留守田
2025-05-06 15:33:23
10307文字
Public
 

戯れの悪意

アス卿とその配偶者(自Tav)が、再び燃える拳に協力してあげるおはなし。脳内設定とか独自解釈とか捏造とかがモリモリです。
過去の作品に目を通しておくといいかも。

英雄は腐っても英雄。

※20250510 没にしかけたモブ同士の会話追加。別に読まなくても問題はないですたぶん。


 後日。燃える拳フィストの取調室にて。
「シェルドン捜査官」
 調書を持つ、眼鏡を掛けたヒューマンの前で燃える拳フィストの一人が敬礼する。
 と言ってもそれは形式上の面目を保つための敬礼で、他の団員に見られていれば十中八九怒られるようなものだ。
「レナード、参考人の様子は」
 問われた団員は諦めた表情で首を横に振る。
「ダメだ。救助者については三人とも怯えた顔で『ガントレット・レナードの友人に助けられた』としか……種族、性別、その他救助者の人相や素性、逃走経路に繋がりそうな事柄は全て分からないと言うんだ。一応、魔法学的にも診てもらったが魔法の痕跡は見つからなかった。あとは〈思考感知ディテクト・ソウツ〉で深く探って、何か分かるかどうかだが……
「いや、そこまではやめておこう。事件としては既に解決している。参考人が危険に晒される可能性が高いし、僕も命は惜しい」
 平然と、事実上の捜査打ち切りを提案した捜査官に団員は頷いた。
「そうだな。団長からの密命には僕達の給料と昇進が掛かってはいるが……市民を危険に晒すのも、死んで二階級特進するのも御免だ」
 燃える拳の団長であり、大公爵の一人でもあるアルダー・レイヴンガードから彼らが受けた密命。それは、バルダーズ・ゲートのヴァンパイア・ロード……表向きはザール家の遺産を継ぎ、先代のカザドール以上の慈善で知られるアスタリオン卿の動向の調査だった。
 四公会議での決定を受け、レイヴンガード本人が彼らを任命したのだ。正義感を持ち合わせてはいるが、決して命を投げ出す事なく長い目で調査に当たれる人材を。
 そして彼らはある妙案を考え付いた。アスタリオン卿とその配偶者であるタヴ、今はヴァリスという名の貴族として知られている二人の英雄がヴァレリア捜査官が担当していた殺人事件の捜査協力者であった事に目を付け、自分達の請け負っている他の事件への調査協力を依頼すれば……彼らはその手駒を動かすのではないかと。
 良いアイディアだと二人は思ったが、しかし甘かった。事件が解決した晩もザール宮殿はいつも通り平穏で、誰かが秘密裏に出払ったという様子は無かった。
 配偶者が演奏会へ出席した晩にアスタリオン卿が夜会も開かず眠るのもいつもの事で、伴侶への深い愛情でも知られるサー曰く「我が宮殿の一番の華が欠けていては話にならない」のだそうだ。
 確かに、この程度で尻尾が掴めるのなら直々に密命が下る事もないだろう。
……あの宮殿は来る者は拒まないが、害を成す者と秘密を探ろうとする者は決して許さない」
 捜査官は心痛な面持ちで言った。
 アスタリオン卿……そしてあのザール宮殿の関与が疑われる事案は多い。
 ヴァンパイアハンターとして知られていた人物が首筋に小さい二つの刺突痕の残った血抜きの遺体となって門外地区で発見された事案や、血抜き死体について調べていた同僚が宮殿付近で目撃されたのを最後に行方不明になった事案。依頼者不明の調査依頼のためザール宮殿へ潜入し、その後急に夜間営業へ切り替えた私立探偵の事案も存在する。
 ちなみに件の私立探偵は、今も探偵業を営んでいる。元々、風俗街近くという立地柄か夜間の依頼が多かったため、需要に応えるための変更と本人は言っていたが……一応は事実であるが故に、それ以上は誰も何も聞けなかった。
「けれど、少なくとも僕らの依頼を引き受けて君を無事に詰所まで帰し、証拠も参考人も無事に送り届けてくれたんだ。アスタリオン卿のバルダーズ・ゲートを愛しているという言葉は、上辺だけのものではないだろう」
「どうして?」
「あの二人はこの街を救った英雄だからな」
 窓を見上げて言った捜査官の横顔には、そうだと思いたい、と書いてあった。
……どうだかな」
「実際参考人が持たされていた証拠のおかげで、関係者は全員投獄、被害者に着けられていたマジックアイテムの残骸から同じ特徴を持つ未使用の物を押収出来た。裏帳簿、契約書に請求書は言わずもがな、動かぬ証拠だ……
 捜査官は持っていた調書を手放し、机の上に拡げられていた書きかけの報告書にペンを走らせる。
 書きかけ、と言ってもほぼ完成に近いらしく、別紙の注釈の追加も殆ど終わっているようだ。
「それからご丁寧に君と、サーには伝えていないはずの僕の名前で作成された起訴状まで。僕がやったのは資料の照合と添付だけだ。判事に驚かれたよ、燃える拳フィストが書いたにしては丁寧な、立派な訴状だとね」
「なんだって?」
 捜査官の言葉に団員が青ざめる。
 彼は一人でザール宮殿へと足を運び、敷地を跨いでから出るまでは相棒である捜査官の事は一言も口に出さなかった。ヴァレリア捜査官の推薦状にも書かれていなければ、尾行もされなかったし、訪問した日から今日まで相棒と顔を合わせていなかった。忙しいアスタリオン卿がわざわざ詰所を訪れて直接会いに来たわけでもない。
 そもそも、協力を要請してから三日も経っていないし、一介の捜査官に過ぎない相棒の存在を知るタイミングは無いはずだ。よほど暇でもない限りは。
「それは……マズくないか?」
 捜査官がペンの動きを止め、インク壺に先端を浸す。
「マズいさ。僕達はアスタリオン卿から、喉元にナイフを突き付けられているようなものだからね。けど、まだ死んでない」
 言いながら捜査官は出来上がった報告書に判を押し、団員に寄越した。
 唇を尖らせた団員が渋々と署名を書き加える。参考人達は二人組に助けられた、という所までは辛うじて証言してくれたが、それ以外の情報は得られず、結局曖昧に書かれているからだ。
 “救助者二人の種族、性別、その他一切の人相や素性は不明。三人の要救助者を一切の目撃者も出さずに当詰所まで誘導したことから、未知の移動経路の存在や熟達した魔術師ウィザードの関与が疑われる”と。
「また新しい事件を手土産に持って行こう。今度は僕もついて行く」
……危険だぞ」
 捜査官はインク壺に蓋をし、ペン先を拭いて机の引き出しに戻す。
「意外と、僕達が生かされている理由は……彼の愛するゲート市街の治安維持のためなのかもしれない」
 聞かれている。疑念ではなく、確信がある。
 だが捜査官は咎めない。耳を探そうともしない。
 これは試されているだけだ……世界を愛するが故に世界を救った彼らが協力するに値する、確かな志があるのかと。
「職務上、その期待を裏切ることは出来ないからね」
 彼の確かな決意と共に放たれたその声を、戸棚の隅に隠れた一匹の鼠が聞き届けていた。