山城まつり
2025-03-09 17:36:39
23006文字
Public 【馬子軸スーリニ】レヴリの紅玉
 

【馬子軸スーリニ】レヴリの紅玉#05(Epilogue)

レヴリの紅玉・完結!!!!
長らくお付き合いくださってありがとうございました!無事に完結しました~~~~!!!

これを機に拙宅にも興味を持ってくださったら嬉しいな、馬子軸にも興味を持ってくださったら嬉しいなとダブルで布教するつもりでおります。ルン────。

感想くださると飛んで喜びますがその ご無理は なさらず




レヴリの紅玉 シリーズ▼
https://privatter.me/user/YamashiroMatsuri?category=66492

前回#04▼
https://privatter.me/page/67c6e50eb1dd1


アスナショウコ様宅【レゾン・デートル】から四宮椿さん、市ノ瀬咲良さん、大河カレンさんをお借りしております。お貸しくださって本当にありがとうございます。
重大な設定を拝借しております。使用許可をくださって本当にありがとうございました。

本作は自創作【suicidal/leniency(スーサイダルリニアンスィ)】を「馬子軸」(現代ファンタジー)に落とし込んだ作品です。作者自身、馬子軸に関してど素人中のど素人ですので、間違った解釈などあるかもしれません。本当にすみません。
また、本シリーズ、特に#03以降は【suicidal/leniency】本編のネタバレを含みますので、「ネタバレNG!」という方は閲覧をお控えください。作者的にはスーリニはネタバレありきの方が面白いと思っております……。

スーリニ原作が気になってくださった方におかれましては、以下に本編リンクを載せておきますのでよろしければご覧ください。現在Prologue~Karte03まで読めます。

▼suicidal/leniency本編
https://novel.daysneo.com/works/3870c9c909042fb07a363f371caeee59.html


それでは、皆様にとって良い時間になりますように。


8月の朝焼けが、街を淡く照らしている。
光の輪を纏った太陽が昇りつつある空は、未だに夜の帳を僅かに残している。濃藍と朱が混ざり合い、揺らめく水面のような色彩を広げて────空気は夏の熱を孕みながらも、夜露を帯びた冷たさを微かに残していた。

黄金の猫が一声、なあと鳴く。それは大河の足首に自らの尾を巻き付けて戯れると、私の役目は終わったと言わんばかりに朝焼けの中に姿を眩ませた。空間魔術で一瞬にしてライムストーンの街を駆け抜けた俺達は、目の前に聳え立つ神殿のような建物を見上げる。フランスの神秘を取り締まる場所………神秘管理局だった。


「すまないな。私がもっと早く身を預ける決断を下していれば、このような悲劇の連鎖は起こらなかったのに」


光沢のある黒塗りの扉に俺が手を掛けたところで、背後からそうアルトの声が聞こえる。俺は一度ドアノブから手を離して振り返る。白衣を脱いだ白い死神は、寂しげな顔をして佇んでいた。白く柔らかな髪は朝日に照らされ透き通っていて、消えてしまいそうな儚さがそこにはあった。


……救われたかったんやろ。人間っつうものは、救いを求める生き物だ」

「はは、それを人間ではない私に言うか」

「人間で在りたいのは確かやろうが」

「間違いない。……幻想は、いずれ解体される。神秘は徐々に力を失う。そうして私達は、緩やかに死を迎える。自身が誰かを傷つける事がないと安心して眠るというのも、悪くない決断だ。」

「ルミエールに逢う、その約束を反故にする気か」

「勿論、ずっと囚われの身で居る気はないぞ。本気を出せば、見張りの人間など容易く殺せるのだから」

「する気もないくせに、しゃあしゃあと」

「最後くらい軽口の叩き合いをさせろ。これから暫くはひとり孤独に生きる羽目になるのだから」


最後。
その言葉には、強い決意と覚悟が込められている。
スアサイダルはゆっくりと足を進め、玄関下の軒下が作り出す影に己の躯体を埋めた。暖かく熱を持った髪が、風に吹かれてふわりと揺れる。
その足取りにも、息遣いにも、迷いはない。罪を犯した者として、彼女は此処に立っている。自らの、高潔な意思で。
椿が「最後か」と呟いた。


