kanaco
2025-05-16 21:43:43
25199文字
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信一くんは幽霊が見えるシリーズ まとめ

1P 九龍城砦福祉委員会副会長は幽霊が見える
2P 九龍城砦福祉委員会副会長は懐かしい夢を見る
3P 九龍城砦福祉委員会副会長にも甘えたい日はある
4P 九龍城砦福祉委員会副会長はお人よしがすぎる
5P キャラクターまとめ


第四話【九龍城砦福祉委員会副会長はお人よしがすぎる】

信一はベッドにてパッチリと目を覚ました。目覚めそのものはスッキリしていてとても良かった。そのまま爽やかな1日のスタートをきれるはず……だったのに。

「ひどい」

体を起こして開口一番、信一はこんな「こんな悲劇には耐えられない」とでもいうように嘆く。

「こんなのってあんまりだ..」
気がつけば、可哀想な信一の寄り添うように6匹の猫が彼のベッドに乗り上げていた。

信一は幽霊が見える。

今までに数え切れないほどの幽霊を見てきた。しかし、例えば縁や親交が深い人物が幽霊になって信一に会いに来たことは一度もない。でももしかしたら、遠くへ逝ってしまった誰かにいつか会えるかもしれない。そんな仄かな期待を抱いていることは事実だ。それにその幽霊がさ迷っているなら、成仏するための手助けしてあげることができるかも、と。自分にできることがあるなら何でもしてあげたい。

だが。しかし。そうだ。

信一の目の先に、さもありなんと立っている、幽霊になってもサングラスを外さない、印象的な長髪と派手な服装を着た、あの、男。

「お前はお呼びじゃねーーーー!」

朝7:00。
九龍城砦福祉委員会副会長の絶叫と、まるでそれに呼応する、砦中の猫たちの“狼の遠吠え”に似た“一斉の鳴き声”が九龍城砦に響き渡った。


******

13:00、阿七冰室。

「はぁ?王九の幽霊がみえる?」

信一、洛軍、四仔、十二の4人は珍しくタイミングが合い、揃って遅めの昼食をとっていた。どうもゲッソリとした信一に注目が集まるのは至極当然で、何ごとか、隠すな、よければ相談にのるぞと声がかかる。

「そうなんだよ。幽霊になって現れやがった」
聞いた十二がバッと自分の背後を振り返る。
「ここにはいねぇぞ。俺の部屋で棒立ちしてる」
「今朝、猫たちがこの世の終わりみたいな鳴き声を上げてたのはその影響か。………大丈夫なのか?」
四仔が納得がいったというように呟き、マスクから覗く瞳に案じる色を浮かべた。
「さぁ。今のところ何にもしてこない。立っているだけ。無害じゃん?」
そう言いながらも好物の叉焼飯なのにモソモソと力なく食べる信一を十二が気の毒そうに見た。信一と同じように幽霊を視ることがある四仔に顔を向ける。
「四仔は王九みぇねの?」
聞かれた方は首を横に振った。信一は「そうだろう」と思った。四仔も幽霊を視ることができるが信一が視る幽霊を同じように視ることは少ない。逆もまた然りだ。2人はその類のアンテナの範囲も見え方も違う。基本は真逆。
「俺に王九が見えるなら、お前のとこに大兄貴の幽霊が現れるんじゃね?」
ムスっとして八つ当たりのように信一が言うと、四仔が心底嫌そうな顔をした。
「滅多なことを言うな、黒社会め」
それはそうだ。ここに大兄貴の幽霊なんて現れたら目も当てられない。

信一が今日何度目かの溜息をついた時、隣に座っている洛軍がそっと自分の両手を広げた。マジマジとした様子で自分の手のひらを眺め、ズンッと目を据わらせ、そうして一言。

「蒸発させてくる」

「ちょぉ!!!待て待て待て待て」
信一が慌てて洛軍の腕を掴む。洛軍は強烈な先祖の加護を持ち、幽霊に触れば対象を一気に浄化・蒸発させてしまうという幽霊清浄男である。ただし、その能力のおかげか彼自身は幽霊と無縁の人生を送ってきたらしく、信一に指摘されるまでは知らなったようだが。

