ユコ
2025-04-20 05:10:35
10834文字
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ぼくたちの愛は、さよならからはじまる(レイチュリ)

お題:さよならからはじまる
ツガンニヤスラングで「愛」を告げていたギャンブラーと、その愛を人知れずうけとめていた教授の話。






 僕は息をするように、嘘をつける。
 だって、僕にとっては嘘とは生きていくために必要な酸素と同じぐらい、ないと生きていけないものだったからだ。
 だから、僕は大好きな彼にたくさんの嘘を、ついてきた。
 出会った頃から、それはもう、たくさん。
 許されない嘘を、吐いてきた。
 これは、そんな僕がついてきた嘘にまつわる、僕と彼の話だ。




   

1──bona──糞野郎






 出会ったばかりの頃、僕とレイシオは相性がいいとは決して言い難かった。
 まだ僕が、『アベンチュリン』として石心の座を得る前のことだ。
 レイシオ曰く、『悪趣味なロシアンルーレット』と称した拳銃の銃弾と共に交わした戦略的パートナーの契約。その契約を交わした初回の仕事で、僕たちは初っ端から見事に意見が決裂した。
 その時、ジェイドから持ち込まれた仕事は、博識学会から逃げ出したカンパニーの所有する重要な奇物を持ち出した男の捕縛だった。博識学会と共同で行う任務として、レイシオとの同行を余儀なくされた。
「レイシオ、あいつだ。ようやく見つけた」
 男が逃げ込んだのは、僕が生まれたツガンニヤのような遺跡ばかりがある荒廃した辺境惑星だった。僕は物陰から隠れて、ある遺跡の中に向かう男の背中に視線をやる。
 なんでも、男が持ち出した奇物はそこに眠る遺跡を開く鍵となるものらしい。調査したところ、その遺跡が祀っているのは、僕がかつて利用したタイズルス──砂の王の死骸の一部を祭る石棺だと現地の住民が教えてくれた。
 あのタイズルスの死骸がそんな簡単に手に入るわけがないが、万が一ということもある。タイズルスの死骸の利用は、存護を掲げるカンパニーが一番恐れていることだ。何せ、奴隷であった僕の嘘すら信じたぐらい、彼らはそれを警戒している。
 どうやら目的のものを遺跡から無事手に入れたらしき男が、遺跡の扉から現れる。遺跡の入り口の柱の影には小型の二輪モービルが置かれていた。そのまま走り出そうとする男を、僕は追いかけようと腰を上げた。
「今しかない」
「待て。彼が開いてくれたこの遺跡は興味深い」
「いや、それどころじゃないんだって! ターゲットが逃げる」
 男が乗った小型の二輪モービルがエンジンをふかし始める。けれども、石膏頭を被った僕のパートナーには見えちゃいないらしい。僕を無視して、逃げ出した男が開いた遺跡の入り口へ続く階段にレイシオは歩みを進める。僕は慌てて口を開いた。
「博識学会としてもあの奇物は重要なんだろう? どうするんだ、本当にタイズルスの死骸が持ち出されていたら」
「ほう、タイズルスの死骸を使って詐欺を働こうとした君がそれをいうのか? 阿呆がそう言ってるだけだ。文献を漁っても、この惑星とタイズルスに関連はない」
 遺跡の石壁を注意深く観察したレイシオがそういう。
「この遺跡の壁面の記録を見れば明らかだ。おそらく、ここに眠っていたのは星核の記録だろう」
「いや、それが事実だとしてもさ……
 博識な彼がいう事実はおそらく正しい。
 僕だってこんな辺境惑星の遺跡にタイズルスの死骸が眠ってるなんて信じちゃいないし、僕の直感もそうだと言っている。でも、それをカンパニーに説明ができる証拠がないのだ。今の僕の目的は、一日でも早く昇給を重ね、ジェイドへの利子を返し、石心の椅子を手に入れること。僕の計略のためにも、多少の不実は目を瞑るしかない。
 けれど、目の前の学者様はカンパニーからの指令を聞くつもりはないようだった。
「では、君との契約はこれで解消だな。僕はここに残る」
「な……っ、それは話が違うだろう。そもそもこれはカンパニーと博識学会との契約でもあって……
「君と交わした契約は、僕個人のものだ。君は仕事上で僕を尊重し、僕の仕事は邪魔をしないと言った。僕はこの惑星の星核の情報が欲しい。彼を追って、カンパニーに彼の身を奇物と共に引き渡せば、この遺跡はもう二度と個人的に調査できないだろう。だから、僕は残る」
「でも、……っ」
 追っていた男が逃げる。ジェイドからのミッションをクリアできない。つまり、降格。僕は、指令を達成できない。でも、ここでレイシオを置いて彼を追いかけ、レイシオとの契約を白紙に戻される方がこの先を考えるともっと大損だ。彼の知識は、無知な僕には必要だから。
……この【bo-na糞野郎】」
 思わず僕の口から舌打ちと共に、馴染みのエヴィキン人の言語スラングが出た。
 もう宇宙で僕一人しか知らない言葉。ツガンニヤの中でも忌避されていた分、僕たちエヴィキン人は独特の文化を成形してきた。言語もそうだ。翻訳ビーコンでも翻訳できない僕たちエヴィキン人しか通じないスラングが、たくさんある。姉さんがもしも生きていて、この言葉を僕が吐き捨てるのを聞いたら顔を顰める汚いスラングだけれど、奴隷時代に何度この周りには伝わらない言葉を吐き捨てて、気を紛らわしてきたことか。この人の話を聞かない石頭の学者様にはお似合いだ。
 僕の吐き捨てた言葉に、くるりと石膏頭が振り返る。
「ほう。なんと言った?」
 この地獄耳。そのかっこいい石膏頭には音収集機能のスピーカーでもついているのか。僕は肩をすくめて口をひらく。
「え? あー……、【Yes】だよ。つまり『わかった』って返事をしたんだ。エヴィキン人のスラングでね」
「舌打ちと共に?」
「そう。君と違って育ちが悪くてすまないね」
……ふん」
 不満そうだが、これ以上僕を追及できないのか、石膏頭はおとなしく遺跡の石壁に向き直ってしまう。
 こんな砂だらけの壁画の何がそんな面白いのか。
 僕は石膏頭の後ろ姿に、深いため息を漏らすしかなかった。



