ゑ/圓堂
2025-03-27 00:13:26
5946文字
Public 管理NO3250本丸
 

【刀剣乱舞】さにごぜTwitterログ03【創作男審神者×一文字則宗】

Twitterに文庫ページメーカーで上げた小話まとめさにごぜ編。2024年~直近に上げたものをまとめました。
則宗実装三周年記念小話『残香』
ポッキープリッツの日小話『管理NO3250本丸、11月11日の午後。』
則宗実装四周年記念小話『愛を尊ぶ声』
の四本立てです。


【愛を尊ぶ声】

——主よ、失礼するぞ」

一文字則宗が一声かけて、返事を待たぬまますいと目の前の障子戸を開けると、部屋全体を燻したかのような残り香が鼻を衝いた。決していい匂いだとは言えぬが、不快ではない——一文字則宗は、つい二週間ほど前に配属されることとなったこの管理NO.3250本丸の審神者の執務室について、そう胸の内で評している。
障子戸を開けた先には、重厚な造りの別珍張りの長椅子が畳の上に平然と設えられている。そこから右側の壁の方へ視線を転じると、揃いで仕上げられた大仰な机と回転椅子が、これまた畳の上に気を遣う素振りもなく壁向きに置かれている。椅子の上で背を向けていた男がのそりとした動作で振り返った。

「あーー……何だ?御前」

管理NO.3250本丸を率いる審神者であり、先日晴れて一文字則宗の主となったその男は、無愛想な声音とは裏腹に一文字則宗の顔をとろりとした半眼で眩しそうに見上げる。一文字則宗がこの本丸へと派遣された翌日から、男はずっとこの調子である。一文字則宗の聞きかじった情報によれば、どうやらこの男は創作上の刀剣である『沖田総司の菊一文字』に並々ならぬ憧れを抱いて審神者となったらしい。ならば己を見遣る視線に籠る感情も頷ける——一文字則宗はそう理解している。
しかし、一文字則宗は渋面を作って己が主へと食って掛かった。

「おい、好い加減その肩が凝りそうな呼び方をやめろ。お前さんは僕の主なのだからそんな風に呼ぶ必要は無かろうに」
「別に、好きに呼ばせろよ。何か不都合なことでもあるのかよ」
「大ありだ。僕はそう呼ばれるのが何よりも苦手なんだ」

一文字則宗は主の方へとずかずか突き進むと、彼の眼前に仁王立ちとなり、右の人差し指を強く突き付けた。主は回転椅子の上で小さく仰け反り、それからあからさまに面倒臭そうな表情を作って一文字則宗へと寄越す。その様相から察するに、どうやら一文字則宗の主張を呑む気はないらしい。
一文字則宗のことを本丸内で『御前』と呼び始めたのは、同じ福岡一文字派の刀剣男士である日光一文字と、その舎弟を自負する南泉一文字が筆頭である。彼らにとっては一派の祖にあたる一文字則宗はそのような位置付けと認識されているようで、そのことについて一文字則宗自身も理解している。かつては彼らを束ねる存在であったということになっている——しかし、もうそれは過去のことであり、刀剣男士として顕現した今は、審神者のもとで己が力を行使する兵士に過ぎぬ——一文字則宗はそうとも考えている。
今や一文字一家内での『御前』や『ご隠居』などの呼び名は既に他の男士らにも浸透し、既に三分の一ほどが一文字則宗をそのように呼んでいるが、それらについて一文字則宗が彼らを咎めるようなことを口にすることはない。ただ単に愛着を込めてそう呼んでいる——人間でいうところの渾名なのだと一文字則宗は捉えている。
しかし——

(どうにも、この男からそのように呼ばれるのだけは気に食わん)

一文字則宗の中にはどうにも譲り難い想いがあった。
理由を説明しろと言われれば、先程彼自身にそう告げたように「主という立場である審神者が一介の刀剣男士をそんな風に呼ぶな」が最も妥当であると一文字則宗自身は考えているが、実際のところそんなものはただの詭弁である——一文字則宗自身が誰よりも解っている。故に。

