氷紀
2025-05-21 13:26:16
12594文字
Public 迷い込んだ彼らの話
 

それでも愛と呼べるなら 01

『迷い込んだ彼らの話』第二部。
CPは高沢+ゲタ墓です。
相変わらずの特殊設定が山盛りですのでご注意ください。

「沢城くん、大丈夫?」
 布団の脇に座っている、心配そうな先輩の問いかけに、僕は辛うじてうなずいた。それだけで頭の奥がぐらっと来て、既に自室の布団の上に転がっているのに、まだどこかへ体が転がっていきそうな気がする。頭痛や吐き気や耳鳴りはないから、多分、状態としてはだいぶマシなんだろうけど――目を閉じる。少しだけ楽になった。
「まさか、こんなにキツいとは、思いませんでした……
「それでも、七分は持たせたんですからネ」
 僕の言葉に応じてくれたのは、先輩の隣に座る墓のだ。とても落ち着いた声で、少しだけ、褒めてくれているような気配が音ににじんでいた。
「初挑戦にしては上出来ですヨ」

 僕がこんな状態になっているのには理由がある。
 今日初めて、元の世界へ、自分で術を使って、自分の声を届けたからだ。

 僕がこの墓のの世界へ迷い込んで、もう随分経った。
 いろいろあった結果、僕は自分の願いを叶える為に、時空を渡る術の勉強を始めて――最近やっと、基本的なところを理解した。
 それで今日、元の世界との交信に挑戦してみた。照準にしたのは僕の父さんだ。同じ幽霊族同士であれば、夢を介して声と姿を届けること――つまり、時空をまたいだ『夢知らせ』を意図的に起こすことなら、今の僕でも充分可能なはず、と墓のが教えてくれたから。
 その結果、僕が無事であることと、時空の壁を越えて帰る為に努力していること、絶対に帰るから待っていて欲しいという意志は、伝えられた……と、思う。言葉として何をしゃべったのかは、術を維持するのに必死すぎて、よく覚えていない。でも、ちゃんと伝わった、って手応えはあった。夢の中の父さんは、僕の無事を喜んで、絶対にいつまでも待っていると答えてくれたから。

