ユコ
2025-04-20 05:10:35
10834文字
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ぼくたちの愛は、さよならからはじまる(レイチュリ)

お題:さよならからはじまる
ツガンニヤスラングで「愛」を告げていたギャンブラーと、その愛を人知れずうけとめていた教授の話。




 

2──vevara-sabna──さようなら

 



 それから、僕は無事に石心の椅子を手に入れた。
 レイシオと重ねた任務の功績も大きく、僕は異例のスピードでP45へと昇り詰めた。そうして、ダイヤモンドから持ち込まれたのが、高難度の案件であるピノコニーの仕事だった。僕は迷わず、その命懸けになるだろう仕事を受けることを決めた夜、レイシオに連絡をした。
「久しぶりだね、レイシオ。再会ついでに、手を貸してくれないか?」
 ──契約とは、信頼だ。
 そうかつて言ってくれた男と向かうのなら、僕はどんな難件だろうがやり遂げられるし、彼はジェイドも認めた僕の生存保険だ。人生でも最難関の仕事で、彼を頼らないわけがなかった。
 でも、僕はこのピノコニーで思い知る。
 レイシオは僕にとってのただの生存保険なんかじゃない。
 僕にとって、唯一無二の、大事な男なのだと。
 出会いから僕の生き様を見続け、長く、僕の生存を願い続けてくれた友人。
 僕はピノコニーの任務で得た成果よりも僕にとっては価値がある、金色の処方箋を握りしめる。ピノコニーを去る前に、僕は彼に告げたい言葉があった。
 暉長石号での一騒動を見届けたレイシオが、僕の前に現れる。
「レディ・ヒスイはファミリーとの会談を纏め終えたようだ。君は先にピアポイントに戻るのか?」
「ああ。もうこの後始末はジェイドに任せたほうがいいからね。僕は表舞台から去るよ」
「僕の顔が効く混沌医師にはもう君の話は通している。必ず治療に通うように。なお、これはレディ・ヒスイからの伝言だ。『ぼうや、おとなしく休暇を取りなさい』と」
「ジェイドの物真似、似てないね」
「やかましい」
「あはは、うん。ありがとう、混沌医師にも世話になるよ」
「そうしろ」
 呆れた溜息と共に、レイシオが左手に青い炎を掲げる。もうそろそろ見慣れてきた位相霊火の灯火だ。僕は去りゆく姿を珍しく見せてくれた彼に向かって手を振る。
……Vevara-sabnaヴェヴァラサーナ, Ratio.」
 その言葉に、レイシオが青い炎を引っ込めた。
……なんだ、その言葉は?」
「エヴィキン人が口にする、別れの言葉スラング
「またそれか」
 出会った頃に舌打ちと共に使われた返事を思い出したのか、レイシオが忌々しそうに眉を顰める。僕は笑っていった。
「そう。でも今度はいい意味のスラングだよ。大事な友達と別れる時、僕たちはこういう言葉で別れたんだ。また会えますように、っていう祈りを込めてね」
……Vevara-sabnaヴェヴァラサーナ
「そう。またね、教授。──Vevara-sabnaヴェヴァラサーナ!」
 僕が告げた言葉と共に、少し満足げな顔を見せたレイシオの姿が青い炎と共にかき消えた。
 あっという間に僕の前から姿を消したレイシオの残り香を感じながら、僕は笑みを浮かべる。
 もちろん、彼に教えたスラングの意味は、また大嘘だ。
 エヴィキン人は確かに、よくこの言葉を別れの時に口にした。
 ──愛し合う、恋人同士が。
 地母神様が愛する雨が上がったら、また愛するあなたと再会しよう。
 そんな愛する人にささやく、愛の別れの言葉だ。
 つまり、「愛してるよ」と僕は彼に告げたのだ。
 息をするように嘘をついて生きてきた僕は、ちゃんと嘘がばれない秘訣も知っている。上手な嘘には、一匙の真実がいつも混ぜられていることを。
 愛しているの意味は伏せたけれど、彼への心を込めた別れを告げたかったのは事実で、彼からもらった処方箋はそれぐらい僕は、大事に受け止めている。
 死に急ぐ僕に、いつも心の底から僕の帰還へ期待してくれる人。
 そんな彼を困らせないように、感謝と愛を告げたかった。
 ──君が好きだ。
 思うのは、ただそれだけ。それに、彼は僕なんかから【愛してる】なんて言われたら、きっと困るだろう。僕の胸に芽生えたこの想いは、小さな嘘の裏に秘めておく。僕はもう一度、手元の処方箋を抱き締めるように優しく握りしめる。この処方箋と共に、彼への愛を自覚できただけ、僕はこのピノコニーに訪れる前よりも少しだけ、真っ当に生きられるような気がした。