……どうせ最後だ。私のもうひとつの推理でも聞いてもらおうか」

「椿、この期に及んで何を、」

「そう言うな咲良。私にとっては────一連の怪死事件より興味深い話だ」

「はぁ?」

「だって椿、イリュソリア・クリニックに初めて行った時くらいから助さん格さんの院長先生が怪しいって言ってましたもんねェ。その後で神秘管理局に行ってェ……まァ~~~、その時点で全部分かってたわけだしィ」

「待て、なんでそれを俺に言わんかった?」

「言ったところでお前は自分の思うままにしか行動しないだろうと思ってな。いずれ真実に自力で辿り着く、と……珍しく期待をしていたのだ。その期待に無事に応えてくれて嬉しいぞ、咲良」

「分かっとったんなら先に言えや!!大河には言って俺には言わんとかふざけとんかちゃ!!!」

「うわァ~~~~、可哀想ですね咲~良さん♡ まァアレですよ、付き合いの長さの差?にしてもまたしても何も知らなかったって事ですかァ、ドンマイドンマイ!」

「マジで呪うぞ、この厄災共が……!」

「その話は後だ。……聞いてもらえるか?クレマリー」


さぁ、と風が戦いで死神の長い髪を撫ぜていった。彼女は椿の微笑みに対し、瞳を閉じると短く「嗚呼」と答える。
………もうひとつの推理、とは。目の前の解明者は、一体何を見つけたというのか。何を解体したというのか。少しだけ、俺も興味があった。俺の光が紡ぐ真実────それを知りたいと願う想いがあった。
緩やかに、椿は紡ぐ。


「私が至った結論、それはお前の正体だ、クレマリー・ルーヴィル」

「私の正体?」

「ヴィーヴィル、スアサイダルって話じゃないんですかァ?」

「勿論それも合っている」

「じゃあ何なんかちゃ……

……あの時、手術室で上げた祝詞、或いは呪詛。そして私が暴けなかったお前の正体」

「そういや、お前でも『見えん』って言うとったな」

「そうだ。私はあらゆる幻想を暴く。あらゆる幻想を解体する。そんな私でもお前の正体は暴けなかった……否、暴いてはならなかった。その理由が分かるか、咲良」

……ただの幻想種じゃ、ないっつう事か」

「そうだ」


椿はそっと両手の指を合わせると、数秒の短い時を思考の海で過ごした。そして再び開いた双眸には、知識への深い渇望があった。神秘の瞳、ホルアクティ。緋色のそれに見つめられたクレマリー・ルーヴィル……椿には、彼女がどう見えているのか。それは、俺達には知り得ない事だ。そして同時に────俺達の前で、これから彼女が暴く事でもあった。


……全て暴かれていたつもりで居たのだが」


クレマリー・ルーヴィルは「ただの幻想種ではない」という事に対し否定の様子を見せない。────緋色は、神秘の色。そんなぼんやりとした知識が脳裏を巡る。ならば、目の前のこの死神も……なんらかの神秘に見染められているのか。祝福されているのか、それとも。
椿が続ける。


「これは事件を通して得た発見だ。そして同時に、今の私の見解だ。あの時起こした“奇跡“────それは神秘現象に値する。【生命の創造・破壊】────つまり、【輪廻転生】……それを成し得る存在を、私は知らない。この叡智を持ってしてもだ。つまり、お前は私が暴いてはならぬ存在であり、同時に知り得ぬ存在だったという訳だ」

……

「お前────【原生神秘・原初の人】だろう」


は、と乾いた声が漏れる。
……原生神秘?クレマリー・ルーヴィルが?

