【マウモア】終わらない夢【タマモア】

モア海2の世界観で煌めく大蟹が無垢な勇者を特等席に招待する話~動揺する半神半人英雄を添えて~
映画ネタバレ独自解釈捏造要素有。





 降り注ぐ礫の雨をも凌ぐ速度で空中で鷹に姿を変えたマウイが不気味に体を発光させ嘲笑うタマトアとの距離を詰めた。腹の中で煮えたぎる灼熱の溶岩とは裏腹に思考は恐ろしく冷め、岩石を払い砕く巨鋏から視線を逸らさずに旋回し隙を窺い続けた。
 「二人きりじゃ無けりゃ喋れないか? シャイなマウイちゃん」
 モアナを挟んでいない巨鋏で粗方礫を払い除け挑発するタマトアを睥睨する猛禽類の顔は凪いており、その鷹の目は獲物を狙う狩人そのものだった。タマトアの攻撃が届かない高度を保ち、あれだけ固執していた輝きを無くした土と砂塗れの甲羅、人質だとしても後生大事に石礫から守っているモアナの金色に輝く左腕とオールに思考を巡らせる間もなく浮上する仮説にマウイは鼻で嗤う。
 「俺に飽きたってか浮気性め」
 「とんでもないっ。いつ俺がお前のタトゥーに飽きたって?」
 酷薄に吐き捨てるマウイの言葉にタマトアは大袈裟に鋏を飛び出している目玉に翳し一瞬鷹の目を遮った。遮る寸前、砂粒を垂らす岩の牙に走る亀裂を目敏く見つけ、一向に距離を縮めないマウイの軌道が真下へ来るよう鉄脚を動かした。
 瞬時にタマトアの企みを察したモアナがマウイに知らせるべく口を開けるも肺が破裂しない程度に押され潰されてしまい声らしき声が発せられない。掠れた呻き声とオールで懸命に空を舞うマウイに知らせようとしたが、彼女の動きに合わせたタマトアが鋏と巨体を使い疎通を阻む。
 モアナの頑張りも虚しく丁度鷹が落ち掛けている岩の下を潜るのに合わせタマトアが岩壁を目玉に翳していた鋏で殴れば、彼が思い描いていた通り天井にぶら下がっていた岩が崩れ落ち大鷹のマウイ目掛け落下を始めた。
 されど、浅はかな考えなぞお見通しだと云わんばかりに大鷹が翼を大きく羽ばたかせ岩の影一歩手前で急停止する様に安堵していたモアナの眼前に勢いよく岩肌が押し迫った。単純明快、マウイが避けるのを分かった上で落下する岩にタマトアがモアナを挟んでいる鋏を彼女ごと当てる気で突き出したからだ。
 咄嗟に両腕を顔の前で交差させるモアナに急旋回した大鷹が変身を解き釣り針を振りかぶり──、飛び込んできたマウイを待ち構えていたもう片方の鋏を巨岩ごとマウイは釣り針で弾き飛ばした。
 「嗚呼、友よ。お前なら俺の性分を知っている筈だ」
 捕まえ損ねた巨鋏を軽く振るい、釣り針を構え地面に立つマウイを見下ろすタマトアの双眸が邪悪に眇められる。
 「俺は貪欲な魔物だと」
 岩との正面衝突を免れるも石や土埃を被ってしまったモアナの豊かな髪を鋏で器用に払い、うっとりとした表情で彼女の脆弱で酷く輝いている金色を恭しく欠けた鉄脚の切っ先でなぞった。忽ち腕を引っ込めるモアナに嗤い、今度こそマウイの逆鱗を撫でたであろうと自在に動くタマトアの目が半神半人の英雄様を見下ろす。
 「勿論。長い付き合いだ反吐が出るくらい知ってる」
 剣呑な眼差しであるものの屈強な筋肉の鎧が激情に支配されていない様子に若干の肩透かしを食らう。
 いよいよもってモアナの体がどれほど頑丈なのかマウイの前でも試そうかなんてタマトアが思案しかけた矢先、固い岩が砕ける音が洞窟内に響き渡った。
 「タマトア、取引だ」
 握っていた釣り針を立て持ち手から手を離したマウイが険しい表情を崩さずに話し続ける。
 「俺の釣り針をやる。だからモアナを離せ」
 「マウイッ! だめ、ぐっだ、め……ッ」
 まさかの取引にタマトアの目が驚嘆で丸まったのは言うまでもない。取引を止めさせたくて声を張り上げかけたモアナの腹を少しばかりスリムにさせつつマウイの言動を値踏みする。麗しく健気な自己犠牲にしてはお粗末すぎる提案。見え透いた罠以外の何物でもない。
 「何を企んでいる
 「何も。俺はモアナを解放してくれればそれで構わない」
 弱気に彩られた目付きや懇願の一つや二つあって然るべき状況だろうに、決して屈しない強い眼差しをタマトアに向けたままマウイが後退る。
 「ほら如何した。釣り針が無けりゃ何も出来ない俺が怖いのか?」
 傲慢不遜で挑発的な態度。大仰に両手を広げ肩を竦めるマウイにタマトアの鋏が彼の奥を差し促す。

