nuka_boshi
2022-08-08 18:24:48
12587文字
Public すとぼ関連
 

【StoryBox派生自己解釈二次】海辺の町、兄妹二人【オリキャラ視点ネタバレ有り】【魔女と鳥籠系列派生】

改訂前タイトル「魔女リンちゃんに看取らせたい」。
にーやんがお亡くなりになる時の話をオリキャラ視点でざっくりと。一応おまけ含めて全2ページ。 魔女と鳥籠、魔女の少年 、魔女の少年 -寂寞の二人-、海辺の町、少女二人 、魔女と絵描きのメモリア…までの楽曲のネタバレがあります。(少なくとも魔女と鳥籠及び魔女の少年だけは試聴をお薦めしておきます。
尚、メモリア組は出てきません。


 
 ――ああ、どうしよう。
 テトラという少女は、今まさに頭を抱えていた。といっても、心の中でだ。この苦悩は他人には絶対に知られてはいけない、何故なら決して赦されない事だからだ。だからテトラは必死に取り繕って、何でもない顔を貼り付けようとしていた。
 とは言っても、年端もいかない少女の演技力などたかが知れている。その証拠に、彼女の頬は誰がどう見ても引き攣っていたし、瞳だって落ち着きなく彷徨っていた。
 しかし、周囲の大人たちはそれに気付くことは無い。何故なら、今まさに周囲の住宅に燃え広がろうと燻る火をどうにか消そうと、必死に駆けずり回っているからだ。――テトラが付けてまわった、火を。
 テトラの心中を察しているのはおそらくただ一人、彼女の目の前に立つ兄のみだろう。
 彼は青ざめたまま何度か言葉を紡ごうと逡巡したが、やがて諦めたように息を吐いた。そのままテトラの手を取ると、早足で歩き出した。
 人々の流れと反対方向に黙って歩く兄に連れられて、混乱したままの頭でテトラは考える。
 ――あの少女は、ちゃんと逃げてくれただろうか。
 火事の話ですっかりうやむやになった少女の行方はわからない。出来ることなら、生きていてほしい。そうでなければ、これだけの罪を犯したテトラの行為が無駄になるから。
 ふと兄が振り向いた。兄の哀しげな瞳と目が合って、途端にテトラの小さな胸いっぱいに罪悪感が広がっていく。
……ごめんなさい、兄さん」
  思わず、言葉と共に涙が溢れた。この涙の根源は、きっとテトラが後悔していないことだろう。あれだけの『わるいこと』をしたのに、罪悪感だってあるのに、それでもテトラは後悔だけはしていなかった。たとえ間違いだと分かっていても、もしやり直せるならまた同じ選択をすると言い切れてしまうのだ。それが、大好きな兄を哀しませるとしても。
……謝るな。お前のせいじゃない」
 テトラの兄は優しかった。口調こそ突き放したような物言いだったが、必死にテトラを守ろうとしてくれているのがよく分かった。
「悪いのは、魔女だ。お前はあの魔女に誑かされた、それだけだ。――それだけなんだ」
 彼はまるで言い聞かせるように何度もそう言った。
 嗚呼、しかし果たして本当にそうなのだろうか?
 テトラは泣きじゃくりながら、過去に思いを馳せる。ほんの数時間前の、過去に。

◆◇◆

 森の奥に魔女という生き物がいる、というのはこの海辺の町では常識だ。だけどテトラは魔女が何なのかよく知らない。知っているのは魔女がとにかく悪い奴だということと、テトラたちの父は魔女に奪われたという事だけだ。その父の話ですら、家族の中では禁句に近いから詳しくは知らない。知ろうとも思わない。父について訊ねると、決まって母が悲しい顔をするから。
 そんな『悪い魔女』が、火炙りになるらしい。どうやら最後の魔女がようやく捕まって、そして火炙りになるのだとか。
「魔女なんて見ちゃ駄目よ。あんな奴らの事なんて考えちゃ駄目。関わるだけ不幸になるわ」
 近所の誰某が火炙りを見に行く、という話を聞いた母にそう言われて、テトラは心に決めた。――こっそり見に行ってみよう、と。
 テトラは魔女を知らない。父は物心ついた時には居なかったし、居ないものを奪ったと言われてもピンとこない。だからこそ、知りたいと思った。母に悲しい顔をさせる『魔女』が一体どんなものなのか、その目で見てみたくなったのだ。
 今にして思えば、幼稚な悪戯心が顔を出しただけなのかもしれない。だって、駄目だと言われた事はやってみたくなる、それが子供というものだから。
 そっと勝手口から抜け出し、いそいそと出かけようとするテトラを見咎めたのは、母ではなく兄だった。呆れる兄をどう説得したかは覚えていない。とにかく周りが見えて居なかったし、後先の事など考えて居なかった。
……仕方ないな」
 母には内緒で、という条件で、兄はようやく折れた。だが、念の為兄も一緒に行くという話になった。こうしてテトラは、町の中央にある広場へと向かったのだ。――火炙りを取り行う予定の広場へと。

