かいえ
2025-02-23 17:53:15
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【灰武】派遣先のものすごく怖いのに格好良くて綺麗な兄弟に迫られて困っています! ①

ハウスキーパー見習いの武道が、派遣先の灰谷兄弟に迫られる話
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 花垣武道十七歳。
 高校に進学したもの授業についていけず、夏休み前には学校にも行かなくなり、ずるずる登校拒否を繰り返した挙句、一年も通わず中退した。
 大激怒の両親から「勉強しないなら働け」と言われ、仕方なくフリーターになってみたが、どこで働いても役立たず過ぎて長続きせず、毎日謝ってばかりで直ぐにクビになった。あまりの体たらくに、最後は「ニートなど養う金など無い」と、両親に実家から追い出され、職無し、宿無し、金無しになった最下層民である。
 そんな時、見かねた友人の千冬が誘ってくれたのが、ハウスキーパーという仕事だった。千冬と千冬の先輩の三ツ谷が、根気良く武道に仕事のやり方を伝授してくれたものの、元来の不器用ぶりは直ぐに直る訳もなく、何とか軽い掃除ができるレベルになったに留まった。
 本来なら、掃除も料理も出来て一人前とされるのだが、料理は全く出来るようになる見込みが無かったので、千冬も三ツ谷もさじを投げてしまった。
 そういう訳で、半人前の武道は、ひとまず掃除専門で働く事になった。研修課題をクリアしていないので、本契約ではなく、仮契約のお試し見習い価格でだったが。
 そんな新人中の新人である武道に回って来た顧客は、どうやらかなりの厄介物件らしかった。今までに数十人と派遣した人材は、悉くチェンジされてしまったという。もって一ケ月、早くて数時間でチェンジされているらしい。
 熟練者でも難しいこの仕事が、仮契約お試し見習い価格の武道に回ってきたのにはワケがあった。
 派遣条件が第一に女性不可(この時点で、登録スタッフで就業可能者は九割減る)という事と、社内に派遣できる人材が、武道以外もういないという理由からだった。つまり、武道が失敗すれば、その契約自体が無くなるという崖っぷち案件という事になる。最初に派遣される場所にしては、なかなかヘビーであると言えた。
 かなりの太客らしく、会社側としては何とか継続したいという意向だった。重要な顧客だったら、三ツ谷か千冬が引き受ければ良いのにと武道は思ったのだが、三ツ谷は少し前から専属(一人の顧客専門という意味らしい)になり、千冬は複数の顧客を受け持っていて、少しの空きも無いくらい仕事が入っているとの事だった。千冬はご指名の仕事が多いので、スケジュールの調整も簡単には出来ないらしい。三ツ谷君も千冬もすげぇと、武道は素直に感嘆した。
 ちなみに、三ツ谷は掃除・料理・裁縫・ベビーシッター・子供の家庭教師も出来るSSS級で、千冬は掃除と料理が出来、指名顧客も多いS級だ。もちろん、SよりSSS級の方が給与は高いしボーナスも多い。武道からすると、二人は遥か高みにいる存在だった。
 かくして、次の人材が見つかるまで、何とか耐えてくれという、社長の無茶苦茶な指令が武道に下されたのである。後から考えれば、多分もうダメ元という気持ちだったに違いなかった。
 武道の派遣先は六本木にあるマンションで、顧客名は灰谷蘭という個人宅だ。女性の名前みたいだけれど、男性だからねと社長に教えられた。一人暮らしではなく、他に家族も住んでいるらしい。
 とりあえず、絶対顧客と顔を合わさないのが鉄則だと、社長からも周囲からも何度も念を押された。この顧客は、どうやら自分たちのパーソナルスペースに、たとえハウスキーパーだとしても他人がいる事が耐えられないらしい。
 だったら、自分たちで掃除すれば良いのにと思うのだけれど、そこはお金持ち、自分たちでする気は更々無いという訳だ。そんなに神経質なのに、留守にしている時間帯も教えてくれないらしい。ハウスキーパーに合わせて行動するのが無理だし、掃除ごときで自分達の生活リズムが乱されるのが嫌という我儘鬼畜ぶりだった。これが、この案件の一番の難しいところだそうだ。
 そして、一番難しいというなら二番も合って、この顧客は、超が付くほどの綺麗好きというか潔癖症? らしい。ガラスなどに指紋がつくのも嫌との事で、灰谷邸滞在中は、ゴム手袋を常に装着する必要があるし、念のため靴下の上からビニールのキャップもつけるようにと指導されていた。
