それぞれの好きを、誇れるように

pixiv再掲
松川弟と花巻妹の話、松花要素と同時進行です
極を見た直後に書いた話だったので、その後明かされた情報もあったかもしれないですが、あまりわからず書いてました



十月

 青城の文化祭は毎年お客さんが多く、地域屈指の人気だ。
「お前、気になってる子と一緒に来いよ。うちの高校の文化祭、自由で楽しいから」
 兄ちゃんが入場チケットと、友達からもらったっていう屋台のチケットを数枚くれた。どれも美味しそうだし、ラインナップの豊富さに驚く。「地元の人たちも店開くから」って言って学生製作のパンフレットを渡されたので見てみると、高校の文化祭とは思えないほど広々とした校舎に所狭しとブースが集まっている。
 すごい、すごい、と興奮していたけど、みなちゃんと一緒に、と言われて俺の緊張は一気に高まった。体なんて、ガチガチだ。兄ちゃんにちょっと笑われるくらい。
 ──あれから、俺は少しずつ自分から彼女に話しかけるようにした。大体いつもは同じグループの女子で固まってるからそういうときは無理でも、移動教室のとき、クラスでの話し合いのとき、帰り道、とにかく話すチャンスを少しでも掴んでは喋りに行く。
 トークアプリのIDを聞けたから、その日の内にメッセージをしようか迷ってた。だってがっついてるみたいだし。そんな今更な悩みに兄ちゃんが、
「どうせ好きなんてすぐバレるし、バレたところで好きなんだから、仕方なくない?」
 ストーカーしてるっていうなら別だけど。ってこれまた応援してくれるもんだから、俺はその夜にメッセージを送った。彼女からの返事はすぐに来たし、話題は盛り上がったから、あの日の勇気と握手したい。
「兄ちゃんも、相手にバレちゃってるんじゃない?」ってちょっと反論してみたことがあるんだけど、ただ笑って「あいつ優しいから、わかってて見逃してくれてそう」って言ってた。
 コウコウセイの恋愛って難しい。自分も好き、相手も好き、だったら付き合う、道筋はそれ一本じゃないの?
 首を傾げてみたけど、答えは出せなかった。