 町の中心部にある小さな広場には既に人だかりができていた。テトラはうんと背伸びをしたり人々の隙間を縫ったりして何とか魔女が見える所まで辿り着く。
 驚く事に、魔女は兄とそう変わらない年頃の少年だった。鴉のように真っ黒な服と帽子に身を包んだ、少年。磔にされたその少年が、町の人々の怒号を、怨嗟の声を、一身に浴びている。その紫紺の瞳に宿っているのは、……テトラには『諦め』に見えた。
 ――何故? 魔女は、とても恐ろしく、悪い奴じゃなかったの?
 テトラは戸惑い兄を見上げる。兄も魔女が自分と変わらない年頃だという事に少なからず動揺しているように見えた。が、すぐに魔女から目を逸らす。
……だから言っただろう。見てて楽しいものじゃないって」
 どうせ火炙りなんて見に行くのは碌でも無い奴らばっかりなんだ。ましてや魔女なんて。
 兄はそう吐き捨てると、そのままテトラの手を引いて立ち去ろうとする。けれど、テトラは動けなかった。
 理由なんてわからない。だけど、なんとなく。
 君は実に馬鹿だな、と過去の自分自身に言いたくなるような愚行だった。それが、……ある意味テトラ自身の運命を狂わせた。
 あくまでも広場に残ろうとするテトラと立ち去ろうとする兄。二人の力比べはそう長く続かなかった。
……ッ、お願い、通して!」
 人混みを縫って飛び込んできた少女が、テトラの背にぶつかる。顔には誰の目にも明らかな焦燥を浮かべ、息を切らせたその少女は、魔女と同じ紫紺の瞳をしていた。
 咄嗟に、魔女を見る。
 魔女は一瞬驚いた顔をした後、困ったように微笑んだ。その笑顔がまるで、――テトラが怖い夢を見て泣いている時の、安心させようと不器用に微笑む兄とそっくり同じで、テトラは言葉を失った。
 何故、どうして、とそればかりを頭の中で繰り返しても、時間はテトラを置き去りに進んでいく。
 魔女は少女に何かを囁くように唇を動かす。喧騒に掻き消されたその言葉を無視して、魔女の足元に火が灯される。
――いやッ、やめて! やめてえぇぇぇッ!」
 魔女を殺せと叫ぶ人々の波に抗って、少女が泣き叫ぶ。喧騒の中、少女の叫び声は頼りなく掻き消されていく。
――やだ、やだやだ! おいて、いかないで……ッ!」
 掻き消されていく筈のその声が、しっかりと耳に届いてしまい、テトラたち兄妹はその場に釘付けになった。魔女と、魔女を兄様と呼ぶ少女を、ただ茫然と見つめていた。
「お願い、助けて……っ! 誰か、兄様を――
 必死に叫ぶ少女に、遅まきながらテトラ達以外の人間の数人が気付き始める。
「おい、なんだコイツ?」
「お前も魔女の仲間か!」
 数人の大人達に取り囲まれ、少女はハッと周囲を見渡した。
 喧騒の中、少女に気付く者は少ない。だが、少女の逃げ道を塞ぐには充分だった。
――ッ! ――――ッ!」
 途端に、魔女が何事かを叫び、必死に足掻きだす。
「おい、魔女が暴れ出したぞ!」
「魔法を使う気だ!」
 誰が最初に始めたのか、人々が魔女に石を投げ始める。頭から血を流し、苦しみ悶え、それでも誰かを案じただひたすらに足掻く紫紺の瞳に、テトラは耐えられなかった。
 テトラはなりふり構わず駆け出した。
 誰もが魔女達に気を取られ、テトラの事になど気付かない。後から考えて見れば、この時兄が引き止めなかったのは不思議だったが、そんなことを考える余裕すら無かった。ただひたすらに、魔女のあの苦しむ顔をどうにかしなければと思っていた。だって、だって。魔女が見せる表情が、あまりにも、テトラの大好きな人と似ているから。
 人混みを抜けたテトラはほどなくして何かに躓いた。――町の人々には不幸な事に、そして魔女にとっては幸運な事に、それは誰かが落とした火打ち石だった。
 ――あぁ、そうか。
 テトラは、熱に浮かされたような頭で、納得した。納得、してしまった。
 