           *



 そんな見た目通りに石頭で、頑固で、融通が効かない学者先生と、僕はジェイドから来た仕事をいくつもこなした。初回の失敗から学んで、僕は必ず仕事の度に彼への利益メリットを明確に提示して仕事に臨んだ。じゃないとこの男、僕の利益は無視して自分の研究に走ってしまう。
 そのせいで、僕とレイシオが組んで挑んだ仕事は、莫大な成功をもたらすこともあったが、カンパニーには地味な利益しかもたらさないこともあった。レイシオへの研究利益を優先するからだ。
 でも、なぜだかジェイドは僕とレイシオがこなす案件の成果には満足しているようだった。
 ジェイドは僕に言った。
「ぼうやは長期的な投資の目をつけないとね」
「僕とレイシオの関係のことを言ってる? 僕、そんなに長く彼と関係が続くと思えないな。彼はカンパニーの利益より、自分の利益を優先する男だよ」
「正しく自分の欲望を理解しているとも言えるわ。ぼうや、私はあなたに長期的投資をしているの。だからきちんと私の元に帰ってきてもらわないと。あの教授のおかげで私の投資に一つ保険をかけれたわ」
「何の話? 僕、言われた通りに、ジェイドに利益はもたらしてると思うけど」
「ふふ。ノーリスクで結果を出すトパーズから、学びなさい。あなたは短期的に稼ごうとするけれど、安全と安定は長期的に見ると莫大な利益になるのよ」
 僕よりも一つ下のランクの石心の彼女を褒めるジェイドに、僕は唇を尖らせて文句を態度で表すことしかできなかった。