 「もっと釣り針から離れろ」

 と。十二分離れたマウイと釣り針の距離を見定める。
 例え全速力でマウイが釣り針を取りに来ようとも余裕で先に奪える距離に堪らずタマトアはほくそ笑む。
 腹の底で釣り針を奪い、モアナを甲羅に飾り、マウイを痛めつけ食らう愉しみを早く味わいたい。
 刹那、逸る気持ちを抑えきれず伸ばした鋏の横をすり抜けた青白い閃光がタマトアの右目にその丈夫で頑丈な身をぶち当てた。
 「があああああっっっ!!!」
 激痛が走り叫び右目を庇いよろめくタマトアの左目に映るマウイの足元から伸びるタトゥーと同じ空色の縄。釣り針の柄の部分に捲かれている縄に神力を注ぎ込み遠隔で釣り針を操る芸当を隠し持っていた友にタマトアが奥歯を噛み締めた。
 「お前にくれてやるものか。釣り針も、」
 マウイは足元にあった縄を掴み神力をさらに注ぎ込み鞭のように撓らせ鉄脚たちを次々に釣り針で薙ぎ払い巨体の体勢を崩していく。
 「モアナもな」
 轟音を響かせひっくり返ったタマトアに距離を詰めモアナを挟んで離さない巨鋏をマウイは力尽くで押し開け彼女の身を抱えた。多少腹部に痕が残っているも内臓や骨に異常は見られない。モアナにだけ険しい表情を一旦緩め数度背中を撫でた後、マウイの顔から表情が消え無言のまま起き上がろうと藻掻いているタマトアの下へ歩を進め──。
 何の躊躇なくタマトアの巨体を酸の海に突き飛ばした。
 「あああああっ?! 熱いっ熱イッ!! 俺の、俺の甲羅が溶けて!!?」
 鼻につく生き物が焼け溶ける臭い。悲鳴と淡く光る水色の飛沫が洞窟内に広がっていくのをマウイは無感情な顔を崩さずにモアナに降り掛かる酸を釣り針で弾き飛ばす。
 ひっくり返った状態で酸の海から脱出するため藻掻けば藻掻くほど酸を被るタマトアの痛々しい絶叫がモアナの体を突き動かした。
 後方から制止する声を振り切って酸の飛沫が髪を溶かすのも構わずにオールを強く握り締め振りかぶる姿は奇しくもマウイが骸たちの海を割り道を作った時と酷似していた。左腕から煌めく金色がオールの先端まで行渡ったのを見計らい、モアナは全力でオールを振り抜き海底に沈みかけていたタマトアから酸を押し退けた。



