出版社のカフェテリアで初めて対面した新進気鋭のライトノベル作家は、有名なスポーツブランドのキャップを被った快活そうな青年だった。まだあどけない顔の作りと、ニキビの多い若い肌が、高校一年生を終えたばかりだという彼の身分を証明している。
津釣 は名刺をテーブルの上に差し出して、軽く会釈した。会社員が物珍しいのか、オフィスカジュアルのジャケット姿に見入っていた彼が、浅い会釈と共にそれを手に取る。青年は、小さな声で「本物だ」と呟いて、はにかむように目を細めた。
その、初々しい反応に無言で頷いて口火を切る。
「本日はご足労いただきありがとうございます。Webノベル編集部の津釣と申します」
「初めまして。行方 ……、ゆくえです」
言い淀んだのは、筆名と本名が異なるからだろう。インターネットに作品を投稿している者には珍しくもない。彼が名乗ったのは、インターネットで公開されている筆名の方だ。窺うような視線をスルーし、津釣は「よろしくお願いします」と頷いて、ビジネスバッグの中から書類を取り出した。契約関係の書類などのまとまったファイルを彼に差し出して、ゆっくりと推し量るように言葉を押し出す。
「ゆくえ先生を今回お呼び立てしたのは、事前にメールでお知らせしたとおり、うちでのデビューをお考えいただきたいからです」
その言葉に、彼が硬い動作で頷いた。書類の入ったファイルを受け取って、行方が中身を検 める。彼はざっと書類に目を通しながら、「デビューさせてもらえるなら、俺としては嬉しいです」と応じた。
「投稿してるシリーズを書籍化してもらえるんですよね? それ、すげぇ嬉しいんで、俺としては前向きに考えてます」
この書類にサインすればいいんですか、とあまりにも無防備に笑う彼を見つめて、津釣はわずかに眉根を寄せた。机上に置いた手を小さく丸めて、大量の紙を扱って乾いた手のひらに爪を立てる。かさついた指先の感触に意識を留めながら、津釣は「ゆくえ先生、」と目の前の新人作家に声をかけた。
「書籍化をするということは、先生の作品がこれまで以上に多くの方の目に触れるということです。……そうすれば当然、先生の作品に対して否定的な意見を持つ方の目に留まる確率も上がります」
だからよく考えてほしい、と続けるつもりだった言葉に重ねて、行方が「俺、」と声を上げた。こちらを見つめる眼差しは明るく、――この先に待ち受けるかもしれない苦難など歯牙にもかけていない。彼は穏やかに口角を持ち上げて、言葉を続けた。
「アンチコメントとか、貰ったことないんですよね。やっぱああいうの貰う人って、それだけたくさんの人に見てもらえる高みにいるわけじゃないですか。それ考えると、俺なんてまだまだ無名なんだなって思わされます」
彼の言葉に反応出来ない。戸惑いながら話の行方 を窺っていれば、行方 は笑みを浮かべたままでわずかに目を細めた。獰猛な野心を感じる大笑と共に、彼が宣う。
「石を投げられる覚悟なんて、ネットに投稿し始めた時点で決めてますよ。あとは、的になるほど目立つ高さまでのぼるだけです」
石を投げられることを栄誉のように言い切るその姿に、強がるような震えはなかった。それはすべからく、人の目に留まるものが払う代償なのだと、行方は覚悟を決めた顔で微笑んでいる。
その眩さに目を奪われてしまったから、この子をその高みへと連れていくのは自分の使命なのだと誤認した。
津釣は丸めたこぶしをぎゅっと握って、強く顎を引いた。
「分かりました。……それなら僕は、担当編集としてあなたをその高みまで連れて行きます」
昇れ、明星。
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