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ユコ
2025-04-20 05:10:35
10834文字
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ぼくたちの愛は、さよならからはじまる(レイチュリ)
お題:さよならからはじまる
ツガンニヤスラングで「愛」を告げていたギャンブラーと、その愛を人知れずうけとめていた教授の話。
1
2
3
3── vevara-sabn, bo-na!
それからというもの、僕の予想通り、レイシオは再会するたびに別れの際にその
言葉
スラング
を口にした。
最初は困惑したし、恥ずかしかった。
だって、胸の内では好いている男から、真正面から愛を告げられるのだ。
でもその恥ずかしさに慣れれば、正直なところ、意味は通じていなくても、幸せだと思った。
いつも厳しい顔ばかりを僕に向けるレイシオが、その別れを口にするときだけは、柔らかな表情を見せてくれる。まるで、愛おしい人を見るように、穏やかに目を細めて、僕を見る。愛してる。そう本当に言われているような、そんな錯覚すらしてしまう。
そんな日々に、甘えていたからだろうか。
そうして僕はついに、犯してきた罪を清算する日がやってきた。
僕はその日、レイシオの研究室に訪れて、彼に告げた。
「君としばらく会えなさそうなんだ。もしかしたら、これが最後になっちゃうかも。次の仕事の星系、行くまでの星軌が不安定らしくてね。下手すると、こっちの星系に戻ってくる時間軸が最低でも五十年後、最悪の場合、1琥珀期はずれる可能性が高いって言われてる」
市場開拓部の案件から溢れた未開の星系。その星系で成果を出せば、僕は確実にP46への階段を登る。「選ぶのはぼうやよ」とジェイドは言った。あの市場開拓部が手を引いた案件だ。そこには確実にあのオスワルトの弱みがある。まさにハイリスク・ハイリターンの仕事だった。ピノコニーを超える命の保証がない仕事だったが、僕は迷わなかった。
迷ったのは、彼のことだけ。
旅立つ日に、レイシオの顔を見るべきか。
これを決めるために、何度もコインを投げた。
裏が出たら、会わない。
そう決めて、僕の親指はコインを弾く。なのに、投げるコインは表ばかりで、僕は彼の前に現れるしかなかった。
もちろん、詭弁だ。僕は投げるダイスも、コインも、全て結果がわかってるから。だからこれは、地母神の幸運ではなく、僕の望みなだけ。ちゃんと、全て、わかってる。僕が犯してきた、罪も嘘も、全て。でも、僕に本当に幸運があるのだとしたら、最後に愛する男から、もう一度だけ愛の言葉をもらいたいと思ってしまった。
僕の仕事の話を研究室の机で顕微鏡を覗く作業をしながらではあったけれど、レイシオは黙って聞いてくれた。
「その星系のことは、僕も耳にしている。僕の力は?」
「流石に今回の仕事に君を関わらせるのは技術開発部が許しちゃくれないさ。気持ちはありがたく受け取るよ。今日、ここにきたのはさ。もし君に僕に情が多少なりともあるのなら、別れの挨拶を最後にしてくれないかと思って。
……
もしかしたら、もう君と会えないかもしれないだろ」
僕は震える左手を背中に隠す。
賢い彼の前での、最後の芝居だった。
僕の言葉に、レイシオは溜め息と共に顔を上げた。仕事のためにかけていた眼鏡を外して机の上に置き、疲れたように目元を指で揉み上げて、言った。
「
……
本当に君は、この後に及んで甘いことを」
「人生最後になるかもしれないんだ、甘えだって許してくれよ。僕にとって、君は大事な友達だから。ちゃんと別れを告げておきたいって思っただけなんだ」
「──アベンチュリン」
珍しく、僕の言葉を遮るようにレイシオが僕の名前を呼ぶ。
それから迷うことなくレイシオは椅子から立ち上がり、白衣を翻して僕へと歩み寄る。そうして、僕の頬へと迷うことなく指先を伸ばした。
「レイシオ?」
「僕は十分、君の芝居に付き合った。その貸しを君は別れる前に僕に返すべきだ」
「何を
……
」