灰谷家の人たちは、本当に我儘な顧客だというのは間違いなく、武道は派遣される前から気が重かった。
 正直、どこの職場でも失敗ばかりの自分に、こんな難しい案件の仕事を上手くできる訳が無いと、武道は悲観気味だったのだ。
 しかし、この仕事でお金が貰えなかったら、武道は今月の家賃が払えず、いよいよアパートからも追い出されてしまうに違いなかった。住む家が無くなれば、武道は一気にホームレスだ。漫画喫茶に寝泊まりする、それすら出来ず地下街の通路や橋の下で段ボールを布団代わりに眠り、公園の炊き出しに並ぶ自分を想像してぞっとする。さすがに、それは嫌なので、頑張るしかないと自分に言い聞かせて、武道は超難関の仕事先に向かった。
 会社から渡された大量のお仕事セットをリュックに詰め込み、武道は目的地に辿り着いた。スマホの経路案内が、この目の前のマンションが仕事場だと武道に告げている。想像よりこじんまりしたマンションで、流行りのタワマンではなく、低層タイプのマンションだったのが意外だった。
 会社から預かってきた鍵でエントランスを抜けると、ホテルみたいな吹き抜けのロビーが広がっていた。大きな窓から明るい日差しが差し込んでいて、天井には等間隔でシャンデリアが吊るされている。その下には応接のようなテーブルとソファがあった。黒を基調としたマンションはシックで、落ち着いた豪華さだ。見た目は派手ではないが、中は煌びやかで、コンシュルジュの前を歩けば、きっちりとしたお辞儀をされて、どうにも落ち着かなくて、武道は足早にエレベーターホールに向かった。
 目指す灰谷邸はマンションの最上階だった。行ってみて分かったけれど、ワンフロア全部が灰谷邸だった。という訳で、カーペットの敷かれた廊下に玄関扉は一つしかない。最初はこじんまりしたマンションだと思ったが、ワンフロア全部となると住居部分は武道の想像を超えた広さになるだろう。そんな広い場所を短時間でちゃんと掃除が出来るか、武道は始める前から更に心配になってきていた。
 マンションには珍しい観音開きの玄関扉前で、武道は指紋厳禁の事を思い出して、急いで用意してきたビニール手袋を装着した。
 お化け屋敷に入るような感覚にドキドキしながら、武道は預かった鍵を使ってそっと室内に入った。玄関とは思えないくらい広い空間に息を呑む。玄関なのに武道のアパートの台所くらいあるのだ。床は白い大理石だ。履いている汚いスニーカーで立っているのが恐れ多い空間だった。玄関の外から脱いで入った方が良いかもと武道は思い、次回からはそうしようと心に決めた。
 それから、玄関に靴が無いのを確認して、武道はちょっとホッとした。とはいえ、まだ無人とは確認できていないので、静かに靴を脱ぎ靴下の上からビニールのキャップを付けてから、音を立てないように注意しながら廊下に踏み出した。ただ掃除をしに来ただけなのに、この緊張感は何なのだろうと武道は思った。息を潜めて周囲を伺う自分は、まるで泥棒みたいだ。
 長い廊下は静まり返っていて、どこにも人の気配は無さそうだった。スマホに保存してある間取りを確認する。5LDK+納戸でバスルームが一つ、トイレが二つ。玄関から左右に廊下があり、真ん中のリビングを挟むように部屋が両側にある。入って左にトイレと浴室、右に来客用トイレと納戸だ。納戸と言っても武道の居住スペースより広い。変わった造りなのは、リビングを含めすべての部屋が南向きになっているからに他ならない。従って、どの部屋からでも、ルーフバルコニーに出られるような仕様になっている。
武道が依頼されているのは、キッチンとリビングと共用部分のバスルーム・トイレ・玄関・廊下の掃除で、それらを週二回行うというものだった。
 目の前にあるリビングに通じる扉のガラス部分から中を覗き込み、用心深く誰もいないのを確認して、ようやく仕事に取り掛かれるようになった。
この後は、いつ住人が帰宅するかを気にしながらの清掃作業となる。スリルを伴う神経が削られる仕事だとげんなりしていたが、収入的に崖っぷちな状況なので、武道としては頑張ってやるしかなかった。それに、しっかりやらないと紹介してくれた千冬や、どんくさい自分を根気良く指導してくれた三ツ谷に申し訳が立たないと、武道は気を引き締めたのだった。
 ただ、住人は聞いていた通り綺麗好きのようで、汚れているところはほとんどなかった。リビングはモデルルームみたいに生活感がまるでなく、ガス台もシンクもフードもピカピカの新品にしか見えず、料理をした痕跡も無いみたいに感じた。油汚れを落すために持参したプロ用の洗剤は、ほとんど使用せず終わりそうだった。
