたところで、カァカァと二度なく声が玄関から聞こえる。沢城くんにはちいさいのがしがみついているので、僕が玄関に出ると、そこにはやはり一羽のカラスが下りてきていた。
 そのくちばしには、折り紙のように畳まれた白い紙がくわえられている。
 僕がその紙を受け取ると、カラスは即座に飛び立った。何か他の用事があるような急ぎぶりだった。
 受け取った手紙折りは、真っ白だった。宛名も差出人名もない。しかし、ただの手紙折りではないのは気配で分かる。霊気や妖気の干渉を防ぐための、簡易結界を込めた折り方だ。僕はこの時点で、その手紙の主が墓のであることを察した。
「墓のからだ」
 奥で座る沢城くんに聞こえるように、一声。急いで居間へ戻って紙を開く。
 そこには薄茶色の紙と、千切られて下半分しかない符のようなものが、一緒に畳まれて入っていた。
 薄茶色の紙は予想通り、書店兼文具屋の元・紙袋だ。ちいさいのの、青いクレヨンの筆跡も――宛先が墓のであること以外は、ちゃぶ台の上にあるのと同じ。
 沢城くんと二人で、その手紙を覗き込む。黒いサインペンの筆跡は、間違いなく墓のの字だった。

『ちいさいのへ

 いま どこに いますか?
 いえ の そと なら 1
 いえ の なか なら 2
 を よんで ください。

1.
 いえ の そとなら この てがみ を ぜんぶ もって めのまえ の カラス を おいかけて ください。
 いえ に ついたら この てがみ を たかにいさん と さわにいさん に みせること。

2.
 いえ の なか なら そのまま いえ の なか に いて ください。
 だれ が きても とびら や まど を あけないで。

高山・沢城へ

 ゲタ吉に何かあったようです。薄茶色の紙を参照のこと。
 ちいさいのはそちらへ帰り着いていますか? もしいないようなら、この手紙を読む必要はありません。一式全て焼き捨てて、ちいさいのを探してください。

 ちいさいのが家に帰り着けていたら、二人にお願いしたいことがあります。
 同封した符の破片を、ちいさいのが見ているか、確かめてください。分からないなら分からないでも構いません。この符の破片は、薄茶色の紙と共に、僕のところへカラスが持ってきたものです。

沢城へ
 ちいさいのから何が起きたのか話を聞いて、手紙にまとめて知らせてください。ちいさいのが符を見たのかどうかも、合わせて書いてください。
 もしちいさいのが怪我などしていたら、手当てもお願いします。

高山へ
 符から読み取れる記憶があったら、知らせてください。様々なモノが触れているので、いろいろ混信しているでしょうが、何か特定のマーク・記章・紋様などが浮かぶようなら、それを模写して知らせて欲しいです。

 僕は今、玄藤のところで手がかりを調べています。少し時間がかかるので、帰りは早くても明日の朝です。
 カラスに手紙を託したら、夜になる前に、家と離れと本堂、土蔵にある全ての鍵を掛け、術式の鍵を全て起動して、鎧戸も閉めて、僕が帰るまで“絶対に、何があっても”開けないこと。縁側のフスマも全て閉じて、必要な時以外は開けないこと。僕が帰る前には、カラスの二羽で玄関から知らせたあと、裏口から入ります。

墓場鬼太郎』