どういう事だ────と混乱が脳を圧迫しつつ、どこかですとんとそれを納得している自分が居る。悪と正義を同時に孕む矛盾。人と幻想が一体となっている矛盾。それが、彼女が原初の人だというのなら……辻褄が合う。

────原生神秘。
それは、全ての幻想種の始祖。
星に望まれて生を受け、星と共に滅びる神秘そのもの。
七艘存在するそれの最後の一艘、今までに唯一存在が確認されなかった神秘……原初の人。それが、目の前の優しすぎる死神なのだと。そう、椿は口にした。


「そうであれば全てに説明がつく。私がスアサイダル症候群について暴けなかった理由も、お前が人でありながら幻想である理由も、そしてお前が起こした奇跡についても」

……

……お前、原生神秘なんか」


再び風が俺達の間を駆けていく。それは徐々に陽光に温められており、夏という事実を力強く物語っている。
「ああ」と、小さく彼女は頷いた。
それは、恐らく初めて────今を生きている人間が暴いた、彼女の真実なのだろう。


「その名で呼ばれるのは、同胞以外では片手で数えられる程度だ。……認めよう。私は原初の人────スアサイダルであり、またの名を……アスクレピオス」

「アスクレピオス……ふむ、興味深い。力を失ったとされた医術の神が、原初の人とは」

「『私』は神性を失った抜け殻に過ぎない。……最も、その神性は今はヴィーヴィルとして、そしてこの国全域の生命体のDNAに刻み込まれた呪いとして息づいているがな。その呪いの結晶であるヴィーヴィルに宿った抜け殻の私は、微弱に力を取り戻した訳だが」

「待ってくださいよォ、混乱してきたんですケド」

……『私』は、スアサイダルの肉体に宿った神秘なのだ。此処に居る四宮椿と同じ。幻想種に宿った神秘、と言えば分かりやすいか?椿の場合は人間に宿った幻想種、といったところだがな」

「待て────どういう事だ」


椿が眉を顰める。それは俺も同じだった。
今、コイツは────椿の事を「幻想種」、と言わんかったか?
クレマリーは唇を開く。12年前の惨劇の、もうひとつの真相の錠前に……ゆっくりと鍵が差し込まれていた。


「私の声に聞き覚えがあるだろう。あの時の約束は果たされた」

「あの時────?」

「12年前のあの日。お前は沖田つばきを殺めて生まれ落ちた。私に死を願い、私の願いを受け────そして【使徒】になった。その結果生まれた幻想種、名を……ホルアクス。【解明者】の名を与えられし幻想種ヴィーヴィル……私の使徒。ようやく邂逅を果たせたと思えば、随分とその瞳も体に馴染んでいるようだ。使徒に変えた身としても、医師の身としても安心している」

「私が、幻想種……だと……?」

「そうだ。『お前』という人格は沖田つばきの肉体……否、神秘魔眼・ホルアクティに感染しているヴィーヴィル、ホルアクスだ。それは幻想生命体に感染し、その存在理由レゾン・デートルを暴き、現実へ突き落とす。人間や馬子に感染出来ない事が救いだろう……幻想も人も殺すようでは、お前は独り孤独に生きるしか出来なかっただろうからな」

……冗談、やろ」

「クレマリーさァん、冗談なら冗談って早いトコ言った方がいいですよォ?そんな身も蓋もない話────」

「────いや、」


椿の一声が、大河を咎めた。
俺も大河も彼女の顔を見遣る。椿は顎に右手を添えて視線を地面に落とすと、「そうかもしれない」と小さく答えた。青く染まっていく空の下で、緋色の髪が揺れている。


……最初から、私という存在はウィルスのような何かなのではと考察していた。『沖田つばき』が生死を彷徨った事から解離性同一性障害に陥り、その結果生み出された人格なのかと疑ったりもしたが、いきなり彼女自身が知り得ぬ叡智を手にした事の説明がつかない。彼女に何かが『感染』して、人格を乗っ取ったのではないかと……そう、考えていた」

