逆髪
2025-05-05 22:32:17
4342文字
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Confidential

2024/05/04スパコミの新刊の全文です。武新の小話3本、ぜんぶハピエン


『Confidential』

「日替わり定食お願い!」
「はーい。ご飯は大盛りにする?」
「そうだね、もうお腹ペコペコだし」
「いいことだよ。ふふっ、しっかり食べてね」
タイミングよく藤丸のお腹はくーと間の抜けた返事を返し、今日の食堂担当のブーディカが優しい笑みを浮かべた。
今日の日替わりのメインはアジフライ、大ぶりの身がほっくりと揚がっていて、手作りのタルタルソースが添えられていた。小鉢は鰹節のかかったほうれん草のおひたし、味噌汁はシンプルに豆腐とわかめ。
できたてで湯気の立ち上る料理の皿をお盆に載せて、さてどこの席に座ろうかと藤丸は食堂を見渡した。
休日のフードコートならばいざ知らず、食堂の席はそれなりに空いていて、テーブルを悠々と独り占めなんてことも可能ではある。だが、昼食はなるべく誰かと食べるようにしていた。休憩に入っているカルデア職員であったり、同じく食事を楽しんでいるサーヴァントであったり、その日の気分で相席させてもらっていた。
そういう付き合いが苦手そうなサーヴァントはそっとしておき適切な距離を保ちつつ、同じ相手ばかりとではなく、あまり偏りがないように、無駄な軋轢を増やしたりしないように……と短い間で瞬時に判断を下し、とある一角へと進んだ。
「隣に座っても大丈夫かな?」
黒いスーツを身に着けた男に声をかける。男武市瑞山は、落ち着いた深みのある声で「ああ、どうぞ」と答えた。次いで向かいに座る赤毛の大男にちらりと目を向けると、彼田中新兵衛も小さく頷いた。
この主従がカルデアに召喚されておよそ一ヶ月。もうここには慣れただろうか、気になってつい声をかけた。いつもは武市と同郷の龍馬や以蔵と一緒にいることも多いが、今日はたまたま二人だけのようだった。
特に新兵衛の方は、特異点ではあまり接する機会がなかったものだから、人となりについてより注意を払ってしまうのは尚更だった。あまり踏み込みすぎないようにしているものの、この二人の間には生前も色々とあったようだが、傍からは今のところはうまくいっているように見えた。その印象が本当なのかはそれとなく確認しておきたかった。
武市の隣の席に腰掛けると、手を合わせていただきますと呟き、まずは味噌汁を一口飲んだ。ほんのり甘めの風味がほっとさせてくれる。
「カルデアにはもう慣れました?」
海鮮丼の最後の一口を口に運ぶ武市に尋ねた。箸を置いてしばらく咀嚼したあと、彼は徐に言葉を発した。
「毎日が刺激的で目まぐるしいばかりだが、何とかやれていると言えるだろうか」
「何か困ったことがあったら言ってね。食堂のおすすめとかでも全力で答えるから」
「ああ。ありがたい」
「田中くんの方は?」
大盛りのカツカレーに相対する新兵衛にも聞いてみる。大ぶりの一口を食べようとしていた彼はいったん手を止め、しばらく考えたあと、それなりにな、と返してきた。
「あまり先生を困らせるなよ」
うんうん、と頷いて、アジフライにタルタルをつけて齧りつく。じゅわりと口の中に水分が広がった。ご飯もかきこんでいくと、空腹が和らいでいった。
食べる合間に少しずつ雑談を挟む。最近の出来事や素材集めの状況だったり、武市に促されておすすめのスイーツだったり。武市は話を引き出すのが上手いのか、雑談を苦にさせないような空気を作ってくれる。
一方の新兵衛は黙々とカレーを食べ進めていた。その食べっぷりがすこぶる良い。一口が豪快でそれでいて意地汚さがほとんどない。
フード理論とまで言わないが、美味しそうに丁寧に食事をする人には好感を覚えるものだ。単純に見ていて気持ちが良い。見た目で人を判断するものでもないが、そういうタイプだとは思っておらず少し意外でもあった。
さて、再び武市に目を移すと、食事も終わって煎茶を啜っていた。だが空を見つめる顔つきが若干険しくなっている。
「何か気になることでもありました?」
「ん?そういう風に見えたかね」
尋ねてみると武市は意外そうに眉を上げた。本人も無意識だったということだろうか。
「何だかむつかしそうな顔してたんで」
藤丸の言葉に、しばし考え込むような仕草を見せたあと、武市は顔を覆った。
……すまない、おそらく誤解を与えた」
「え、どういう?」
「武市先生、どうされました?」
武市の様子に新兵衛が椅子から立ち上がる。
「大丈夫だ、座ってくれ」
促されて不承不承という様子で彼は着席した。武市が顔を上げ、茶を一口飲んだ。そうしてひと息ついて、言いにくそうに口を開く。
「田中くんの食べっぷりがあまりにも良いものだから、好ましくてつい真剣に見てしまっていただけで……
予想外の一言に藤丸の視線は思わず武市と新兵衛の間を行き来した。新兵衛も目をまんまるにしたまま固まっている。
「大丈夫、めちゃくちゃわかる」
咄嗟のフォローとして素直に同意した。あれを見れば理解できる。新兵衛の様子をちらりと窺うが、まだ硬直したまま事態を飲み込めていないようだ。
おそらく心配していたよりはこの二人は大丈夫なような、藤丸の中にそんな確信が生まれていた。