nuka_boshi
2022-11-25 19:02:51
11172文字
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【StoryBox派生自己解釈二次】ガラクタのアトリエ【すとぼ二次創作】

StoryBoxシリーズ十周年のお祝いに書いてしまった独自解釈に基づく楽曲『メモリア』の小説です。救いは……救いはどこですか……。

ガラクタのアトリエ



「貴方は、記憶を奪われたの」
 はじめて会った少女にそんな事を言われて、酷く驚いたのを覚えている。
 まさか、だとか。なにかの冗談だろう、だとか。
 咄嗟に浮かんだそんな数々の言葉は、目の前の少女の瞳の前に霧散していった。
 どうして、とただそれだけどうにか絞った言葉で問えば、少女は「私のせいなの」と泣き出した。
「私のせいで貴方が、魔女の怒りに触れてしまった」
 泣きじゃくる彼女の言葉を、僕はどこか呆然としながら聞いていた。
 記憶喪失。物語フィクションの定番だ。だけど突然そんなものが我が身に降りかかったと言われても、一体なにが出来るというのか。僕はただ呆然と話を聞くことしかできなかった。
 僕が物語フィクションの登場人物だったなら、こんな時気の利いた言葉のひとつでも言えたのだろうか。或いは優しい言葉のひとつやふたつでもかけて、目の前の少女に泣かないでと微笑みかけられただろうか。
 ――だけど僕は、どうしようもなく無力な人間でしかなくて。物語フィクションに出てくる先達の教えなど、なんの参考にもできなくて。
……ごめん、少しひとりで考えさせて」
 どうにか絞り出した言葉と一緒に、彼女をやんわりと追い出す程度には情けない、ただの普通の人間でしかなくて。
 突然我が身に降りかかった問題を受け止める事すら出来ず、ただふわふわとした頭で問題を先送りにすることしか出来なかった。
 ――まるで現実味がないことだけが、やけに現実 リアルだと、そう思えた。

◇◆◇

 ――改めて考えても、酷い話だと思う。
 記憶を失っただなんて実感はまるで無かった。だけど、少女が帰った後、アトリエに残された無数の絵画を見つけて、『あぁ本当なんだな』と漸く実感した。――やけに青い色が多いその絵画達は、紛れもなく僕の絵のはずなのに、全く覚えがないものばかりだったから。
「ははっ――、弱ったなぁ」
 何を思って描いたのか、どころか下手をすれば何を描いたのかすら不明瞭なその絵画を手に取って、僕は乾いた笑みを浮かべて座り込んだ。
 美しいという形容が相応しいその青色が、今はとにかく怖かった。何を思って描いたかすらわからない、見ず知らずの絵画達が、空っぽになった僕を覗き込んで責め立ててくる。どうして思い出せないのか、何故思い出さないのかと、責め立ててくる。そんな錯覚すら覚えるほどに。
「わかんないよ――っ」
 思わず漏れ出た呟きは、涙で湿って震えていた。――わからない。何も。
 例えばあの少女は「私のせいだ」と泣いたけれど、その言葉の真相すら今の僕にはわからない。少女の涙が心からの悔恨によるものなのか、それともこちらを騙す為の――或いは『君のせいじゃないよ』と慰めてほしいが故の打算に満ちたものなのか。一体何をしてくれたんだと責め立てるべきなのか、それとも君のせいじゃないよと慰めるべきなのか、どちらが正解かすらわからない。判断できるだけの材料は、とうに奪われてしまった。
 どこか朧げに浮かんだ言葉。「記憶が人を形作る」――これは何の言葉だったっけ? いつかどこかで読んだ本に書いてあったのかもしれない、嘘か本当かもわからない言葉。もしその言葉が正しいのなら、今の僕はどうなるんだろう。人としての、一番大切な土台の部分を無理矢理に剥ぎ取られたのなら、後には今にも崩れそうな不安定なガラクタが残るだけだ。果たして僕は本当に僕なのか。ただの『絵描きのレン』の抜け殻でしかないのではないか。絵画の青色は何も答えない。ただ何も言わずにそこにあり続けるだけだ。
……自分自身すら信じられないのに、一体何を信じたらいいのさ……
 人格の根幹と言うべき記憶モノが虫食い状態になった今、僕には瞳に映る何もかもが歪んで見えた。
 もし僕が物語の主人公だったなら、何かしらの奇跡を起こして全てを円満に解決出来たのだろうか。
 ――なんて思ってみても、実際の僕は目の前の少女を泣き止ませることすらできなかったのだから、本当に情けない。
 結局のところ、僕はどこまでも無力だ。
 ――なのに、どうしてあの少女のことがこんなにも気になるのだろうか。

