目を閉じても、開いても

MHRウ教×ハ♀。相思相愛/夫婦。
ウ教視点。
ウ教の母が故人設定ですのでお気をつけ下さい。

ひどく疲れた日に見た夢は。



……んあっ……!?」
「あっ」

かすれた寝声ねごえを上げながら、ハッと覚醒して目を開く。

ぼんやりと滲んだままの視界だが、可愛い妻が俺の目の前にいて、驚声きょうせいを上げたのが聞こえた。

そして、恐らく彼女の手だろう、それを熱いものに触れたかのように引っ込めたのも、ぼやけた世界の中で辛うじて確認することができて。

(愛弟子、帰って……! ああ……俺は……泣いて、たのか……)

囲炉裏から、ぱち、ぱち、と火の音がする。

くーくーとオトモたちの安らかな寝息が聞こえるので、俺も俺のオトモたちも、同囲炉裏端で火を見つめているうちに、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
今、起きたのは俺だけのようだ。

……お、かえり……! ご、めん……お、れ……寝ちゃ、って……

声は、相変わらず寝声の情けない音質で、ふと気付けば、双眸と頬が濡れている。

はっきりと夢のことを覚えていたので、もうどうしようもないが、俺は内心舌を巻いた。

涙は夢だけに留めておけば、可愛い妻に、こんな情けない顔を晒すことはなかったはず。

彼女は俺の前にしゃがんでいて、俺の顔を覗き込んでいた。
詳しい表情がまだ分からないが、きっと不思議がっている気がして。

……あ、はは……。やだなぁ……かっこ悪いところ、見せちゃったね……

自嘲じちょうを込めて口角を上げ、掠れた声で呟きながら、ぱち、ぱち、と大きめに何度かまばたきをすると、多少視界がマシになった。
言葉を紡ぎ始めたことによって、眠気も霧散むさんしつつある。

我が愛弟子であり、里の英雄『猛き炎』でもある愛しい妻は、今は俺の前で、申し訳なさそうに、どこか不安げに睫毛を伏せている。

「ごめんなさい、起こしてしまって。……大丈夫、ですか?」
「ふふ……大丈夫、だよ。ごめんね……なんか、ちょっと疲れちゃってたみたい。少し寝られてスッキリしたよ」
「本当、ですか? 無理をしちゃ嫌です……
「本当だよ……ありがとう。ごめんね、心配かけて」

彼女を安心させたい一心で微笑みながら、両腕で交互に荒っぽく双眸を拭った時、俺は不覚にもようやく気付いた。
いつの間にか、自分の体が毛布に包まれていたことに。

「あれっ……? ありがとう、掛けてくれたんだ……?」
「風邪引いちゃいますもの」
「ありがとう……。ねえ、もしかして、その時……
「え?」

晴れてきた視界にようやく見えた妻は、不思議そうに何度か瞬きをした。

その表情が愛おしくて、俺の心は安らぎに満ちる。

夢の中で、母の温もりが離れた時、新たに俺の頭を優しく撫でてくれていた、もう一つの温もり。
目覚めた時に、不自然に手を引っ込めていたキミの仕草を思い出しながら、俺は小さく口角を上げた。

確信がある。あの温もりは、きっと──

「ねえ……愛弟子。さっきやってたこと、もう一度やって……?」
……えっ?」
「俺が、寝てた時……キミがしてくれてたこと。ね……?お願い……
……

妻の無言は照れの表れだと、俺だけが知っている。

少しだけ、甘えても良いだろうか、キミは許してくれるだろうか。

彼女の視線は俺から外れて横向きに滑ったが、すぐにまた俺を見つめてくれた。
瞳の奥で揺らめくのは、俺だけを映し、俺のために灯り揺らめく慈愛の炎。

ゆっくりと、可愛い妻の手が伸びてきて俺の頭に乗ると、その手は優しく左右に動いた。

……あなたが……泣いていたから。大丈夫ですよ、って……お傍にいますからって、思って……
……うん。……うん……ありがとう……!」

やはり、頭を撫でてくれたあの温もりは、キミだったんだ。夢の中でも、決して俺を独りにさせまいとするような、炎のように優しい温もり。

キミは、昔からそうだった。

いつも俺の傍にいてくれて、俺に笑いかけて、優しく俺を労って、励ましてくれた。


──ウツシにぃに、おかえり!

