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柳堂知羽@一次創作
2025-02-11 22:55:37
7304文字
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⬛︎みえナい
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どうにも今日もみえナい【サンプル:通販あります】
気付いたときには遅い。水辺の向こうから呼ぶ声。冬の街で一度だけ命の綱が揺れた。
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「相変わらず精が出るねえ、ハヤテクン」
褐色のコートに黒い中折れハットが目印の大男。それがシマという男である。この男が近寄ってくるとトラは非常に嫌そうな顔をするのだが、理由はわからない。ハヤテがいない時にトラブルでもあったのだろうか、とこっそり大将に探りを入れたが、笑って肩を叩かれるだけで終わったのだ。そういえばあの時、やけに力が強かったもののかなり肩が軽くなった。もしかしたら大将はマッサージの心得があるのかもしれない。
今回もトラは眉を顰めてシマさんを睨みつけているものの、どこかに行ってしまう素振りはない。確かに、糸のような細目と大柄すぎる体躯は危機感を抱いてしまうが、実際に話して見ればかなり気さくで良い人だ、とハヤテは思っている。焼き鳥が乗っている皿を手にしているシマさんは、黙って睨みつけてくるトラを無視しながらハヤテの横につくと、ほう、ほうと笑う。近くで見ると、存外黒目がちな目をしていることに気付いたのは数回この店で邂逅した時だった。今日もまるで鳥のように鳴くシマさんの横にビールが置かれたので乾杯する。それでもトラはそんなハヤテに倣うことなく、静かにシマさんを睨みつけていた。
「働きに行っている街は死神に見放されたニンゲンが多そうだねえ」
やはり、ここの肉みそが乗った冷ややっこは美味しい、と思っていたらシマさんがのんびりと言った。するとトラが低い声で何かを口にしたが、シマさんは笑顔のままで少しだって堪えることはない。流石に他者へここまで敵意を剥き出しにするトラを見るのは珍しい。しかも行きつけのこの店で。厨房にいる大将は忙しく料理を作っているから仲裁に入って貰えそうにないし、いつもの定位置についている常連らも自分達のお喋りに夢中でこちらこ様子に気づく気配もない。酒を飲む場では珍しくもない光景だが、どうしたって落ち着かないのも無理はないだろう。対称的な様相の二人を交互に見やりつつ、ハヤテは内心大慌てだ。
――
だからと言って、先程のシマさんの言ったセリフが気にならないわけではない。
声音、言葉選び、そして何よりハヤテに注がれる目が、決して比喩めいた話をしているのではないと語っている。だからこそ、ついハヤテは目を輝かせてしまう。ハヤテの中のセンサーが鳴っているのだ。きっと、これは心躍る話だ、と。だから期待を込めてシマさんを見やれば、黒目がちな目に喜色が乗ったのが分かった。そして同時に、隣のトラが忌々しそうに息を吐いたのも聞こえてしまった。だがもう遅い。ハヤテの好奇心は大男の言葉に向けられてしまったのだから。
「
……
死にたくても死ねないんだよ、そういうニンゲンは」
実際にいるらしい。何度も自殺未遂を繰り返しても死なない。ナイフを突き立てようとしたらチャイムが鳴る。首を吊ろうとしたら縄が切れる。薬を飲もうとした瞬間に腹をくだしてトイレに駆け込むなど、など。そうやって、この世と何度おさらばしようとしてもできない者がいるとのこと。猛烈にタイミングの悪い人間であることは確かであろう。そしてここまでいくと喜劇のようにも思えてしまう。無論、本人は極めて真剣に冥き途へ向かいたいはずだろうが。
だがこういう者ほど冥府への道は遠く、更に、祟りや呪いといったものへの影響も薄い。別に神聖なものの加護を受けている訳ではない、むしろ逆だ。そういう者は道から外れてしまった。
「あの街はそういう理から外れた場所にあるから、そういうニンゲンも多いんだよ」
ほう、ほうとシマさんが嗤う。その笑い声を聞きながらハヤテは冷奴を口にした。想像していた話とは少しばかり毛色が違うが、面白いは面白い話である。曰く、自殺をしようと思ってもできない。わざと死に近づいても死ぬことは叶わない。だからこそ、超常現象の影響を受けないでいる。どう裏をとればいいかは分からない。むしろ不謹慎な内容になる可能性も高いから、取扱いには十二分に気を付けなければならない話であろう。だが、あの街だからこそ、確かにそういう者は多くいそうだとハヤテは納得してしまった。
ふと、今ハヤテが仕事に行っている店の面々が頭に浮かんだ。昏い目で笑うとあるボーイのシャツの袖からは赤黒い傷が見え隠れし、やたらとキッチンは愚痴を吐きにくる無駄にテンションの高いキャストの女性はハヤテに何度も甘美な退廃を望む言葉をかけてくる。キッチンの先輩はただ聞いて頷いていれば良いと言った。あれらはただ話したいだけだとも言った。だから彼らの望むあの世への道への渇望もまた虚構とせよと。
――
ざわめき、揺れる。どこかで誰かが泣く声がする。
水の音と冷たい温度。手首を掴む強い力。
こどもの泣き叫ぶ声がする。泣いて、ないて、ないて。
いやだと、たすけてと、誰かが。
「ハヤテ、いくぞ」
肩を強めに叩かれ、はっとした。ハヤテの名を呼び、肩を叩いたのはトラだった。低く冷たい声だが、その切っ先はハヤテに向けられているようでそうではない。だから瞬きをしながらトラを見やれば、眉間に寄っていた皴がするりと解かれる。その瞬間を瞬きをしながら眺めていると、不意に強めのデコピンをされた。これは、痛い。ハヤテが色々とやらかした時にトラが喰らわせてくる痛い攻撃だ。あまりの衝撃に頭の中がくわんくわんと揺れる。そのせいか、先程まで頭の中で渦を巻いていた何かが霧散した。
「
……
アンタ、いい加減にしろよ」
唸るようなトラの声に、シマさんは相も変わらず笑っていた。ほう、ほうと楽しそうに、その黒目を細めて何かを狙うように笑っていた。
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