「やめろ、その強者の面構え。別に何もしてこないんだから放っといていいの。悪霊になっているならまだしも、俺は死んだ人間にまで追い打ちをかけたりしねぇのよ!」
「でも何のために出てきたのか分からないんだろう?この後に危険がないとは言えない」
「そうだけど……でももう、死んでるからさ」
「どういう状態であろうが、信一のそばにヤツがいるなんて俺は心配だし、反対だ」
洛軍らしい真っすぐな澄んだ瞳で見つめられた信一が、少し嬉しそうに気持ちを浮上させる。
「ええ、やだ、カッコいいキュンってきた」
「いや、キュンとしている場合かチョロ男め。やろうとしていることは物騒だぞ」
「それに大兄貴がでてきても、ちゃんと蒸発させて四仔を守る」
………………グッときた」
「オメェもグッときてんじゃねぇか、チョロ医者め」
「なんでもいいけどさぁ。じゃぁ今いるアイツをどうするんだよ、信一」
別に消しちまってもいいじゃね?と言わんばかりな顔をする十二に聞かれて「どうって」と腕を組んでうーんと唸り、思考を巡らせるが。

「どうしよ」

困ったように眉を八の字にする信一に、四仔と十二がガックリと肩を落とす。

「やはりヤるか」
キリっとした顔で洛軍が諦めないので、信一は洛軍の口の中に自分の皿にある叉焼ひとかけらを放り込んだ。
「だから大丈夫だって。殺人王の血筋を匂わせるような顔をするな洛軍」
「そうだぞ。砦の全ての子供が泣く顔をするんじゃない洛軍」
「うんうん。そんな子に育てた覚えはないぞ洛軍」
いや、お前は育ててねぇだろ、と十二にツッコミをいれながら、実際と信一は考える。

王九のことは良く知らない、と思うのだ。
油麻地のフルーツマーケットを縄張りとする黒社会の大物・大老闆。その右腕であり、気功の使い手であった男。確かに凶暴な印象はあったが、それでもあんなに強いとは知らなかった。いつも飄々としていて、煽るように嫌がらせをしてくる嫌味な男だった。でも大きな理由がなければ、またはこちらがちょっかいを出さなければ、それなりに分別を持っている人間にすら、信一には見えていた。

「なんで俺のところに現れたのかなぁ」
ポツリと言う。黒社会ごとを含め“抗争面”においては何とも言えないが、個人単位では大きく関わった記憶がない。お互い軽口くらいは叩いていたが、その程度だ。同じように思っているのだろう、十二も首を傾げる。
「お前、生前の王九になんかしたのか?」
…………さぁ。あいつ、自分のとこのボス殺したんだろう?俺と龍兄貴がラブラブなのが鬱陶しかったんじゃねぇの」
「それなら俺でもいいじゃん。俺と虎兄貴もラブラブ」
「あ、はい、ソウデスネ。あ。あと、俺殺したわ」
「そりゃデカいことだけど。それでお前のところに出てきて突っ立ってんの?」
「うーん?」
「だが
静かに話しを聞いていた四仔が口を挟んだ。
「わざわざ目の前に現れたということは、何かがある、ということだ」


******


「そうなんだよなぁ」
友人たちと別れ自室に戻った信一は、やはり幻覚ではなく“そこ”にいる王九にたじろいだ。

「なんか……たかられてる……

朝と同じように表情なく佇む王九の足元で、5匹の猫がまるで男を囲むようにして寝そべったり、毛づくろいをしたり、ぼんやりしたりと思い思いの時間を過ごしている。猫たちは随分とノンビリしているようだ。