 爛れた体を引き摺り自力で岸に上がったタマトアは、膝を折り心配げな眼差しを送るモアナに力無くそして皮肉たっぷりに呟いた。
 「はっ俺もそこにいるデミゴッドと同じだぜ……。助けてなんになる、同情か?」
 モアナの取った行動を咎めやしないが理解に苦しむマウイが彼女に掛ける言葉を選び悩む姿を見たタマトアの目が地面を這う。
 「分からない分からないけど、これは良くないって思ったの」
 モアナは、タマトアよりも弱々しい声量で心の中に散らばっている想いを拾い言葉に変えた。硬くて自慢の甲羅から立ちのぼっていた白煙の尾が消え始め、濁り出すタマトアの双眸に眉を下げたモアナが静かに腰を上げた。
 「またやりましょ。今度は負けないんだから」
 「あんたじゃ一生俺には勝てないさ」
 「どうかな? 筋トレ欠かさずやってムキムキになってるかもよ?」
 「そいつは楽しみだな。ほら、もう行けよ。あんまりここで時間潰してんとナロに気付かれるぜ?」
 よく言う、とマウイのぼやきを聞かなかった事にして目を瞑るタマトアの耳が小さな音を拾い、開けるのも億劫な瞼を微かに開ければ白く七色に光る二枚貝の石が置かれていた。
 「なんだこれ」
 「拾った」
 「・・・もっと詳しい説明所望しても?」
 マウイが呆れ混じりの顔を撫で「手短に」と促すのを確認したモアナは膝を揃えタマトアの前でしゃがみ込んだ。
 「ここに来るまでに訪れた島で見つけたの。二枚貝なのに触れた感触が石にそっくりで、日に翳すと今よりももっと輝いて綺麗なのよ。あなたの背中にあったキラキラのピカピカに私はならないけど代わりにこれを飾ってみて」
 「俺の趣味じゃない」
 「たまにはいいんじゃない」
 梃子でも動かぬ引かぬを貫くモアナに助け舟を友に要請するも一瞥した目線が悉く「諦めろ」と雄弁に物語る。
 しまいには要らぬ気遣いでモアナが二枚貝を両手で包み込み僅かばかりの神力を注ぎ金色に光らせる始末。おい、新人半神の教育はどうなってんだ。魔物の身であれど、おいそれと神力を宿らせたものを分け与えるのは御法度だろうが。
 乳白色の石が金糸を纏いその輝きを強めたのを見下ろすモアナの顔は完全にいい仕事をしたと随分誇らしげなものであった。
 そんな弟子の後ろで目元を掌で覆い頭を振るう気苦労絶えない師匠にタマトアは若干憐れみの目で見遣り、ナロに立ち向かっていく二人の背中を気だるげに見送った。

 「小娘を飾り損ね友を喰い損ね、自慢の甲羅はこの有様。ダセェ最後だ」
 ぼやける視界の中、なめらかな白色と金色に輝く虹の二枚貝を震えてしまう鋏で摘まみ遥か頭上の見えない太陽に翳した。瑞々しい煌めきに目を眇め飾ることが出来ないならば、と小さすぎる二枚貝を飲み込んだ。
 「最後の晩餐にしては味気ないったらないな
 喉元を通る感触も分からない小さな貝に思いを馳せ、タマトアは重くて仕方ない瞼を閉じかけるも朦朧としていた意識が体の中心から沸き上がる熱によって吹き飛ぶだけじゃなく、爛れた甲殻に亀裂が入り文字通り一皮剥けたのだった。
 「おっと。そういや脱皮キャンセルしてたんだったか」
 嘗ての自分を脱ぎ捨て一回り大きくなった体を見渡し、遠くから聞こえる賑やかな音に双眸を向け口元に三日月を描いた。

 「俺の新曲を披露するにはもってこいのステージだ」
 そして、諸々勘違いしている二人の前に現れその間抜け面を拝むのが楽しみだと云わんばかりにタマトアは愉快そうに嗤い金糸模様が加わった鉄脚を賑やかな場所へと進めたのだった。