           *



 ピノコニーの案件後、首の皮一枚で切り抜けた石心会議も無事乗り越えた僕には、またいつもの仕事に塗れた日常が待っていた。ピノコニーをきっかけにご無沙汰していた教授をパートナーにする仕事も復活した。というより、僕が理由をつけてレイシオと会える仕事を作ったと言ったほうが正しい。好きだと自覚した男の顔ぐらいは定期的に見ていたかった。
 今日のレイシオとの時間も、そんな仕事の一件だった。
 僕は用意していたオープン式の窓のない浮遊車に乗り込み、彼に別れの手を振る。最近のレイシオは、僕の前で滅多に石膏頭をつけることもないし、例のお気に入りの位相霊火で突然消えることもない。僕に別れの言葉を告げるぐらいの価値を見出してくれたらしい。
「今回も本当にありがとう、教授。この礼は必ず次の仕事で」
「あまり期待せずに待っている。君が持ち込む仕事はだいたいリスクの方が多すぎる仕事ばかりだからな」
「あはは、だから僕には君が必要なんじゃないか。またね、教授」
「ああ」
 すると、閉じかけた車の扉を押さえて、レイシオは僕に囁くように言った。
「──vevara-sabnaあいしている, Aventurine」
「へ」
 僕は思わず目を見開いて、顔をあげる。
「なんだ、その顔は。……発音を間違えたか?」
「いや、突然、何を口にしたのかと」
「君が前に僕に教えてくれた君の母星語では? 確か別れの言葉だと君は言っていたが」
「あ、ああ……
 そうだった。
 そういう設定だった。
 僕は慌てて取り繕うように、笑みを浮かべる。
「どうしたの? 急に僕たちの星の言葉を使うなんてさ」
「前の仕事で僕の浅慮さが理由で君に失礼な言葉を言ったからな。謝罪の意味を込めてだ」
 ──ツガンニヤでは幼児教育も習わなかったのか。
 そうピノコニーの仕事の始まりで彼が言った言葉に、僕は苦笑する。
「あれは僕たちの行動が監視されていることも知っていて吐いた言葉だろ。気にしてない」
「僕は気にする。……僕はもう少し、君を深く知る必要があるようだ。今度会った時は、君が許す範囲でツガンニヤの話を──、君の昔話を聞かせてくれ」
「う、うん……
 レイシオが慣れたように青い炎を左手にかざす。いつもより随分と穏やかな瞳が、僕を一瞥した。
「──では。vevara-sabnaヴェヴァラサバーナ
「v、vevara-sabna……
 僕はこの瞬間、この言葉がわかるエヴィキン人が宇宙に僕一人で良かったと思ってしまった。
 だって、こんなの愛してる、って別れの時に言い合う恋人たちと同じじゃないか。
 言いたいことだけ言って消えてしまった男の残り香を感じながら、僕は一人、握ったハンドルに額を押し付ける。
 頬が、熱い。
……勘弁しろよ、この……bo-na糞野郎……
 僕は初めて息するように嘘をついてきた自分の人生を後悔した。
 この先、僕は最愛の男から、別れの度に自覚のない愛を囁かれるのだ。愛する故郷の言葉で。
 ついに、吐いてきた嘘の報いを、受ける日が僕にもきたようだった。