nuka_boshi
2022-08-08 18:24:48
12587文字
Public すとぼ関連
 

【StoryBox派生自己解釈二次】海辺の町、兄妹二人【オリキャラ視点ネタバレ有り】【魔女と鳥籠系列派生】

改訂前タイトル「魔女リンちゃんに看取らせたい」。
にーやんがお亡くなりになる時の話をオリキャラ視点でざっくりと。一応おまけ含めて全2ページ。 魔女と鳥籠、魔女の少年 、魔女の少年 -寂寞の二人-、海辺の町、少女二人 、魔女と絵描きのメモリア…までの楽曲のネタバレがあります。(少なくとも魔女と鳥籠及び魔女の少年だけは試聴をお薦めしておきます。
尚、メモリア組は出てきません。




※テッド視点おまけ。



 妹が、テトラが魔女を見てみたいと言い出した時、テッドは少なからず驚いた。妹は魔女の所業をよく知らない。父の仇と言えど、父は妹を抱く事すら無く死んでしまったから。
 父の事は朧げに覚えている。だからこそ、テッドは魔女が憎かった。幼い頃のテッドの家に確かにあった、ささやかな幸せを奪った、憎き相手。母を悲しませ、自分とテトラから父親を奪った相手。その苦しむ姿をこの目で見る事ができる。
 テッドは仄暗い喜びを隠しながら、ポーズだけの反対をしてみせる。そして、努めて『仕方なく連れ出される面倒見の良い兄』を演じてテトラに付き添った。母の前で魔女を見に行けば、魔女という言葉を聞く事すら苦痛に感じている母を苦しめる。だから行けない。だが、妹のお守りという大義名分があれば別だ。
 つまり、テッドにとって妹の気まぐれは酷く好都合だったのだ。何も知らない妹の背を追いながら、テッドはただ憎悪の炎に薪を焚べる。広場へと着いたら、石の一つや二つでも投げつけてやる。そう心に誓いながら。
 だからこそ、テッドは魔女を見て酷く狼狽えた。広場にいた魔女は、テッドと同じ年頃の少年だったから。戸惑う妹の視線に耐えきれず、『だから言っただろう』と視線を逸らす。
「どうせ火炙りなんて見に行くのは碌でも無い奴らばっかりなんだ。ましてや魔女なんて」
 母の言葉ではあったが、まさに今の自分自身に贈るべき言葉だ。内心自嘲したテッドは、テトラの手を引いて足早に広場を去ろうとする。何も知らない妹に、これ以上醜悪な光景を見せたくなかった。しかし妹は、視線を魔女に釘付けにしたまま動こうとしない。
 焦れて妹の手を強く引いたその時、「……ッ、お願い、通して!」と幼い声が鋭く叫んだ。
 姿を現した声の主に、テッドは思わず息を呑んだ。妹と年の変わらない幼い少女は、青褪めた顔で息を切らせてそこに立っていた。焦燥の浮かぶその瞳が、魔女と同じ紫紺の瞳をしている事に気付いて、テッドは無意識に後ずさった。
――やだ、やだやだ! おいて、いかないで……ッ!」
 「兄様」と魔女に向かって叫ぶ幼い彼女を、嗚呼、どうして妹と重ねずに居られようか。
「お願い、助けて……っ! 誰か、兄様を――
 少女は妹とはまるで違う。少女のどこにでもありふれた金髪は、妹の燃えるような赤い髪とは似ても似つかない。髪型だって、瞳の色だって、まるで似ていない。だと言うのに、その紫紺の瞳から涙が溢れるたび、苦しそうに叫ぶたび、まるで妹が泣いているように思えた。胸を引き裂くような苦しさに、テッドは茫然と立ち尽くすしかなかった。
「おい、なんだコイツ?」
「お前も魔女の仲間か!」
 数人の大人達が遅まきながら少女に気付き、彼女を取り囲む。いくら叫ぶ群衆の中とは言え、あれだけ魔女に向かって兄様と叫び続ければ、それも当然の事だった。
 嗚呼、人々が魔女に連なる少女を捕らえようと動く。どこかテトラに似た少女は、いともたやすく捕らわれる。――だのに、テッドは身動きひとつ出来ずにいた。
 あれだけ憎かった魔女が、少女を助けようと身じろぎ、その度に石を投げられる。額が切れても、その服の裾に炎が達しても、まるで構わず魔女は叫ぶ。やめてくれ、どうか助けてくれと。
 きっと殆どの者は魔女が命乞いをしたと思っただろう。あれだけ多くの命を奪ったというのに、自分の番になった途端見苦しくも命乞いをしたのだと。なんと浅ましく、醜いのか。
 しかし、テッドはそうは思えなかった。何故なら、魔女の視線がただ少女にのみ注がれている事に気付いてしまったから。
 茫然としていたテッドは、いつの間にか自分が掴んでいた手を離した事にすら気付かなかった。ただ、この悍ましい光景を見ずに済むよう、逃げだそうとして――そこで漸く気が付いた。テトラが、広場から遠ざかり走っていこうとしている事に。

