山城まつり
2025-04-07 21:59:15
18354文字
Public シャルラッハロートの診療録
 

シャルラッハロートの診療録|Ep.2

第一章:ジェイド・アクター(後編)

うわあああああ!!一応、一応書けました第一章後半!!
もう……文章力がないよ……と唸りながら執筆したため、また推敲して大幅に変わる可能性がありますが一応公開します。

前回:シャルラッハロートの診療録|Ep.1 https://privatter.me/page/67ee784a46c0c

シリーズ:https://privatter.me/user/YamashiroMatsuri?category=70961

本シリーズには医療の描写を含みますが、作者は医療従事者ではありません。論文、医学書、ホームページなどを参考に執筆しておりますが、現実の医療と異なる可能性があります。ご了承ください。

それでは、皆様にとって良い時間になりますように。


時刻はいつの間にか、午後十時を回っていた。

穏岬島おんさきじまの夜は、風すらも控えめだった。瀬戸内海特有の穏やかな波が、岸部のテトラポッドに密やかに寄せては返す。潮の香りはどこか甘く、そして懐かしい。その永久に変わらない風景が、記憶の再現を助長して止まない。翠は無言で窓を閉め、ソファに腰掛けた。
テレビを付ける気にもならなかった。窓に錠をかけて封じ込めたというのに、静かな世界に波が寄せる音が耳へ届く。虫の音も蛙の歌もない宵闇で、明るいLEDの照明だけが彼の心の傷を慰めるように降り注いでいた。

「おにーさん、疲れちゃったの?」

メディの声が背後から響く。振り返ると、彼女がドア枠にもたれ、紅い瞳を揶揄うように細めていた。傷心の翠から、一定の距離感を保っているように思えた。それも、彼女の優しさなのだろうか。いつもならその喧嘩を買って、醜い争いという名の戯れに進展するそれも、今は無言の時間に替えられている。その沈黙に耐えかねたメディが再び口を開く。

「おじさんはやっぱり疲れるのが早いんだねぇ」
「ほっとけ」
「つめたぁい」

わざとらしく頬を膨らませ、ぴょこんと翠の隣に飛び乗る。いつものようにべたべたと絡んでくる事はしなかった。ただ傍に腰掛けて、静かに翠が答えるのを待っている。翠の目線に映るのは、メディの烏の羽のような黒髪だった。頂点で二つに結ばれた団子の下から、「人間ではない」と嘲笑するようにつのが覗いている。妹の体からそれが生えている事を改めて見せつけられて、翠の顔が歪んだ。
……莫迦。コイツには、関係ねぇだろ。
心を焼き尽くす業火を悟られぬよう、翠は吐き捨てるようにいつもの口調を取り繕う。

「世界はいつも意地悪なんですぅ。お前に常にチヤホヤしてくれると思うんじゃないよ」

皐月の夜風が窓を撫でて、かたんと小さく啼いた。一度「音」という概念を周知したら、無音の世界が寂しくなる。音が途切れた静寂の中で、空気の重みが増した。
メディが小さく笑う。どうにか、この空気を明るくしたいという努力が垣間見えた。

「ぶぅ。おにーさん、きっとキミの思うほど、世界は意地悪じゃないよ?」
「意地悪だろ」

吐息のような小さな声で、翠はそう零した。
その声が、低く、悲しい音色を従える。

「じゃなきゃ、俺はこんなになってない」
……。」

メディが言葉を失い、瞳を伏せた。
その紅い瞳が、葛藤に揺れているのが分かる。
翠の視線は再び虚空に向けられ、十五年前の記憶が鮮やかに蘇った────。