Isa
2025-03-22 16:27:24
10103文字
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寄りかかる

ED後のトゥルシスのつもりだったもの(途中までしかない)
・アナザーシスルのユニストと矛盾
・すれ違い話のつもりだったものの、仲直りまで書けずに力尽きた
・故にあんまり楽しくない話
誠に申し訳ないのですが、特大矛盾のせいでモチベが地に落ちてしまったため、このあとの展開は各自で脳内補完お願いします。
正直言うと多分ここまでが一番書きたい場面なんだよね(最悪性癖の懺悔)


 雫の国に行きたいんだ、と話すトゥルータは、目の下に隈を作って、それなのに生き生きとした目をしていた。
……雫の国に?」
「ああ。親父を助けてくれたやつに心当たりがあって。お礼を言いに行きたいんだ。もちろん、今すぐってわけにはいかないけど、もう少しいろんなことが落ち着いてから……
 いつか、こんな話が出てくるだろうと思っていた。トゥルータは優しい人だから。シスルは息が詰まるような苦しさを感じた。浅くなる呼吸を隠しながら、どうにかトゥルータの気を逸せないかと、思考を回す。
 雫の国に永遠に降り続くかと思われた雨は止み、世界各地からの協力は絶え間なく届けられ続けている。
 カンパネリアもそうだし、技術的な協力といった形のないものも、そうだ。エルシアムからも人々の心を癒すための娯楽が提供されている──無論、平和な未来へ向けた投資の意味もあるだろうが。
 その中には、お菓子の国からの一定量の食糧輸出も含まれていた。お菓子の国の各ワールドを治める王族たちは、特別な力を持っている。自身の力に応じて、お菓子を作り出す魔法が使えるというものだ。
 使い過ぎると当人に跳ね返る危険があるため、調整しながらにはなるが、やはりこの力と環境の性質上、お菓子の国から輸出する雫の国への贈り物は、食糧が一番に挙がる。
 バター・ワールドは、最近まで国土に対する異形の地の割合が最も高かったこともあり、他ワールドに比べて負担が少ない。だが、その立場に甘んじていられないのが、トゥルータという人だった。
 感謝を伝えたいというのも、嘘ではないだろう。しかし、トゥルータの力は、人が命を繋ぐために必要不可欠なものを提供できる。多くの人を助けたいと願い、そのために行動するトゥルータにとって、受け継いだ王族の力はさぞ魅力的なものだろう。
 お菓子の国に生まれた人間以外は、お菓子だけでは必要な栄養素を得ることができない。けれど、これまで満足な食事を取ることができず、飢えていくことしか許されなかった人々の命を繋ぐ手段としては有効なものだ。
 しかも、それが父親を助けた雫の国の人間の願いであるのならば、トゥルータは余計に現地へ行きたいと望む。シスルにしてみれば、彼とはそれなりに長い付き合いだ。そのくらいのことは予想がつく。
 トゥルータは、すぐに無茶をする。倒れるまで働いているわけではないし、命を投げ出すような真似はしない。とはいえ、自分の限界を把握した上で、ギリギリまで動いていたかと思うと、糸が切れたようにベッドに倒れ込んで眠りにつく姿を見ていると、どうしても不安になる。
 あとこれだけ、明日はちゃんと休むから、と他者を説得するときのトゥルータは、苦しそうには見えない。やりたいことをやっているから、充実感や達成感に満たされているおかげで、蓄積されているはずの疲労を感じていないのだろう。
 トゥルータのやりたいことを邪魔したいわけではない。が、そんな状態が続きすぎると問題だ。シスルは強引にトゥルータの目を奪い、あるいは我儘を口にして、仕事から引き剥がす役目を担っているようなものだ。
……その時はワタシも一緒に行く。でもトゥルータ、それはまだ先の話でしょ? 食糧の提供って形で、協力はちゃんとしてるんだから、焦る必要ないよ」
「でも、実際現地に行くとしたら、具体的にどういう援助が要るのか、どれくらいの規模で動くべきなのか下調べしておかなきゃいけないし、安全確保の手段も必要だろ。雫の国にしかいないモンスターのこともちゃんと知っておきたいし。だから、準備には早めに取り掛かっておきたくて」
