kanaco
2025-05-16 21:43:43
25199文字
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信一くんは幽霊が見えるシリーズ まとめ

1P 九龍城砦福祉委員会副会長は幽霊が見える
2P 九龍城砦福祉委員会副会長は懐かしい夢を見る
3P 九龍城砦福祉委員会副会長にも甘えたい日はある
4P 九龍城砦福祉委員会副会長はお人よしがすぎる
5P キャラクターまとめ


第三話【九龍城砦福祉委員会副会長にも甘えたい日はある】

九龍城砦には医療免許を持っている、持っていないに関わらず診療所がいくつもある。

その中で信一が懇意にしているのは、自分より少し年上で顔にマスクをした大柄の青年の診療所だ。やや不愛想なうえに信一には口も態度も悪いが、一緒に過ごすと気安い一面もあり、お互い暇つぶしに付きあう程度には交流がある友人。呼び名を四仔という。信一は彼にとって行き慣れたその診療所へ足取り軽く向かっていた。

まだ朝早い。開診時間はもう少し先。信一は鍵が閉まっているドアを遠慮なくにドンドンと強く叩く。

「せんせーい、急患でぇす」

建物自体が整然としていない九龍城砦はどこのドアも単純に建付けが悪い。信一の力任せなノックにドアがガタガタと不穏に揺れる。それでも中からの返事はない。

「ねぇ、おにいちゃーん」
室内にはいるよな?と信一がドアに右耳を押しつけると、
「うるせぇ開診前だ!とっとと帰れ、クソ黒社会!!」
というお決まりな罵声が内側から聞こえてきた。
「えー。そういうこと言う?せっかくお前の探し者、連れてきたんですけど?」
頑張ったのに、むしろ褒めて情熱的にハグしてくれてもいいぐらいだぜ?
「なぁー、開けろよ四仔」
そう言うと、信一はドアから大きく2歩下がった。

しばしの沈黙のあと診療所のドアが前触れもなくバンっと勢いよく開く。ドアが信一の鼻数センチ前を通り過ぎて、その風圧で一時よりだいぶ伸びた前髪をフワリと揺らす。「そんなに勢いよく開けて俺のイケてる顔に当たったらどうするんだよ!?もう顔面殴る気じゃん!?」なんて騒いだのは思い出せないくらい昔の話。今の信一は気にした風もなく、指の欠けた方の手のひらを挨拶代わりにヒラヒラと振った。

「おはよう、センセ」

出てきた男はマスクをしているのに仏頂面であることをありありと伝えてくる。そうして無言のまま、信一を上から下まで一瞥して、右と左にも視線を振った。四仔は最後に胡乱な瞳をして信一を真っすぐに見る。

「あ、やっぱり?」

不審そうにする四仔に対し信一は驚いた顔は見せなかった。ずっと自分の右傍らに立っている、背中まで伸ばした黒髪をキレイに三つ編みにした女の子に目をやった後、「とりあえず中に入れろよ?」とねだった。



信一は3日ほど前、四仔から「人を探している」と言われた。四仔が人を探していると言った時”生きている人”はその男の恋人のことだけを指す。そうでない場合”それは生きてはいない人”のことを指した。「今度は誰を見つけたんだ?」と問うと「12歳くらいの男の子だ」と四仔は答えた。

城砦福祉委員会副会長を務める青年・信一は幽霊が見える。幼い頃からその姿を見たり声を聞いたりすることができた。龍捲風に引き取られてからはその力はさらに強まり、その分野にも明るかったその人から直接手ほどきを受けて今にいたる。拝んだり払ったりはできないが、それなりに力をコントロールし六感を利かせることができた。龍捲風は信一のことを【引き連れるもの】だと言った。自分たちを目視してくれるから、それぞれの思いや情念に乗っ取って”ついてきてしまう”というわけだ。

一方の四仔も龍捲風に言わせれば信一と同じ【引き連れるもの】だった。拝んだり払ったりはできないが、やはりハッキリとその姿を見たりその声を聞いたりすることができ、時折、本人の意思有り無しに関わらず幽霊を引き連れる。

(そのうえ、誰かを探してさ迷う幽霊を見ると放っておけないっていう、こいつの地獄のような性分付き...

