僕はよく眠れず、何となく寝たりないまま朝を迎えて
――
僕の悪い予想に反して、大きなカゴいっぱいの果物と、お菓子やお酒なんかをお土産に、三人は帰ってきた。
宴席ではそれなりにいろいろあったらしいけど、大元の依頼人が墓のの師匠筋であったこと、先輩は見た目通りに『能力的には一人前だが子供』の扱いだったこと、更にはよっぱらったゲタ吉があまりにもちいさいのの話しかしなかったことで、結果的に、かなり礼儀正しい(?)宴席になったのだそうだ。
「人間と妖怪が半々の席だったから、ってのもあるけど
……やっぱり、隣にゲタ吉と墓のがいると、僕しっかり年下の扱いなんだなー、って思ったよ」
「元の世界じゃ、まず味わえない状況ですよね、それ
……」
先輩と手分けして、果物は冷蔵庫に、お菓子は戸棚に、と土産物を収納していると、遠くから墓のとゲタ吉の声が聞こえてくる。くぐもってよく分からないけど、二日酔いで頭がいたいとぐずっているゲタ吉を、ちいさいのの前でみっともない、と墓のがたしなめている様子だ。
同じ声が聞こえたのか、先輩は苦笑と共に呟いた。
「ゲタ吉、相当飲んでたから
……今日はダメかも」
「みたいですね」
「びっくりしたよ。途中から、ちいさいのがかわいいーって話しかしなくなって、最終的に泣きだした挙げ句床で寝ちゃうし。それで墓のが部屋に引きずってったよ
……まあ、宴会の最後の方は、結構みんなしてそんな感じだったけどね」
……それはちょっと見てみたかったような気もする。
「それにしても、宴会なんて、本当久しぶりだったよ」
菓子箱の最後のひとつを戸棚に収めて、先輩はどこか懐かしそうに笑った。
その視線の先には、これも土産物の一升瓶が一本。張ってあるラベルからするに、髙天という名前のお酒らしい。
「元の世界のこと、
……思い出しちゃったな。蒼兄さんと父さんが乾杯して、子泣きが酔っ払って、おばばに飲み過ぎじゃー、って怒られて、ねずみ男が巻き添えを食って追いかけ回されたりとか、さ
……」
そう言って笑う先輩の声は、どこか寂しそうだ
――それで、僕は昨夜の自分を張り倒したくなった。綺麗な誰かに目を奪われるより、これはよっぽど、
……難しいことじゃないか。
「
……帰りたく、なりましたか」
「きみに嘘はつけないね。
……みんなどうしてるかなって、つい考えちゃったよ」
僕は、その手の宴席というのがあまり好きではないから、想像が及ばなかった。先輩は、仲間たちとの付き合いがたくさんあったはず、なんだ。そういう場所で育ったんだから、それは当然のこと、でもあるけど。
「といっても、焦っても仕方ないことだし
……」
動揺して言葉に詰まる僕をどう思ったのか、先輩は笑みの形を変えた。
少しだけ謎めいた、曲者のような。
「帰ったら帰ったで、今度は別の問題が起こっちゃうんだけどね?」
「
……先輩」
二人で温泉に行ったとき、聞いたことだ。
……一度元の世界に帰れば、先輩は僕を追いかけてくることができなくなる。自由に動ける僕に、先輩は妬いてるって。
その本音を心の隅に押し隠したまま、先輩は続けた。
「まあそれは置いておくとして、
……僕たちが出かけてる間、ちいさいのと二人だったんだよね。危ないこととか、なかった?」
「特には、何も
……」
「ちいさいの、沢城くんにも懐いてるもんね。
……僕たちがいない分、いろいろ、話せたのかな」
「はい。やっぱり、ちいさいのにも、話したい気持ちはあるみたいで
……本当、僕たちのこと、よく見てますよ」
先輩も、ちいさいのが声で話せるのは、ゲタ吉と僕だけだ、ってことは分かってる。だからこうやって、ちいさいのにも気を回す
――自分がどんな事情を抱えていても、こういう気遣いをごく自然にやってのけるのが、先輩のすごいところだ。
「その
……、たまに、僕から先輩の匂いがする、って言われちゃいました。一緒の部屋で暮らしてるから、ってごまかしました、けど
……」
一拍おいて、先輩の笑みが固まる。
なんでそうなるかなんて、説明するまでもない話で。
「
……バレてる?」
「具体的なことは、まだ想像の範囲外、って感じですけど
……薄々は、多分」
「参ったなぁ。半分くらい、狙ってやってたこととはいえ
……ちいさいの、そう来るかぁ」
「
……えっ」
狙ってやっていたとはどういうことだ、と僕が問いただすまでもなく、先輩は自白した。僕の肩をそっと抱き寄せて、耳元で。
「ね、
……もう少し分かって欲しいな、沢城くん。僕だって、結構、
……怖い、んだよ。きみを誰かに横取りされないか、って」
「
……もう。そんなに、心配しなくても
……」
「きみのことは、信じてるよ。
……でも、ごめん。僕がこういうの、慣れてないんだ。きみをつなぎ止める方法が、僕には気持ちしかないんだ、って、思うと
……」
先輩の言葉を聞いて、気持ちがざわめく。ああ、これだ、と感じた。ちいさいのはまだ知らない、僕はもう知ってしまった、恋情の黒い熱。
内情を知れば『ぶわって、なってる』という無邪気な言葉で済むわけがない。
遠くから、まだゲタ吉と墓のの声がする。
そういえばあのとき、ちいさいのは墓ののことも言っていた。そのことをちらりと思い返したけれど、それを声にすることはなく
――僕は先輩の気持ちを、向かってくる唇ごと受け止めた。
[終]
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波箱
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