信一が王九を無理に消そうとしない理由はここにもあった。この5匹の猫は信一の猫ではない。信一の猫は今はご主人のベッドの上で丸まってくつろぐ黒猫の藍鈴だけだ。

王九の足元にいるのは龍捲風の不思議なモノノ怪猫たちだ。兄貴が亡くなった後でも彼らの主人が龍捲風であることに変わりはない。そしてこの猫たちは信一を守るように亡き主人から言い渡されている。だから信一がもし猫たちに「手を出さないで」とお願いしても、王九が悪霊に堕ちているのだとすればあっという間に喰らってしまうはずなのだ。ボスである灰色猫・小龍猫が貫禄ある体を丸めてスヤスヤ眠っている時点でおそらく、危険度は低い。

それでも信一は心許ない気分になって自分の愛猫を抱き上げた。にゃぁん、と鳴く藍鈴のシッポが信一の腕を優しく擦る。藍鈴の声に反応して、寝転がっていた龍捲風の猫たちが一斉に起き上がった。ピンと背筋を伸ばしてお行儀よく座ったまま、信一のへとそのパッチリした猫目を爛々と向ける。何をしようというんです?とでも言うように、興味深そうに10の瞳を黄金に輝かせた。

「お前俺の前によく出てこれたよな。どういう神経してんの、マジで」
お前が兄貴に、俺に、仲間に何したか分かってる?と、信一は王九の正面に立ち話しかけてみた。反応はない。サングラスの奥に瞳があるのは肉眼で確認できるのに、それでも男の感情が伺えない。
「幽霊になって出てくるなら思い出の場所にいけよ。お前にとってのそれは九龍城砦じゃなくて油麻地だろうが」

信一は喋っているうちにだんだんと腹が立ってきた。それは激高というよりも、沸々と湧きあがるような不快感や苛立ち。酷い憂鬱さに気持ちが覆われていくようなネガティブな感覚であった。もう起きてしまったことは無しにはできない。日々抑え込んでいるその苦痛と悲嘆と虚しさが、ぶり返しそうになる。

信一はそれでも、油断すればいつだって自分を引き込もうとする “つつ闇”に捕らわれやしないのだと、もう随分と前にそう決めたのだ。仄暗い感情に支配されて、大切なものをこれ以上失うかもしれない“引き金”を抱えるなんて、まっぴらごめんだ。

しかも。

「俺はお前が大っ嫌いだ」
「本当は洛軍に消し去ってもらいたいぐらいなのに」
そんな大っ嫌いな男のために、自分が闇に堕ちていく必要なんてない。
「ここは龍が加護する砦で、龍は魂を天に導くけど、お前なんぞに龍を触れさせるなんて絶対にしない」
「それに俺は“お前”をほとんど知らないよ」
「だから助けにはなれない」
その虚ろな瞳に強い意思を向けて一句一句、力を込めて言う。



…………………………

あ、無反応ですね。



「うううううう」
信一は変な唸り声を上げた。
「くそがっ」
信一は悪態もついた。そうしてもう、ほとんどとれてしまったパーマをぐしゃぐしゃとかき乱す。
「分かったよ俺だよな!お前が求めてるのは“龍”じゃなくて“俺”!」
何の因果で“向こう”ではなく“こちら”に現れてしまったのかは謎だが、信一に対して地縛しているのならば”できること”がある。

「しょうがねぇ。特別に“引き連れて”やるよ」

王九の鼻先に人差し指をビシっと突き立てて、やけくそな風に信一はそう宣言した。目は据わっているかもしれないが、それくらい許して欲しい。自分でもどれだけお人よしなのかと、そう思うほどなんだ。「王九に手を貸す」ということは。

その時、信一は初めて王九の奥にある瞳と目が合った。その目は僅かに開かれて動揺するようで、感情が現れる。
「?」
信一は首を傾げた。そして気分を持ち直したようにニヤリと不敵に笑ってみせた。
「悪いな。俺はお前が思ってるよりもずっと“大物”なんだよ」
信一の足元に猫たちが寄ってくる。どうやら“引き連れ”に同行するつもりらしい。