 文化祭当日、俺はスマホを開いたり閉じたりしている。通知が来るたびに指先は震えた。
 もうすぐみなちゃんがやってくる。私服を見るのは初めてだから、道ゆく女の人を見ながら、どんなのを着てくるんだろうと柄にもなく観察してみた。スカートの人、ニット帽の人、どの人もおしゃれできれいに見える。仙台の駅前は混雑していて見えづらいけど、カップルも女の人同士も、楽しそうに歩いていた。秋風なんてだんだん寒くなってきているのに、皆気にせず笑ってる。
 その内、俺と同じか少し年上のカップルがいて、手を繋いでカフェのショーケースを相談しながら眺めているのが見えた。彼女の方が難しい顔をしていて、彼氏が呆れたみたいに声を上げる。「じゃあ俺がこっち食うよ、お前がこっち食えばいいじゃん」要は半分ずつシェアしよう、と提案してくれている。彼女の顔が明るくなった。彼女はどっちの味も気になっていたのだろう。彼女の髪が風に流れて彼氏の肩に当たり、彼氏はぽんっとその子の頭を撫でてやった。
 ……ちょっと、恥ずかしい。俺にはあんなことできないな。兄ちゃんは、してきたのかな。器用だからやってそう。坊主頭をカリカリかいていたら、カフェの奥手の曲がり角からひょっこりピンクの頭が見えた。
 え、デカい。
 ベリーショートの髪の毛の男の人と、みなちゃんが一緒に歩いてる。背の高さは20センチは違うだろう。そっくりな顔立ちにみなちゃんとの掛け合いも慣れた様子で、すぐにわかった。
 彼が、兄ちゃんと同じバレー部の花巻さんだ。
 体育会系の悲しいサガで、例え他校でも先輩に会えばすぐにしゃんと背筋が伸びる。みなちゃんが手を振りながらこっちに向かってくると、同じ笑顔で人懐こそうな花巻さんもひらひらと手を動かす。青城の白い制服がよく似合う。爽やかな印象と髪の色が相まって、今は秋なのにまるでそこだけ春のまま止まってるみたいだった。
「松川の弟なんだってな、初めまして」
 細い垂れ目をキュッと嬉しそうに細めるから、みなちゃんと同じ顔なのに違う印象を受けて新鮮だった。俺はサッと頭を下げると「初めまして!」とやや固い挨拶をする。花巻さんはケラケラ笑って、「松川より愛想ある!」ってよくわからないけど褒められた。
「お兄ちゃん遅刻じゃないの? 大丈夫?」
 確かに今は文化祭の一般入場がもうまもなく始まろうとしている。生徒である花巻さんは校舎にいなければいけない時間帯だ。花巻さんは「いーのいーの」とガサゴソと、買ったばかりのビニール袋を広げた。
「俺、クラスで買い物頼まれてたから、ついで」
 足りなくなったんだろうガムテープと針金が入っていて、袋の中に一緒にレシート兼領収書が放られている。結構大雑把な人なんだ、とみなちゃんとはまた違った一面を見つけた。
「じゃあな、ええと、名前、何?」
 花巻さんが俺をじっと覗く。薄くて茶色い瞳が数度キラリと瞬いた。怖さ、はないけれど、なんとなく、見定められるような。
「周、です。あまね」
 やっと声を出すと、なにがおかしいのか花巻さんは、ははっと笑った。
「かしこまんなよ、俺は貴大。貴大くん、とかでいいから」
「は、はい」
「また後でな」
 ビニール袋をガサガサ振りながら気楽な調子で歩いて去っていくお兄さんに、俺は呆然とした。あまりに気さくな人物だったから余計に拍子抜けしてしまう。
「ごめんね松川くん、お兄ちゃん馴れ馴れしくて」
「い、いいよ、うちの兄ちゃんはああいう感じじゃないから、びっくりしただけ」
「そうなんだ。でも確かに、お兄ちゃんが松川くんのお兄さんのこと話すとき、そういうの聞かないかも」
 貴大くんが、兄ちゃんの話?
 兄ちゃんの高校での話なんて聞いたことがないから、俺の興味がむくむくと膨らむ。
 あの人は、家と変わらないんだろうか。友達のまえだから全然違うのかな。そりゃそうか、俺だってそうだし。でも想像がつかない。一体どんな兄ちゃんなんだろう。笑ったり、ムカついたり、なに話しながら飯を食うんだろ。
「貴大くん、兄ちゃんの話よくすんの?」
「するよ、毎日聞かされる。練習で松川とこうだった、ああだった、シュークリーム奢ってもらった、今度焼肉行くんだ、とか」
「へえ……兄ちゃん、そんなに貴大くんと仲良いんだ」
「うん、たくさん喋るみたい。気がつけば横にいてくれんだよなーって言ってた」
 俺は、歩くのをピタリと止めてしまって、「どうしたの?」ってみなちゃんが首を傾げる。
「え、ええと、ごめん」
 取り繕って慌てて歩を進める。でも胸の内では大事なことを思い出そうとしていた。
 兄ちゃんは、出来る限り人間関係で広い枠組みを取らない。面倒くさいこともしない。賢く、スマートで、落ち着いている。友達もいるだろうけど家に連れてきたことはないし、側に誰かを置くなんて、彼女がいたよって言われるまで想像もつかなかった。その彼女たちのことだって、本気じゃなかった、ってはっきりこの間聞かされた。
 でもそんな兄ちゃんの駆け出したばっかりの恋の話も、俺は同時に聞いている。
……ねくん、周くん?」
 気がつけば、自分の中の渦巻いた思考に陥ってしまっていた俺を、横で懸命にみなちゃんが呼んでくれていた。
「あ、ああ、その……悪ぃ、ボーッとしてた」
「大丈夫? 具合悪い……とか?」
 今日はやめとこうか? ってなおも気遣ってくれるみなちゃんに、俺は力強く首を横に振る。何度も何度も「大丈夫!」を連呼して、青城に向かうために足を動かそうとして、
……あれ、俺の名前……
 大事な、大事なことにもう一つ気づいてくるりと彼女の方へ振り向いた。
 真っ赤な顔したみなちゃんがそこにいる。
「お兄ちゃんに先越されちゃったけど、私も……名前で呼んでいい?」
 俺は爆発しそうな頭の中で、随分遅れてようやく頷く。はにかんで、それでも嬉しそうに目を細めて笑った彼女の顔は、違う印象だったはずのお兄さんによく似てる。俺は、寂しそうでない笑顔を引き出せたのが俺の名前だったってことに嬉しくて、心の中でガッツポーズをした。

