概要
中華BL小説を読むようになって、本国では規制されていること、作家が逮捕される事件が起こっていることなどを知りました。
とは言え、中華BL小説はなぜ規制されるのか、作家たちはどういう容疑で逮捕されたのか、ボーダーラインはどこなのか等が疑問のままになっていました。
先日、あらためてそのあたりを調べてみたところ、関連するニュース記事をいくつか見つけましたので、自分なりにまとめて考察してみたいと思います。
(私は中国語すら読めない日本住み日本育ち、中華BLを読むようになって日の浅いド素人ですので、以下の記述や考察は間違っている可能性があります。もしあったらご指摘下さい。)
1.はじめに
2024年、中国のネット小説界隈に衝撃が走りました。
ネット小説サイトである「海棠文学城」に作品を投稿していた作家50人以上が次々に逮捕されたからです。容疑は「わいせつ物の製作・流通による利益」でした。
「海棠文学城」はエロ特化で有名なサイトで、「エロ厳禁」である晋江文学城と対極にあるような存在です。(中国ではわいせつな物品の製作や展示が法律で禁止されている。)
「海棠文学城」は台湾の会社が運営するサイトであり、サーバーも台湾にあるため、中国のサイトとは違ってエロがOKなのです。
そこで、規制を受けたくない作家は「海棠」に寄稿することで棲み分けしていたようです。
私が着目したのはこちらの証言記事です。
小说「涉黄」被跨省抓捕后,一个海棠作者的自白
(小説が「わいせつ」で省を越えて逮捕された後、ある海棠作家の告白)
https://www.wenxuecity.com/news/2025/02/10/126006484.html
逮捕された作家の一人は「逮捕されたのは全く思いもよらないことだった」と、そして他の作家に警告した際に「欲をかいて私的に印刷して出版したのだろうと疑われた」と言っています。
ここからわかるのは、それ以前は「ネット上での(わいせつな)作品発表で罰せられることはないと一般に考えられていた」ということです。
では、それ以前に起こった事件では作家のどんな行動が違法とされたのでしょう。
中国の刑法:利益を目的としてわいせつ物品を製作、複製、出版、販売、流通した場合、軽ければ3年以下の懲役または拘留に処し、罰金を併科し、情状が重い場合は3年以上10年以下の懲役に処し、罰金を併科し、情状が特に重い場合は10年以上の懲役または無期懲役に処し、罰金を併科または財産没収をする。ネットワークを通じた共有、展示も流通に含まれます。中国最高法院が2004年に発表した司法解釈によると、閲覧回数が1万回を超えるか、収入が人民元1万元(約4.5万台湾ドル)以上で立件でき、クリック数が5万回以上または収入が5万元以上に達すると、3年以上10年以下の懲役の範囲で量刑され、閲覧回数が25万回以上または収益が25万元以上に達した場合、10年以上の懲役または無期懲役の範囲で量刑できる。
※出典(翻訳前):
https://www.wenxuecity.com/news/2024/12/21/125923451.html
2.年表
こちらはニュース記事をもとに作成した中華BL小説を巡る事件の年表です。
(2014年の事件の作者が書いていたのはBLではありませんが)
2014年 ①晋江に投稿していた恋愛小説家が逮捕
2017年 ②11月 天一同人本事件 作者が逮捕される
2018年 ②10月 天一同人本事件 判決
2019年 ③5月 晋江文学城が捜査され、その後サイトが「整理改善」される
④8月 墨香銅臭と見られる人物が「違法出版と納税回避」(わいせつ物製作・流通による利益事件)で勾留されたという噂が流れる
2020年 ④10月 墨香銅臭と見られる人物が違法経営罪の判決を受ける(詳細非公開)
2021年 10月 晋江文学城にて有名BL作品が次々と非公開化
2024年 6月 海棠文学城作家50人以上が摘発
12月 海棠文学城事件の判決が出る
ざっと各事件の概要を記します。
①2014年の事件
恋愛小説作家が、わいせつ物品販売による利益の罪で逮捕。わいせつな小説(BLではない)を私的に印刷し、無検閲の状態でタオバオ等で販売した。
②天一同人本事件
「天一」というペンネームの女性が、自分で書いた非常にわいせつな内容の小説を私的に出版して書籍化し、ネットを通じて販売。「わいせつ物の製作・販売による利益罪」の「情状が特に重い」ケースに該当し、一審で10年半の刑を言い渡された。
③晋江文学城が「お茶に招かれ」た※。
※「被“请喝茶”(お茶に招かれる)」・・・ネットスラングで「違法行為や犯罪の疑いで尋問や捜査のために召喚される」という意味。
捜査の後、多くの単語が自主検閲システムによって伏せ字にされ、いくつもの小説がロックされて閲覧不可となり、読者による通報システムが導入された。
自主検閲の対象は性的内容のみならず、暴力(「殺人」という単語もNG)、歴史に関すること等多岐に及ぶ。
④墨香銅臭と見られる人物の逮捕
「墨香銅臭」が「違法出版と納税回避」により刑事拘留されたとの噂。タオバオのネットショップ販売員と共謀してわいせつ書籍を製造・販売し、利益を得たとして逮捕された某が墨香銅臭ではないかとされた。
その後、ある人物への刑事判決が出る。この事件の詳細情報は非公開となっているため両者の関連は不明だが、この人物は「墨香銅臭」ではないかとされている。
3.海棠事件以前のボーダーライン
海棠事件以前の事件概要にはいずれも「私的に印刷」「私的に出版」「違法出版」といった文言が含まれており、「検閲を受けていない書籍を自費出版」していたということがわかります。
また、いずれの事件にも「わいせつ」という文言が含まれており、その2つが含まれたケースのみ個人が刑事罰の対象となっていたようです。
