みたむら
2025-03-01 14:21:02
14649文字
Public 呪術夢:短編まとめ
 
1205247

バレンタインチョコを食べて処理しようとしたら止められた話

すごく遅れたけど、一応バレンタインネタです。
別サイトの某企画で投稿していたやつです。



 しかし、それもつかの間だった。
 バレンタインの三日前に五条君から電話がきたのだ。

沙奈? 今いい?』
「うん、どうぞ?」
『十四日の件なんだけどさー、ごめん! 臨時の任務が入っちゃってさ』
「そ、そうなんだ……
『伊地知にも何度も調整しろって言ったんだけど、どうしても出張に行けって上層部命令だって言われちゃってさー。上層部も人使い荒いよね』
「そっか」
『長距離になるから戻ってくるのが十五日くらいなんだよね。その日でもいい?』
……ううん、この日も任務入ってるしまた今度にしよう」
『そうなの? 沙奈は確かオフだっ――

 私は電話を切った。私の任務の予定を知られていたからだ。
 彼の言うとおり十五日はオフの日になっていた。しかし、私にとって十四日は大事な日だ。
 十五日はいつも私が五条君の代わりに本命チョコを食べる日だ。
 だから彼が帰ってきたときには本命チョコはもうない。
 私のバレンタインはいつもこんな感じ。義理チョコや友チョコを渡して、十四日まで本命チョコを持って、日を過ぎたら本命チョコを私が食べる日。ああ今日も五条君に渡せなかったな、と思いながら。そして改良を重ねて次のバレンタインへの課題につなげていく。その連続で硝子ちゃんや七海君たちから美味しいと太鼓判を押してくれるほどに上手になったと思う。
 少しいいことがあると、こうやって神様は横やりいれてくるのだ。
 やっぱり神様は、私が五条君に本命チョコを渡すのを許してくれないらしい。
 それでも私は今年も本命チョコを作るのだろう。チョコが相手に渡らなくても、相手のことを想いながら作るチョコはとびきり美味しい、ような気がするし作るときはとても楽しいから。
 五条君が生徒たちの面倒を見ている合間を見て、私は補助監督室に向かい、五条君のスケジュールを確認する。
 電話で聞いたとおり、長距離で出張予定に入っていた。補助監督は伊地知君だった。
 ならば、五条君がいないときに、出張に出かける前に伊地知君に渡さなければいけない。
 そうと決まれば、私は高専を出てスーパーに買い出しに向かう。
 今年は伊地知君が先に渡すことになりそうだ。
 一足早い、バレンタインの準備に取りかかることになった。


 バレンタインまで二日。
 この日から五条君と伊地知君が任務の現場に向かうため早朝から出る予定だった。
 私も早起きして、高専に向かう。高専には伊地知君が車を出してきたところだったようだ。

「伊地知君!」
藤森さん。こんな早くにどうかしたんですか?」
「これ、バレンタインのチョコ」
「えっ! 私のためにこんな朝早くに?!」

 伊地知君が感動してチョコの包みを受け取ってくれる。

「ご、五条さんには……?」
「後で渡すから大丈夫。だけど、五条君にはばれないようにね」
「え? どうしてですか?」
「それは……ほら! 甘い物好きだから、すぐ取られちゃうかもしれないでしょ?」
「あぁ……それはそうかもしれませんね」

 それじゃあ有り難く受け取ります。ありがとうございます、と伊地知君は嬉しそうにお礼を言う。伊地知君には一番申し訳ないと思う。だけど、どうか五条君にはバレないように食べるか、家に持って帰って食べてくれると嬉しい。
 これから五条君の自宅に迎えに行くという伊地知君に「最寄り駅までですが送りましょうか?」と誘ってくれたけど、私は丁重に断った。
 正直言うと、深夜にチョコレートを作ったため今はとても眠たい。外でも平気で眠れそうなくらい眠たい。
 私は伊地知君と別れ、自宅に帰り仮眠を取った。
 それから、私は彼が戻ってくる日までに硝子ちゃんや七海君たちにチョコレートを渡しに回りつつ、呪霊討祓任務に向かうのだった。

 そして、バレンタインデー当日。
 硝子ちゃんたちにはすでに渡しており、渡していないのは本命チョコのみ。硝子ちゃんや七海君は今年も美味しいと褒めてくれ、三人でアフタヌーンをしたほどだ。
 五条君は伊地知君と一緒に出張中だ。彼ほどの実力者ならば苦戦することはないが、おそらくとっとと終わらせて観光を楽しんでいるんだろうなと思う。
 私は任務の時間になったので、担当の新田さんを探しに補助監督室へ向かう。
 その途中に所謂教職員用の部屋がある。私は高専の先生をしてないので訪れることはないのだが、たまに五条君への書類や硝子ちゃんへの書類や医療系の小包を届けたりなどで、訪れることがある。教職員室から一つの机の上だけ、似合わない綺麗にラッピングされた箱が机が埋もれるほどに積まれているのが見えた。
 そしてまた一つ、彼へのチョコが置かれていく。