「椿……

「私が、原初の人の使徒……幻想種ヴィーヴィル、感染した幻想を解体する存在ホルアクス。そうであるなら、全ての点が繋がる。全ての謎が解ける」

……認めるんか」

「認めよう。私は別に、最初から……自分がまともな人間だとは思ってはいないのでな」

……人間でないとしても、人間に憧れ、目指しているお前は人間だ。少なくとも私にとっては。残酷な真実を受け入れ、呑み込むお前は強い。お前という存在を生み落とした星の代弁者として、その強さを讃えたい。どうか自分を呪ってくれるなと、願いも込めて」

「誉めすぎだ。……だが────星と共に生き、星と共に死ぬ神秘にそう讃えられた事を、私は忘れはしないだろう」

「そんな大層な存在ではない。私は星と共に死ぬより愛する存在と共に死にたいだけの……ただのエゴイストだ」

「ははは!……原初の人、スアサイダル、そしてアスクレピオス。同時に、総合外科医のクレマリー・ルーヴィル。私に刺激と新たな発見を与えてくれた事を感謝しよう」

「一つ訂正だ。私は総合外科医であり……精神科医だ。神秘管理局まで赴けば、いつでもカウンセリングをしてやるぞ、椿。いや────精神的治療が必要なのはお前の守りをしている方か」

「失敬。ミスだ。咲良とカレンが私に着いて来られなくなり、フリーズしてつまらなくなった時は頼もう」


そう言って椿は悪戯に瞳を細める。大河が横で「うわ~、椿それは酷いなァ」と頬を膨らませた。ねェ、咲良さん、と彼女は俺を見上げる。全く持ってその通りだ。何やその言いぐさは。人を修理に出すみたいな言い方しやがって。この歩く大厄災。ハゲ茶瓶。逆ダチョウ。


「お前の頭が独立国家作れるだけやろうが、言っとくがお前がおかしいだけやからな」

「ふざけるな!独立国家なぞちっぽけなレベルで私のこの聡明な頭脳を例えるな!私の頭脳は国家どころか文明を支配出来るのだぞ!?お前のような未開の原野とは違うのだ!」

「誰が未開の原野や!!」

「はは……仲がいい探偵達だ」

「「仲睦まじくなど(なんか)ない(ねぇ)!!」」

「仲いいなァ。私妬いちゃいますよォ」

「────兎も角、だ」


クレマリーは睨み合っている俺と椿の横を通り抜けて漆黒の扉の前に立ち、ゆったりとした動作でドアノブに手を掛ける。黒塗りの扉に、朝陽が滲むように映り込む。扉が開かれる音が、まだ静寂を纏った街路に響いた。


「ありがとう。お前達と巡り会えた事が、私にとっての慈悲リニアンスィだ」


彼女はそう言って振り返る。
夏の夜を過ごした街が、遠くで朝の光に浄化されるように浮かび上がる。
生きてきた時間が、確かに此処に在った。
彼女が葛藤し、導き出した答えが此処に在った。
そして、これは終焉ではなく────始まりへと、歩き出す。


「最後に一つ、訊いてもいいか」


蝉の声が響き始める中で、椿がそう声を掛けた。
一筋の風が吹き抜けて、彼女の緋色の髪をなびかせる。


「お前が私に与えた指令は────私を此処に留める螺旋は、何だ」


ふ、と。
まるで花が解けるように。結ばれた糸を紐解くように。
彼女は柔らかに微笑んだ。
────白い死神だと、何度も反芻したが……目の前に居る彼女は天使だった。死の天使、生の死神。矛盾を抱えた、ひとりの医師。
幻想と神秘を纏った紅玉が、柔らかく細められていた。


「────私が侵した命を、救え。世界中で苦しむ全ての命を救え。お前なら出来る筈だ。医学における万能の天才であり、同時に名探偵である、四宮椿なら」


夜は、終わりを告げていた。
白い鳩がばさばさと空に飛び立って、その軌跡を描くように入道雲が天に向かって聳えている。その光を受け入れ、彼女は建物の向こうへ消えていった。
俺達に、優しさと慈愛と、光を遺して────。