これらの事件からわかるのは、以下のことです。
・BLがすなわち違法なのではないこと=BL原作アニメ・ドラマの規制とは別に考える必要があること
・ネット小説に対する検閲は政府によるものではなく、プラットフォーム側の「自主規制」であり、年々強化されていること。その裏には当局の圧力があること。
・個人が罰せられるのは「わいせつ」な図書を「無検閲で販売」した場合のみだったこと
海棠事件以前のボーダーラインは「わいせつな図書を無検閲で販売」することであり、ネット上でのわいせつな作品発表で罰せられることはないという一般の認知に根拠があったことがわかります。
4.海棠事件の背景
では、なぜ海棠事件ではボーダーラインが変わったのでしょう。
その裏には中国掲載悪化に伴う営利法執行※、遠洋漁業※の問題があるようです。
※「“趋利执法”(営利法執行)」・・・法執行の名を借りて経済的利益を奪い、財産を没収することを意味します。これらの罰金や没収金は地方財政の肥やしに使われた後、一定の割合で事件処理資金の名目で返還され、法執行機関が利益を得ることになる。中国経済悪化とともに増加して社会問題化している。
※「远洋捕捞(遠洋漁業)」・・・一部の地方政府が財政困難のため、異なる地域での法執行を通じて、比較的裕福な地域の民間企業に対して差し押さえを行うこと。中国経済悪化とともに増加して社会問題化している。
つまり、中国経済の悪化に伴い、BL作家たちは「省を越えて」「法執行機関の利益のために」生贄にされたのではないかという見方があるのです。
彼女たちは保釈や刑期の短縮のため最低でも「違法に得た」利益の2倍、最大で6倍の金額を払う必要がありました。
営利法執行や”遠洋漁業”は今までは大企業が対象となっていましたが、今回の事件では個人が対象とされたのも特筆すべき点だそうです。
いずれのニュース記事にも(治外法権を無視して)台湾での発表がなぜ中国国内で違法になるのかという点には言及がありませんでしたが、中国は台湾の独立を認めていないので単に「省を越えて」といった捉え方をされているのだと思います。
余談ではありますが、BL作家たちは莫大な罰金を払うためにこれまでの執筆で得た利益をすべて返還し、手当たり次第に借金し、それでも払いきれずに収監された人もいます。
また、その中には病気で働けない人や貧しい出身の人も含まれているそうです。
5.まとめ
以上のことから、必ずしも「規制が強化された」とは言いきれない部分もありますが、BL作家たちは更に慎重さを求められるようになる新フェーズに入ったのではないでしょうか。
台湾の特殊性を考えると、アメリカのプラットフォームや日本のプラットフォームで発表する分には処罰されない可能性もありますが、すすんで危険を冒したい人はいないですよね。
この件を調べる前は「規制のないBLを読みたい」と思っていましたが、事態の深刻さを理解しました。
今後の動向を注視する必要がありますし、これ以上作家が犠牲にならないことを祈るばかりです。
6.参考
天一同人本事件
https://zh.wikipedia.org/zh-cn/%E5%A4%A9%E4%B8%80%E5%90%8C%E4%BA%BA%E6%9C%AC%E4%BA%8B%E4%BB%B6
以下、記事のタイムスタンプの新→古順。
(タイトルの日本語訳は私がつけたもの)
小说「涉黄」被跨省抓捕后,一个海棠作者的自白
(小説が「わいせつ」で省を越えて逮捕された後、ある海棠作家の告白)
https://www.wenxuecity.com/news/2025/02/10/126006484.html
浙江消保委约谈晋江文学城,“远洋捕捞”还是合法维权?律师释疑
(浙江消費者保護委員会が晋江文学城を呼び出し面談、「遠洋漁業」か合法的権利保護か?弁護士が解説)
https://www.yicai.com/news/102416922.html
“远洋捕捞”的网,撒向了一群女性作者
(「遠洋漁業」の網が一群の女性作家に向けて投げられた)
https://www.wenxuecity.com/news/2024/12/21/125923764.html
中国“远洋捕捞”掀文字狱 逾50耽美作家遭跨省抓捕
(中国「遠洋漁業」が言論弾圧を引き起こす 50人以上のBL作家が省をまたいだ逮捕に)
https://www.wenxuecity.com/news/2024/12/21/125923451.html
海棠作者被捕,耽美创作频繁涉刑出路何在?
(「海棠」作家が逮捕される、BL創作が刑事事件に頻繁に関わる中、出口はどこに?)
https://www.wenxuecity.com/news/2024/12/19/125921506.html
中国审查系统20年 网络小说作者:有红线不可怕,但...
(中国の検閲システム20年 ネット小説作家:レッドラインは怖くないが...)
https://www.wenxuecity.com/news/2023/02/12/12139130.html
《陈情令》原著作者墨香铜臭一审刑事案判决
(『陳情令』原作者・墨香銅臭の一審刑事判決)
https://www.wenxuecity.com/news/2020/11/10/ent-198991.html
女子写淫秽小说被判10年半二审 接下来的事令人诧异
(女性がわいせつ小説を書いて10年半の判決、二審 その後の展開に驚き)
https://www.wenxuecity.com/news/2018/12/19/7926465.html
次ページに各記事の日本語訳を掲載します。
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