 リビング全体を見回すと、ソファの辺りだけ散らかっていた。あの辺りが生活圏内かと、とりあえず目についたゴミの撤去作業から始める事にした。昨夜はピザを食べたようで、ローテーブルの上にコロナの空き瓶が五本とピザの空き箱が二つあり、その一つは半分くらいピザが残った状態だった。持参したゴミ袋に、ゴミを仕分けして捨てる。ピザは固くなっていたが、捨てるには忍びなくて、キッチンに持っていき皿を探した。引き出しを何ケ所か開けたら大皿を見つけたので、そこにピザを移しラップを掛け冷蔵庫に入れた。それから冷蔵庫の扉に「残ったピザを入れました」と書いたメモを冷蔵庫の扉にマグネットで留めようとして、そのマグネットがない事に気が付いた。普通の家なら冷蔵庫にマグネットがありそうなものだけれど、この家にはそういったものは無いらしい。仕方なく持参したセロテープで、冷蔵庫の扉にメモ用紙を貼った。
「これでよし!」
 掃除を始めてみて、都内の一等地で、こんなに広いマンションもあるのだというのが最初の感想。リビングだけで四十畳はありそうだった。物が少ないので掃除もしやすかったが、ともかく広いので武道は必死だった。
 一通り掃除をして、ゴミ袋は帰る時にマンションのゴミ一時保管場所に持っていけるようにひとまず玄関に置いた。
 次はリビングと廊下の床をシートで掃除してから掃除機をかけ水拭きをした。トイレを掃除して、トイレットペーパーの予備を補充する。トイレは二つあったが、もう一つのトイレは普段使っていないようだったので、簡単に掃除した。次に風呂掃除をする為にバスルームに向かった。引き戸を開けると白を基調とした空間が広がっていた。バスルームは思ったより広く、入って左側に立派なドレッサーがあり、それ専用の背もたれの無いベンチタイプの白い椅子が置いてあった。ドレッサーの横にはスクエア型の陶器の洗面器が二つ設置されている。横長の大きな鏡の奥は棚になっていて、見た事も無い化粧品や整髪剤がぎっしり並んでいた。その横は引き戸タイプのクローゼットだ。開けると洗濯機が鎮座していて、上には白いプラスチック製のカゴがあり、そこに脱いだ衣類が入っているようだった。洗濯は依頼されていないのでスルーする。今度は反対側の扉を開くと、バスタオルなどが綺麗に畳んで積み上げられていた。その横はハンガーが掛けられるようになっていて、バスローブが二つ掛けられていた。住人は二人だけなのかなと考えながら扉を閉めた。クローゼットの反対側、つまり廊下から入って向かって右側が浴室だった。浴室と洗面室を間仕切る壁は全面がガラス張りで、水滴がついている。住人が出かける前に使用したようだった。少し悩んで、履いていた靴下とビニールキャップを外して素足になった。ガラス戸を押して開け中に入ると、やっぱり風呂とは思えない広さで武道は感嘆した。夜景が見えるように長方形の窓の前に配置したバスタブは、大人が優に三人は入れる大きさで、しかもジャグジー付きだ。洗い場には座って使うシャワーと、立って使う固定シャワーの両方があり、天井にはミストサウナがついている。
 本当にホテルみたいだと思いながら、武道は掃除を始める事にした。キッチンと違ってバスルームには生活感があったので、持参したプロ用の洗剤を使って洗った。最後にガラスの壁面の水滴を綺麗に拭きとる。バスルームから出て、浴室乾燥のタイマーを二時間入れた。これは住人が使用する際に、床が濡れているのが嫌だという事で忘れずやらないといけない事だった。
 最後に脱衣所の床掃除をし、洗面台を掃除して全行程を終了できた。多分、他の人が行うより作業時間は余分にかかっているかもしれないけれど、時間給ではなく一件いくらという給与体系なので、時間を気にせず自分のペースで仕事できるのが武道には気楽だった。それに、一人で全てするというのも良かった。今までの職場だと、どんくさい武道と一緒に作業した同僚が苛々して怒鳴ってきて、委縮して失敗というパターンが多く、それで仕事が長続きしなかったので、武道はこれだったら続けられるかもと、初回で既に期待してしまった。
 もちろん、効率よく早く作業して、千冬のように複数の依頼を引き受けられるようになるのが、武道の目標ではある。
 こんな感じで、心配していた初回の仕事は滞りなく終わった。その後、顧客からのクレームも無かったので、武道をはじめ会社の面々は、一様にほっと胸を撫でおろした。武道は最短チェンジ記録を更新せずに済み、それどころか、周囲の予想に反して、その後も順調に仕事を続ける事が出来たのだった。