 ……それは良かったんだけど。
 一番簡単なはずのこの方法で、七分と少しつないだだけで、その代償がこの強烈なめまいかと思うと。

「これ、……休んでれば、治るんですか……?」
「マァ車酔いみたいなモンですから、長くても一時間くらいですヨ。寝ててください、沢城」
 傍らから、一人、立ち上がる気配がする。
 二歩三歩、足音。続いて離れたところから、墓のの声。
「僕は後片付けしたら、町へ出てきます。留守番頼みますヨ、高山」
「何か用事?」
「西の稲荷ですヨ。渡す約束してるモノがありましてネ、行ってきます」
「ああ、玄藤さんのところか」
 先輩が声に出した、玄藤、という名前には僕も聞き覚えはある。墓のが前に『世話になった恩人兼同僚のようなもの』と言っていた、稲荷神の神使の狐だ。
「行ってらっしゃい、気をつけてね」
 気軽な先輩の声に続いて、襖の閉まる音が小さく響いた。去っていく足音が消えれば、辺りは静かだ。今日はゲタ吉とちいさいのが出かけているから――より正確には、僕が時空を越えた夢知らせの術を使う為に、あの二人には出かけていてもらったから。
 ゲタ吉とちいさいのは、僕とほぼ重なるような時間軸から来た存在で、ラジオで言うならごく近い周波数の魂だ。術が混信しないよう、離れていてもらったわけだ。
 だから、今この寺にいるのは、僕と高山先輩だけ。
……ねえ、沢城くん」
 先輩の手が、僕の髪に触れて、指先でそっと梳く感触。先輩は僕のこの髪が好きらしい。見るのも触れるのも――僕はその手つきを感じるたびに、少し嬉しいような、くすぐったいような気持ちになる。まだ目眩が治まらない今でさえ、そうだ。
「沢城くんの父さんに、何を話したの?」
「僕が無事だってことと、帰る為に頑張っていることと、待っていて欲しいってこと……それでだけでもう、いっぱいいっぱいでした」
「やっぱり、大変なんだね。難しそうな術だなって、横から見ていて、思ったけど……
「墓のが言うには、慣れればそこまでじゃない、だそうですけどね……
 先輩の手が心地よすぎて、何だか眠くなってくる。術で霊力を消耗してしまったから、というのもあるけれど。
 かなわないな、と思った。
 同じ『鬼太郎』であっても、僕と先輩はだいぶ違う。一緒にいる仲間の心を緩めて、やさしい風を通してあげられるような、そんな強さと大きさ――指先ひとつで誰かを深く安心させてあげるなんて、僕にはちょっと、できる気がしない。
 先輩が元の世界で、多くの仲間に慕われている理由が、よく分かる。
「それで、沢城くんの父さんは、なんて言ってたんだい?」
「僕の無事を喜んでくれて、帰りを待ってる、って……言葉としては、はっきりとは聞こえなかったんですけど、そういう……意志、みたいなのは分かりました」
「そっか……良かった、って言っていいのかな」
 穏やかな苦笑。僕と恋仲と呼べるような仲になっていなければ、きっと先輩は、手放しで喜んだだろう。僕が元の世界とのつながりを取り戻すことについて、喜ぶだけでは済まない先輩の心が、僕にはやっぱり、嬉しい。
 それは、僕と別れたくない、ってことだから。
 僕はつい軽口を叩いてしまった。
「僕がこの術を成功させたこと、……先輩は、あんまり嬉しくない、ですか?」
「うーん。……きみから、元の世界を奪いたいわけじゃない。でも、きみが帰ってしまったら、僕は追いかけられないから。複雑だよ、やっぱり」
 穏やかな苦笑の音を保ったまま、先輩はそう言った。
 先輩は、その体に抱えている地獄の鍵の影響で、自力で時空を渡る術を使うことは不可能――と、墓のが言っていた。だから、先輩にはどうしようもないこと。元の世界へ帰っても、先輩との仲を失いたくないなら、僕が何とかするしかない。
 だから今、僕はただ『帰る』だけじゃなくて、時間軸を渡れる術を何とか習得したくて、頑張っている。でも、それで先輩が満足かといえば、そうじゃない。先輩は、本当は自分で『追いかけたい』んだ。
 だけど、それはできない。
 太陽を西から登らせるくらいに不可能だ。
「きみの気持ちは、信じてるよ。きみが、僕と一緒にいたくて、頑張ってくれてることも……でも、追いかけ『られない』ってことが、僕には悔しい。……悔しくて、たまらないんだ」
 足掻く道すらないと知ってしまった先輩は、時折こうして心を覗かせる。
 先輩が、悔しい気持ちを抱え続けているのを、喜ぶなんて……本当なら、絶対にいけないことだろう。なのに僕は、喜んでしまう。嬉しいと思ってしまう。
「高山、先輩……
 ゆっくりと目を開けたら、先輩が僕の髪を指先で梳きながら、目を覗き込んでくる。片目なのは一緒、でも色は僕と明らかに違う。鮮やかな青灰色、光の加減で青みの強さが変わるきれいな瞳に、元の世界の誰も知らないだろう感情を乗せて、僕を見つめている。
……ごめんね。でも、やっぱり悔しい、っていうのが、僕の正直な気持ち」
 声と一緒の吐息を感じたら、胸の奥が大きく波立った。歯止めの利かない、薄暗い喜びを、僕は先輩に出会って知ってしまったんだ。
「その気持ちも、全部僕にください、先輩」
 透明で真っ直ぐで、認めた相手をいくらでも『仲間』として大切にできる先輩の心に、初めてそんな種類の悔しさを抱かせたのは僕だって――信じていいだろうか。
 まだ起き上がると目眩がしそうだから、僕は寝転がったまま腕を伸ばして、先輩の頭を引き寄せた。逆らう力は、感じない。
 重なった唇から流れ込んできた先輩の霊力には、言葉になっていない感情も全部、混ざって流れ込んでくる。
 あんまりひとには言いたくない種類の喜びが、また胸の奥で騒いだ。