 目を輝かせんばかりにずっと先のことを口にする姿に、心臓が嫌な音を立てる。トゥルータはきっと、雫の国の苦しい現状を目にすれば、その力を使うだろう。あと少し、もう少し、あの子にも、その人にも、と言って。
 そんなことにはさせない。ならない。トゥルータの周りには自分だけではない、彼を大事に思う人がたくさんいるのだ。絶対に、彼自身を犠牲にさせるようなことは起こらない。
(でも……
 シスルは震えそうになる手を背中に隠して、唇を引き結んだ。雫の国の現状に関する報告書類を捲るトゥルータの手は、いつもの彼の手だ。
 あの日よりも少しだけ頼もしくなった、けれど武器よりも、書類とお菓子と、それから誰かの手を支えている時間の方がうんと長い、優しい手のひら。
 失われては、生きてはいけない。
「うん……、わかったから。ね、トゥルータ、今日はもう寝なよ。明日も朝早いって言ってたでしょ? 鏡は見た? ほら、目の下。みんなの前に出る王子様が疲れた顔してちゃ、安心できないよ」
「う……。そ、そうだな。わかった」
 トゥルータがその紙束を手放して、こちらを向いたので、シスルはようやく安堵のため息を吐いた。自分自身の疲れにも焦りにも無自覚なのは、トゥルータの悪癖だ。これでも以前よりはずっと改善されてきてはいるのだが。
「ごめんな、シスル」
 苦笑いを浮かべるトゥルータにおやすみと挨拶をして部屋を出た。開けた空間は狭い部屋に比べると温度が下がる。少しだけ肌寒い空気が漂う、長い廊下を歩く道中、ふと近頃のことを考えた。
 最近、トゥルータとゆっくり喋る時間さえ取れていない。ずっと働き詰めで、携帯菓子ばかりで食事を済ませているとも聞いた。外へ視察に行くのであれば護衛として着いて行けるが、ここ暫くはそういった用事もない。
 全て、雫の国に向かう手筈を整えるため、なのだろうか。
 そうだとしたら、時期尚早だ。カンパネリアがあるとはいえ、復興はまだごく一部の地域に留まっている。モンスターの脅威が完全に取り除かれたわけではないし、場合によっては、トゥルータが望む望まざるにかかわらず、その力を良いように使われるということも考えられるだろう。
 少なくとも、今ではない。トゥルータは今すぐではないと言ったが、シスルが思うほどに遠い話をしているわけではないように思えた。この話はまだ誰にもしていないのだろう。もししていれば、それは焦りすぎだと誰かが止めているはずだ。一番最初に、自分に話をしてくれたのだろう。
 シスルは辿り着いた自室の扉を閉めて、その場に座り込んだ。
 どうしよう。どうすれば諦めてくれるだろう。いっそ自分から他の誰かに話してしまおうか。いや、それはできない。トゥルータから向けられる信頼を裏切りたいわけではない。
 心配せずとも、近いうちに皆に相談するつもりだろうから、その時に皆がこぞってトゥルータを止めるはずだ。わざわざ今、自分が考えなければならないことではないようにも思う。
 しかし一度ざわざわと荒れ始めた心は、一向に落ち着いてはくれなかった。力を使いすぎたトゥルータが倒れたときのことを、昨日のことのように思い出せる。
 あの時のシスルには、当てにできる手段があった。とはいえあれは尋常ではない手段だ。何度も機会が巡ってくるものではないし、そもそもそうせざるを得ないような無茶を、トゥルータに何度も経験してほしくもない。
 シスルはふらりと立ち上がって、窓際に近付いた。棚の上にある鉢植えの中には、故郷で貰った花が元気に咲いている。数日前にようやく開いたものだ。そう何日もは保たないので、早めに声を掛けようと思っていたのに。
 まだ、トゥルータに見せられていない。
 花の香りに心癒されることを期待したが、上手くいかない時は全ての歯車が噛み合わないものだ。シスルは目を落とした。
 引き出しが少しだけ開いている。芸に使う小道具を片付けている場所だった。明日はどれを持って行くのだったかと考えを巡らせた瞬間、いつもは強く意識しない、そのバッジが目に入った。
 その時思い付いたことを、実行に移せてしまった理由を、誰にも説明できない。
 行き先と、数日で戻る旨を書き置きに残しておく。シスルの部屋に駆けつけたトゥルータを、この花が歓迎してくれるだろう。
 シスルはバッジを手に取った。迷いだらけだった。それでも、部屋を後にした。