クレハ🍎
2025-05-08 08:12:34
3460文字
Public ifのいふ
 

親孝行

『ifのいふ』から父と子どもの話。
子どもの性別は未定だけど気持ちは息子。
ナチュラルに微死ネタ有り。

閲覧自己責任、読了後の苦情は受け付けません。


◇◇◇◇◇

「しばらくの間、家を空けるかもしれない」

 突然の言葉に子どもは目を瞬かせた。
「また突然だなぁ、仕事?」
 手にした湯呑みを差し出して相手の前に置き、向かい側に座る。自分用に淹れた茶を飲みながら尋ねれば、相手は首を横に振った。
「いや、個人的なことだな」
「ふぅん? 珍しいねぇ」
 実直な感想だった。
 目の前の、子どもの父親は今の今まで家を空けることはほぼなかった。家を空けるときは決まって仕事。それ以外、つまり私的で空けるときは余程のことの場合のみ。その私的も結局のところ仕事に直結するので父自身の都合で家を空けることはない。
 そして今回は仕事ではなく私的。しかも仕事に直結しない父個人のことで家を空けるらしい。だが、それにしてはどうにも父の様子がおかしい。
 個人事とはいえ、父はどこか決まりが悪そうにしている。口をへの字に曲げ、眉間に皺をこれでもかと寄せていた。
──お茶すら手付かずだしなぁ……
 父好みの淹れたての熱い茶でさえ、一度も手をつけられてない。おかげで湯呑みの中はすっかり冷めてしまっている。こうも分かりやすくしていれば、いやでも何かあったのかと察してしまうもの。
 さて、どう切り込もうかと思案すれば視界の端に光が入る。視線を向ければ卓上写真と椿、そして指輪が飾られていた。
 若い黒髪の女性の写真。ふんわりとしたやわらかな相貌の女性は子どもの母親だ。虚弱な人で子どもが成人した二年後にこの世を去った。五十路にも満たない早世だった。
 供えられた椿は朝早くに父が手折ったものだろう。仏花に椿は如何なものかと難色を示す人もいるが、亡き母が愛した花だ。
 就褥が多くなる頃から部屋に椿の花を飾ってほしいと口にし、寝室も庭の椿が見えるところに変える程の人だ。それ程までに椿を愛していたのだから、故人の気持ちを偲べば椿は許される筈だ。多分。
 写真の側の指輪がきらりと光る。先程視界に入った光りはおそらくこれだろうなとぼんやり思考を巡らせて、はたと気づく。
──……あぁ、そうか。そういうことか。
 一度気づけば納得がいく。道理で父がばつの悪い顔をするわけだ。