――テトラッ!」
 建物の陰に座り込んだ妹を見つけ、テッドは呼びかける。振り返った妹にホッとしたのも束の間、彼女の手に握られている火打ち石と、建物の陰で今まさに燃える植物を見て、テッドは声を荒げる。
「何してるんだ!」
 慌てて妹の手を取り、その愚かな行為を止めに入る。瞬間、泣き出した妹の表情が先程の紫紺の少女に重なって、テッドは息を呑んだ。
 ――何故? どうして?
 いくら妹がまだ幼いとはいえ、して良い事と悪い事の区別は付く年齢だ。素直な妹が何の理由もなくこんな事をするとは思えず、テッドはただただ混乱した。
 しかし、泣き出した妹の言葉にその答えを見出し、テッドは酷く衝撃を受ける事になる。
「ご、ごめ……っ、なさ……っ! 兄さん、を、助け……たくて……
 ガツン、と。まるで金槌か何かで頭を殴られた様な心地だった。
 言われて初めて自覚した。テッドは、あの兄妹を助けたいと思っていたのだ。あの憎き魔女を、魔女を兄と慕う少女を、苦しむあの二人を見ていられなくて、せめてあの少女だけでも助けたいと思ってしまったのだ。
 自分自身すらも気付けなかった想いに、妙な所で聡い妹は気付いてしまったに違いない。そして、苦しむテッドを見ていられず、人々の意識を逸らそうとこんな大それた事をしてしまった。
 嗚呼、だとしたら、妹にこんな事をさせてしまったのは紛れもない自分ではないか。
テッドは泣きじゃくる妹を見つめ、僅かに逡巡した。
 今すぐ消し止めれば、火はすぐにでも消えるだろう。そうすれば、テッドさえだまっていれば、妹のした事は誰にも気付かれずに済むだろう。冷静に考えるなら、そうするべきだ。
 しかしテッドは冷静な思考を捩じ伏せ、己の感情に従った。泣きじゃくるテトラの手を引いて、紫紺の少女のいる人混みの方へとまっすぐに向かう。そして、
――大変だ、あっちで火事が起きてる! きっと魔女の仕業だ!」
 よく通る大きな声で、堂々と嘘をついた。口先八丁で少女を引き受け、大人達を追い払う。その隙に未だグズグズと躊躇う少女の手を引いて、足早に人混みから抜け出そうと、
「に、兄様……!」
「馬鹿、さっさと歩け。あいつらが戻ってきたらいくら僕でも逃がせなくなる」
――え?」
 戸惑う紫紺の瞳に、テッドは吐き捨てるように返した。
「目障りなんだよ。死ぬなら僕の目の届かない所にしてくれ」
 紫紺の瞳を見て言うのは不可能だった。あまりに純真すぎて、一気に自分が醜くなった様に感じたから。