ずっと昔、四仔が自分と同じような霊感を持っていて、その上わざわざ幽霊の手助けをしていることを知った時、信一は口をあんぐりと開けた。「はぁ?お前、お人よしで優しいにもほどがあるだろう」褒めていないぞ、というのも加えて諫めた。しかし四仔はすました顔をして大袈裟に肩を竦めただけだった。

信一は幽霊が視えるのと同じように、場所に染みついた走馬灯ような“誰かの記憶”を見るという能力も持っている。そんな風に、同じ霊感持ちでも個人がもつ才能は人によって違っている。

信一に比べると四仔はずっと“同調する感受性”が強いようだった。憑依などとはまた違う、相手の感情に気持ちを揃えてしまうという特性。それに追い打ちをかけるように、彼の今の立場が“誰かを探し求めて迷う亡き人”に同調してしまい、放っておくのが難しい、と言っていた。「病気のようなものだ」と言う四仔に、信一は「難儀な」という言葉と煙草の灰をポロリと落とした。

確かに特に悪意もなくたださ迷っている者の中には、それを解消してさえやればすぐに天へ昇っていく者もいる。ただし全部相手にしていたらきりがない。信一はそう思いながらも、四仔が誰か探しをしている時だけ手を貸してやることにしていた。信一は幽霊に対してドライな方だ。だからこの手助けは、どちらかといえばこの優しい熊のような友のためにしている。本人にそんなことは口が裂けても言えないが。それに九龍城砦副会長は砦の善良な住人が困っていれば、須らく手を差し伸べる所存だ。

そういうわけで、四仔から「12歳くらいの少年が6歳くらいの少女を探している」「薄い桃色のスカートをはいて髪を三つ編みに結わいた妹だそうだ」という情報を仕入れてから、なんとなく気にしながら普段の通り砦をパトロールして2日目の夜。人気のない4階の隅のテラスにて1人で佇む女の子を見つけたのだ。

ただ、1つだけ問題があった。

「で、見える?」
「見えんな」
「だよなぁ」

「で、見えてるみたい?」
「見えてないな」
「だよなぁ」

「こっちも」と信一は困ったように答えた。

信一と四仔は同じ【引き連れるもの】であり幽霊を視る。しかしだからといって全く同じ能力というわけではない。龍捲風によれば怪奇現象に対する人間の耐性や互いに影響しあう範疇は様々だという。同じ「視える」でも視えるものや視え方が違うのだ。

信一と四仔の視え方はちっとも一致しなかった。その霊体の形状記憶が強ければ同じように視えることはもちろんある。しかし大抵の場合、同じ霊体が片方は若い女に、一方は老婆に。下半身だけ、上半身だけ。姿が見えるだけ、声か聞こえるだけ。哀しみの情念だけ、喜びの情念だけ。とにかく正反対に者を視がちなのである。

「俺たち仲悪いんじゃね?」「知らなかったのか?」と軽口を叩きたくなるほどには、2人の霊視はデコボコしていた。

そうして一番困るのは、今回のように片方は視えて、片方は視えなくて、という場合。そんな時はシンプルに困るのだ。

その上、そういう双方の視え方の違いは元が人間である幽霊も例外ではない。彼らはお互いを認識したり、しなかったりする。

四仔は兄の幽霊が視える。妹の幽霊が視えない。
信一は妹の幽霊が視える。兄の幽霊が視えない。
そうして、兄妹の幽霊は、お互いが視えない。

「こ...これは一番、にっちもさっちもいかないパターン
信一が顔を引きつらせる。

信一の顔を眺めていた四仔が、おもむろにその場にしゃがみ込んだ。耳を誰もいない右側に少し傾けている。そこに少年がいるのかもしれない。四仔が少し考える風にしてやがて大きく溜息をついた。そうして自分のデスクへ向かう。白紙を一枚取り出して、太い油性ペンを手に持つとシュルシュルと文字を書き始めた。何を始めたのかと信一がその紙を覗き込む。そこにはデカデカとした字で、

『陳洛軍、立入禁止』

と書かれていた。
「ええ?」
「昨日、朝の宅配を頼んだから後10分くらいしたら来るだろう。悪いが場をかき回されたら困るからな」
「まぁ....歩く除霊空気清浄機のあいつが部屋に入って来たら、あの子たちうっかり一瞬で蒸発するかもだけど」
「さすがにこういう無害な霊も無闇に消し飛ばしてしまうとは、思っていないがな」
ただ洛軍の意思でどうこうできる問題ではないから念には念を入れて、と言いながらもう一枚白紙を取り出す。

『十二、立入禁止』

「あらま。なんで十二も」
「洛軍一人だけ仲間外れは可哀想だろう」
至極真面目な顔でそう言う四仔に「あ、そういう問題?」という言葉が心中で消える。
「............お...おにいちゃん」
ええ?何だそれ、優しいのか?
「それにアレの体質も不測の事態を招くとも限らん」
最悪、最も厄介だ、とすました顔をする四仔を見つめ、自分の幼馴染の特性を思い浮かべながら「まぁ、それはそう」と信一は同意する。余計なトラブルは避けるに限るのだ。

