それぞれの好きを、誇れるように

pixiv再掲
松川弟と花巻妹の話、松花要素と同時進行です
極を見た直後に書いた話だったので、その後明かされた情報もあったかもしれないですが、あまりわからず書いてました

四月

 中学二年の始まり、俺のクラスに転校生が来た。
 違う学校から、近くに引っ越したからってこの中学に来たらしい。ピンクの髪の、かわいい子。肌も白くて優しそうな顔で、ちょっとしどろもどろしながら自己紹介してる。最初の印象はそのくらい。いや、髪の色がピンクって時点で奇抜だったけど。でも控えめな性格だったからか、意外と彼女はその内目立たなくなった。
 ああいう女子とは、あんまり接点がないだろうな、と思っていた。俺はそもそも野球部で、活動時間が終わって教室へ戻ればすでに皆帰宅してしまっている。運動部とは全く活動領域の違う、文化系の部活に入るか悩んでいる話をチラリと聞いていたし、まあ……クラスで話をする程度だろう。
 だから、桜も散って、明るい夕日が差し込む廊下を二人だけで歩いている現状が、何だかひどく不思議だった。
「松川くん?」
 職員室で、俺と二人で先生に荷物を届けたらおしまいのはずのこのひと時。ボーッとしてた俺に、柔らかい声がかかる。転校生の声だ。ガラリと扉を閉めて、転校生がこっちを見てどのくらい経ったんだろう。かなり長らく彼女を見てしまっていた気がする。俺は慌てて視線をそらして謝る。
「ごめん。ちょっと気ぃ抜いてた」
「疲れてるの? 大丈夫?」
「うん、へーき」
 優しいなあ、と心がほぐれる。俺の姉ちゃんだったらこんなの一蹴するのに。邪魔、とか言われて。あの人美人なのに、ほんとに冷たさが過ぎる。
「俺、部活行かなきゃ。教室戻る」
「あ、わ、私も。荷物……取りに行く」
 また二人の時間ができてしまった。俺は女の子って正直あんまり慣れてない。姉ちゃんの友達はやたら強気でめちゃくちゃ俺のこといじってくる奴ばっかだし、兄ちゃんは全然友達とか彼女とか連れてこないタイプ。俺は俺で、クラスの女子ともそんなに話さないから、こういう静かな女子とは全くと言っていいほど無縁だった。
 なんの話をしたら、この場がもつだろう。俺は、さっきから兄弟のことを考えてるから、ありきたりだと思ってこの話題を振った。
「あのさ、兄弟、いる?」
 彼女の肩は、ぎくりと固まる。見ず知らずの俺でさえわかる明らかな挙動だった。
 俺、なにかまずいこと聞いちゃったかな。冷や汗を一つかいたところで、転校生はようやく口を開いてくれて「……上に二人、いるよ」と教えてくれた。姉と兄だ、という家族構成は俺と一緒だったから少し嬉しくて、
「俺も二人いる、姉ちゃんと兄ちゃん。何個上?」
 と心持ち軽快に言ってみた。
 場の空気は読めない方じゃない……はず。今は明るくいかないと。転校生の動揺に気づかないフリをして。現にそのおかげか気を持ち直した彼女は、落ち着いて話してくれている。
「お姉ちゃんは五つ上、お兄ちゃんは二つ上……青葉城西高校にいるよ」
 え、ということは。
「俺の兄ちゃんもそこ。じゃあ兄ちゃん同士も会ってるかもなあ」
 少し垂れがちな目を開いて、彼女は驚いた顔をしていた。わずかに頬が赤くて、これってもしかして、嬉しそう、なのかな。女の子の感情の機微をいまいちよく掴めないでいると、
「お兄さんも、野球部?」
 と首を傾げられる。というか、よく俺が野球部だなんてわかったなあ。話したこともなかったし、そんなに見られてないと思ったけど、やっぱりわかるもんなんだ。
「いや、バレー部」
 青城のバレー部は強い。整った環境と充実したメニュー、魅力的なコーチ陣にも惹かれて、兄ちゃんは中学からずっとそこ一本に絞ってバレーを頑張ってきた。進学校だから当然勉強もついていかないと話にならない。んだけど、プラプラと遊んでるように見える兄ちゃんは、たまに一緒に行く釣りをしがてら「もう勉強終わったの?」って聞くと、いつもしっかり終わらせてた。徹夜してやり込む姿なんて見たことがない。要領が良い兄ちゃんは、絶対に言えないけど密かな俺の憧れだった。
 語っていてふと、我に帰った。羨望が漏れ出てしまっていたのかもしれない。俺は兄ちゃんのことになると力が入ってしまうから。廊下で立ち止まってまで熱く喋ってしまった俺は、恥ずかしくて「ご、ごめん、こんな話」って俯く。それを見てクスリと笑う彼女の顔は、ちょっと幼くなった。
「私のお兄ちゃんも、バレー部だよ。推薦もらえたって嬉しそうだった」
 ニコニコした顔で、「でも」と眉を下げる。
「松川くんのお兄さんみたいじゃなくて、前の日に一日漬けでやってるタイプだったから……もしかしたらお兄さんに勉強教わったりすること、これからあるかも」
 よろしくね、なんて妹に言われてるお兄さんのことをなんとなく想像する。この子に似てるなら雰囲気は親しみやすそうだけど、面白くもあるのかな。
「わかった、兄ちゃんに言っとく。じゃあ俺、部活行くな」
「うん、また明日ね」
 ひらひらと手を振った線の細い転校生は、明るい笑顔で俺を見送ってくれた。それはかわいいというのも合っている気がするし、儚げというのもしっくりくるような。
 元気、ないのかな。
 俺は心にできた些細な直感に、首を傾げながらも部室へ急いだ。妙に残るのは、寂しそうなあの表情。
 ちゃんと笑ったら、どんな顔なんだろう。