「お前、俺のこういう甘ちゃんなところがキライだったんだろうな」
それは抗争が起こる前、何度か感じていた視線だった。
それでも此処にいてもらっては、困る。此処は九龍城砦。先ほども言ったとおり、信一が愛する“龍”の城だ。
「その甘ちゃんに助けられるんだから、マジざまーみろだぜ」
王九に向かってベッと舌を出すと、サングラスの奥の瞳がまた揺れた気がした。


******

「小龍猫さんバイクに猫6匹は乗りません
通じているのか不明なまま人語と猫語でそう交渉し、とりあえず藍鈴と小龍猫をリュックに背負い、バイクに乗ってやってきた油麻地のフルーツマーケット。大老闆一派のアジトである。敵の縄張りにつき、信一は積極的に足を運んだことはない。この本拠地にも入口までは来たことがあるが、初めて奥へ足を踏み入れると言っても過言ではなかった。

龍兄貴は何度かイタズラに侵入していたらしいけど

あの人はほんと規格外だったなぁ、と自分の兄貴の奔放さを思い出し、信一はちょっぴり切なくなる。こんな敵の本拠地にさえ自分に“思い出”や“記憶”を残す、愛しいボスであり父親だった。

バイクを降りるとリュックから猫2匹を降ろす。その横に、トンと王九が立った。
ちゃんと“引き連れて”来れたんだな、と信一は思う。
(やっぱ、俺に憑いてんのか)
それならば進むことに意味が生まれる、と中に入った。

倉庫の入り口。
信一が部屋を観察すると、手前には変哲もない机と椅子。その奥に明らかに特別な椅子がポツンと置かれていた。次の瞬間、信一の視界に“まるで今そこにいる”ようなかつての映像が浮かび上がる。その特別な椅子に座った大老闆、横に立つ王九、見知った彼らの部下。それはこのマーケットが持っている、在りし日の“記憶”だ。

(あ)

そしていつものようにあっという間にビジョンが消えると、2つのぼんやりとした霊体だけがユラユラと取り残された。信一はその正体を理解した。王九と同じく大老闆の部下だ。いや、大老闆が亡き後は王九の部下か。

隣にいたはずの王九が信一の前に出る。王九が歩いて幽霊の前を通れば、それが自然なこととでもいうように王九を追いかけ、そうしてふと、ぼんやりとした明るい光を纏って小さく場を照らし、やがて消えた。

「成仏
信一が思わずポロリと口出す。

それからは繰り返しであった。

王九より先行して信一がまた歩く。新しい場所に信一が足を踏み入れれば、部屋の空気がざわめく。信一の目には〈その空間に刻まれた記憶〉が再生され、ここで生活していた人々の姿がありありと浮かび上がっては消えていく。“時の流れ”が奇妙に揺らぐ。信一は確かにかつて育まれていた大老闆一派の生活を眺めた。まるで社会科見学だ。

そのうち王九が信一を抜いて先行する。その瞬間、場の雰囲気がさらに変わる。“記憶”ではない、実際にその場に取り残されてしまった幽霊たちが王九に一斉に注目し、さも当然のように彼に集まっていく。そして彼らは王九に触れてそっと昇っていった。部屋には度々に闇纏うドロっとした明らかに危ないナニカも現れたが、その度に小龍猫が喜々としたように飛び掛かり、ペロリとそれを平らげていった。

王九と小龍猫によって、どんどん空間が浄化されていく。部屋が澄み渡ると藍鈴が「次に行こう」とでも言うように信一の足へ体を擦り付ける。

「ふぅん」と信一は思った。
あんな気功が使えたのだから、もともと強烈で変わり種な力を持っていたのかもしれない。それこそ洛軍の加護レベルの。この男は名に「九」を持つ。九は久。永遠を司り、災厄を払い、高所へにて祈る、縁起の良い数字だ。その上、それを統べる「王」の字。なるほど、天に昇る力をもつ“龍”にわざわざ頼らなくったって、昇らせることはできるわけだ。