◇◆◇

 数々の絵画を整理しながら、僕は一人ため息を吐いた。結局、どうあがいても僕は主役にはなれないのだろう。
 真実を知りたい、過去を知りたいと願いつつも、一歩踏み出す事すら出来ずにいるのだから。
 片っ端から布をかけ、壁から外し、一つずつ仕舞い込みはじめている絵画がその証拠だ。
 きっと何か大切な思い出があったに違いないのに、それを少しでも残しておきたくて描いただろうと確信が持てるのに、それでもその絵画達を見えない所に追いやろうとしている浅ましさ。何も思い出せない、それどころか心を動かす事すらできない絵画達から、ただ怨みがましい目で見られているような錯覚に恐怖するなんて、きっとどんな物語だって門前払いされるに違いない。
 そうは言っても、絵を片付ける為には一枚一枚触れなければいけない。打ちのめされるだけだからなるべく見ないようにと思っていても、いやでも目に飛び込んでくるものがある。彩られた絵画の中でも一際多く感じる、数多の青色だ。
 澄み渡る空のような青色も、深い海のような青色も。ひとつひとつは違っていても、それでも他のどんな色とも絶対的に違うと思わせる、そんな不思議な何かがあった。
「この色は、今の僕には出せないな」
 僕は誰に言うでもなく呟いた。
 嘗ての僕を象徴するかのように理解の及ばない青色は、そこに在るだけで美しかった。――それこそ、いっそ残酷な程に。
 思いに耽る僕を現実に引き戻したのは、控えめなノックの音だった。戸惑いながらも扉を開ければ、そこにはあの日の少女が立っていた。
――こんにちは」
 少女の声は今にも消え入りそうな、頼りないものだった。僕はそれに曖昧に頷くと、無言で彼女を部屋に招き入れる。
 重い静寂が訪れる。お互い、何も言わなかった。いや、言えなかった。
 何か言葉をかけてあげたいのに、何を言っても彼女を傷付けることになってしまいそうで、何も言えなかった。何も知らない僕に、言える訳がなかった。ただひたすらに静寂の中、今にも折れてしまいそうな頼りない少女を見つめるしか出来なかった。そんな彼女から視線を逸らし、絵画に視線を落とす弱い自分が酷く惨めだった。
 重く苦しい静寂を打ち破るのに、一体どれほどの勇気を要したのだろうか。最初に口を開いたのは、彼女の方だった。
――ねぇ、それ。どうするの?」
「え?」
「その絵。……片付けちゃうの?」
 何かを堪えるようなその瞳は、僕の描いた絵を不安そうに見つめている。その瞳を見て、僕は「彼女の瞳も青色なんだな」と場違いな事を考えていた。
――うん。見てるとなんていうか、辛いから」
……ごめんなさい」
 慎重に取り除いたはずの、「思い出せなくて」という言葉の存在に彼女はどうやら気付いたらしい。嗚呼、そんな顔をさせたい訳じゃないのに、僕はどうしたって君を傷付けてしまう。
「泣かないで、そんな顔をさせたかった訳じゃないから」
 僕の言葉に、彼女は唇を噛み締める。どうして僕は彼女を傷付ける言葉しか持っていないのだろうか。それが酷く歯痒かった。
……もっと、何かあると思ってたんだ」
 思わず弱音が零れ落ちる。
「ほら、よくある物語とかにあるじゃないか。何か忘れてしまっても、どこかで大事なことがあったはずだって覚えてるとか、胸にぽっかり穴が空いたみたいな喪失感があるとか。それがきっかけで記憶を取り戻す、みたいなやつ」
 なにもかも忘れてしまっても、都合の良い奇跡が起こって大切な事を覚えてるみたいな、そんなありきたりな物語。四苦八苦してあがいて、どーにか記憶を取り戻してハッピーエンド。使い古された、陳腐なストーリーだ。
……おかしいよね。きっと何か大事な事を忘れてるって分かってるのに、喪失感とか全然ないんだ。それがものすごく――
 苦しい、という言葉はどうにか飲み込んだ。
 絶対におかしいと理屈じゃ分かっているのに、思い出さなければならない記憶思い出があるはずだと理論上は分かるのに、まるで実感が湧かない。意味を失った絵画達に囲まれても、それがどれほど恐ろしい事か本当の意味で理解できない。ただただ、腹の底から何か熱いものが湧き上がる。それが何もわからない事に対する恐怖なのか、それとも何かしなければという焦燥なのか、はたまた理不尽な状況に対する怒りなのか、或いはそれ以外の何かなのか。それすらももうわからない。
「きっと僕は、もう君の知ってる僕じゃない」
 記憶が僕を形作るというのなら、記憶を無くした今の僕は、布を被せたこの絵画達と同じく、意味を失ったガラクタだ。ガラクタに人は救えない。――救える訳がない。
……ごめん、君のレンを奪ってしまって」
 少女は何か反論しようとして、しかし言葉にならずにそのまま泣き出してしまう。そして僕には何も出来ない。――どうしようもないほどに、何も――
 嗚呼、どうして消えてしまったんだよ、絵描きのレン。彼女を救えるのは君しか居ないんだぞ。
 永遠に意味を失った絵画と僕。アトリエに残された無数のガラクタ達に囲まれて、少女はただ泣き続けた。