それを診療所の外へと張り出した四仔は「さて」と気を取り直し、信一に向き直った。

「?」
今から何が始まるんです?という顔をした信一に四仔が口を開く。

「少年からの提案なんだが」
「あ、声も聞こえんのね」
「少年と少女はお互いが見えていない。そのうえ俺とお前は彼らの片方としか繋がっていない。ただし俺とお前は当然お互いが見ている。少年と少女が生前によくしていた行動を俺たちが模倣すれば、それぞれの線が交差して変化が生まれるのではないかと」
「ほう?なに?その行動って」
「ハグだ」
「はっ?」

ハグってあれ?両手を広げてお互いをギュっとするアレ?

「俺とお前が!?」
「俺とお前じゃない。あくまで兄と妹が、だ」
「でも物理的にするの俺たちだろう?」
「そりゃそうだろう」
「お前、何でそんなに乗り気!?」

確かにさっき「褒めて情熱的にハグしてくれてもいいぐらい」とか言ったが、あれは嫌がらせだぞ!?普段だったらお前の方がそういう冗談を言おうものなら蹴り上げて診療所から追い出して来るくせに!とまくし立てる信一の一方で、四仔が「ふむ」と冷静に一息つく。

「ちょっと同調してるんだろう」
それに、と言葉を区切る。
「そもそも、お前だってちょっと“入って”いるだろう」
「へ?」
「お兄ちゃん、なんだろう」
お前、さっきからどうしてそう俺を呼ぶんだ?と四仔が呆れた顔で言った。

「ええ?俺ぇ?」
呼んでたっけ?と首をかしげる。ふと妹の方に目を向けると、姿が見えないであろうに四仔の横にある空間に熱い眼差しを向けて、何かに挑みますとでもいうように真剣な顔で仁王立ちをした。

いや、挑むっていってもするのハグ
そんなにやる気満々で....可愛いじゃねぇの。

(こ、断れない....)

四仔が「ほらよ」とでも言うように両手を広げた。普段からは想像ができない姿に頭がバグりそうになりながら信一は「うう」とうめく。さすがにかなり恥ずかしい。
「ナニコレ、羞恥プレイ?」
「往生際が悪いぞ。それに今は俺とお前だけだから観念しろ。洛軍も十二も入ってこない」
だから立ち入り禁止にしたんだろう。四仔に急かされて、信一はおずおずと四仔に近寄ると体をその胸に身を寄せた。

タタタタタ、と少女が小さな歩幅で駆けだす。
少女を見ながら四仔の体にピッタリと密着させ、その背に腕を回すと四仔の腕も信一の背中に回ってくる。

(あ、視えた)

元気よく飛び出してニコニコと抱き着いた妹。
そんな彼女を守るようにしっかりと抱きしめた優しい表情の兄。
小さな兄妹がお互いを見つけて向かい合って嬉しそうに笑い合う。

あ。

その瞬間、信一の頭の中に昔の記憶がフラッシュバックする。

はしゃいで抱き着く幼い自分。
穏やかに笑って抱きしめ返してくれた祖哥哥。
それを見て微笑まし気に顔を緩ませる、龍捲風の部下である兄貴分たち。
祖哥哥がいない時は、寂しくないようにと阿七が抱きしめ返してくれたっけ。
小さな自分はたくさんの兄たちに優しく守られるように抱きしめられてきた。

少女の小さな手のひらがもう離すまいと兄の服を強く握っているのを見て、信一は感傷に浸った。なんだか心底ホッとして目頭すら熱くなってきたような気がする。懐かしさと、寂しさと、恋しさと。もういない大好きな人たち。信一が大切にしまっている記憶。

寂しい。

小さな少女が小さな兄と会えたことに目を潤ませて「良かった」とこぼす信一に「そうだな」と四仔が柔らかく返事をする。

「.......四仔」
「なんだ」
「もういいんじゃねぇの、これ?」
これとはもちろんハグのことだ。もう既に2人は出会えた。一度見えれば、もうお互いを見失うことはいだろう。この状態からもおさらば。そう信一は訴えたが四仔が何故か体勢を崩さない。というか崩す気がサラサラないようにみえる。
(え、ちょ)
「せ、四仔?」
なぜか焦る信一とは対照的に、四仔の表情はいつものとおりの涼しさだ。
「え、マジで何。お前ちょっと影響されすぎじゃない?」
「そうかもな」
四仔は返しながらも、嫌がっている素振りをしている割には自分の服を握りしめたまま離さない信一に気がついている。随分と愁傷な顔をしていることに自分で気がついていないのだろうか。いまじゃお前の方が迷い子のようだがとは言わない。