 それにしても。
「広いね……
 涼しい気候の中、歩くにはちょうどいい気温で助かったけど、さすがにこうも広大な敷地があるといくら運動部の俺でもちょっと参ってしまう。青城はスポーツの強豪だから、グラウンドも体育館も、その他の運動設備もしっかり整っている。兄ちゃんはこんなとこに通っているんだと思うと、ますます追いつきたい気持ちになる。
「みなちゃんは、高校どこにするとか決めてる?」
 そびえ立つような校舎をぽかんと口を開けて眺めながら俺が聞くと、悩む声がする。
「青城も進学校だし行きたいんだけど、まだはっきり決めてないんだよね……周くんはもう決めたの?」
「俺はここに行きたいから、まず勉強しっかりやんねぇとなって思ってる」
 兄ちゃんに聞けば、試験も授業もかなりハイレベルらしい。今通っている中学の先生に志望校を聞かれて、難色を示されている俺としては、これからが正念場だ。まずは部活をやり切って、そのままの勢いで受験も行えるように。
「周くん、すごいね」
 それは純粋な褒め言葉で、俺の心をそわそわくすぐる。二人でぱちっと目線が合わさって、俺は貴大くんと同じ色の目をしたみなちゃんから、目を逸らせなくなってしまった。
 今なら、聞けるかも。
 動悸がしてくる体を押さえつけるように足先に力を入れて踏ん張って、俺は口を開いた。
……あの、さ。なんか、悩みある?」
 物事を聞きたいとき、遠回しにソフトに言おうとすれば、俺のことだから言葉を選びすぎて肝心なところを突いていけない。かと言って、「自信ないの?」なんて単刀直入に言いすぎると俺は背もあるし兄弟揃っての吊り目だから、女の子からすれば威圧的になるだろう。たくさん考えて唯一できた文章がこれだ。拙いし、もっと器用にできたと思うけど、それでもなんとか捻り出した精一杯の言葉にみなちゃんは不快な顔はしなかった。けれど視線を俯きがちに逸らされて、ちょっとだけ顔を赤くしている。
 やっぱり、嫌だよな。
 ゴクリを唾を飲んだ俺に、彼女は弾けるように顔を上げる。
「ありがとう、気遣ってくれて」
 俺はここで、このあとに続く言葉は九割九分「でも、大丈夫」といつものように返ってくると思っていた。そうしたら話はここで終わりで、多分二度とできないだろうと先まで考えていた。
 上げられた顔に、うっすらと涙が滲むまでは。
「つまんない話だと思うけど……聞いてくれる?」
 ……俺は、しっかりと一度だけ頷いて、無意識に彼女の手を握る。
 それはやましい気持ちからでも何でもない、彼女が話し出す不安と勇気に対しての、横にいるよ、と言いたい不器用な俺のエールだった。