「五条さんって本当毎年たくさんもらってるよね」
「そりゃあ、あの見た目だもの。狙ってる人は多いでしょ」

 女性の補助監督さんたちが休憩中なのか、コーヒーを飲みながらそう談笑しているのが見えた。そんな彼女たちもこっそりチョコを置いたらしい。

「今年は任務で帰ってこないんだって」
「あのありがとーってニコニコ笑ってる五条さん見るのが楽しみだったのに!」

 確かに、学生時代にまだ私もチョコを渡してた頃は彼の「サンキュー、沙奈」と何気ない言葉がとても嬉しかったのを今でも覚えている。彼の言葉は時に厳しく、そして優しい。優しい言葉を聞くと、どこかこそばゆいが心が温かくなるような気がする。だから、チョコを作り続けているのかもしれない。今年もチョコを渡せなかったわけだけど。
 そんな彼女たちを盗み聞きしながらうんうん、と頷いていると新田さんが「お待たせしましたッス」と荷物を持ってやってきた。
 私たちもまずは任務が先だ。新田さんにもチョコレートを渡すと「わぁ! 今年ももらっていいんスか?! ありがとうございます!」と喜んでくれた。
 二月十四日、世間はバレンタインデーで一色の中、私はそれとは無縁の呪霊討祓へ向かった。

* * *

 今日の任務が終わった頃にはすでに夜十時を越えていた。
 怪我人が出たため、代わりとして救援に向かったりして休憩もそんなにくれなかった。唯一休憩ができたのがお昼の時間と夕食の時間くらいだ。
 バレンタインのこのシーズンは男女の恋愛絡みが強いため、それにちなんだ呪霊がうじゃうじゃいる。憎しみや生き別れ、告白したけど叶わず怨念を抱く者などなど。恋愛以上の強い呪いは他にないかもしれない。
 今日も今日とて平和を保ったのだ。私にとってはいつものバレンタインだったけど、他の人はそれなりにバレンタインを楽しめたならそれでいい。そう思いながら帰宅する。
 二月はまだ寒く、部屋の中は一段と寒い。
 さっき遅い夕食を食べたところだが、すでに寒くて暖かいものが欲するほどに部屋が冷え切っていた。
 そして、寂しそうに食卓の上にちょこんと置かれた紙袋。
 それは本来五条君に渡す予定だった本命チョコだった。
 彼は急な出張で今日は帰ってこない。出張がなければ、今頃渡しているんだろうなと思うと少しだけ悲しく感じたのは気のせいだと思いたい。
 私は暖かいものが欲しいと思い、本命チョコの袋を取って近くのコンビニまで出かけた。
 深夜に近いので、コンビニには店員以外誰もいなかった。
 何故コンビニに来たのか。簡単なことだ。
 これからこの本命チョコを処理するための口直しをするためだ。
 私は缶コーヒーのコーナーへ向かう。あたたかい缶コーヒーはレジ前にあるようで、レジの前にある暖かい缶コーヒーを取ってレジを通す。
 コンビニを出ると、店員が「ありがとうございましたー」と挨拶を交わすのを背中で受け止めつつ、近くの公園まで歩いて行く。
 時計を見たら十一時を越えていた。
 十四日が終わるまで一時間を切った。
 当たり前だけど、五条君とは会えなかった。そして、結局彼の机上に本命チョコを置く勇気も持てなかった。私にはやっぱり日付が変わったと同時に処理するのが性に合っている。
 手に持つ缶コーヒーは手を温めてくれる。
 甘いチョコを食べた後にコーヒーを飲む。それでああ今年も甘くも苦いバレンタインだったなーって思いながら終わるのだ。
 今年は硝子に言われて勇気を持って誘ってみたところ、外的要因のせいでオジャンとなってしまったのだが。これはこれでいつかは楽しい思い出として残るだろう。
 こんな苦いバレンタインデーを過ごす人はきっと私くらいだろう。それがいつか笑い話になるよう、気持ちが晴れるようになったらいい。

「今年も結局私の腹の中に入っちゃうんだ」

 ぽつりと呟いた。なんて女らしくない台詞だろう。これじゃ食い意地張った大食い女みたいな台詞じゃないか。バレンタインはおろか、恋をしているとは到底思えない言葉だ。
 私の努力不足のおかげで、今年も彼に本命チョコを渡せなかった。それが悲しくて、悔しい。
 でもそんな気持ちもこのチョコを食べて、苦いコーヒーを飲んで忘れるんだ。
 十五日になればいつもの私に戻る。
 ラッピングした箱を開けていく。うまく出来たチョコレートが姿を現す。
 彼を想って作ったチョコは結局渡らず、私の元で消えていく。
 私が彼を想う気持ちは、このまま私が持ち続ける方がいい。
 彼に告白なんてしなくていい。今の関係が崩れてしまうのなら。
 チョコを手に取って、時計を見る。
 もうすぐ十四日が終わる。あと数分で――
 私はチョコを口に持っていく。今年のチョコはどうだろう、うまく出来たかな。それとも力みすぎて失敗しちゃったかな、なんて思いながら。