「アベンチュリン。──
Vevara-sabna
あいしている
」
それはいつも別れを告げていた声よりも、穏やかで、柔らかい。優しすぎて、思わず「さようなら」を「愛している」と聞き間違えてしまうぐらいに。そんなはずはない。
そんなはずはないのに、頬を包んでいた掌が、同時に僕の顔を引き寄せた。別れを告げたはずの唇が、僕の唇を颯爽と塞ぐ。
「ん
……
っ」
嘘だ。どうして。
混乱する僕の唇を、レイシオの薄い唇が味わうように何度も角度を重ねて奪う。まるで僕がこのキスを拒むはずがないと確信を持った、迷いもないキスだった。初めてのキスとは思えない強い意志を持った唇に、僕は翻弄されながらも彼に唇を委ねる。重ね合う唇が、彼の熱に溶けていく。小さな水音と共に、濡れた唇がゆっくりと僕から離れていく。そして、僕の唇の先で、もう一度レイシオはその言葉を告げた。
「──
vevara-sabna
あいしている
, Aventurine. ──ちゃんと、通じているか?」
「わ、わかった
……
、もうわかったってば
……
」
流石に、もうわかる。
彼が、今までどんな思いでこの言葉を口にしてくれていたのか。そして、彼の全てを鋭く見通す瞳は、僕の嘘を最初から暴いていたことも。
僕は身を捩って、じっと僕を見下ろす両の目から逃げるように顔を伏せる。もう無理だ。頬が燃えるように熱い。この顔を見たら、きっと一目瞭然だ。彼の囁いた愛の言葉に、僕の心がどれだけ歓喜しているかなんて。
彼の前で重ねてきた薄っぺらい嘘の恥ずかしさに今更気づいて、逃げ出したい。でも、気づけば彼の左腕は僕を逃さないようにしっかりと腰に回されていた。僕は震える唇で、言葉を紡ぐ。
「君、知ってたの
……
?」
「ふん。君は僕をなんだと思ってるんだ? 僕は凡人だが、知らない言語を調べるだけの知恵はある」
「こ、この
……
っ」
「また【
bo-na
糞野郎
】とでも、僕を罵ってみるか?」
にやりと不敵な笑みをレイシオが浮かべる。
今では、もはや懐かしい言葉だ。
出会った時のことをいまだに根に持っているようなことをいう男を僕は睨む。
最初から、この男はちゃんと僕の言葉をわかっていた。
わかっていて繰り返し、僕に愛を告げてくれていたのだ。
完敗した僕を満足そうな瞳で見下ろした男は、拘束していた腕を広げて僕をあっさりと手放した。
「あと、君がいく予定のその星系の星軌を調整するのは僕が請け負ったから、心配しなくていい」
「は」
「五十年などとクリフォトも欠伸をしそうな時間を過ごす決心があったようだが、一年程度で十分だ。それぐらいは君も待てるだろう?」
「はは
……
、手厚いことで。そうだね、僕は君と違ってせっかちじゃないからね。その間に君の心変わりがないことを願うよ」
「それはこっちの台詞だな。次に君に会うのを楽しみしている。ではな──A vevara-sabn, Aventurine」
僕を手放し、もう一度、別れを告げた彼は自分の研究机に早々と戻っていく。
また僕との明日があることを信じた、軽い背中だった。いつも覚悟と最期を背負っている、僕の重さを嘲笑うかのような彼の軽い背中。いつだって、彼はそうだ。僕と別れる時に、次があることが当たり前のようにあっけなく消えるし、別れを口にする。軽いようで重い、僕とは大違い。でも彼のその態度に幾度、僕は救われたんだろう。
僕は被っていた帽子を手に取り、彼の背中に別れの手を振る。
僕は、今まで息をするように嘘をついて生きてきた。
この先も、変わらない。
それが、僕の生き方だから。
だから、僕は別れの言葉で愛を口にできるし、同時に、愛の言葉で別れを口にすることもできる。
そうして、もう僕を振り返ることなく研究机に向かってしまった遠くて愛しい背中に、盛大の罵りと愛を込めて、僕は別れを口にしたのだった。
「A vevara-sabn, bo-na !(ぼくもあいしてるよ、この野郎)」
(ぼくたちの愛は、さよならからはじまる)
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