(このやけにセンチメンタリズムな感覚は、おそらくお前からくる同調だぞ)

それも口には出さなかった。ただし、もし信一がその気分を落ち着けたいのなら、人に甘えたいというのならば、協力してやるのもやぶさかではない。普段ならそんなことを思いはしないが。

(確かに同調しすぎたのかもしれないな)
肩入れしすぎたか。

四仔が動かない、ということを理解した信一が今度はこの状況に身を委ねるのか、無理やりにでも振り払うのかで悩みはじめた。聡い信一は理解している。これは自分が今、兄恋しさに感傷的になっているのを見かねて、珍しくも四仔が手を差し伸べてくれているのだということに。そのうえ、四仔の自分より厚く、それでいて鍛えられた胸板やしっかりとした腕の力で抱かれる心地よさ、安心感を信一は悔しいながら否定できない。

あ~。う~。

顔をどんどんと赤くしながら、年上に癒されたい本能に従うか、友人に甘えるなんて恥ずかしいという理性に従うか葛藤をしている。その感情の揺れ動きが非常に分かりやすく見て取れる。だが四仔は信一が実は年上に激弱いことを知っていた。つまり、この男は無駄な足搔きをしている。

(面白

四仔が1人で百面相をしている信一を観察しながらその決断を待っていると、そのうち顔を真っ赤にした信一が観念したように四仔の胸にコテンと額をくっつけた。そうして顔の向きを横に変えてスリっと頬をすり寄せた。



「うらぁー!おじゃましまぁーっす!!」

信一の甘える決心を5秒と待たず、豪快に勢いよく開いたドア。何が立入禁止じゃ!張り紙なんて知ったことか!と言わんばかりの力任せ加減で十二が元気溌剌に登場した。そしてその横からいそいそと肩身狭そうにし、ションボリとした洛軍が顔をのぞかる。

「ひぃっ」

と、信一が四仔の腕の中で悲鳴をあげる。一瞬逃げようと体を動かすが、しかし四仔が素知らぬ顔のまま腕の力を緩めないので、年上の友人の腕の中で為すすべなくワタワタと焦るばかりだ。

そんな2人を「はぁ?」いう怪訝な顔で見た十二が一瞬だけ思案した。が。

「ウケるんだけど!俺も混ぜろよ!!」
ニッカリと気持ちよく笑って、これまた勢いよく信一の背中の方に飛びついた。ほとんど体当たりに近い十二の衝撃を受けても、四仔が全く体の軸をぶらせないので、ただただ中央にいる信一が「ぐえっ」とつぶれたカエルのような声をだす。

四仔はケラケラと笑う十二と「苦しい!狭い!どけぇ!!」と騒いでいる信一を無視し、ドアの方に目を向ける。するとこちらに入ってこようとせず、わざわざ「洛軍、立入禁止」の張り紙をこちらに律儀に提示して主張する洛軍が「納得いかない」というように目を潤ませて四仔を見ていた。こいこい、と首でしゃくってやると洛軍の顔が華やぐ。

「えっ!こ、これは」
と、信一が再びワタついた瞬間、洛軍が両手を広げて自分たち3人をまとめて抱きしめるというかこれはもう上から圧し掛かっているだけ。やはり中央にいる信一が「ギャー」という悲鳴を上げながらつぶれていく。

診療所のドアは開けっ放しだ。今日も今日とて騒がしい九龍城砦の名物4人がそろい踏み。

「あらあら、仲がいいわねぇあんたたち」
朝一の診療に来た仲の良い老婦人2人がそんな4人の若者の様子をみてクスクスと笑った。
「まるで兄弟みたいよ」

四仔がふと下方へ目を向けると、自分たちの横をすり抜けるように兄が妹の手をひいてドアからパタパタと仲良く駆けていった。

あのまま天に昇るのか、そのまま九龍城砦にいつくのかまでは四仔の分からぬ範囲だ。それでもお互いが見つかったのだ、昇りたいと願えばすぐに昇れるだろう。なんせこの砦には龍の加護がついているのだから。

そうして四仔は大の男4人というむさ苦しさと暑苦しさの中、彼の腕の中でついぞ顔色を悪くし始めた信一に満足し、その手を開放してやった。