山城まつり
2025-04-07 21:59:15
18354文字
Public シャルラッハロートの診療録
 

シャルラッハロートの診療録|Ep.2

第一章:ジェイド・アクター(後編)

うわあああああ!!一応、一応書けました第一章後半!!
もう……文章力がないよ……と唸りながら執筆したため、また推敲して大幅に変わる可能性がありますが一応公開します。

前回:シャルラッハロートの診療録|Ep.1 https://privatter.me/page/67ee784a46c0c

シリーズ:https://privatter.me/user/YamashiroMatsuri?category=70961

本シリーズには医療の描写を含みますが、作者は医療従事者ではありません。論文、医学書、ホームページなどを参考に執筆しておりますが、現実の医療と異なる可能性があります。ご了承ください。

それでは、皆様にとって良い時間になりますように。


ジェイド・アクター(後編)



泣きべそをかく朝比奈あさひなを宥めながら、神楽岡かぐらおかの視線が翠に向けられる。彼は命を救って見せた英雄に対し、にへらと笑ってみせた。思えば、彼が執刀を許可してくれなければ今の平穏は無いのだ。ひすいは頭を下げる。

「神楽岡さん、あざした」
「いやいや俺の方が頭下げたいわ。翠、お前、神の腕やな」
「神なんて顎で使ってやりますよ」
「ははは、おもしれー男。その自信、ちったあパパに分けてやれ」
「嫌です、減ったら困る」
「クソガキがよぉ。へへ、助かったぜ。本気で神に感謝。俺、キリスト教入っちゃおっかな」

クソガキ、と言いながらも神楽岡の瞳は微笑んでいた。彼の性格を知っているからこそ、翠も軽口を叩いて笑い合う。緊張に包まれていた手術室の空気が緩んでいく。看護師も呼吸の仕方を思い出して、先程までの悪夢と吉夢を交互に脳で繰り返す。卒倒しそうなほど、濃すぎる記憶だった。
────その空気が、一人の男の入場により凍り付く。一同が息を呑んだ。ひゅ、と呼吸が止まる音さえ聞こえる。

白衣の胸元に金糸の院章。三ツ橋恭一みつばしきょういち院長────この天璇大学附属病院を束ねる絶対者であった。
その姿を認めた瞬間、気温が十度下がった。快適な温度に保たれている筈の手術室が、極寒の冬空の下と化す。一同の顔はみるみるうちに青ざめて、朝比奈などは泡を吹いて倒れそうな顔色になっていた。

手術の記録は全て保存され、OPE・STREAMオペ・ストリームによって全世界に公開されている。部外者の侵入、魔法を用いない治療。どれを取っても規則違反の烙印が押されかねない。叱られる。頸を刎ねられるとさえ思う。重すぎる空気がのしかかり、一同の身体はそこに縫い付けられた。
……だが、三ツ橋はただ静かに告げる。そこに余分な感情は無かった。厳粛な空気が場を呑み込んで、手術室は一瞬の間にこの男に支配された。

……救えたのならば、それで良い」

誰も言葉を返せなかった。緊張の糸が張り詰められたまま、院長は続ける。その視線の先には、先程奇跡を生み出した翠の瞳があった。

「当学において、そして当院においては、魔法医療が第一選択である事は知っているか」
「知ってますよ。俺、天璇大の卒業生ですし。嫌ってほどに」

彼は涼しい顔で返す。だがその眼は、どこか挑戦的だった。
院長はその言葉に、僅かに目を細める。黒く細い瞳孔が翠を捉えていた。

「ならば、魔法の偉大さも知っている筈だ」
「勿論。1880年から1900年代にかけて起きた魔法革命。異界の存在が明らかになり、概念を操る法則────情報法則を現実に転写する技術、即ち魔法が解明された。そのルネサンス以前に一度栄えた古代の知識が、現代科学を凌ぐ最先端になるなんて。エピファニー・ルネサンスとはよく言ったものです。歴史の皮肉ですね」
……その上でお前は、魔法を用いないと?」
「当然です。俺、魔法が嫌いなんで」

きっぱりとした声。院長の眼光が鋭くなる。

「そうか。腹を割って話す気はないようだな」
「別につっぱねてる訳じゃありませんよ。院長の貴方がこの病院を、ここまで育て上げた事は承知してます。ここで日々最先端のオペが行われている事も、魔法抗体研究部門が導き出した、世界に誇る成果も。俺の親父がその部門にいましたからね。魔法抗体がいかに凄いかも、骨の髄まで知ってますよ」

翠は肩をすくめ、少しだけ笑ってみせた。その笑顔は挑発的なものであり、無邪気なものでありながら────どこか自虐的な雰囲気を取り払えないものだった。

「でも俺個人としては、魔法を使いたくない……ただそれだけです。ま、この才能を銀河に轟かせたいって欲はありますけどね」

院長は暫し沈黙し、そして僅かに頷いた。
────非魔法医療に固執しているとはいえど、目の前の男の腕が一流である事は知っている。たった今、それをまざまざと見せつけられたのだから。医療とは、常に「想定外」の連続だ。頑なに正攻法を掲げていては救えない命が出てくる。それが分かっているから、三ツ橋は静かに「そうか」と告げて眼睛を瞼に隠した。

……有事があったら頼ろう。名は」

それに対して彼は、不敵に笑ってこう答える。

櫻田翠さくらだひすい。医学界の異端児です」
「はは、自分でそれを言うか。面白い男だと思えば、そうか……櫻田の。成る程……立派に育ったものだな」

院長の瞳には、ほんの一瞬だけ……懐かしさと、誇らしさが宿っていた。
いつしか、患者は集中治療室へと運ばれていった。院長は手術室に背を向け、金属の扉が閉ざされる。
駆動していた電子音は眠りにつき、室内はしんと静まり返った。

────『【繕結ぜんけつ】、【蘇脈そみゃく】、【培生ばいせい】、全部ダメですッ!!治るどころか悪化します!』

朝比奈の悲痛な叫びが、術後の彼等の脳内で反響していた。
魔法医療の適応にない患者。
何が、普通の患者と違うというのか。何が、起こっているというのか。
翠は地面に滴り落ちて完成した、紅の湖を睨んでいた。
これは、緋色の海に浮かぶ氷山の一角に過ぎないのだと、その海中には大きな問題が潜んでいるのだと────そう、確信めいた感情を抱いて。