 きっと、これは神様がくださった贈り物だ。神様が、兄さんを助けるように言ってるんだ。

 勿論、魔女はテトラの兄ではない。兄を助けるどころか、兄に迷惑をかける――それどころか、自分がどうなるかもわからない。しかしその時のテトラは何も考えずに、やけにすっきりした気持ちで火打ち石を使った。建物の陰、燃えそうな植物を探して、震える手で何度も。
――テトラッ!」
三本目の植物に火をつけた所で、テトラを呼ぶ声があった。――兄だ。
「何してるんだ!」
 兄は慌ててテトラを止めようと右腕を掴む。兄の手が震えている事に気付いて、テトラはポロポロと泣き出した。
「ご、ごめ……っ、なさ……っ! 兄さん、を、助け……たくて……
 溢れる涙を必死に片手で拭うが、涙は後から後から溢れてくる。わけのわからない事を、ときっとこちらを責めるような目で見ているであろう兄を見たくなくて必死に目を瞑るのに、兄の困った顔がありありと浮かんでしまう。なのに、先程見た魔女の苦しむ顔が、そんな想像の中の兄にダブってしまう。テトラの頭の中はもうぐちゃぐちゃだった。
 テトラの兄は、しかし何も言わなかった。何も言わずにただテトラの手を引いて、人混みの中へと彼女を連れていく。魔女が火炙りにされている、広場へと。
 そして兄は紫紺の瞳の少女を捕まえる大人達の前まで行くと、大きな声で叫んだ。
――大変だ、あっちで火事が起きてる! きっと魔女の仕業だ!」
 テトラは訳がわからず顔を上げた。だって、魔女は何もしていない。火をつけたのはテトラだ。だというのに、兄は堂々と嘘をついた。
 戸惑う人達に兄は続けて言う。
「そいつは僕が捕まえておくから、早く向こうを!」
「あ、ああ! すまない!」
「燃え広がる前に火を消さないと!」
慌てて火元へ向かう人々を視線だけで見送ると、兄は紫紺の少女の手を引いて人だかりから離れようとする。
「に、兄様……!」
「馬鹿、さっさと歩け。あいつらが戻ってきたらいくら僕でも逃がせなくなる」
――え?」
 戸惑う少女に、兄は視線を合わせる事なく吐き捨てるように言った。
「目障りなんだよ。死ぬなら僕の目の届かない所にしてくれ」
 それは、この紫紺の少女を生かすのと同じ事で。――憎き魔女の縁者を、助ける事で。
 信じられないとばかりに目を見開くテトラの前で、兄は紫紺の少女を連れてさっさと走って行ってしまう。
 茫然と立ち尽くすテトラは、ふと魔女の顔を見た。
 魔女はテトラを見ていなかった。ただ紫紺の少女が走り去った方向を見て、泣きながら微笑んだ。安心したように、それでいて寂しそうに。
 独りぼっちで炎に包まれていく魔女から、テトラは目が話せなかった。