「ほら、さっさと行け。ここまで来れば、逃げ切れるだろ」
……ありがとう。でも、どうして、助けてくれたの?」
……別に、お前達を助けたわけじゃない」
 戸惑う少女に短く答える。テッドはそのまま少女と目を合わせずに続けた。
「僕は、魔女が嫌いだ。母さんを苦しめて、僕らから父さんを奪った魔女達が、本気で憎いよ」
 そうだ。今だって魔女が憎い。
「魔女を赦すことはできない。……だけど」
 テッドは震える手を握り締める。瞼の裏、妹の笑顔を思い浮かべながら。
「もう、たくさんだ」
 せめて、妹が悲しむ所を見ないで済むように。せめて、これ以上誰かが傷付かずに済むように。そう、祈らずには居られない。
 紫紺の少女は躊躇いがちに頭を下げた。ごめんなさいともありがとうとも言わなかった。
……僕は、魔女が大嫌いだ。せいぜい苦しめば良いと思ってる」
 口ではそう言いながらも、テッドは紫紺の少女の幸せをも祈らずにはいられなかった。
「だから、お前は生きてくれ。せいぜい生きて生きて、うんと苦しい思いをして、そして僕らの知らない所で死んでくれ」
 その過程で、ささやかな幸せを見つけてほしいとは思う。だけど、この本音だけは絶対に言わない。それが、テッドにできる唯一の復讐だ。
 だから紫紺の少女がまだ何かを言おうとしていたのに気付いていても、テッドは無視して走り出した。ありがとう、と背中にかけられた声はきっと気のせいだと、そう自分に言い聞かせながら。

◆◇◆

 最後の魔女が居なくなって、数年が経った。あれ以来、テトラはほんの少し大人になった。後先考えない悪戯や思慮の足りない行動をしなくなったし、落ち着いたと思う。だけど、その裏でこっそり、魔女について調べるようになった。あの日以来、密かに魔女を弔っているのも知っている。墓も何もない魔女を誰にも知られぬように弔おうと、毎年命日が来ると海に沢山の花を投げ入れて祈っている事を、テッドはよく知っている。
 その他に関しては何も変わりはない。あの日の出来事は幸いにも誰にも気付かれる事なく誤魔化せた。魔女はもう居ないから、大切な人を奪われる事もない。母や町の人々は相変わらず魔女を恨んでいるけれど、恨む相手が消えた事で徐々にその傷も癒えつつある。そんな気がする。
 ――そう、何も変わりはない。テッドは今でも魔女が大嫌いだし、魔女を憎んでいる。
 だから、それでも魔女に連なるあの少女の幸せを祈っているのは、きっと魔女の仕業だ。きっとあの忌まわしき魔女が、死ぬ間際に最期の力を振り絞って、テッドとテトラを誑かしたに違いない。或いは、やはりあの紫紺の少女すら、魔女の被害者なのかもしれない。そうであれば良いとテッドは思う。あの少女が単なる魔女の被害者で、魔女に惑わされただけの可哀想な子供であってくれれば、テッドはこの複雑な気持ちを持て余す事なく、ただ純粋に少女に同情できるから。
 あの少女がその後どうなったかは、全く知らない。誰も少女のことを知らないようだったし、知っていたとしてもテッドからわざわざ尋ねる事もない。「死んだ魔女の霊が今も魔女の森の奥深くで夜な夜な彷徨っている」という怪談を聞いた時は、あの少女が森の中で暮らしているのではと思ったものの、やがてその噂も消えていった所を見ると、やはり根も葉もないただの噂だったのだろう、と思う。
 テッドは今でも魔女が憎い。だから、魔女のことを知ろうとは思わない。大嫌いなものは、大嫌いなままでいい。何も知らずに憎んでいれば、複雑な感情など抱かずに済む。
 嗚呼、でもひとつだけ、願ってしまう。
「もう、終わりにしてくれ」
 こんなふうに、誰かを憎まなくて良いように。誰かが苦しまないといけない世界を、終わらせてほしい。そう、願わずにはいられない。
 海辺の町、兄妹二人。彼らはきっと、正反対に見えてその実同じ事を祈っている。
 ――名も知らぬ誰かに、少しでも幸せが訪れるようにと。