◇◆◇

――いらっしゃい」
 一向に進まない片付けを中断し、僕は今日も訪ねてきた少女を家に招き入れる。ここ数日ですっかりルーティン化した行動パターンだ。途方もない枚数の絵画を何日もかけてただ緩慢と片付けながら少女の来訪をただ漠然と待ち、そして顔を合わせればぽつりぽつりと互いに戸惑いながらも言葉を投げかける。最後は彼女が耐えきれなくなって泣き出して、それでおしまい。――嫌なルーティンができてしまったものだと我ながらに思う。
 今日こそは彼女を泣かせまいと、この悪しき習慣を断ち切ろうと毎回ひたすらに言葉を探すのだけれど、それでも結局毎回結末は変わらない。
 不思議なのは、どれだけ悲しませてしまったとしても、彼女が必ずまた僕に会いに来る事だ。お互い傷付くだけだと、きっと分かっている。なのに何故、彼女は諦めないのだろうか。いつだったかそう尋ねた僕に、彼女は哀しそうに答えてくれた。
――半ば、意地みたいなところはあると思う」
 そう自嘲するように笑いながら、少女はぽつりぽつりと言葉を漏らす。
「もし何か奇跡が起こるなら、それで貴方が元に戻るなら、私は死んじゃっても良い。ううん、私の命と引き換えに貴方が治るなら、それが一番良いと思うの」
 ――そんなことは無い。『絵描きのレンかつての僕』が何を考えていたかはもう分からないけれど、それでもきっと目の前の少女の命と引き換えに戻ったとしても、喜ばないはずだ。
――でも、私には何もできないから」
 少女が震える手で掴んだ燕脂色の長いスカートが、ピンと引っ張られて、微かに震える。
「どれだけ奇跡を願っても、どうしようもないくらいに無力だから」
 少女の青い瞳から、大粒の涙がポロポロと溢れ出す。後から後から零れ落ちるその涙を拭うこともせず、少女は顔をくしゃくしゃにして泣き出した。
――ごめんなさい、貴方を傷付けるだけだって分かってるの。分かってるのに、何もしないでいる事に耐えられない」
 彼女に何か、言葉を掛けてあげたい。けれども、きっと彼女が本当に必要としている言葉を持っているのは僕じゃなくて。
「きっと一番辛いのは貴方なのに、私はどうしようもなく自分の事ばかり考えてる――っ!」
 消えてしまった『僕』を求めるその悲痛な声は、けれども決して届かない。
 本格的に泣き崩れてしまった彼女の背をそっとさすりながら、僕は心の中でそっと問うた。
 もう充分じゃないか、嘗ての僕絵描きのレン。早く帰って来てくれないか。こんなにも君を必要としている女の子がここにいるのに、何を悠長にしてるんだよ。
 何もかもを忘れた僕には、きっと彼女を傷付ける事しか出来ない。其処にいるだけで彼女の心を引き裂いてしまう僕には、何も。
 ――だから、彼女の涙を止めたいだなんて。彼女に笑って欲しいだなんて。そんな事を望む僕は、きっと相当愚かで身の程知らずだ。
 ――意味を失ったガラクタに出来ることなんて、あるはずがないのだから。