◆◇◆

 どれくらい経っただろう。魔女の身体を炎が完全に包み込んでしばらくしてから、兄は一人で戻ってきた。そっとテトラの手を引いて、早足で人だかりから離れる。幸い、周りの大人たちに見咎められることもない。誰もが魔女を包む炎に罵声や歓声を浴びせるか、或いはテトラの付けて回った火を消そうと奔走していて、忙しかったから。
 少女と魔女が見えなくなって、途端に罪悪感が押し寄せる。なんということをしてしまったのか、と。
 魔女を恨む者は多い。身近な所では、テトラの母でさえそうなのだ。もしもそんな者達にこの所業を知られてしまえば、テトラも兄も、魔女の仲間とされ、ただでは済まないだろう。
 しかし、テトラはこうも思う。思ってしまう。
 ――魔女が最期に見せた表情が、苦しむ顔じゃなくてよかった。
 たったそれしきのことだと言うのに、テトラはなんだか救われた気がしてしまうのだ。だから、建物の陰に火をつけて回ったことも、町の人々や母を裏切ってしまったことも、兄に迷惑をかけてしまったことも、罪悪感こそ感じるものの、後悔はしていなかった。きっと、あの魔女の苦しむ顔をそのまま見ていた方が、後悔したに違いないから。
 次にテトラは、どうして魔女は最期の時、寂しそうに見えたのか考えた。
 ――そっか。独りは、寂しいよね。
 テトラだって、家族と離れ離れになったら悲しいし、どんなに辛いか想像もつかない。だから、きっと魔女だって。きっと、だからだ。
 ふと、テトラの脳裏をよぎったのはあの紫紺の少女だった。彼女は大丈夫だろうか。無事に逃げられただろうか。そもそも、彼女は一体魔女とどういう関係だったのだろうか。
 浮かんでは消えるその疑問に答える者はいない。ただ、遠くで聞こえる喧騒を背にして、黙々と歩く。
……ごめんなさい、兄さん」
「謝るな、お前のせいじゃない」
 せっかく止んだ涙をまた溢れさせるテトラに、兄は早口でそう答える。
「悪いのは、魔女だ。お前はあの魔女に誑かされた、それだけだ。――それだけなんだ」
 苦しそうに、それでいてテトラだけでなく自身にも言い聞かせるようにして、テトラの兄は言葉を続ける。
「お前も、僕も、――あの子も。みんな、魔女に魅入られておかしくなっただけだ。だから、これは魔女のせいなんだ」
 兄はテトラの止まらない涙を拭うと、こちらを安心させようと努めて笑顔を見せる。
「だから、早く帰ろう。僕らの家に。そして早く今日の事は、忘れてしまおう」
 テトラは言われるがままに頷いたが、忘れられるはずも無かった。きっと今日の事は、一生忘れられないだろう。そんな予感がした。
 ――海辺の町、兄妹二人。何も言わずに、彼らはただ知らない兄妹に思いを馳せていた。


◆◇◆

 あれから数年。テトラは少しだけ大人になった。
 魔女はもういない。あの日火炙りにされたのが最後の魔女だった。だからあの紫紺の少女がその後どうなったか知る事は叶わなかったし、兄ともあれきりその日のことを話題にする事はなかった。
 幸いにもあの日テトラが付けた火は、大事に至ることはなかった。ただほんの少しの小火程度、場所によっては建物の表面を焦がしたもののすぐ消し止められた。それすら最期に魔女が悪あがきしたということになった為、テトラや兄が罪に問われる事もなかった。紫紺の少女は、騒ぎの隙を突いて逃げ出した事になったし、程なくして誰も気に留めなくなった。
 だけど、テトラは少しだけ変わった。テトラを知る者達はあの日を境に口を揃えて「大人っぽくなったね」と言うようになった気がするし、テトラ自身、少しだけ思慮深くなったと思っている。――本当に、少しだけだけど。
 それから、他にも変わった事がある。それは、知識だ。
 テトラはあれからこっそりと、魔女について調べるようになった。誰にも知られないように慎重にだったが、少しずつかつて魔女が何をしたのかも知っていった。
 そう、今ではテトラはもう知っている。魔女がどんな事をしたのか、何故憎まれているのか。それでもテトラは、魔女を憎むことは出来なかった。
 兄の言葉を借りるなら、あの日テトラは魔女に魅入られてしまったのだろう。あの日魔女が見せた表情の数々に、囚われてしまったのだろう。だけど、それでも構わなかった。
 きっとテトラは誰にも言わない。一生、この秘密を背負って生きていく。そして、誰にも知られないように祈るのだ。死んでしまった魔女の安寧と、どこかで生きているかもしれない紫紺の少女の幸せを。

 今日は魔女が火炙りになった日だ。テトラは腕いっぱいの花を抱えて海辺へと向かう。
――どこかにいるかもしれない、名前も知らない君たちへ届け!」
 テトラはそう叫ぶと、抱えた花を青い海へと勢いよくばら撒いた。色とりどりの花達は、波に飲まれて静かに沈んでいく。
 周囲の人々には、魔女に殺された父や沢山の人への冥福を祈っているのだと言い訳しつつ、テトラは毎年このささやかな儀式を送っている。きっとテトラ一人が祈った所で何も変わらない、誰の力にもなれない。だけど、良いではないか。世界にたった一人くらい、魔女たちの幸せを願う人間がいても。
――どうか君たちに幸ありますように」
 きっと波間に消えていく小さな願いを、聞き届ける者は誰もいない。
 ――紫紺の少女がどうなったのか、その後を知る術は、何処にもない。