Isa
2025-03-22 16:27:24
10103文字
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寄りかかる

ED後のトゥルシスのつもりだったもの(途中までしかない)
・アナザーシスルのユニストと矛盾
・すれ違い話のつもりだったものの、仲直りまで書けずに力尽きた
・故にあんまり楽しくない話
誠に申し訳ないのですが、特大矛盾のせいでモチベが地に落ちてしまったため、このあとの展開は各自で脳内補完お願いします。
正直言うと多分ここまでが一番書きたい場面なんだよね(最悪性癖の懺悔)

「何やってんだろ、ボク……
 雲ひとつない快晴との境界線まで、一面に広がる穏やかな青を眺めながら、シスルは海に向かって深いため息を吐いた。
 甲板を走り回る子らには目もくれず、船縁に組んだ腕を置いて頭を乗せる。興味津々に船を見上げている水棲モンスターや、魚を狙いに海面近くまでやってきた鴎の姿をぼんやりと視界に映してはいたが、見てはいなかった。
 シスルが乗船した船の目的地は、ホテル・エルシアム。世界唯一にして無二の娯楽施設を謳い、その称号に相応しい時間を過ごすことができる至高の地だ。
 この船に乗っている人々の反応は様々だが、共通していることがひとつあった。それは、ほとんどの者が、常夏の海に浮かぶ島での時間をとても楽しみにしているということだ。
 既にエルシアムを訪れたことがある者は、以前の思い出を同行者と語り合ったり、今回は何をして過ごすかを話し合ったりしていて、その表情は今日の天候のように明るい。
 反対に、未知の楽しみを前にして落ち着かない様子を見せる者もいた。だが彼らも、これから向かう場所の評判を聞いてこの船に乗っている。その表情に期待があることは言うまでもない。
 そんな人々とモンスターたちの雰囲気から外れてひとり、シスルだけが、浮かない顔をしていた。相棒モンスターと戯れる誰かの騒ぎ声も、子供たちを嗜める大人の苦笑混じりの注意も、シスルの耳には一切入っていなかった。
 潮の匂いがする。久しぶりに嗅いだその匂いは、シスルの鼻の奥をつんと刺激した。