「お前がしたかった”何か”って、これ?」
王九は九龍城砦を信一たちから奪い、大老闆を伏せてボスに成り上がり、そうして信一たちに敗北した。あの一連の戦いで被害がでたのは九龍城砦側だけではない。同じように王九の一派も被害が出た。その中には浮かばれずに地に縛られたモノたちもいるだろう。王九はそれを掬い上げたかったのか。

「へぇ、意外と面倒見がいいじゃん」
王九は信一の声をまるで聞こえていないかのように無視した。置いて先にさえ行ってしまう。もう信一に王九は“憑いて”いなかった。

それでも信一は王九につきあって建物を練り歩いた。自分が視る過去映像から王九という男が少しだけ垣間見える。そこには信一が知っている、けたたましく笑い、狂い、全てを破壊するような様子は見受けられない。

倉庫、作業場、通路、あらゆる場所を通ったあと生活圏と思われる敷地にでた。もはや王九とは別行動のような状態で適当に見学していた信一は、ある部屋で立ち止まる王九に追いついた。

「お前、大丈夫?」
ちっとも入ろうとしない王九を伺うと、男が何とも言えない複雑そうな顔をする。
「俺、見てきてやろうか?」
そう言ってドアのノブに手をかける。すると信一に足元にサッと影が入った。ドアと信一の間にストン、と藍鈴が座ったのだ。信一は下を向いてしばし藍鈴を眺めると、やがてドアノブに伸ばした手を引っ込めた。

(見ない方がいい記憶でも残ってるのかな)
中に入ったら信一には受動的に視えてしまう、その空間が持っている“記憶”が。
自分のボスを殺めたという噂の男の姿がチラリと脳を霞める。

信一はドアにそっと手を押しあてた。特別な気配はしない。
「なぁ、大兄貴はここにいないんじゃないか?」
そう言ってやると王九は珍しく信一の顔を真っすぐ見て、しかつめらしい表情を浮かべた。

王九と大老闆の間に何があったのか信一は知らない。“件”はふとした掛け違いから生じたのか、時を重ねての当然の結果だったのか、何もかもだ。そう簡単に説明できるものではなかったのかもしれないし、紐を解いたら到ってシンプルだったのかもしれない。知る由もないし、今となっては興味もない。信一と龍兄貴とはまるで違う。しかし、そんなすれ違わない自分たちにさえも、例えば龍兄貴には信一に”隠しごと”があったのだ。腫瘍などという、大きな隠しごとを。誰だって各々の関係性に“自分たちだけの秘密”を持っている。

「後悔してんの?」
どのことを、とは言わずに信一が聞くと王九は肩を竦めた。妙な覇気の無さを感じて、信一は首を捻り、そうして思い当たる。
「もしかして兄貴が怖くて、こっちじゃなくて俺んとこきたの?」
王九がいかにも「ハァ?」と言いたげな不機嫌そうな顔をした。
「お前もカワイイとこあるんだな」
そう嫌味もこめてニッコリと笑いかけてやると明らかにイラっとした顔が返ってくる。

王九が幽霊になって縛られるほど〈強い思念が残った場所〉は、異なる意味で「殺した男」だったのだろうか。

自分”が”殺した男。
自分”を”殺した男。

王九が信一ではなく“この部屋”を選んで地縛したのならば、こうも自由に動けず、彼が気にした部下たちの魂も昇らせてやることはできなかったに違いない。部屋にも入れず萎縮しているよな場所に閉じ込められば、やがて小龍猫が大喜びして喰らう“闇”になり果てていたかもしれない。

「お前って案外、懸命な奴だったのかもな」

王九という男に今更ながら興味が湧く。
もしもだ。
もしも生前、自分が王九ともっと知り合えていたら、歩み寄るような機会があったとしたら、今と違う関係性を、それこそ”変わった未来”を築きえたのだろうか。

(まぁ、もう後の祭りだけど)
鼻で笑うようにしてそう言う信一に、王九がこれまでで一番嫌そうな顔をした。
しかし...王九の信一に触れることができないはずの手が、信一の肩を軽く叩いた。まるで最大限譲歩した労いのようなそれに、信一が形のいい眉をひょいと動かすと、王九がパッと身を翻す。
そのまま信一の前から姿を消してしまった。