──いつもがんばって、にいには、とってもえらいね!


キミはあの頃からずっと変わらない。強く優しい、温かい人。

そんなキミの教官になって、俺も少しはキミを励まし、労い、キミが思い描く強者像に導くことができただろうかと思っていたが。

昔から今も、ずっと、キミの存在そのものが俺を励まし、労い、導き続けてくれている。

キミの笑顔は俺の心をほぐし、キミを守り、キミに恥じない生き方をと、キミを幸せにするのだと誓った。


──甘えたって、いいんだからね……


そんな母の声が、遠く、遠く記憶の彼方から響いてくる。

…………ずっと、キミに甘えてるのかもなぁ……
「え?」
……んーん。……何でも、ない」

優しく俺の頭を撫で続けてくれているキミは、不意に「ふふっ」と柔らかに目を細めながら、慈愛に満ちて小さく笑って。

「そんなことありませんよ。ずっと、私を支えてくれて……いつも頑張ってくれて、ありがとうございます」

どうやら、先ほどの呟きは聞こえてしまっていたらしい。

キミは春陽よりも優しく微笑みながら、俺の頭をまた、何度も撫でてくれた。
夢で感じた温もりよりも、ずっとずっと温かい。

心の底から安堵した時、夢でも感じた香ばしい食欲をそそる匂いが、再び俺の鼻腔をふわりと擽った。

「んふふ、美味しそうな匂い……。ごめんね、お料理……手伝えなかった……
「謝らないで下さい、大丈夫ですから。今日はね、あなたの大好きなお肉ですよ!」
「えっ、そう、なの? えへへ……お肉、大好き。嬉しいなぁ……!」

とろりと滴り落ちそうな寝起きの笑みを浮かべる俺に、キミは俺の頭を撫でる手を止めない。

そのまま少し得意げな笑顔を浮かべたのが、とても可愛らしくて。

「最近、あなたがとてもお忙しそうだったので、お疲れだろうなって思って。一緒に美味しいお肉をお腹いっぱい食べて、元気いっぱいになってもらえたらって思っ……わっ!」

可愛らしい驚声さえ、震えそうなほど愛おしい。

俺の頭を撫でてくれていたキミの手を掴み、そのままグイと引っ張る。力が強くなりすぎないよう、加減を意識しながら。

(──俺は……本当に……! 本当に、しあわせだ……俺は……!)

最愛のキミをこの胸に抱くことを、我慢できるはずかなかった。

俺を想い、俺を元気付けようとしてくれていたことがたまらなく嬉しくて、幸せで。

同時に心配をかけてしまったこと、キミに心の疲労を悟られてしまった己の未熟が恥ずかしくて、申し訳なくて。

……ウ、ツシ、さん……? 大丈夫ですよ…………私、ずっと、あなたのお傍にいますから……!」
……うん……! うん……ありがとう……!」

穏やかながら、微かに上擦うわずったキミの言葉に、俺は何度も首を縦に振った。
疲労にもてあそばれて弱り始めていた心は気力を取り戻し、安らかに満たされていく。

「俺も……キミと一緒にいる……一緒にいたい……! ずっと、ずっと一緒に、幸せに……!」

柔らかく、温かな、愛しい命の感触。

我儘だと知りながらも、離れないように、俺は少しだけ腕に力を入れて、キミを抱きしめた。

「俺を、愛してくれて、ありがとう……!甘えさせてくれて……ありがとう……! 心から……誰よりも、愛してるよ……!!」

俺の腕の中で「んふふっ」と、キミがとても幸せそうに、少しだけ可笑おかしそうに、吐息をこぼして笑ったのが聞こえて。
俺の心には更なる炎の優しい温もりと、柔らかな陽射しが射し込んだ。