◇◆◇

 その日は少しだけいつもと違っていた。少女の哀しげに伏せられたその瞳に、何かそれまでとほんの少し違ったものが映っているように見えた。それは希望と呼ぶには小さすぎる、けれど確かに芽生えた変化。
――あのね、レン。これまで私は、ずっと後悔するばっかりで、あなたにちゃんと向き合えていなかった気がするの」
 澄んだその瞳の青色に、何か既視感を覚える。
「私は、レンに笑ってほしい」
 どこか不安そうに、それでも勇気を振り絞って。彼女は言葉を続ける。
「たくさん、これからの話をしましょう。明日のこと、明後日のこと、来年のこと、そのずっと先の、未来のこと」
 一つ一つの単語に想いを込めて、大切そうに言の葉を紡ぐ。
「あなたは、どうしたい? どうすれば笑顔になれる? どうか、教えて。私に、あなたの笑顔を取り戻す手伝いをさせて」
 それは彼女が僕に初めて見せた、新しい表情だった。だけど、
……そ、れは……。そんなの、僕じゃないよ」
 カラカラに乾いた声を、搾り出すようにして僕は答える。会話の答えになっていない事にも気付かず、ぐちゃぐちゃになって軋む心に全てを丸投げして。
「だって僕は、何も覚えてない。君とどんな関係だったのかも、どんな会話を交わしたのかも、何を考えて何をしてきたのかも。この絵と同じ、意味を失ったガラクタなんだよ」
 これ以上は駄目だ、と頭が理解している。だけど、一度決壊した不安は止まらない。まるで崩れた土砂のように、勢いよく流れ出していく。
「僕は君が求めてるレンじゃない! 何も無い、誰かを傷つけることしか出来ない、がらんどうのガラクタなんだよ! そんな言葉、ガラクタなんかに受け取れるわけないだろう? これ以上僕に何も言わないでよ――ッ!」
 どんどん語気が強くなり、涙が溢れ出る。情けない、絶対に見せたくなかった姿を曝け出してしまう。それが彼女をどうしようもなく傷付けると分かっているのに。
 ――だけど。
「僕は……っ!」
「あなたと居たら、これから何度も傷付くと思う。いいえ、それだけじゃなくって、私もあなたのこともたくさん傷付けてしまうと思う。それは間違いないわ」
 だけど、彼女は。それまでだったら傷付いて、泣き出していた筈の彼女は、この時は違っていた。
「きっとこれから何度も、昔の貴方と今のあなたを比べちゃうと思う。それは、比べないでって言われても無理だと思うわ。私の中に貴方との思い出がある限り、その全てを押し込めるなんて出来ないもの。――たとえそれがエゴだって言われても、酷い事だってあなたに言われたとしても、問題だらけでも、そう簡単には変えれないと思う」
 だからその事に関してはごめんなさい、と付け加え、彼女はまっすぐに僕を見た。彼女はもう、――逃げなかった。
「あなたがどうしても一緒に居たくないってそう言うなら私もそれを受け入れて諦める。――でもね。もし許されるなら、私はそれでもレンと、他でもないあなたと一緒に居たいの」
 決意を宿した青い瞳に、僕は気圧されるようにして後ずさる。僕は消え入りそうな声で、自分が傷付かずに済むようにという予防線を――逃げ道を造る。
……だ、だからそれは、過去の僕のはずで、」
――私が泣いていた時。あなたはずっと黙って側に居てくれたよね」
 だけど彼女は、それを許さない。どこまでも優しく、慈悲をもって、僕の逃げ道を打ち砕く。
「あなたにはどうしようもない過去の事で私が泣き出してしまった時、いつも、背中をさすって、私が泣き止むまでずっと待っていてくれたよね。いつだってあなたは、私が傷付かないで済むようにって、優しい言葉を探し続けてくれたよね」
 逃げ道を失い初めて向き合ってみれば、暖かな言葉が示すのは、紛れもなく僕自身の事で。
「あなたは、今のあなたと前の貴方は違うって言ったけれど、今のあなたはがらんどうのガラクタだって、誰かを傷つけることしか出来ないって、そう言うけれど。そんな事、絶対にあるはず無い。不安な時、辛い時、それでも他の人のことを心配しちゃうところとか、全然変わってない。ちゃんと、私の知ってる貴方のままだよ」