「お!」
入れ替わるように小龍猫が現れた。この縄張りに点在していた、たくさんの食事を全て平らげたらしく非常に満足した顔をしている。そうしてお腹の方も
「うわぁ小龍猫さん大きくなられて
どうみても体の大きさがいつもと倍以上違う。どうやら怪猫は食べた分が体重増加へ直結するらしい。
「え待って、デブすぎて重っぐぅっ」

バイクとは言え、俺、これをリュックに背負って帰んの?
っていうか油麻地のフルーツマーケット、怖っ!さすが黒社会っ。

げんなりとした顔をする信一の足元で「ボクも忘れないでね」とでもいうように藍鈴が可愛らしく鳴いた。


******

信一は自分のベッドにてパッチリと目を覚ました。

目覚めそのものは、いつぞやのようにスッキリしていて、とても良かった。そのまま爽やかな1日のスタートをきれるはず……だったのに。

ベッドに横たわったまま天上を見たはずの信一の瞳に映ったのは、信一を覗き込んで正面に顔を見せた、藍鈴と小龍猫と、それから見覚えのあるサングラスと長髪、派手な服装。でも今度は瞳から感情が見える。それはかつて何度か見たことがある、嫌がらせをするかの如くな気安い瞳の色。

……だから、お前はお呼びじゃねーーー!」
しかも愉快そうに人の寝顔を覗き込んでんじゃねーーー!

まて、お前1週間前に消えたはずでは
藍鈴と小龍猫が信一の悲鳴に呼応するように「にゃぁん」とのんびり鳴く。


******


「はぁ?王九が消えない?」

信一、洛軍、四仔、十二の4人は再び珍しくタイミングが合い、揃って阿七冰室で遅めの昼食をとった。数日前までゲッソリしていた信一が今度はプリプリと怒ってるので「今度はどうした」と3人が顔を見合わせる。

「そ。部下の成仏が目的かと思ったら、どうやらまだヤツの中でやり残しがあるらしい」

信一の部屋から一歩も動かなかった王九は、油麻地に行った後からは自由に消えて、そして気まぐれに信一の前に現れた。彼の組の仲間がまだどこかに残っているのかは知らないが、何らかの理由で王九は今だ消えず独自で動いているらしい。「気が済むまですればいい、そして早く消えろ」と信一は思うが、一方で「どこまでも迷惑な男だよ、ホント」とボヤかずにはいられない。それを口に出せば、待ってましたとばかりに洛軍が「やはり触ってくるか?」と嬉々として問う。

「ちょっとぉ、洛軍まだあきらめていないじゃん」
「おい、いつからこいつはこんなに物騒なヤツになったんだ」
「信一の育て方が悪かったんじゃね?」
「え?俺が育てたの?」
「そうだぞ。信一が悪いぞ」
「えっ、待って。洛軍がこんなアホ会話に自然にノってくるなんて感動!」
「いや、親かよお前」
「ぁあ゛ん?お前が言い始めたんだろうがよ、坊ちゃんよ」
不機嫌ついでにが鳴り声をあげた信一には返さず、十二が話題を切り替えた。

「で、王九ってまだお前の部屋にいんの?」
「いや、十二の後ろに立ってる」

洛軍、四仔、十二がタイミングよく飲み物を口に含んだタイミングで、信一がシレッと事実と口にする。その瞬間に3人が見事にお茶を噴き出しテーブルで阿鼻叫喚が巻き起こる。

(まぁ、洛軍の傍にいても消えねぇってことは、そう心配もいらんだろ)
よしとしてやるかぁ~。

信一が生温かい視線を向けて口元を弧にすると、その視線を受けた王九が同じく生温かい視線を返して口角を上げる。

地獄のように騒ぎはじめた友人たちの声を無視して、信一はうまそうに食後の一服を咥えた。