 そのジェイドの言葉を正しく理解したのは、レイシオと組んだ次の仕事でだった。
 海洋惑星のルサカでの仕事だった。都市が海の底に沈んだルサカで生き残った人間たちは、海洋上に船を浮かべて移動する都市船ステイトシップを作っている。惑星についたはいいがその都市船にうまく辿り着かなかった僕たちは、海洋の上で見事に遭難した。おとなしく救援信号をカンパニーに飛ばせと言ったレイシオを無視して、僕は彼を残して単独船で海洋に出た。僕の幸運があれば、無策でもその都市船に辿り着けると思ったのだ。
 正直に言って、僕は海を舐めていた。
 水一滴だって貴重だった砂漠の惑星だったツガンニヤより、豊富な水に囲まれたルサカは僕からしてみたら随分優しい環境だと思ったのだ。
 結果、確かに僕の幸運は仕事をした。僕の乗った小型の単独船を見事に都市船ステイトシップは見つけてくれた。脱水症状で半分死にかけた僕と共に。
 僕の乗った船にはレイシオ自作の追跡ビーコンが搭載されていて、無事死にかけた僕とレイシオは都市船ステイトシップで再会できた。けれど、僕の体力が戻るには半月を要し、商談を終えてもルサカを去ることはできなかった。もともと一週間程度の任務だと言っていたのに、レイシオは僕に付き合ってルサカに残った。
 点滴を刺したまま、病室で寝ることしかできなくなった僕に付き添うレイシオに、改めて僕は謝罪を口にした。
……ごめん。君を煩わせた」
「まったくだな。君との仕事は予定通りにいかない」
……僕のことなんか放って、一人で帰ればよかったのに」
「僕に君を見殺しにしろと?」
 ぴしゃりと彼は言った。それは今まで彼が僕にかけてきた中でも一番厳しい声で、僕は思わず布団の中で肩を竦める。
……だって、僕を助けるのは契約には含まれてないだろう」
 僕の言葉に、教授は呆れたように深い溜息を吐いた。
「契約とは、信頼だ」
「え?」
「僕は君とそう言ったものを交わしたと思っている。いくつか仕事を重ねて理解したが、君はさほど阿呆ではない。君が僕との契約を遵守するために、無茶をしたのは理解している。結果、君のおかげで到底不可能と思えた都市船ステイトシップに三日でたどり着いた。僕に不利益はない」
 石膏頭の下に隠れていた精巧な美しい顔が僕を見下ろす。気づけば、レイシオは出会った頃によく被っていた石膏頭を、もう僕の前では被らなくなっていた。いつも厳しい顔で僕をみていた男の目の奥には、呆れと共に安堵の色が隠れている。
……ひとまずは君が無事で良かった」
 彼は自己中心的なところはあるれど、同時に発言する言葉に裏や表がなく、真実しかない。
 つまり、僕に告げられたその言葉は、嘘偽りのない言葉だった。
 僕が生きていてよかったと。
 損得もなく、彼は心の底から、僕に言っているのだ。
 
 (──あの教授のおかげで私の投資に一つ保険をかけれたわ)

 ジェイドが言った言葉が僕の脳裏に蘇る。
 命しか賭けようがない無謀な僕に、彼という生存保険をジェイドはつけたのだとようやく理解した。死に急ぐ僕に手綱をかけようと。でも、そこにジェイドに利益メリットはあっても、レイシオに利益メリットはない。どうして。
「点滴が切れそうだな。処置するから待っていろ」
 僕の腕に刺さった点滴の様子に気づいたレイシオが、立ち上がって病室を去る。彼は本気で僕を生かそうとしている。
……この、【bo-na糞野郎……
 僕は震える声で消えた彼を罵った。
 彼は僕の幸運の恐ろしさを知らない。僕を助けてくれた人は、もうみんないない。僕の前からいなくなる。僕は、彼の言葉を喜んじゃいけない。僕みたいな男の生存を喜ぶなんて馬鹿な男と罵って、突き放すべきだ。
 でも、それを嬉しいと感じる心を、僕は抑えられそうになかった。