逆髪
2025-05-05 22:32:17
4342文字
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2024/05/04スパコミの新刊の全文です。武新の小話3本、ぜんぶハピエン


『ハピネス』

時刻は八つ時、間食を求める英霊が食堂に現れだす時間帯。自他共に認める甘党である武市も例に漏れず、本日の甘味を数量限定抹茶プリンにするか、はたまた定番のバナナケーキにするか、メニューを見ながら悩んでいた。
悩む義兄の姿は実に様になる。まるで一つの絵画のようにさえ思える。画家の英霊なら題材にするに違いない。彼とは違い芸術の嗜みは一切ないのだが、そんなことをふと思ってしまう。
新兵衛は真剣に考え込むその姿を横目に、もう少し時間がかかりそうだと判断し、先に飲み物を用意しておくことにした。一言断り、席を立ち上がる。
部屋の角にはセルフサービスのドリンクコーナーが設置してあった。どうしてもこだわりのある者は別に用意することもあるが、基本的にはここで好きな飲み物を選ぶことができる。
武市のためにカップに珈琲を注ぎ、いつものように小さじ一杯の砂糖を入れ、牛乳を少しだけ足す。自分の分には紅茶を注いだ。砂糖は入れない。
武市の好む珈琲には苦手意識を抱いていたが、紅茶の方は日本茶とも風味が似てるようでそうでなく、なかなかに悪くなかった。未来の己の故郷は茶の産地としても有名らしい。そういうのも縁だろうか。
彼のために飲み物を用意する、この午後のひと時を新兵衛は気に入っていた。彼の新たな好みを知って、それを覚えていく。その過程を好んでいた。
あまりにも穏やかで些細な幸せ。たとえこの生が仮初のものとわかっていても、噛み締めるそれはどんな菓子よりも甘くて味わい深いのだ。
「田中くん、君はどちらがいい?」
向こうから声がする。では半分分けますので、あなたと逆のものを頼みましょう。そう答えを決める。二人で分けたものを、あなたが美味しいと思ってくれますように。そんな身勝手な思いも懐きながら、お盆を持って武市の下へ向かった。