 ──みなちゃんが中学に入学した頃、常に言われていた言葉があるらしい。
「お姉さんみたいな立派な生徒に」
「お姉さんを見習って」
「あの子の妹なら大丈夫ね」
 みなちゃんは、一番上にお姉さんがいる。あかりさんという名で、名前の通り家族を明るく照らしている強い人らしい。
 家族全員で同じ中学に通った。姉は一年生の頃から期待度が高く、成績も優秀。運動もできて何事にも真面目に取り組んでいた。先生たちからの信頼も厚く、その代の生徒会長を努めて堂々の卒業を迎える。続いて入った兄は性格は一見ふざけていてお調子者のようだが、バレーという秀でた才能があり県内トップクラスの進学校に入学した。
 二人は家族の誇りで、自慢で、みなちゃん自身もそんな二人の妹であることをとても嬉しく思っていた。小さい頃から二人の影に隠れて引っ込み思案だったけれど、いつか強く、素敵になりたいという憧れは抱いていた。
 ……周囲の人間というのは、時に残酷だと思う。両親も、姉も、期待を込めて妹に必死になって色々習わせて、教えて、やらせてみた。でもできなかった。両親は困り、姉は慰めてくれて。
 泣いていた自分に、兄だけは唯一寄り添ってこう言った。
「みなは、どうしたい?」
 ……兄弟で同じピンクの頭を撫でながら、すっかり自信を無くして疲れていた自分を、励ますでもなく同情するでもない、ただの問いかけをした。
「あかりみたいに、ならなくてもいい。俺みたいには、むしろならないでくれ。みなはかわいいんだから」
 人を笑わせたり喜ばせたりするのが好きな兄らしい言葉に、みなちゃんは救われたという。
「だから、どうするか、これから一緒に考えよう」
 接し方に失敗してしまった両親と姉は、その日からみなちゃんに極力必要以上の期待を込めたり、過剰な要求をすることをやめた。いつもなら失望させてしまったかもと思い悩んでいたみなちゃんも、貴大くんの言葉でちょっとずつ自信を取り戻していったらしい。
 でも、頼れる兄は常にいるわけじゃない。平日はほとんどすれ違い、休日だってバレーをしている。私が一人で立ち上がらなきゃ、頑張らなきゃ。その姿勢がいつもよく聞いていた「大丈夫」に込められていた。
 大丈夫、私は大丈夫。
 だからみなちゃんがお姉さんの話をほとんどしないのには、うまく精神を保つためであり、憧れと悲しみと、申し訳なさからくる感情からだった。
 時折不安定になる気持ちをそうして支えてきた矢先の、たまたま決まった引越しによる転校。新しい場所。
 やっと培ってこれた自信は薄れてしまい、また自分を奮い立たせるために学校生活を一日ずつ、乗り越えていた。

「今はまだ、その……半分くらい、不安なこと多くて、でも、周くんが話してくれるから、助かってることいっぱいあるよ」
 ちょっとだけ強く握り返された手に、付き合ってもいないのに彼女と手を繋いでしまっている、という事態に俺はやっと気づく。
「あ! その……いや、そういう意味じゃ……!」
 いきなり手ぇ握ったりして、俺、なにやってんだ、いくらエールだったとは言え、ついやってしまった。絶対嫌がられたよな。本当に今更バクバクしてきた心臓は、どんなに深呼吸しても収まることはない。
「ごめん……!」
「ううん、お兄ちゃんも、そうしてくれたことあるし」
 離そうとした手は、二人の熱ですっかりオレンジの色味が差していた。名残惜しくて互いに優しく握り直す。
 俺は、あのヘラリと笑ってるみなちゃんのお兄さんを思わず思い浮かべた。強くて、優しくて、みなちゃんにとって憧れの頼れる存在。きっとあの人も、こうやってみなちゃんの手を掴んでいてくれたんだろう。
 お姉さんも、両親も、みなちゃんのことを思っての空回りなんだと思う。少しずつそれがほぐれてきたらいいな、と俺は頭の片隅でちょっぴり思って、
「いい家族だね」
 そう言うと、みなちゃんはちょっとだけ目を開く。ぱち、ぱちと瞬いた目から小さな星が降っているようだった。涙の中にそれが溜まって、目尻にゆっくり溜まっていく。こぼれるときはきっと流れ星みたいにきれいだと思うけど、できることなら泣かせたくない。
 好きな子にはいつでも、笑っててほしい。
……うん、そこはね、自信持って言えるよ」
 また一つ増えた寂しそうじゃない笑いを見せる横顔に、俺は不覚にもまた見惚れてしまった。繋いだ手は数分後には離れたけれど、もう少し繋いでおけば良かった、と思ってしまったのは多分、お互いにだったと信じている。
 ……兄ちゃんは、貴大くんと、もうこうしたんだろうか。同じ気持ちを持ったんだろうか。