 一時こそ訪問客が激減していたが、エルシアムの集客力は凄まじく、今や宿泊予約はおろか、エルシアム行きの船に乗ることも難しいという状況まで持ち直していた。
 そんな中、何の事前連絡も入れていなかったシスルが船に乗ることができたのは、エルシアムオーナーより直々に手渡された、特任スタッフ証のおかげだった。
 シスルはスカウトマンを兼任するエルシアムの経営者から、顔を合わせる度に勧誘を受けていた。お菓子の国の一角、小さなワールドの王城に留めておくにはもったいないと、大袈裟な身振り手振りを交えて口説かれる気分は悪くない。特に、一方的にあの男のことを知っている身としては、何やら面映いような、気まずいような、けれど誇らしいような、そんな奇妙な心地だってする。
 それでも、禁術を使う前からシスルの心は決まっていた。自分の居場所は、トゥルータの隣でしかあり得ない。
 たとえ、世界中の多くの人々が、シスルというひとりの芸人のためにエルシアムを訪れてくれるとしても。自分自身のことを認めて、特別にしてくれる、一流の人々から愛を受け取り、その愛を返すことができるのだとしても。
 それでも、彼に見てもらえないのであれば、満たされない。
 トゥルータはバター・ワールドの王子だ。彼自身がそうありたいと望み、それは現実になった。彼が国を離れることは、彼と彼を囲む人々にとって、もはや容易な望みではない。彼のこれからの時間の多くは、王子として、彼が愛するワールドと、そこに住まう民のために捧げられるだろう。
 もしシスルがエルシアムを居場所に選んだなら、トゥルータとは頻繁に会えなくなる。舞台上で光を浴び続けるためには、自分の全てを捧げる覚悟で挑まなくてはならない。生半可な道ではないというのはよく知っていた。思い知らされた。
 多くの優れた技量を持つ他者と切磋琢磨する、厳しい世界で生きていく。そういう道もあったかもしれない。可能性でしか語らないのは、トゥルータと出会ってしまった以上、シスルがその道を選ぶ道は絶たれたからだ。
 スティーノスは、多くの一流と呼ばれる人間がそうであるように、諦めが悪い男だった。彼はシスルがエルシアムへの誘惑に頑として心揺らさないことを、何十回目かのスカウトにて悟ると、一方的に紙とペンとバッジを寄越した。
『それにサインしろ。返品は受け付けない。それはエルシアム非常勤スタッフとしての契約書だ。王子様が国を抜け出せる時にでも、そのバッジを持って、船に乗れ。お前のための舞台を用意してやる。ただし、その時に腕前が落ちていれば没収だ』
『ワタシが来なかったら?』
『いいや、お前は来る。絶対に』
 揺らめく翠炎のような瞳が細められ、見据えられたシスルはからかうような表情を消して黙った。
 見抜かれているのだ。あの大舞台で、太陽よりも強い光を浴び、多くの人々の拍手喝采を受け取る自分の姿を、一瞬でも夢見た、シスルの欲望を。
 結果、サイン入りの契約書と高そうなペンはスティーノスの元へ返され、輝くバッジはシスルの部屋にある棚の、上から二番目の引き出しに入っている。
 後日ニユロハスから話を聞くと、どうしてもシスルの才を逃したくなかったスティーノスが、ゲートキーパーから意見を募って編み出した、前例のない強行策だったらしい。
 この制度は、シスルを第零号として、後々エルシアムの就業形態に正式に組み込まれたという。滅茶苦茶だし、強欲だし、傲慢だよね、いつものことだけど……とは、その際のニユロハスの発言だ。
 流石に一国の王と王子から釘を刺されたのでは、諦めを知らない男も妥協せざるを得なかったらしい。スティーノスがワールドを訪れるたびに嫌な顔をしていたトゥルータのことを思い出して、シスルは苦笑いを浮かべた。

 一度だけ、王と民の計らいで、このバッジを使ってエルシアムに行ったことがある。もちろんトゥルータを伴って。
 禁術の効果で全てが無に帰したために、予定されていたシスルの単独での公演は、もちろんなかったことになった。新しい衣装も、考えていたパフォーマンスも、あの場所で日の目を見ることはもうないのだろうと思っていたのに、その機会は巡ってきた。
 シスルを見つけて、見てくれる人は、この世界にトゥルータだけではなくなっていたことに気付いた。あの日の公演で見た景色を、喝采を、そしてトゥルータの表情を、ずっと忘れないだろう。
 昔なら考えられなかったたくさんの歓声を受けても、シスルの気持ちはちっとも揺らがなかった。もちろん、その時はトゥルータのためだけに踊ったわけではなかったが、最前列に彼がいなければ、何の曇りも欠けもなく、晴れ晴れとした満足感を得ることはできなかったと思う。
 最高のパフォーマンスを発揮するために、条件を必要としてはならない。人を選んではいけない。私情を挟んではならない──理解はしている。けれどトゥルータは、芸人であるとかそういうことに関係なく、シスルの世界に欠けてはならない存在なのだ。
 だから、今、エルシアム行きの船に飛び乗ったシスルの隣にトゥルータがいないのは、それなりの異常事態であると言える。彼の元を一時と言えど望んで離れる日が来るなんて、考えたこともなかったし、考えたくもなかった。
 お菓子の国を離れて、船に乗るまでに、本当は何度も引き返そうと思った。そのタイミングはいくらでもあった。けれど、港町が見えて、船に乗り込む人々の笑い声がして、もうすぐ出航するという知らせが聞こえたとき、シスルは走り出していた。
 この状態で舞台に立てば、もしかするとこのバッジは没収されるかもしれない。それでも、あの場所に行きたかった。
 以前のシスルに無理矢理居場所を与えて、二度目も自分を見つけてくれた、あの人たちの元へ。