 風呂上がりに、面倒くさそうに癖毛を直しながらドライヤーを使う高校生になりたての兄ちゃんの横で、歯を磨いていた俺は昼間のその会話を思い出して兄ちゃんに伝えてみる。
「今日、転校生来てさ」
「へえ」
「その子お兄さんいるんだって。兄ちゃんと同じ高校」
「そうなんだ」
 兄ちゃんは、他人にあんまり興味がない。真剣に悩んでる時とかはもちろん聞いてくれるし、それが身内とか親戚とか、狭い範囲の人間であるなら聞くよ、というスタンスだ。だから友達が絶対いないだろうと思ったら、スマホの連絡先に知らない人たちの名前がずらずら入っていた。社交性がないわけではないらしい。「将来はお客様対応が必須の業種なのに、今から社交性養わなくてどうすんの」と言っていた。
 家業の葬儀屋を継ぐことを視野に入れてる兄ちゃんにとって、バレーは最高の場所なんだとか。生きてる実感が湧くと言っていた。あんまりな言い方だと思うけど、家業が家業なだけにわかる気はする。確かにバレーしてる時一番この人は目が開いてる。悔しそうなのも楽しそうなのも、バレーでしか見たことがない。
 だから、
「同じバレー部らしいよ」
 と言うと流石にピタリと手が止まった。
 俺はちょっとだけ、上唇を尖らせてる兄の癖が面白いと常々思っている。こういうとき、兄ちゃんは何か考えてる。アンテナを張り巡らせている。俺から一字一句漏らさないように、見えないレーダーを向けて。
「花巻、っていうんだけど、知ってる?」
 そう聞いたら、この人はおかしそうな顔をして、
「へえ、花巻、ね」
 って言ったきり黙ってしまった。
 ただ、目は雄弁に語る。兄ちゃんは、恐らくその人を知っている。だって目尻が上がって笑ってる。こんな兄ちゃんは、見たことない。俺が話した他人に対して、興味を示すなんて。
 ……廊下に母さんが飾った春の花は、季節を過ぎようとしているのに力強く咲いている。ちっとも散らない花びらに、まだこれから花を開こうとしている蕾を見つけた。