「大般若のおじさんや次郎だってそう呼んでるじゃねぇか。あっちには抗議したのかよ」
「それとこれとは話が違う」
「どう違うんだよ」

主からそう切り返されると、一文字則宗は途端に返答に窮する羽目になる。実際、審神者である彼が一文字則宗をどう呼び表そうが、それは彼自身の勝手である。『御前』と呼んではならぬという決まりなど何処にもない。ただ、一文字則宗の胸の内に垂れ込める仄かな厭悪が頑なに拒絶しているだけなのだ。

——お前さんこそ、どうしてその呼び名にこだわる?」

一文字則宗は反対に問い返した。主の問いをはぐらかす目的もあったが、単純にもし彼の中で明確な理由があるのであれば、それは是非とも知りたい——そのような思惑も一文字則宗にはあった。
主は手入れの悪いぼさぼさした前髪を無為に掻き上げ、その手でそのまま無造作に一つに纏めた髪全体を掻き混ぜた。顎や口元に無精髭を散りばめた顔が、何処かばつの悪そうな表情を作る。人間でいえばもう充分に大人と呼んで差し支えない年齢であるようだが、その仕草は何処か子供じみている——一文字則宗の鳩尾の奥が、訳もなくじわりと熱くなった。

……俺の中じゃ、あんたは則宗っつうより、一文字なんだよ」
「かの天才少年剣士が振るった金一万両の名刀か?」
……

主は視線を落とし、押し黙る。一文字則宗にはその胸中が手に取るように判る。『沖田総司の愛刀・菊一文字』は顕現不可と一度公的機関より正式に発表されている故、一文字則宗なる刀剣男士をそれだと認めることが主にはとてつもなく難しいことなのだ。
しかし——一文字則宗は表情を緩め、穏やかな笑みを作った。そして自らの纏う戦装束にあしらわれた菊の花々を指し示す。

「言っただろう、これは僕への愛の証だと。それをお前さんが肯定せずしてどうする?——それとも、僕ではお前さんの憧れとしては不足かい?」

その言葉に主ははたと面を上げ、一文字則宗の顔をやっと真正面から明瞭と見詰めた。普段は覇気のない半眼に、命の躍動のような精悍な光が宿っている。一文字則宗の奥底に再び騒騒と言いようのない熱がさざめき立つ。
暫しふたりは視線を交わらせ、そして先に主が折れた。再びばつの悪そうな顔に戻り、露骨に目を逸らす。

「そうじゃないけどよ……もう少し時間をくれよ」
「うははは、結構結構。お前さんのその青臭さ、僕は何よりも気に入っているぞ」

一文字則宗が軽妙に笑い声を上げ揶揄すると、今度は主がじとりと渋面を作って一文字則宗を睨み上げた——




————つうわけで、……おい、聞いてんのか?」

過去の回想に浸っていた一文字則宗の意識が現実時間に収束する。目の前で相変わらず覇気のない目を己に向けている主は、しかしあの日よりも少しばかり凛々しい顔立ちをしているように一文字則宗は思えた。眩しそうに一文字則宗を見詰める癖は変わらぬが、その瞳の色には一つの意思が見て取れる。伸ばしっぱなしの髪に無精髭、冴えない風体、執務室に染み付いた紫煙の残滓——変わらぬ情景が見せた在りし日の記憶は、あれから数年の歳月を経て変化したものをより一層浮き立たせていた。

……ああ、勿論だとも。——ところで主よ、ちと僕の名を呼んでみてはくれんか」
「はぁ?何だよ急に」
「いいじゃないか、減るもんでもないだろう。この僕が、愛する主に名を呼ばれたいと乞うているのだ。素直に聞いてくれても——

ああ、解った解った——主は一文字則宗のあけすけな惚気を身振り手振りも交えて遮った。埋もれるように腰掛けていた回転椅子から主が立ち上がる。ぎ、と椅子が悲鳴を上げる。
一文字則宗は主がそうするままに、彼の腕に、胸に、素直に抱かれた。



耳に直接吹き込まれる愛の名に、一文字則宗は暫しうっとりと目を閉じた。