やがてゆっくりと、俺を包むように、キミの腕が俺の背中に回される。

キミは微笑みながら顔を上げ、上目にビードロ玉のような眼を輝かせて俺だけを見つめてくれた。

……いつも甘えてるのは、私です。ふふ……いつも、たくさんありがとうございます」

言いながら、キミは流れるように俺に顔を寄せ、俺の唇にそっと、ふにゅんと柔らかな熱い桜唇おうしんを重ねてくれた。

「ん……!」

驚喜きょうきに押し上げられるように、俺の喉の奥から少しだけ声が漏れる。
妻から口付けてくれる珍しさによる喜びに、甘く心を踊らせた。

いつまでもみたくなる、幸せの味。

名残惜しくも少しで唇は離れてしまったが、目の前のキミは、とても優しく微笑んでいた。幸せそうな、鮮やかな笑顔。

……晩御飯、食べましょうか?」
「ん……そうだね……! ふふ……しっかり食べて、ゆっくり休もうね」

俺の言葉に「はい!」と笑ったキミが、ふわりと俺から離れていく。
土間の炊事場に向かおうと、踵を返した健気な、愛しい妻の背中。

「──愛弟子」

思わず、俺は、それを呼び止めてしまって。キミが不思議そうに振り返った時、俺は、尋ねずにいられなかった。

「キミは、今……ちゃんと、幸せかい ?」

ぱち、ぱち、と、大きく、可愛らしく、キミの目が疑問を帯びて瞬く。

突然妙なことを聞いてしまったのだから、無理もない。

けれど彼女は、昔からとても優しい。

すぐに表情を明るく咲かせ、俺に見えるように、しっかりと頷いてくれた。

「もちろん! 私……とっても幸せです! あなたと一緒ですもの!」


──俺と、一緒だから。


そう言ってくれたキミのおかげで、俺の心は安堵の温もりに満ちていく。
キミが幸せなら、俺は世界で一番幸せになれる。

……ありがとう……愛弟子……!!」

俺が応えると、キミは不思議そうに「変なウツシさん」と笑ってくれた。

幸せに決まっているでしょう、と言わんばかりの笑顔に、俺の全てが、温かく満たされていく。

キミが土間に下りて炊事場に向かった姿を見て、俺も、ようやく囲炉裏端から立ち上がった。
畳の間に卓袱台ちゃぶだいを出して、座布団を並べて、夕飯の用意だ。
気持ち良さそうに眠っているのに可哀想だけれど、オトモたちも、もう少ししたら起こさないと。

炊事場に立ち、俺に背を向ける形で作業していたキミが、すぐに両手に大皿を持ってまた畳の間に上がってくる。

「じゃーん! ウツシさんは、いっちばん大きなお肉ですよ!」
「ほんと!? うわぁ、すごいなあ! いいのかなぁ?」
「いっぱい食べて、元気いっぱーい!になって下さいね!」

卓袱台の上に置かれた皿には、皿からはみ出そうなほど大きな、こんがりと焼けた分厚いお肉。

その匂いと、今までの俺たちの声や音で「んニャ……?」と、囲炉裏端で丸まっていたオトモたちが、俺か起こす前に目を覚まし始めてくれた。

くしくしと手で目の辺りを擦りながら、デンコウがぼーっと周囲を見回している。

「良い匂いニャア……! いかんニャ、寝ちゃってたニャ……!」
「やあ、おはようデンコウ! ライゴウも起きて! 美味しい晩御飯の時間だぞー!」

先ほどまで俺自身も寝ていたのだが、それを悟られないように声を張り上げる。

うるさそうに目を細めたデンコウと、渋々起きて頭を上げたライゴウ。二匹のその仕草は、とても愛おしかった。

俺の声を聞いて、炊事場の方で「ふふっ……」と、妻が笑う声がする。

寝ていないことをアピールするように、俺は炊事場と畳の間を往復し、美味しそうに焼けた肉の乗った皿を卓袱台に乗せて行った。

その間、妻は茶碗にほかほかの白米をよそって、桑色くわいろをした木製の汁椀を、あつあつの味噌汁で満たしていく。

やがてオトモたちも手伝って、夕飯の用意は賑やかに進んだ。

そんな時、ふと、天で誰かが優しく笑うような、幸せにおなりと告げる空音ソラネのような風が、格子窓こうしまどから吹き抜ける。

その風は、安寧を取り戻した愛する里を。

食卓を囲み、心を通わせ幸せに笑い合う俺たち家族を、優しく撫でてくれた気がして、俺はゆっくりと目を閉じる。


──母さん

──俺はいま、すごく幸せだよ


胸の奥で、しっかりと告げながら。

俺は妻の用意してくれた特大のお肉にかじりつき、幸せを浮かべて笑う。

それを見た妻も、オトモたちも笑ってくれて──そして、瞼の裏では母も、安堵したように笑ってくれた気がした。


@acadine