 ――本当にそうなのだろうか。そんな当たり前のこと、誰にだって出来るはずだ。
 それでも――それでも僕は、君のそばに居て良いというの?
「もしそれでも不安なら、私と目を合わせて話しましょう。今私の目の前に居て、私が笑顔になって欲しいと話しかけているその相手は、誰? これから先にある沢山の未来で、ずっと側に居て欲しいと私が思っている、だからこそこれからの話をしたいとそう願っている、今私の目の前で泣いている人は――紛れもない、あなたでしょう?」
 潮を含んだ風が、カーテンを僅かに揺らす。僕はその中で、ようやくあることに気付いた。
「記憶は失っているかもしれない。奇跡でも無い限りきっと戻らない。だから、今まで通りにはいかないかもしれない。何度も傷付くし傷つけちゃう事になるって分かってる。でも私は、あなたと生きたい。明日を、明後日を、その先を――あなたの笑顔と共に迎えたいの」
 不安に負けないように決意を込めて、悲しみではなく未来への期待を瞳に宿し、丁寧に言葉を紡ぐその少女の瞳の色は――アトリエで見た数々の青色に、どこか似ていた。そのことに気付いた瞬間、まるでジグソーパズルのピースがピッタリとハマったかのように、僕の胸の中でなにかがすとんと落ちてきた。
(あぁ、そうか、そういうことだったんだ)
 どこまでも美しい、青い瞳。感情の持ちようによって様々な色合いを見せる、何より美しい至高の青。
(僕はこの青色に――いや、君に恋をしていたのか)
 思わず笑い出したくなるような、馬鹿な話だ。そんな単純なことがあって良いのだろうか。きっと嘗ての僕は主人公 ヒーローでも超人スーパーマンでもなんでもなくて。ただ、澄んだ青色の瞳の女の子に魅せられて、その子を助けたいと思っただけの、僕と何も変わらない普通の男の子だった。たったそれだけの、単純な話だったのだ。
「ねえレン。今私の目の前で泣いている、優しいあなた。あなたは、なにかしたいことはある?」
 だから、僕はその質問に何も考えず、いっそ清々しいくらいにクリアな思考で答えられた。
――きみの、笑顔が見たい。僕でいいなら、僕がガラクタじゃないというのなら、僕にそれが許されるなら、君にも笑って欲しい。明日も明後日もその先も、ずっとずっと一緒に居たい。そして、きみのことをもっと知りたい」
 僕の言葉に彼女はきょとんと眼を瞬かせ、そして静かに微笑んだ。
――じゃあ、私の名前を呼んで? きっとそれで、全部わかるから」
 僕は戸惑いながらも彼女の名を呼ぶ。好きになってしまった美しい青色から眼を逸らさずに。
――リン。なぎさの、リン。僕は、きみの隣にいても、いいですか?」
 途端に彼女の――リンの瞳から大粒の涙がとめどなく溢れ出す。
――――ね、やっぱり変わらないよ。あなたはガラクタなんかじゃなくて、私の知ってるレンだわ。その声も、短い言葉に込められた優しい想いも、きっと本質は何も変わらない。がらんどうのガラクタにそんな声は出せないもの」
 泣きながらも、リンは確かに笑顔を見せた。殆ど満面の、失くしていたものをようやく見つけたみたいな、安堵の笑顔。
「レン、絵描きのレン。私はもっとあなたのことを知りたいな。だから――
「「これからも、どうかよろしく」」
 二人の声が綺麗に重なって、僕はそのまま感極まってリンを抱きしめた。
 ――リン。リン。何も思い出せないけれど、それでもずっとずっと好きだった筈の女の子。出来ることならずっと笑顔でいてほしい、大事な人。
 ガラクタに満ち溢れたアトリエの中で、ガラクタに埋もれていた僕を見つけてくれた、誰よりも愛おしい女の子。
 ――或いは記憶が戻るまで、或いは奇跡が起きるまで。それが長いのか短いのか、それすらもわからないままだけど。
 僕はずっと君と生きていく。
 例え何度傷だらけになったとしても、きっと、ずっと。